57 準備は順調に
結婚式の日取り、本番に向けての準備の段どり、そして私のマナー教育と、計画表が完成したのはもう夜中になってからだった。
部屋に戻り、倒れこむようにして眠って一日が終了。
翌朝、いつもの時間、いつものようにミレイが朝食を運んできてくれる。
「前から思ってたんだけどさ、ミレイ、使用人みたいな真似しないでいいのに」
「でもサラって若奥様なんでしょ?」
からかうように言いいながらも、ミレイは朝食の乗ったトレーをテーブルに置くと向かいのソファに座る。
使用人だったら一緒にご飯は食べてくれないか。
「昨日はあのあと全然帰ってこなかったけど、大丈夫だったの?」
「……結婚式、やることになっちゃった」
低く呻くように告げれば、ミレイは豪快に吹き出した。
結構深刻なのに、笑わないでほしい。
「やらないのかな? とは思ってたいたけど。やるんだ」
「……やらなくてもいいでしょ、『愛ある普通の結婚』ってわけじゃないんだから」
「その言葉、あのヘタレ貴族野郎に言ってやんなさいよ。きっと見物だわ」
とりあえず朝食に罪はない。ハムとレタスがみっちり挟まっているバゲットにかみつく。
程よい噛み応えと塩加減がおいしい。
「愛がなくても今更撤回はしないわよ。でも!結婚式と披露パーティーって社交でしょ!? 社交しなくてもいいって言ったのに! それを反故にするのは許せない! 契約違反でしょ?」
「書面にしてないなら微妙」
いつの間にやらランドが背後に立っていた。
ミレイはパンに噛みついたまま手を上げてランドに挨拶替わりの合図を送っている。
「ノックしてよ!」
「した。聞こえなかっただけだろ」
驚いて立ち上がる私に、呆れたようにランドは言ってくる。
ノックしたのか。確かにランドはその辺ちゃんと守ってくれてるような気はする。
「あんたも食べる?」
ミレイは自分の皿からバゲットサンドを一切れランドに差し出して自分も一切れ口に含んだ。
「お、ありがと、腹減ってたんだ」
「座ったら?」
私も横に移動してから再びソファーに座りランドに座るように促せば、ランドは大人しく私の隣に腰を下ろし、ミレイから受け取ったサンドイッチを一口で食べた。足りなさそうと、私も一切れランドに差し出すと頭を下げてランドは受け取ってくれた。
一番働かされているんだからたくさん食べればいいと思う。
「相変わらず忙しそうね」
「これからもっと忙しくなるなー。奥様の夢をかなえるために従業員総動員だ」
そうだよね。昨日侍女さんやら侍従さんやらを巻き込んで作った結婚式の準備計画書は予定がぎっちり詰め込まれて分刻みスケジュールだった。
一か月後に開催とか正気ですか? みたいな空気が漂っていたし。
「へえ」
興味なさそうにミレイはサラダを食べているけど、多分ミレイも準備に駆り出されるだろうな。頑張って。
私も頑張らざるをえない。準備だけじゃなくて、マナー勉強も。
準備をするのは使用人の皆様や、懇意にしている商家の方々だけど、式や披露パーティーの内容を決めるのは私と奥様だ。面倒くさい。中止になってほしい。
「長男よりも次男が先に結婚式やるって、貴族的にはありなの?」
サラダを食べ終えたミレイが、ふと疑問を口にした。
庶民でも家によっては長男が結婚してからじゃないと結婚できないなんて話、きいたことがあるけど。どうなんだろう?
まあそんなのは特殊なケースだよね。
「リハト様は結婚できないって、奥様は断言してたわよ」
「確かに縁遠そうではあったけどな」
ランドが割と厳しい評価をくだしているけど、リハト様は確かに結婚相手には選びたくないタイプである。だから概ね同意だ。
ミレイに視線を移す。この子の趣味は全然理解できないんだけど、どうなんだろう?
「ミレイは? リハト様って好みのタイプだったりする?」
「笑いながら敵を潰すタイプは嫌いじゃないけど、あの偏愛は気持ち悪い」
だよね。気持ち悪いは私も同意だし。
「だいたい、気持ち悪いほど弟大好きなのに、何で弟置いて家出したのよ?」
「あ、それ、私もちょっと気になってた」
大好きな弟の傍を離れるぐらいの深い理由があるに違いない。
深い理由があったにしては、家に帰る決断を下すのが早すぎな気はするけど。
「祝福を授けられた弟が家を継ぐべきだって考えてたらしいけど」
「え、リハト様に聞いたの?」
「マレムさんから聞いた」
ふうん。一応兄弟で話はしてるんだ。
けど、その件の祝福、変態大神官が消しちゃったからもう存在しないんだけどな。
祝福を消しても結婚からは逃げられなかったし。
だいたい祝福の相手と結婚できなかったら死ぬって、どこが祝福なんだか。
「祝福は消えたし、何かよくわかんない領地もらっちゃったし、結局徒労ってことよね」
「この家の男どもって馬鹿すぎない?」
「ミレイ」
完全に同意だが、さすがに言葉がすぎる。咎めるようにミレイの名前を呼んで私は首を横に振った。
「バカにバカって言うと、自分もバカになっちゃうわよ」
「でもサラもそう思うでしょ?」
「勿論」
当たり前だ。この家の息子二人ともバカだと思っている。
思っているけど。
「しょうがないわね、って感じ」
「それで許しちゃうの? じゃあ、契約違反もしょうがないわね? よ」
「違う! それはしょうがなくない!」
それはそれで話が違う!
まだキャンセルできると信じてる。信じたい。
「公爵家令息と大神官が取り合う謎の美女の結婚かー、一目見ようと押しかける奴とかいそう」
「何それ?」
何か聞いたことあるような単語だけど、美女って誰?
「そうゴシップ誌に書かれてただろ、サラ」
……すっかり忘れてたけど、確かに警察の人がそんなこと言ってた。
私はどこからどう見ても美女ではない。取り合ってたってのもなんか微妙に違うし。
詐欺でしかない!
え、もしかして、それを真に受けてやってきた招待客が、実物を見てがっかりする様を見なきゃいけないの? それ、いっそ面白いかもしれないけど、結構ぐさっとくるかもしれない。ただでさえ珍獣なのに!
もう……なんか、もう!
色々気が重いのに、ゴシップ誌めぇえええ!
「やっぱり中止がいい! いいに決まってる!」
「往生際が悪いって言葉知ってる?」
ミレイに言われてしまった。そんなことはわかってる。でも最後まで粘りたい。貴族の中に放り込まれるなんて嫌すぎる。
「一生に一度の結婚式なんですから、もっといろいろ欲張ってもいいんですよ」
若い侍女さんたちに囲まれて、結婚式のあれこれを決めていく。
私があまりにもシンプルな物ばかりを選択していたせいか、侍女さんの一人が見かねて進言してきた。
そう言われても、ボロが出ないようになるべく早く終わらせたい。ドレスだって粗が隠せるものをと選んだらすぐに決まってしまったから、侍女のみなさんはあからさまにがっかりした様子だ。あれこれ着せ替えをしたかったらしい。女性って着せ替え好きだよね? 勿論着せ替えを「させる」方。着替えをさせられる方はやってみればわかるけどできれば避けたい。
「そうです、若奥様、せめて会場の装飾をふやしましょう」
別の侍女さんも提言してくる。
何か、知らないうちに私の呼称が「若奥様」になっているだけど、ツッコミ待ちなのかな。確かに間違えじゃないから言い出しにくい。
と、会場の装飾か。って言っても、会場は中庭のあのガゼボがある辺りだ。あの庭に咲き誇る色とりどりの花と緑だけで十分だと思うんだけどな。
「厳かな雰囲気の方がいいと思うんですよね」
「まあ! そんな伝統的なお式でなくてもいいんですよ」
なんだろう、侍女さんたちはもっと華やかな式にさせたいみたいだけど。
それでもあくまでシンプルがいいと主張し続ける私に、ようやく侍女さんたちも折れてくれた。
「せめて、式の演出を増やしましょう?」
儀式の種類もいくつかあって、女神リヴに永遠の愛を誓うのが定番のスタイルだが、勿論却下だ。
そこは伝統的な「精霊婚」を選択させてもらった。
この地に住まう精霊に夫婦となることを報告し、加護を得るという流れだ。「永遠の愛」を誓う必要がないのもこのスタイルを選んだ理由だったりする。
「やはり誓いのキスですよぉ」
「皆さまそれを楽しみにいらっしゃるんですよ」
「やはりそこがクライマックスです」
……。
「却下で」
それを楽しみに参列する人って色々人としてヤバくないか?
私が即座に却下すると、侍女さんたちはがっかりした表情になった。この表情をさせてしまうのは、本日何回目なんだろう、ちょっとだけ胸が痛いけど、これだけは絶対、絶対! 例えやらないと世界が滅ぶと言われたとしてもやりたくない。
「披露宴を立食パーティーの歓談のみで何の演出もされないとなると、やはりもう一つぐらい式の方の演出をしませんと」
「そういうものなんですか」
後半の披露宴は、時間を全て挨拶回りに注ぐことに決めて立食歓談のみにしたのだ。ガーデンパーティーだ。今から出し物を用意するのは不可能だったからやむなし、だ。楽団だけは手配ができそうだから生演奏は楽しめる。踊りたければ好きに踊れ、ぐらいの気持ち。
式の演出と言われても、と、侍女さんが用意した『結婚式演出一覧』を上から順に眺める。
指輪とか、アクセサリーの類の交換あたりが一番面倒がなくていいかなぁ。あ!
「花冠の交換?」
「あ、いいですね。精霊婚にぴったりです」
精霊婚にぴったりって?
詳細を聞いてみれば、精霊王の花冠を模した花冠を作り、新郎新婦が式の中で交換をするという演出なんだそう。
花冠は入場の時から身に着けていて、交換後も披露宴が終わるまでずっとつけっぱなし、最後は精霊に捧げるために聖なる炎で精霊界に送る、らしいが。
これ、いいかもしれない。
成年男性が花冠をずっと身に着けてるって、微笑ましいでしょ。
あの不機嫌そうな男の頭にずっと花冠が乗っている姿を想像して思わず笑ってしまった。
いい! それ、いい! 嫌がらせとして最適。
私? 少女に見える女が花冠をかぶってたところで何の違和感もないはず。童顔の勝利と言える。
というわけで、花冠の交換をやることが決定した。
侍女さんたちは「お金のことは気になさらないでください。むしろもっと使ってください!」と言ってくるけど、節約したくなるのは庶民の感覚だからなんだろうな。
この家の格式ってのを考えるとあんまりお金をかけていないのはまずいのも理解できる。料理と飲み物に回してくれればと思うけど。
「それでどうなった?」
「どうなった、じゃない!」
晩御飯を部屋でミレイと食べているとようやくマレムがやってきた。
「何で止められないのよ! あんたのお母さんでしょ!」
「お前の義理の母親でもあるだろ。そもそも父が止められない時点であれを止めるのは不可能だ」
「いばるな! 社交しなくていいって言ったじゃない!」
「領地と爵位を与えられるなんて誰が思うか。俺だって面倒くさい」
「知るか!」
その領地だって経営はほとんど私がやるんでしょ。納得いかない。
苛立っていたら、私の気持ちを素早く察したミレイがマレムの襟首をつかむとぽいっと部屋の外に放り投げてくれた。
さすがミレイ。仕事が早い。
「マリッジブルーでしょ」
「これが?」
茶化すように言ってくるミレイにはため息交じりにそう返しておいた。
そんなかわいいもんじゃないでしょ。
「世の中の奥様方がよく言っている『旦那は有事以外役に立たない』って言葉。実感したわ」
「『飼い犬の方がよっぽど役に立つ』だっけ?」
「うん、セレの方がよっぽど頼りになる」
セレは飼い猫じゃないし、比較対象がおかしいような気がするけど。
でも、こんなに嫌がっているのに、領地の付与を断ろうとも、夜会の中止に奔走したりとかそういうことはしてくれない。
ぜんっぜん役に立たない奴なんて当てにしちゃ駄目だ。
「だからサラ、そうやって頑張っちゃうからよ。多分」
「だってやらないと落ち着かないんだもん」
性分だ。やれることはやらないと落ち着かないというよりは気が済まないのかも。
全部放棄して誰かに押し付けちゃえばもっと楽なんだろうか。
「頑張って」
「ありがと、頑張る。もし駄目だったらさ、逃げるわ。その時はミレイ、よろしく」
逃亡を願い出ると一瞬だけミレイは面食らったような表情になったがすぐに笑った。
多分あいつよりもミレイの方がずっと頼りになる気がする。




