54 記憶の中にある風景
馬車を止めたのは街の郊外にある墓地だった。
正直な話、全く覚えがない場所である。
あの時、墓碑に縋り付いて泣きわめいていたことは覚えているのに、その墓碑がどこにあるのかが全然わからない。
案内しろと言わんばかりのマレムを見て肩をすくめて見せる。
「ここに来たのって10年以上昔なのに」
「ほう?」
「覚えてたら逆に怖くない?」
「つまり?」
「墓、どこなんだろうね?」
セレを肩に乗せた状態でマレムも肩をすくめて見せた。
「俺が知るかよ」
ですよねー。
『こっちだ』
私たちのやりとりに呆れたのか、セレが身を捩ってマレムの肩から降りるとついて来いとばかりに墓地の奥へ足を向けた。
マレムに視線を向ければ奴は私の方を一瞥もせずにセレの後を追っていた。まあいいか、と、私もその後ろに続く。
やっぱり記憶にはない。
縋りついていたのに、場所も墓碑そのものも覚えていなかった。
薄情なのかそんなものなのか。
でも、ようやくここに戻ってくることができた。
墓碑の前で両手を組んで頭を下げる。
思い出すのは幼い日々だ。お父さん、お母さん、実のところ記憶は不鮮明で、二人の顔もしっかり覚えていなかったりする。
だけど褒めてくれた、頭を撫でてくれた、好物だったオムレツを作ってくれた、そういうことは覚えている。
何よりも大好きだったって気持ちは覚えている。
今はちゃんと愛するって気持ち、わかってるから心配しないで。
……愛なしで結婚しちゃうけど、うまくやるつもりだから心配しないで。
どうぞ安らかに眠ってね。
マレムもセレも静かに頭を下げている。
あの時みたいに泣き喚きはしないけど、また泣きそうだったから私はさらに深く頭を下げた。
やっぱり人がいなくなるのは悲しいこと、だな。
私は多分親不孝者だ。
「ねえ、街の方も立ち寄ってもいい?」
墓参りが終わって馬車に戻る道すがらそう聞いてみれば、すぐに「好きにしろ」と快諾された。
馬車で墓地のある郊外から街の中まで移動して、馬車から降りればこの先は徒歩だ。
今度は私がセレを抱きかかえて歩く。
セレを抱きかかえているこの感じも懐かしいような感じがする。
ふと、目の前に見覚えのある風景が広がって夢中で足を進めた。
「おい」
「ここ、知ってる」
後ろからマレムが止めて来るが構わず進む。
このミルクティー色の壁の家の角を曲がって、真っ直ぐ進んだ先には知っている物がある――はず。
あったのは古びた商店だった。
通りに面した扉は全てがガラス戸で全部開くと露店のようになる店。
ああ、ここ知ってる。
「おとうさんのみせ、だ」
お父さんが経営していた店だ。
よく遊びに来て店員さんの真似事をやっていた店だ。こっちは鮮明に覚えていた。
今は、瓶に詰められた薬草? お茶を売っているみたいだ。ちょうど引き戸を全て開けて露店のようになっている。
「見て行ってもいい?」
後ろを振り返ってそう告げて、返事も聞かずに店に入る。
以前とはレイアウトが全然違う。おとうさんのみせじゃない。けど懐かしいな。
棚に並んだお茶の説明文を読みながらも店内を見て回っていると、店員さんが声をかけてきた。
「何かお探しですか?」
年配の女性だ。
ええと、探しているといえば探していなくって、冷やかしだと口にするのは当たり前だが憚られる。
「あら、その猫」
「あ、ごめんなさい、猫は入店駄目ですよね?」
動物お断りの店も多い。慌てて店を出ようとしたら、店員さんに指を掴まれてしまった。
「あ、ごめんなさい。違ったら申し訳ないのだけれど、あなたサラちゃん?」
「え……」
いきなり名前を当てられて呆然としてしまう。
え、なんで、名前――。
「ルグランさんのお嬢さんの、サラちゃんじゃないかしら?」
「あ、はい、そう、です」
昔の私を知っている人、なんだろうか?
「やっぱり! 面影があるし、白い猫ちゃんをよくそうやって抱えてた! この子はあの時の猫ちゃん?」
「あ、はい……」
やっぱり、私のことを知っている人、だった。
昔の常連さんなのか、ご近所さんなのか、全然覚えていないけれど。
何だか変な気持ちだった。
「元気だったのね! よかった、あの伯父さん? が夜逃げしてもうしばらく経つでしょう? 里子に出されたって聞いたけど、大きくなったわねえ」
里子? 夜逃げ? え、ちょっと情報量が多い!
勝手に落ちたとセレは言ってたけど、伯父さんは夜逃げしてたのか。それでもどこかで生きているとかなんとか。あんまり興味ないからこのまま関わらずに終わりたいのは確か。
「あの、私、近々結婚することになったので、挨拶に」
「あら! あらあら! 後ろにいる人と? まあまあ素敵! ご両親も喜ぶわね! もうお墓の方には行ってきた?」
「あ、はい。先に寄って来ました」
おめでたい話題って、人を興奮させる成分があるんだろうか。少し引いてしまっても無理はないと思う。
店員さんはまるで自分のことのように嬉しそうにニコニコ笑って、こっそりと耳打ちしてきた。
「すっごくかっこいい人ね!」
はああ? かっこいい!? と口に出して聞き返さないぐらい理性が保ったことは褒めてほしい。
かっこいいってマレムが? ……あ、まあ一般的には容姿はいい部類なんだろうけど。
好みじゃないからかあんまり意識したことはなかったな。もう少し普通っぽい方が落ち着くというか。
「何を考えてる?」
「んん? なんのこと?」
思考が読まれたのか、鋭くツッコまれてとぼけておく。
こういう場合は否定も肯定もしないでとぼけるのが一番だと最近知った。
だってこいつ外見はともかく中身は人でなしなんだもん。
「あ、そうだ、自宅には行った? 伯父さんが手続きしていないのかずっと空き家状態なの」
「自宅……」
自宅はこのお店みたいに人手に渡っていないってことなんだろうか。
行ってみたい。そう思った。
「今から、行ってみようと思います」
場所はわかんないけど、道行く人に聞けばいいのだろう。
適当な茶葉を購入して店を出た。
店を出れば今度はマレムが先導して前を歩く。
「家の場所わかるの?」
「ああ、前もって調べてある」
ふうん、準備いいな。
確か商店から自宅まではそんなに離れていなかったはず。すぐに到着するだろう。
記憶どおりすぐに自宅にたどり着いた。
でも、この家の外観も記憶にない。
かなりくたびれているせいかもしれない。
窓という窓は木戸で埋められていて家の内部は外から見えないし、その木戸も所々腐っているのか黒ずんでいる。
元は白い壁だったのだろう、こちらも薄汚れていてとにかく暗い。
だがこじんまりとした小さな家だ。こういう家に住んでいたんだろうな、という想像どおり、というか。
玄関の扉には木の板が打ち付けられて明らかに閉鎖されている。
これじゃ入れない。――と思っていたらマレムが魔法の剣を作り出して玄関の扉を一刀両断した。
「な、何してんの!?」
この人でなし! こじ開けるにしてももっと穏便な手段があるでしょうが。
通りすがりの人がちらちらと見ているけれど、見てはいけないものを見てしまったみたいな感じになって目を逸らして立ち去っていく。完全に犯罪者!
「正当な持ち主が入ろうとしてんだ、文句あるか」
「開け方に問題があるって言いたいの! ……正当な持ち主って、私?」
両親が亡くなって伯父がいなくなった今、確かにこの家の持ち主は私になるんだろうけど、伯父が換金せずに手放すとは思えないんだけど。
「買った」
「はあ?」
「支度金代わりだ」
支度金?
『結婚するときに男性側から結婚に必要な準備をする資金として送るものだ』
首を傾げているとセレがそう教えてくれた。
へえ、そういうお金を送る習慣があるんだ。知らなかった。
自分の無知さにどれだけ興味がなかったのかがわかる。って待って。
「準備金が家?」
「欲しかったんだろ?」
「いや、まあ、あの伯父に取られたままなのはちょっとどうかな、と思ったけど。あ! 伯父にお金を渡したの!?」
あれに渡すと何か面倒くさいことになりそうな気がするから避けたかったけど、でも家は取り返したかったし、しょうがないのかも?
「浮浪者に渡すわけねーだろ。福祉施設に突っ込んでその利用料にあてただけだ」
「……そう」
「もう意識もねーよ。会いたいなら会わせてやるが、どうする? 今なら一発殴ればとどめも刺せるし一石二鳥だぞ?」
「いい、勝手に朽ちてほしい」
伯父のことはあんまり考えたくない。色々ありすぎたのだ。
恨んでないといえば嘘になる。恨んでいるから会いたくない。姿も見たくない。
「でもありがとう。すごく嬉しい」
ほとんど価値がないであろう家、購入してくれるとは、お金有り余ってるのかな。
有り余っていたとしても、恐縮だ。申し訳ない。返せるような働きをしたい。心に誓った。
「いいから入ってみようぜ」




