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53 撤回はしない


「それよりも、二人はいつ結婚するの?」

「言質が取れた今すぐに、だ」


 リハト様に答え、マレムは私の手首を掴んで引っ張った。

 これ結構痛いんだけどな。

 しかも言質って。一応私が心を決めるまで待っていてくれたってこと? そこ拘ってたの?


「陛下は反対されているって父上から聞いてるけど、許可は?」

「んなもん無視に決まってんだろ。あれがやったことを考慮したら許可なんて必要ない」


 王様を「あれ」呼ばわりかー……。今日の番犬さんはミレイみたいにいきり立ってるなあ。

 

「なるほど、サラちゃんをあのバカ第四王子にでもくれてやりたいのかな?」


 リハト様の表情から笑みが消えた。

 怒っているという気配が伝わってくる。さすが兄弟怒ると似てる。怖いわ。

 それより、今なんかめっちゃ不穏な言葉を言っていたような?


「あのボンクラ王子に?」

「低能王子」

「無能でいいあんなの」


 言い得て妙。

 兵士に引きずられていったあの馬鹿王子の顔を思い出し、正直にそう思ったが、そうじゃない。

 

「いっそ無能な王子なんて始末しちゃおうか」


 突然の物騒な発言をするリハト様にさすがのマレムも口ごもる。

 さすが兄弟、思考回路が似てる。


「あれに使う税金ほどムダ金もないし、ああ、死んじゃったら国葬かなあ、それもムダ金だ」

「じゃあ、行方不明になってもらうしかないだろう」

「そんなに上手に死体って消せるかな?」

「それは魔法で塵に変えちまえばいいだけだから」


 なんかさっきまで微妙な雰囲気だったのに、共謀の方向に進んでるし。

 でも、第四王子って主にミレイが既に叩き潰してるんだけどなー……、どうやって説明っていうか、どこで口を挟めばいいのやら。


「さすがマレムくん! 稀代の天才といわれていたのは知ってたけど、お兄ちゃんは誇らしいよ本当に!」

「やめんかバカ息子ども!!」


 こいつらどうしようかなと、気が遠くなりそうな心地で見ていたら、別のところから制止がかかった。

 これは、ものすごく、頼りになる人が来た。


 二人の父親、クラウディル公爵閣下、その人だ。

 早足で部屋に入り込んでくる閣下に急いで頭を下げる。実はまだ挨拶すらしたことがない。雲の上の人。

 やっぱりその寂しくなってきている頭は気になるけど、あえてそちらからは目をはずしておく。


「父上!」

「ボンクラは貴様らの方だ! 愚息ども!」


 拳を握りしめながら兄弟へと足早に近づくと、それぞれ一発ずつ頭に拳骨を落とす閣下。

 この口の悪さがこの兄弟の父親っぽくて、なんだかなぁって感じはするけど。


「サラ・ルグラン!」

「は、はい!」


 突然名前を呼ばれて、頭を下げたまま返事をする。


「なぜ止めない!?」

「わ、……私にこの人たちが止められるとお思いですか!?」

「ふむ、それもそうか」


 あ、すぐに納得してくれた。この二人を止めることが容易じゃないってことはわかっているらしい。

 よかった。怒られずに済みそうだ。


「ルグランという名の貴族はいない。したがって、平民だ。王族が平民を娶るなどありえん!」


 ですよねー。


「つまり、子どもだけ産ませ、妾として城に留め置くつもりだということですね、父上!」

「ええー……」


 リハト様の推察にはツッコミたかったが、このシチュエーションがツッコミを許してくれない。

 あの第四王子が私と子を成すとか、妾にするとか絶対ないと思うんだけど、うん。絶対ない。


「違う! ――いや、違わぬか……?」


 なぜそこで悩むの、閣下!?


「違いませんよ! 閣下! あの異様にプライド高そうな第四王子が平民なんかに手を出すはずがないじゃないですか!」


 思わず口を挟んでしまった。

 何だかこの親子、ちょっと思考回路がおかしい。

 

「閣下と呼ぶな! サラ・ルグラン!!」

「はい! ごめんなさい!」


 怒鳴られてしまって、反射的に謝る。やっぱ怒られた!


「『お義父様』と呼べ!」

「……はい?」

「『お義父様』だ」


 ……どうしよう。どうしてそうなる? どうすべき?


「うるせえから、言うとおりにしとけ」

「……お、お義父、様?」


 マレムに耳打ちされて、仕方なくそう呼びかければ閣下は満足げに頷いた。

 ……このノリ、一体何……?


「今ならまだ後戻りもできるわよ?」


 ちょうど朝食を運んできたミレイが、テーブルの上に朝食の乗ったトレーを置きながら冷静にそんなことを言ってくる。

 後戻りって。


「気の迷いでしたーっていうのも可能よ。義理の家族があれってどうなのよ」

「……う! そ、そう、よね……」

「そこで迷うか!?」


 本気で迷いはじめた私に信じられないとでも言うように言ってきた奴も、自分の父親と兄を見比べて小さくかぶりを振った。


「――迷うのも仕方ないかもな……」


 あんたが認めてどーすんの!

 だああああ! もう! 決めたんだから、後悔なんてずっとしてるし、決して本意じゃないんだけど。

 だから! が、頑張る、しかない!……かな。

 

「撤回はしない! 絶対しない!」


 自分に誓う意味でも強く言い切れば、ミレイは一瞬意外そうな表情を見せたが、すぐに愉快そうに笑った。


「そう。まあ、やってみて駄目でしたーってのを薦めたのは私だしね。駄目だったら退路は確保してあげる」


 それは「ありがとう」でいいのかな。

 なるべく駄目にはならないようにしたいんだけどな。

 横目でマレムの様子を窺ったが、何だか冷めた目を自分の家族に向けていてそれを私に向けてくれそうにはない。

 ああ。不安。……じゃなくて、頑張る。

 だって、ここからだから。ここがスタートだから。






 ガラガラと車輪が進む音だけが静まり返ったこの場を支配していた。

 婚姻を承諾して翌日、私はマレムとそしてセレと高速馬車の中にいた。

 セレはいつもどおり私の膝の上でうとうとしていて、向かいに座ったマレムは窓から外を眺めている。

 誰も一言も発しない空間は、昨日のこともあって結構気まずい。


 ミレイと、とは言わない、せめてランドがいればもうちょっと雰囲気は和らぐと思うんだけど、ランドは別の仕事を与えられてどこかに出かけていて同行してくれなかった。ちなみにミレイはあの魔法でダウンした後ということもあり、教授の診察を受けるとかなんとか。

 まあ、セレがいるからいいんだけど、と、その白いフカフカの背中をなでる。吸うのは我慢だ。


「……どこに向かってんの?」


 早朝、着替えをしたらすぐに馬車に押し込まれたのだ。目的地すら教えてもらっていない。


「南部」

「南部?」


 膝の上のセレがぴくっと反応し、顔だけを上げてマレムを見た。


『ルグラン家か』

「ああ」


 ルグラン家って、私が生まれた家のことだよね。

 一度消された記憶は取り戻している。小さな普通の家だったはず。小さいころだったからそんなにはっきりは覚えていないけど。あそこにいく必要ってあるの?


「何で?」

「墓、あるんだろ」

「墓?」


 墓って、誰の? って、ああ! あるのは私の両親の墓だ。

 二人とも亡くなった後、町の墓地に埋葬されたんだ。墓地でひたすら泣いていた記憶がある。


「両親の?」

「ああ」

「墓参りに行くの? なんで?」


 確かに長い間行ってないから、私としては行けるなら行きたいけど、なんでこいつが一緒に? って感じだ。


『サラ……』


 黙り込んだマレムに、何か感じ取ったのかセレが責めるように言って冷たい視線を向けてきた。え、なんで?


『婚姻をするのだろう?』

「うん」


 超不本意だけどね! もうその道しかないから。

 でも結婚するから何?


『両親の墓に挨拶ぐらいはしておこうと、さすがの人でなしでも考えるのではないのか』

「え! 人でなしなのに!?」

「誰が人でなしだ!」


 怒られてしまった。まあ当たり前だけど。

 けど、驚いた。そんな普通の人間のような考え方をするとは思ってもみなかったから。


「ごめん」

『……どうした? 随分と人間らしい考え方をするな?』

「元から人間だっつーの!」


 人間だったけど、かなり傍若無人というか尊大不遜というか、貴族的な考えをしていたように思う。

 セレがそんなことを言うのもわからないでもないぐらいに。


「そんなことより、本当にいいのかよ?」

「何が?」


 真っ直ぐに射抜くような視線を向けられて問いかけられても、質問の意図がわからず答えようがない。


「嫌がってただろうが、結婚。一体どんな風の吹き回しだ」

「あー」


 それを敢えて聞いてくる? しつこかったのはそっちでしょうが。と言いたいところだけど。


「純粋な好意じゃないなんてそんなのわかってるんでしょ?」

「……ああ」


 ここで頷いてくれるなら、私の罪悪感めいたものも少しは薄れる。

 でも強引にここまで私をひきずってきたのはこいつ。私はただそれに乗っかっただけ。それだけだから愛情で選ばなくたって文句はないはず。絶対に。


「正直言えば、下心があるのよ」

「下心?」


 あ、ちょっと引いた。言い方が悪かったか。


「ここに居れば守ってくれるんでしょ? 私は女神に乗っ取られるなんてまっぴらなの」

「はあ、そういうことか」

「妻になれば守ってもらえるんでしょ。だからそれにのっかっただけ」

「ああ、わかった、わかった。女神も教皇も、ついでに大神官も全部ぶっ潰してやる」


 呆れたような口調だけれど、そう言ってくれるのは本当に心強い。

 そういうの、わかってやってんのかな。

 

『少しは好意があるのか?』


 意外そうに尋ねてきたのはセレだ。

 そこ、気になるところなのかな。


「そりゃ、嫌悪感しかなかったらこんな手段とらずにセレと逃亡一択だったわよ。ミレイも一緒なら助かる可能性はギリあるんじゃないの?」

「……そうか」


 苦笑を漏らしているけれど、マレムは少しだけ嬉しそうだ。なんで? 私結構最低な結婚理由を口にしている自覚あるんだけど。

 これって将来子どもが、「お母さんはお父さんとなんで結婚したの?」って聞かれて正直に答えたら子どもが非行に走りかねない回答だと思うんだけど。逆にこいつの「祝福だから」ってのも同じ。この結婚理由は今後は絶対に口に出さず墓場まで持っていこう。「お父さんに熱心に口説かれて」ってことにしとく。怒られてもいいや。


「ついでに国王もやっとくぞ?」

「それ、地下組織の人たちが暗躍しはじめそうだからぜったいやめてよ」


 魔法王国復興の第一歩として国王崩御の混乱に乗じて新生魔法王国建立とか。普通にあり得そうで怖い。


「女王か」

「絶対無理」


 平穏無事に普通に生きるのが私の最終的な目標なのは変わらない。女王になんてなったら平穏無事も普通も叶わないに違いない。

 先祖がどうであれ私は骨の髄まですっかり庶民だ、今から王族なんて絶対無理だ。却下。


「家も出て行かなきゃならねーし、それはそれで面白そうだな」

「面白がらないでよ」


 何でちょっと興味もってんの? 本当にこいつの家の連中にはついて行けそうにない。

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