05 事故じゃない
「遭遇しないように手を回したが、それも無駄だったようだな。せっかく従業員まで増やしてやったのに」
「三人も増員したのってそのせい!?」
聞き捨てならない言葉に急に頭の中がクリアになった。
何かおかしいとは思ってた。あれだけどんなに募集しても全然人が来なかったのに、急に三人も増えるって。やっぱ作為的だったのか。
それが簡単にやれるって、こいつ一体何者なわけ?
考えるのも怖い気がして、横に座る男から更に距離を取った。
「あ、そうだ、あの、おっさ——お貴族様は死んだの?」
「殺してない」
……え?
こいつが銃で撃って、命中していたように見えたけど……? 死んでないの?
まだ、生きているの!?
「だって、銃——」
「普通の銃なら死んでただろうが。あれは魔法の銃だ。弾丸は体の自由を奪う魔法。しばらくすれば魔法が切れて動けるようになる」
「うそ……」
あのお貴族様だけは、始末できたと思ってたのに。
手段をどうであれ、きちんと死んでいたのならなんとでも言い訳ができると思ってたのに。
生き延びちゃってるなら、私に待つのは『失敗は死あるのみ』な気がする。
「ねえ」
男を見やると、視線がぶつかった。
鋭い眼光を放つ目は漆黒の黒い色をしている。あまり見たことのない色。私と同じだけど自分の目なんて鏡をのぞく時ぐらいしか見ない。やっぱり痛いほど睨まれているから直視するのは怖い。
「やっぱ事故ってことにしとかない? 私。そんなに長く生きられそうにないし」
キスじゃなくて、口と口がぶつかっただけの事故。そういうことにしておけば予言回避できたりしないかな。
わずかな希望にかけてみたらどうかな、と続けようとしたら男の手が伸びてきて私の頭を抱え込んだ。
「え……」
強引に頭を押さえつけられて身動きもできない。あまりに突然すぎて反応が遅れた。
離して、と口にするよりも早く、男は距離を詰めてきた。
かすかな息すらも届くような近い距離にただ驚いていると、顔を寄せて来た男と一瞬だけ唇同士が触れあった。
……は……?
自分の身に起きたことが信じられなくて、私の頭を解放し、近づいてきたのと同じ素早さで離れた男をまじまじと見てしまう。
こいつは、一体今、何をした?
「これで事故じゃなくなった」
「……馬っ鹿じゃないの!?」
何なの、私には乙女チックな思考も許されないの?
夢なんて見てなかったけれど、見てなかったんだけど!
こみあげてきた涙で視界がじわっと滲み、慌ててシーツに顔を押し付けてそれを隠す。
色々な感情がごちゃ混ぜになってもう滅茶苦茶だった。
悲しい気持ちが一番強いけど悔しいから嗚咽は漏らしてやらない。
「困ったことに、こんな状況でも全く欲情しない」
思わず握りしめた拳を男の胸板めがけて繰り出していた。
されても嫌だが、されないのも何か腹立つ。
「これを貸してやる」
男はそう言って着替え用の衣服の上にそれを乗せて私に差し出した。
銃だ。
お貴族様を躊躇いなく撃った魔法の銃。
あれ、そういえば私も撃たれたんだったっけ? 違うか、多分撃たれる前に気を失ってたような気がする、
「渡されても扱い方知らないし」
「対象に向かって引き金を引くだけで当たる。魔法で自動的に制御してるからな」
「へぇ」
何だかすごいなと思いつつ、服をベッドの上に置くと上の乗せられたそれを手に取った。
手の中でぐるぐる回し色々な角度から観察してみる。
見た目は絵で見た銃と変わらない気がする。
「『麻痺』の魔法が入ってる。対象の体の自由を奪えるぞ」
「麻痺……」
呟きつつ、素早く男に照準を合わせて引き金を引く。
かちっと手ごたえはあったが、何も起こらない。
「あれ?」
「持ち主に発動しないっつー制約はかけてあるんだよ」
男は引きつった顔で吐き捨てた。
いきなり銃口を向けられるのはいい気がしないのだろう。
麻痺してくれたらこのまま逃げるのも有りかなっていうのは儚い希望だったか。残念。
「魔法か……。じゃあ」
と、自分のこめかみに銃口を向けて躊躇いなく引き金を引いてみる。
今度はバチンと手ごたえがあって、銃口を押し付けているこめかみに何かが炸裂したような感覚はあった。
反動で軽く頭が飛ばされるような――普通に痛い。
「びっくり、したあ……!」
「自分に向かって引き金を引く馬鹿は初めて見た……」
男は私の奇行に呆然としている。
この人にそういう顔させたと思うと、何となく勝ったような気がするから不思議だ。
「それより麻痺してないのは何でだ?」
「内緒」
意味ありげに笑ってやる。そんなに簡単に手の内を明かすと思わないでほしい。
「毒が効かないっつてたな? 魔法も?」
「どうでしょうね?」
男は少し顎に手をやって考えるように私をじっと見やってから、躊躇いがちに手を伸ばすと私の首を緩く締めた。
え、ちょ——殺される——!?
驚いて身じろぎしようとすると、男の手が熱を帯びて私の首回りをその熱が包み込み——すぐに熱は消え去った。
「い、いきなり何すんの!?」
首絞められるかと思った。
でも、今のは何かの魔法?
「声を封じたつもりだったが、効かねーみたいだな」
「……は?」
「冗談みたいな話だな、とりあえず理解した。お前、体に何らかの影響がでる魔法が効かないな?」
こいつ、鋭い。
絞められた首をさすりながら、男の洞察力に感心する。感心するけどいきなり首を握るとかやめてほしい。
「……みたいね」
身近にそういう魔法を使える人がいなかったから試したことはなかったけれど、何となくそんな気はしてた。
でもこれは諸刃の剣だ。
毒が効かないけれど、薬も効かない。だから病にかかったら最悪それで死ぬ。
銃をベッドの上に置いて、用意してもらった服を手にして——。
「あのさ、私、着替えたいんだけど」
全然動く気配のない男を睨みつけるが、ベッドの端に座ったままやはり動こうとしない。
「着替えればいいだろ」
「あんたの目の前で?」
着替えるってことは、一旦シーツから出なきゃならないってことなわけで。
服を脱がされた時に見られてたとは思うけど、自分から見せる気なんてこれっぽっちもない。
一応人並みの羞恥心はある。っていうかこの男に見せるなんて絶対嫌。
「今更だろ」
「何がだ!」
再びの右ストレートが男の肩を直撃した。
与えられたのはシンプルなワンピースだった。
男が背を向けているのをもう一度確認して、シーツから抜け出し大急ぎで着替えた。――新品の下着まで用意されてるのは、何かもう嫌悪感しかない。
「遅い。早くしろ」
「振り向きながら言うな!」
着替えは済んでいるけど髪はぼさぼさのままだ。手櫛でざっと整え髪を三つ編みしていると、そこでしびれをきらせたのか男が私の手首を強引に引っ張った。
根性だけで片手で編みあげたが結ぶ物がないことに今更気づく。
「引っ張らないでよ! 何か髪結ぶヒモとかゴムとかないの?」
男は滅茶苦茶嫌そうな顔を見せてから、懐に手を突っ込むと布を取り出して投げ付けて来た。
……ムカつく。
男の手を振り払い投げ付けられた布を拾う。
その長方形のハンカチみたいな布で髪を結んでいる間に、不意にこの布の出自が気になった。
何か、やたらと手触りが良いしっかりとした布、なんだけど?
こんないい布を投げ付けて来るなんて、やっぱこいつどこかの身分が高い人なんだろうけど、ハンカチではなさそうなこの布って――あ。
「……いいの? クラバット」
「あんな息がつまるもんつけてられるか」
身分、高いんだよね、こいつ……?
まあ、いいか。不用品だって言うんだったら私も気にしない。
「で、どこに行くの?」
今いる見覚えのないこの部屋は、もう既に私の知っている場所には戻れないのだと言われているようだ。
だから今さらどこに行こうと驚くこともないって。いうか、正直もうどうだっていい。
「汽車だ」
「はあ!?」
どうでもいいって思ってたけど——ちょっと訂正。
なんでそんな斜め上の発想がでてくんの、この人!




