06 追われているのは
気まずい……。
向かいに腰を下ろし、車窓から外を眺めている男の姿をこっそり窺う。
私はこの男の名前すら知らない。
知らないのに、なんで私はこの男とこんなところにいるんだろう?
「いくぞ」とだけ言ってほぼ強制的に連れてこられてしまったのだ、逆らう余裕なんてなかった。
勿論納得なんてするつもりはない。このふざけた空間から抜け出したいけど、あいにくここは汽車の中である。しかも周囲に何もない荒野を走行中。やっぱり詰んでる。
初めての任務失敗で動揺していたから――っていうか、失敗した者に与えられる死から逃れたかった。だからすぐにあの場所から逃げられそうだったこの男の言うとおりにしてしまった、っていうか。
ああ、もう、言い訳しか出てこないけど、結局はこの道を選んだのって私自身なわけで。
汽車から飛び降りることもできないし、死にたくなければここにいることしかできない。
「汽車なんて初めて乗ったわ」
男から車窓に目を移して、荒野を眺めながら小さく呟いた。
馬車よりも大勢の人を運ぶことができて、速い乗り物なんて本当に存在してたんだな、て感じ。
この乗り物って魔法で水を沸騰させることで動くんだっけ? かなり前にランドがものすごく興奮した様子で私とミレイに語ってくれたけど細部は忘れちゃっている。
お湯を沸かすだけでこんな大きいものが速く動くなんて変な感じ。
魔法がスゴイというより、水がすごいんだってランドは言ってたけど、そういうもんなんだろうか。
風のように荒野を走り抜けていくのを体感してみると確かにすごい。それしか言葉が浮かばない。
この汽車の乗車賃って、やっぱめちゃくちゃ高いんだろうな。
それを平然と購入できるって、この人、何者なんだろう。
貴族だってことは知ってる。けど、貴族ってだけでみんなお金持ちとは限らないって言うしな。そうすると、結構上の位の人だったりして。――って、駄目! 考えちゃ駄目!
知ってしまえば絶対良くないことが起こる。そんな予感があった。
だから、コイツは単なる拗らせ貴族! もうそれで。
精神衛生上よくないから知らないままでいたい。
気を紛らわすために外を見ていたら、少しずつ気まずい気持ちが薄らいでいくのがわかった。
例え外に見えるのが植物一つ生えてない荒野であっても、びゅんびゅん通過していくのを見ているのは楽しい。
でも、ほんのちょっとだけ、歩み寄らなきゃ駄目かもって思っている部分があるから居心地は良くない。
ただ本音を言うと、こんな拗らせ野郎と心を通わせるとか絶対嫌だし。
段々ムカつく気持ちが募っていくのが自分でもわかる。
もう無理!
全部振り切るように、勢いをつけて立ち上がった。
「どこに行く気だ?」
「汽車の見学!」
「ガキか」
うるさい! と胸中だけで叫んで私は通路へ足を踏み出した。
汽車の乗降口まで歩いてきて立ち止まり、大きく息をついた。
なんか息が詰まっていたような気分。それもこれもあいつのせいなんだけど。
乗降口についている小さな窓から外を見やる。
相変わらず見えるのは岩肌の露出した大地だけ。
大昔、辺りを支配していた魔法王国が大きな戦争で禁忌の魔法を使ったその結果、とか聞いたことがあった。
王都の近くまではずっとこんな光景が広がっているそうだ。
「魔法か」
便利だなとは思うけど、私には使えない力だ。
あの男もなんか魔法の使い手みたいなんだけど。
吊り上げられた時、私の手足が思うように動かなかった時、あいつは何らかの魔法を使っていた。
誰にも言ったことはないけど、私は魔力っぽいものを感知することができる。
「……これからどうなっちゃうんだろう」
自分の姿を見下ろす。
与えられた服を着ているだけだが、まさに使用人のための服という感じだ。
シンプルなテラコッタカラーのワンピース。エプロンを付ければ宿での仕事着とほぼ変わらない。
この恰好であの男の横にいれば、あいつの使用人みたいに見えるのだろう。
そうやって主人と従者みたいな感じで王都まで行って、それからどうするんだろう。
あいつは「王都に行く」以外の目的を教えてくれない。
組織は私を逃がすつもりはないと思うから、きっとどこかで襲われることになるはず。
あの男と一緒にいたら、少しはカモフラージュになるのだろうか。なったらいいんだけど。
いずれにせよ、私には選択肢など皆無なのだ。それが不満で、それが不安。
ため息を漏らせば、汽車が減速しはじめた。つんのめって壁に頭を打ち付けてしまった。痛いというよりびっくりした。打ち付けたところをそっと撫でる。
どうやら汽車が駅に停車するみたい。
こんな何もないところ降りる人はいないだろうけど、乗降口周辺は開けておいた方がいいかな。
そろそろ席に戻るとしよう。
またあの男と顔を合わせなければならないのは憂鬱だけど。
「お嬢ちゃん」
気配なく近づいてきた男が、不意に私の腕をつかんだ。
あ、やばい! と慌ててその手を振り払おうとしたが振りほどけない。
もうフォグリフが?
組織の名前が思い浮かんだ瞬間、体が強張った。
汽車に乗れたから追っ手は来ないはずって油断しすぎてた。
落ち着け。ここで焦っちゃ駄目。
自分に冷静に、と言い聞かせつつ、わざと焦ったような表情を作って男を見やった。
「な、なにするんですか! 大声出しますよ!」
もう出しているけどね。
動揺したんなら抜け出せるかも、と、つかまれている腕を引っ張るがやはり引き抜けない。
「一緒に来てもらうぞ」
汽車が止まった。
駅に到着したとアナウンスが入る。
「やーだーでーすー!」
必死に手を引っ張って抵抗するが、あっさりと汽車の外に引きずりだされてしまった。
外の冷たい空気に肌が総毛だった。めっちゃ寒い!
「恨むんなら連れの男を恨むんだな」
「……連れ?」
連れって……あれのこと?
待って! これってもしかして、ターゲットは私じゃなくてあの男ってこと? そしてこの男はフォグリフの刺客じゃない?
まあ、それがわかったところで安心なんてできないんだけど。
「あんたみたいな子供をどうこうするのは、――まあ胸が痛むが」
絶対嘘でしょ。
馬鹿にしたように鼻で笑っている奴の言葉なんて信じるかっての。
仮に同情していたんだとしても、私を売り払うってのは決定事項でしょ。
「そういう子どもをどうにかしたいって趣味の奴も多い」
「私、売りはやらない主義なんだけど」
こういう下卑た話、聞いていて心底不快。
嫌悪感をそのまま出すとますます馬鹿にされるから、わざと下品な言動で返す。
「ちなみに私、年齢的には合法だから」
「はあ? なんだそりゃ?」
愉快そうに笑って、そいつは一気に距離を詰めてくると、私をひょいっと肩に担ぎあげた。
え! ちょっ! その展開は想定外!
――だから、こういう時は焦っちゃだめ! 素早く腰の付近の隠しポケットに手を突っ込んで、例の魔法銃を取り出した。
躊躇いなくそいつの背中に向かって引き金を引く。
「ぐあ!」
衝撃で声をあげながらも崩れ落ちるそいつの腕から、受け身を取りながら地面に降り立った。
大きく乗降口の方へ足を踏み込んで、転がるように汽車へと駆け込んだ。
同時に汽車の扉が閉まる。
――あぶない。あともう少し遅かったら置いて行かれるところだった。
ああ! 間に合ってよかった。
大きく息を吐いて、もう一度吸う。
何度か深呼吸を繰り返し息が整ったのを確認してから、全速力で通路を駆けた。
向かうのはあの男の所だ。
「なんか狙われてるんだけど!」
「あ? 今更何を言っていやがる? 組織から狙われてるって、お前、自分で言ってただろうが」
こいつ、貴族のくせに口が悪すぎる。
駆けつけて文句をぶつけると、返って来た言葉に一瞬言葉を失いそうになった。
じゃなくて! 狙われているのは私じゃないんだってば、とかぶりを振った。
「違う、あんたが狙われてるの!」
「ああ、子どもの頃から嫌ってほど狙われてるな」
「マジでぇえ!?」
変な声出た。
ていうか、貴族ってそんなに命狙われるもんなの? 大変すぎない?
私、来世はやっぱ貴族は嫌かもしれない。
生まれ変わるんだったら、大金持ちの商人の娘がいいのかも。
「言っとくが普通の貴族はそんなに命狙われねーぞ? 俺は家柄上敵が多いからそうなっただけで」
「先に言え!」
汽車まで乗り込んでくるなんて厄介すぎる。
私みたいな大した情報も持ってない末端の追っ手とは格が違うわ。
そもそも、常に命狙われてるって家って絶対ろくでもないでしょ。
ひょっとして、こいつと行動している方が危険だったりする?
「それに、どうせ今追って来てんのはソナーウィックの差し金だ。お前もターゲットなのは変わらない」
「うげっ」
あの悍ましい感触を思い出してしまい、思わず顔が引きつったのが自分でもわかった。
あ、でもさっきの人、私を売り払うとか言ってたからやっぱ別口じゃない?
……何口も思い当たるふしがあるって……いや、それについては考えないことにしよう。
「……そこまで執拗に追ってくるもん?」
「入念に準備してたって言ったろ」
準備って――私を拉致する系のあれ?
理解したくないって脳が拒否してるのに……。
「まあ、そこそこ趣味でやべー薬を作って売ってるからな。その辺で裏社会と繋がってるっぽいし、殺し屋でも何でも屋でも雇うのは容易かったっぽいな」
「趣味?」
薬が趣味とか、意外とインテリな響きだ。
「勘違いすんなよ、麻薬だ。少女をヤク漬けにして好き勝手するのが趣味だ」
「趣味じゃなくて犯罪でしょ、それ!」
「薬を流して生きのいい、足のつきにくい少女を斡旋してもらう、そういう流れ」
「いや大人しくお金で取引しなさいよ」
ギルティだ。本気でギルティ。あの肉塊。
「あの場で殺っておくべきだった……!」
「司法の場に引きずりだす。楽に死なせてどうする」
「でも被害者が増える可能性が高いじゃない!」
「お前が被害に遭うわけでもないのに、なぜそんなに熱くなるんだ?」
冷たい口調で突き放すように言われれば口を閉ざすしかない。
自分の身に降りかかりそうになったことを、他のもっと幼い女の子が被らなければならない、って。普通に嫌なんだけど。
だって、あの組み敷かれた感じとか、触られた気色悪さとか、そんなのを幼い子に体験させんの? 冗談じゃない。
でもきっとそれを口にしてもこの男にはわかるまい。
何も言わずに男の向かいの席に腰を下ろした。
既に走り出している汽車の車窓には先ほどとは、大差ないような荒野が無限に広がっている。
同じような景色ばかりだけれど、飽きることがないのはとても不思議だった。
「おい」
男から目を逸らしていると、呼びかけられてしまった。
「それ、しまっとけ」
「あ」
さっきの人攫いにぶっ放してからずっと手に持ち続けていた銃を指摘され、慌てて元のポケットに戻し――。
「いや、ちょっと待て、貸せ」
男の言葉に、もう一度銃を表に出すと素直に男に手渡した。
手にした銃の持ち手の下方あたりを何やら操作していたかと思えば、男は銃本体から細長い何かを取り出した。
何の部品だろう? と疑問に思いながらもじっと男の行動を観察する。
男は細長い部分を右手で握りしめて、何やらぶつぶつと呟きながら軽く念じる。瞬間その細長い部品が淡い光に包まれたのが分かった。
「魔法……!」
思わず声に出してしまい、慌てて口を噤む。
そんな私の様子を気にすることもなく、男はすぐに光が消え失せた細長い部品を銃本体に戻し、手の中で回転させて色々な角度から銃を観察してから、私へとそれを差し出した。
私はそれを受け取り、素早く隠しポケットへとしまい込む。
「今のって?」
「魔力のチャージ。当たり前だがこの魔力が尽きたら使えなくなるからな。無駄撃ちすんなよ」
「あ、うん、わかった」
制御に使う魔力も、繰り出される麻痺の魔法も、充填しないと使えないのか。
意外と扱いにくいものなんだ。
魔力を操れるこいつの近くにいないとまともに使えなくなる武器、か。
服の上から銃にそっと触れる。
使えるんだか使えないんだかさっぱりわかんない。それが正直な想いだった。
私がこいつから離れたら、この銃は使えない。結構ピンチってことになる。
それって本当に面倒だし、憂鬱かもしれない。




