07 招かざる客
半分うとうとしながらしばらく過ごしていると、汽車は終点に到着した。
今まで行きたいとすら思ってなかったから知らなかったけど、ここから王都までは馬車で数日移動するんだとか。
「王都まで汽車走らせれば便利なのに」
「線路を敷くのに適した土地が確保できないんだよ。そう都合よくいくか」
小馬鹿にするように鼻で笑われてしまった。
むかっとしたけど、これがこの男の通常運転なんだから我慢しないと。いちいちイラついてたら頭の血管がやばいことになりそう。
「すごい人……」
終着駅の混雑はすさまじく、人でごった返している。
しかもその各々の進行方向はバラバラで、よくぶつからず歩けるな、と思わず感心してしまった。
「行くぞ、田舎者」
男は冷たく言い放つと混雑の中迷う素振りも見せずにどんどん進んでいってしまう。
必死にその後ろを追う。
男が珍しい黒い髪で助かった。いい目印になる。
かくいう私も同じ黒髪だが目立ちすぎるという理由で無地のスカーフをかぶることで隠している。
一応狙われている身だ。少しでも地味にしておいた方がいい。
男? 目立っているけど、気にしている風もない。
これで襲われたら鼻で笑ってしまいそう。
男が襲われている間に全速力で逃げれば、まあ、少しは生存確率はあがる、と信じたい。
方向感覚もないまま、歩いた先には汽車の乗車券の回収ゲートがあった。
男が二枚の乗車券を係員に渡して、ゲートを通り抜ける。
私も後ろに続こうとして――
「ちょっと待て」
係員に止められてしまった。
なんで、私だけ。
「お嬢ちゃんどっから忍び込んだ?」
「そいつはうちの使用人だ」
「そうでしたか、失礼」
誰が使用人よ! と文句を言いたかったが、それを口にできるシチュエーションじゃないことは私にだってわかる。
係員が引いたのを見て、男は私の手を強引に引っ張った。
「なんで行く先々で絡まれるんだ、お前は」
「そんなの私が知りたいわよ」
汽車に乗る前も同じようなやり取りがあったし、乗車駅までの馬車の中でも年配の女性にどこから来た、どこに行く? と根掘り葉掘り聞きだされていたのだ。
多分世間話の範疇だろうが、あの圧は怖かった。
そういえば、勤め先の宿でもよくお客さんに話しかけられていたような気がする。
それは老若男女問わずだった。
気にしたことなかったけど、私、絡まれやすいのかも?
「そろそろ離してよ!」
つかまれたままの腕を引き抜こうとしたが、私の腕を握る手にさらに力が加わった。
「痛いってば」
「大人しくしろ。暴れるな、目立つ」
「せめて力抜いてよ!」
苦情を口にすれば少しだけ力を緩めてくれた。
なんだ、意外に素直なんじゃない。
そのまま引きずられるように、駅舎の外へと連れていかれる。
ここからは馬車移動と聞いていたけれど、馬車乗り場にでも向かうのだろうか。
どこから乗るんだろうなと考えながらも、人通りの少ない寂しい場所まで来てしまった。
ここから乗れる馬車ってあるの?
男に目線をやるが、前方を見ていて私の視線には気づかない。
そのままずんずん足を進めて大きな厩舎みたいな建物の前で一瞬だけ立ち止まって、すぐにその建物へと足を向ける。
勿論私もついて行くしかできない。
がらがらがらと車輪が回る音が足元から聞こえていて、一定の揺れが同じく足元から伝わってきている。
思ったよりも揺れるし、板張りの床にただ座っているだけだからお尻も腰も当たり前みたいに痛い。
荷馬車だ。
一頭の馬が引いている荷台に荷物のように載せられているというのが正しい表現なのかはよくわからない。
幌のついた荷台は直射日光が当たらないのが唯一の良い所だと思う。
後は色々と、うん、文句になっちゃうので言わないでおこう。
ちなみに御者があの男。
御者もできるとは多才ですよねーなんて厭味を言ってやる余裕はなかった。
揺れが酷くてしゃべったら舌を噛みそうだ。
「おい、痴女」
「痴女じゃない!」
その呼ばれ方はない! 舌の安全など忘れて抗議の声をあげれば、案の定思いきり舌を噛んだ。痛い。
そうだ、私もこの男の名前を知らないけれど、私もこの男に名乗ってはいない。
「サ・ラ、よ!」
「わざわざ名乗らなくても知ってる」
え! なにそれ怖い! と思ったが、そう言えば『調べた』って前言っていたんだった。
それなら名前ぐらいは知られていても不思議はない。
あれ? ってことは、この人私の名前を知っていて『痴女』呼ばわりしてくるってこと?
何なの、こいつ、最低すぎる。
私はこいつの名前すら知らないってのに。——やっぱりちゃんと名前ぐらいは聞いておくべきなのかも?
「ねえ――」
「来たぞ。『招かざる客』って奴が」
「は?」
素直に男に問いかけようとしたら、予想外の台詞が返って来た。
『招かざる』っていうのを確認しようと、四つん這いのまま進行方向へと移動して幌切れ目から外を見やる。
後ろを見やれば馬だろうか、土煙を上げながらこちらに迫りつつあるのがわかった。
馬の数は……見えた、五頭だ。
離れすぎていて馬上の人間が何なのか判断できない。
「思ったよりは少ないな」
「……思ったより?」
……こいつ、この展開を読んでいたってこと?
ひょっとして、移動にこの荷馬車を使ってるのって、追われているのを知っていたから?
というより、この男の性格——はそこまで知っているわけでじゃないけど——から言っておびき寄せたって方が正しいのかもしれない。
「この人でなし! 鬼畜! 性悪男!」
さっきの「痴女」の仕返しに罵るが男は私を一瞥すらしない。
ムカつくけど、この男に悪口をぶつけたところで何も解決しないってことはわかっている。
じゃあ、どうするかっていうと、答えは一つか。
「——近づいたら撃てばいいの?」
そう尋ねれば、男は私へと顔を向けて、不敵に笑って見せた。
「随分と飲み込みがはやいな」
「やらなきゃやられるんだったら、先手必勝でしょ」
「やってみろよ、頼りにしといてやる」
前方に顔を戻しつつ、そんなことを言ってくる。
絶対に『頼りに』なんてしてないでしょ。
けどまあ、正直言えば悪い気はしない。
幌の骨組みを掴みながら立ち上がって、荷台の後方へと向かう。
最後部で片膝を立てた状態でしゃがみ、例の銃を取り出して両手でつかんだ。
撃ちさえすれば当たる。大丈夫。
馬車の速度が落ちて後方につんのめった。
転がりそうになるのを堪えて小さく舌打ちをする。そういうの、一声かけてやってほしいんだけど。
意図はわかる。
わざと追いつかせるつもりなんだと思う。
気を取り直して、追ってきている奴らとの距離を目測して待つ。
いつでも撃てる。
追っ手との距離が近づくにつれ、乗馬している連中の顔が見えてきた。
知らない顔だ。
でも、間違いなく私たちを追いかけてきている。
一発目!
中央を走っている男めがけて撃ちこむ。
直撃して落馬するそいつには目もくれず、別の一人目掛け射程距離に入ったと判断した瞬間に引き金を引く。
今度も命中。
——まあ、魔法の銃だから当たって当然なんだけど。
次!
だんだん追っ手たちとの距離が縮まってきていることに気づいて、ひやりと冷たいものを覚える。
が、怯えを抑え込むようにして撃ちこむ。
撃たれた奴が落馬していく様に、一瞬だけ怖気づいた気持ちが胸を去来した。
連続して人に害を与えるのってそういえば初めてかもしれない。
でも、人を殺すのは初めてじゃないから、いつもは一回につき一人だけ。
その一回が短い時間で繰り返しているだけだから、いつもと変わらない、はず。怖くない!
至近距離まで迫ってきたけど、もう一人落としてやる!
銃口を向けたその瞬間に伸びてきた手に胸倉をつかみあげられて、銃口の向かう先がぶれた。




