04 祝福? 呪い?
――――終わりだって、そう、思ったのに……。
「……生きてる……」
目を開けたら、クリーム色の天井が見えた。
重たい瞼も、霧がかかったようにすっきりしない頭も、生きている人の物だ。
ああ、そうか私、生きながらえたんだ……。
「……あーあ……」
落胆と共にため息が漏れる。
死ななくてよかったって思う気持ちもあるけど、生きてるってことはまた面倒なことがたくさん起こるってことなんだろう。
やったーって喜べないの、虚しいかも。
どっちにしろ、仕事に失敗した以上もう家には戻れない。
戻らないどころか組織に消されるかも。
セレにもミレイにも、もう会えない。
これは、詰みだ。
泣きたくなったのを紛らわすように、体を起こす。
自分の体にかけられていた厚手のシーツがぱさっとベッドに落ちたので何気なく下を見やり――。
「うえぇえ!?」
変な声を上げて再びシーツの中に潜り込む。
何で、何で、何で、私、裸なの!?
ありえない事実に眠気も気だるさも全部どこかに行った。
え、本当に、何でこんなあられもない姿なわけ?
ひょっとして……事後、だ、とか?
頭の中はクリアになったけど、頭痛がしてきた。
いやいや、大丈夫だ。そんなことあるわけない。
割とコンスタントに服用していた毒の影響で、私の血液のみならず体液全てに毒が含まれている、はず。
もしそういうことになったら多分向こうがただじゃすまない、と、思う。
だから、うん、私は無事。絶対無事。大丈夫!
じゃ、なくって! そうじゃなくて、今危惧しなきゃいけないのはそっちじゃない。
「……ここ、どこ?」
まずはそっちだ。
私はなんでここにいるんだろう。何で服着てないの? はとりあえず後回し。
銃で撃たれた――はずなんだけど、どこも痛くない。腹部から胸部までざっと触れて確認しても傷跡もなさそう。
夢だった――とかね。
だったらいいんだけど。
「おい、痴女」
ドアが勢いよく開いたような音と同時に、低い声音が辺りに響き渡って私の淡い期待は霧散した。
この声って……、シーツから頭だけ出して恐る恐る声の主を見やる。
――やっぱ、期待しちゃ駄目だったなー……。
不機嫌そうなしかめっ面でこちらを見下ろす――ソナーウィック侯爵の秘書だった男の姿があった。
めっちゃ怒ってるのが嫌というほど伝わってくる。
シーツ一枚しか身を守るものがないのに、コレと対峙するとか嫌すぎる。
「いつまで寝たふりをしていやがる?」
むかつく。
これって煽ってんのかな? のってやらないけど。
「私、裸なんだけど」
「俺が脱がせたからな」
ガンと頭を殴りつけられたような衝撃をくらって、言葉を失った。
み、……見られた! こいつに裸、見られた!
泣いていい案件だよね、これ!
いや、泣くより先にコイツの息の根を止めてやる!
「お前、血液が毒なんだろ? 傷の有無を確認しなければ俺が危険だ」
う、確かに、それはそう、かもしれない。
出鼻をくじかれたような心地で、シーツで体を隠しながら体を起こす。
一度見られたからといって素肌をさらせるほど恥も純情もまだ捨てられない。
男は表情を変えることなくずっと私を鋭い視線で射抜いているし。
なんなの、この状況?
「で、何で生きてんの、私」
「……殺せないからだ」
生温い言葉を口にしている男の表情は相変わらず怒りに染まっている。
殺されかけたから怒るのは当たり前だけど、それにしては何となく恨みが混ざっているような感じがする。気のせいかな。
「お前がやったことで、俺の人生は滅茶苦茶だ!」
突然、頭ごなしに怒鳴りつけられ、身が竦んだ。
恐怖が膨らんで動悸が激しくなった。
負けじと、懸命に男を睨み返す。
こっちだって命がかかってたんだから、やらなきゃならなかった。
だからやった。それだけ、なんだから!
私には選べる選択肢は少ない。
生きるためにやった結果なんだから、一方的に怒りをぶつけられるなんて理不尽だ。
「仕方ないでしょ! それしかないんだもん!」
「他人事のように言うな!」
「だって他人だもん」
あんたの事情なんて慮る必要ないでしょ。
いきなり怒鳴りつけてくる奴に思いやりを持てとか無理。
「もういいから、私を始末するか逃がすのか、どっちかにしてよ」
現状ここから動けないのは事実。
いつまでもここにいたくない。
急かすように男にぶつけると、男は奥歯をぐっと噛みしめて大きく息を吸った。
「責任を取れ!」
「……は?」
え? 本当に何? 責任?
疑問ばかりで何から聞けばいいのかすらわからない。
責任って……意味不明すぎる。
「――お前が初めてを奪ったんだ! 責任をとれ!」
「は?」
初めて? 奪った?
何を乙女みたいなこと言ってんの? 大の大人が?
だって命は奪えなかったわけだし。
私、この男から何か取ったっけ?
馬鹿みたいにぽかんとした顔をしていると自覚がある。そんな私を見て、男は渋面を作った。
「キス」
「は?」
「初めて唇を交わした相手と結婚をしなければならない呪いにかかっているんだよ! 俺は!」
「は?」
え、だからちょっと待って!
はじめてのキスって――っていうかこの人、どう見たって私より年上だよね!?
「……あんた年いくつ?」
「24だ」
やっぱり年上だ。いい大人だってのに?
「24にもなって、誰ともそういうことをしてないの!?」
「ああ」
即答。
……。
や ば い !
こいつ、やばい! 拗らせ野郎だ!
何? 大事にとっといたって感じ? 乙女でもないのに? 超純情すぎて笑う――笑うところだよね、これ?
「呪いってどういうこと?」
「生まれた時に、初めて唇を交わした異性と婚姻をすることで子孫繁栄がもたらされる、と予言をされている」
「それは呪いじゃなくて、『祝福』の類なんじゃないの」
「俺にとっては『呪い』だ」
そうやって決めつけるから拗らせるんじゃないの、と、多分口にだしたら怒られそうだから敢えて違う質問をぶつけてみた。
「ちなみに、初めての人以外と結婚するとどうなるの?」
「家は没落。妻選びを間違えたその瞬間に俺は死ぬんだと」
……それは確かに『祝福』じゃなくて『呪い』だわ。
間違いない。
怒りと疲労、入り混じった表情で男は頭を抱えている。うん、気持ちはわかる。
わかるけど!
「事故! だから!」
あの『死の口づけ」は、「はじめてのチュー♡」みたいな可愛いものじゃない。
攻撃の一種で、自爆技で……、そう、事故っただけ。それだけ。
「俺は死ぬし、家は没落するって言ってんだろ!」
「そんなの知らないし!」
普通そんな『呪い』がかかってるなんて思わないでしょ。
そもそも適齢期のお坊ちゃんが未経験って方が問題じゃないの?
こんなのどうやって回避しろっていうのよ。
それに、私も初めてだったのに……。そっちは忘れてあげるから、ていうか忘れたいからイーブンでってできないの?
「わ、私、ま、まだ、子どもだから!」
それでも、納得なんてできない。童顔が、油断させる以外に役に立つ日がくるなんて思わなかったけど。
ほら、いやでしょ、特殊性癖って思われるの、ね? ね?
「お前、そんな顔してるが20歳なんだろ」
男はベッドに腰を下ろし私を上から下まで眺めた。慌てて身を引いて距離を保つ。
なんかじろじろ見られるのって、嫌な感じ。
「な、なんで、知って……?」
「あの宿の関係者は全員調査済みだ」
「なにそれ!」
「仮にも侯爵が宿泊するんだ。それぐらいの調査はして当然だろ」
貴族って庶民とは違って、そういう下調べが必要ってことか。面倒くさいな『高貴な血を引く尊い家の人間』ってのも。
「そもそも、お前、休みの予定だったはず」
「そんなことまで!?」
「ソナーウィックの奴は、お前目当てであの宿を利用したんだ」
はああ?
え、ちょっと、待ってよ。
私目当てって、ターゲットにしていたつもりで、ターゲットにされてた?
何の冗談!?
「むしろ、お前という餌に釣られてあの宿におびき寄せられたってのが正しいか?」
「……」
「えげつない手を使うな、フォグリフは」
組織の名前が男の口から飛び出してきて、ぎくりと体が強張った。
こいつ、そこまで調べ尽くしてたのか。
「お前、あのおっさ――侯爵の好みのど真ん中なんだよ。どっからか調べ上げてきて、綿密に誘拐計画まで立ててやがって……。思い出すだけで気色悪ぃ」
「……好み……」
意識しないと声が上ずってしまう。
慎重に発声して男を見やった。
動揺を悟られては駄目だ。
平静を保っている風を装って両手で顔を覆う。
「黒髪黒目の少女。物珍しさから手に入れたいって思っても不思議はねえ」
「……」
もう、動揺隠す必要、ないわ、これ。
だって、私、あの肉――おっさ――お貴族様を殺ろうとしてたけど、実はヤラれる方だった?
無理。叫びたい。気持ち悪い。




