52 承諾
何とかミレイを宥めて公爵家に戻って来て、いつもの部屋でゆっくり休んで朝。
朝食を食べる前の時間、ソファに腰を下ろしてセレを膝の上に置いて癒しタイムを満喫。
ああ、セレだ。会いたかった。でも吸うのは我慢だ、我慢。
朝食と一緒にミレイがやってくるので、セレと二人っきりで過ごせる時間は短い。
『魔法王国の生き残りが作った組織?』
「うん、王族の冤罪を晴らす為にひそかに活動してるみたい」
あの地下組織の存在をやはりセレは知らなかったようだ。
「荒野の呪いを解きたいとかなんとか」
『それをずっと、願っていたと言うのか』
「やっぱり呪いがかかってるのかな、私には」
あれこれと降りかかってきたのが呪いのせいなのだとしたら、呪いが解ければ平穏無事に暮らせるってことなのかもしれない。
王様やら公爵閣下やら偉い人に関わったり、女神に狙われたり、大神官に執着されたり、そういうのはもうまっぴらなのだ。
「女神を何とかすれば呪いは解ける?」
『それはわからない。だが、リヴはどうにかできる相手なのか』
どうなんだろう? あの女神の呪いの魔法も強力なんだろうな。解除したときの痛みを思い出してぞっとした。あれをもう一回やれって言われたら、泣き喚くかもしれない。子どもみたいに。
「でも何とかしないと乗っ取られちゃう」
『わたしが近くにいればサラの存在は隠匿することはできる。今までそうやってきた』
「え、そうなの?」
セレが近くにいれば私の存在は完全に隠される?
あ、そうだ、大神官が言ってた「私を探したけど見つからなかった」って。それは私の近くにセレがいたからなのか。
セレから離れてしまったから、あの変態に私が見つかってしまったってことか。
私はセレを手放すつもりはないし、できれば死ぬまでセレといたいと思っているけど、もしも何かがあって離れ離れになってしまったら同じように見つかる危険性はあって、女神は確実にその隙を見逃さないと思う。
根本的に女神を何とかする必要はあるし。女神から身を護る術もほしい。
「セレが私の近くにいてくれるつもりがあっても、私がセレと一緒にいたくても、それを引き離す存在っているでしょ。あいつ――マレムみたいに」
『あのろくでなし貴族か。なぜあれと縁ができてしまったのか……』
ろくでなしって。セレはあいつに辛辣だな。
それと縁ができたってのも、まあ、何か嫌と言えば本当に嫌なんだけど。拒否はしたい。本当は心から。
『しかしあれと縁ができたからこそ、サラは亡き両親の記憶にまでたどり着くことができた』
「あれじゃなくても、どこかで知ることにはなったかも――ってセレが私の記憶を消してたんだっけ。そのまま消しておくつもりだった?」
『そのつもりだった』
そうだったんだ。それならばそれでまあ別にいいのかな。
あそこで殺し屋をやっていたら、どうなってたんだろう? ミレイがそのうち組織を壊してたかもしれないし、そうやって自由になってたかもしれないし。ずっと殺し屋やっていたかもしれないし。
「きっと、あのままだったら私一生家庭を持つこともなくセレに看取られて死んでいったんだと思う。魔法王国の血も絶えちゃって、それはそれでよかったのかな」
『それならそれで、いいのだろう』
いいのか。
なんとなくほっとしてしまった。長く続いてきた血脈をここで途絶えさせるなんて! って責められると思ったのだ。多分地下組織の人たちはそう思いそうな気がする。
けど、私が決めていいんだ。私の思うとおりに生きていいんだ。
「ねえ、セレ」
「入るぞ」
ノックしながら扉を開けるのはやめろと言いたい!
突然開いたドアに、飛び上がりそうなほど驚いた。大事な話をしているところだったのに!
「まだ治してないのか」
奴だ。マレムだ。ノックを――してたから、ええと、何て文句をつけるのが正解なんだろうな、この場合。
治していない、は傷のことだというのはわかってはいる。
これを治すのって、結構魔力使っちゃいそうだからセレに負担がかかりそうで躊躇してしまう気持ちが強い。
マレムはずかずかと近づいてくると、遠慮なく私たちの前に立ちはだかった。
「早く治しとけ。歩けねーんだろ」
『サラ、やるぞ』
「あ、うん」
セレは私の膝の上から床に飛び降りると、ソファの座面に下りると器用にその前足をふとももの傷の上にかざした。セレは傷口に触れないように気を遣って膝に乗っていてくれたから痛くはなかったけど、少しでも動くと痛むのはやっぱり煩わしい。
セレが出現させた魔力の形を変えて治癒魔法を発動させる。
「治れ!」
聖域の微量の魔力で発動させたのとは全然違う。一瞬で痛みが消え去った。あとで傷口も確認してみよう。じっとこちらを見下ろす目に、今じゃないと結論付けて足首の方へと視線を落とすとセレが床へと飛び降りて、再び傷口に向かって魔力を放出する。
ふとももにやったのと同じように魔法を発動させれば、こちらも即痛みが消えた。
室内履きと靴下を脱いで確認すれば傷口はきれいさっぱり消え去っていて――魔法ってスゴいな、と思わざるをえないな、本当に。
『さすが、というべきか』
「何が?」
『完全に使いこなしてい――ぎやああああああああ!!』
言葉の途中で悲鳴に変わったのは、マレムがセレの頭に手を乗せて魔力を注ぎ込んだからだった。
『突然何をする!?』
「いや、魔力が尽きる前に補充だろ」
一声かけてからお願いっていうのはこいつには通じないんだろうな。もう諦め半分な気持ちで立ち上がったマレムを見やりながらも私も立ち上がった。
違和感なく立ち上がることができたから、もう抱きかかえられなくても済むぞ。
「んで、どーする? 国王闇討ちに行くか」
「行かないわよ! 下手したら国家反逆罪じゃない、それ!」
「第一王子と第二王子の許可待ちだからちょっと待っとけ」
それって許可されるの? 王子様って王様の息子だよね?
父親の闇討ちを許可しちゃうの、できちゃうの?
「まあご子息二人がなぜかまともでよかったな、って感じだな」
「反面教師ってやつ?」
そういえば上の二人にはお会いしてなかったけど、そっちはまともなのか。よかったこの国の将来はまだ安泰か。
「あ、そうだ。言い忘れてたけど、色々ありがとう」
これ以上変なことを提案されてはたまらない。後回しにしていたお礼を先にしておこう。
「はあ?」
「魔法、名前呼んだら守ってくれる魔法、あれなかったら結構まずかったかも。あと銃も。あれ、リハト様に回収されちゃったけど――」
「ああ、兄から受け取った」
よかった。ちゃんと手元に戻ってたんだ。
女神を凌げたのは、あれがあったからっていうのも大きい。
「あと、また迎えに来てくれたのも、ありがとう」
「ああ」
真っ直ぐに見れば視線がそらされてしまう。照れるのか。こいつも。
この人でなしめ。人でなしなのに、な。
「で、どーする? しとくか書類上だけでも婚姻を」
そっちにもってく? また恩に着せるの?
呆れてため息をつけば、奴も小さく息を吐いたのがわかった。
「保留のままか?」
思えばここに至るまで何度か選択肢を与えられて――思えば全部ろくでもない選択肢ばかりだったけど――最後の最後まで選び続けてきたのはいつもこいつだった。
ここ以外に逃げる場所なんてないのもわかってる。
あの時、私が死の口づけを決行してしまった時点でこの運命は決定してたのかも。
それは後悔しかないし、全然認めたくないんだけど。
「……結婚する」
敢えてそう言い切ってやった。
「あんたを夫として、生涯支え続けること、誓ってやろうじゃないの」
「なんで喧嘩腰なんだよ。別に支えてもらう必要はない。形式だけでもいい。子供だけは作るがな」
何か私に気を遣っているようでこれ以上なく最低なことを言っている自覚はあるのかな?
以前、この話題で私が怒ったこととか覚えてないの?
「結婚するからには、ちゃんと夫婦としての心を通わせ合う努力をするつもり。私はね」
でも決めたのだ。
こいつが私をどう扱おうが自由だし、どう考えていても、どうでもいい。私はちゃんと努力する。
だって、結婚するってそういうことだと思っているから。
だいたいセレに向けている愛の一部分を向けろと言ったのはそっちでしょ。
セレにむけているのがどんなに深いものなのか知らないでよくもまあそんなことを言えたもんだ。
もう勘弁してくれって言いたくなるほど、支えてやるんだから!
「そうか」
私をぞんざいに扱うようなことを言ってんのはこいつなのに、どうしてそんなに嬉しそうな顔をするの。
「マジかよ……サラ」
開いたドアの向こうで、いつの間にかやってきていたランドが気遣わしげに声をかけてきた。
部屋の外で控えていたのか、いつから覗いてたんだろう。恥ずかしすぎる!
「それでいいのか?」
「い、いいに決まってる! 自分で決めたんだもん! だいたいランドだって押してたじゃない!」
「いや、まあ、そうなんだけど。とはいえ権利に負けたみたいでさ」
最近はすっかりこいつに便利に使われすぎて心配なんだけど。
主従関係がすっかり出来上がっていると言っていいのだろうか。
「話は聞かせてもらったよ」
げ。
ランドを押しのけるように、突然部屋に入ってきた人物に思わず頬がひきつったのを自覚した。
リハト様。長男のご登場だ。
「帰れ」
溺愛する弟に冷たく一蹴されてもめげる様子も見せずリハト様はあいつにずかずかと近づいていく。
思い切り顔をしかめるマレムの気持ちはよくわかる。私もこの人のこういうところはちょっとだけ苦手かも。
「よかったねえ、お嫁さんがきてくれて!」
「さわんな! さっさと消えろ!」
「その性格がネックで一生独り身かと思ってたのに……」
うわあ、マジ泣きしてるよ……。
呆然と成り行きを見守っているランドに視線を送る。
もう、兄弟二人っきりにしてあげよう、と。
ランドは私の視線に気づくとすぐに踵を返していった。なぜかその後ろをセレが続いて行く。あ、やっぱ逃げるが正解か。
私もこっそりとセレの後を追い――
「行かすか!」
「うひぃ!」
どうしてこういうときって絶対つかまっちゃうんだろう。
兄を振り切って追いすがってきた奴に背後から肩をつかまれてしまった。
「ちょっと待って、ランド!」
その隙にさっと部屋から抜け出たランドは声をかけても戻って来てくれない。
また見捨てられた!
セレも戻ってきてくれないけど、セレを巻き込むのは避けたいからそれは問題ない。
「アレと二人きりにするなよ、頼むから!」
「頼まれても困る!」
あの人、いろいろ問題ある人だけど、弟さえ与えておけば比較的大人しくしていてくれるはず。だから犠牲になっとけとしか言えない。
「サラさん!」
うわあ、私にも来た!
ぐっと距離を詰められて熱のこもって目で見つめられてしまう。
まあ、これは恋愛的な思慕じゃないとわかるから怖くはないし、気持ち悪くもないはず。
「どうか、どうか! この捻くれ者の弟をよろしくお願いします!!」
「え、あ、は、えーと、その、善処します」
「そこは謹んで受けとれ!」
いや、なんか、うん、謹んでっていうのはちょっと違うかなーっていうのが正直な感想かな。
「ありがとう、ありがとう! 本当にありがとう!」
両手をつかまれぶんぶんと振られて、もう困惑で固まるしかない。
この人のペースに完全に飲み込まれているけど、抜け出せない!
「そうか! マレムくんのお嫁さんということは、義妹ということになるんだ。気軽にお義兄さんと呼んでいつでも頼ってくれれば僕としても嬉しい」
にこにこと、ものすごく嬉しそうに告げるこの人は基本的に悪い人ではないんだよね。ちょっと考え方があれなだけで。
私もつられて笑顔になって「はい」とだけ答えておいた。
「妹か。弟しかいなかったから新鮮だなぁ。サラさんは甘いお菓子は好きかな? それともフルーツのほうが? どういうドレスが好き? 宝石は?」
「やめろ馬鹿」
だんだんエスカレートするリハト様の頬を手加減なくマレムが叩いた。
それでようやく手が解放されたので、さっと距離を取ることに成功。
悪い人じゃないのはわかる。何か家族愛みたいなのを向けてきているのもわかる。
でも、ちょっと距離を置きたい。
「い、痛い! 愛のムチ!?」
「やめろって言ってんのがわかんねーのか! 怯えてるだろーが!」
「あ、ああ、ごめん。かわいがり方がよくわからなくて」
「い、いえ、やめていただけるなら、大丈夫です」
怯えてるの、バレてたのか。
また助けられてしまった。
「サラさん、サラちゃん?」
「どうとでも、呼んでください」
「サラちゃん!」
何だこのやりとり、意味不明。
「羨ましい?」
リハト様は奴にそう言ってものすごくいい笑顔を向けている。
「何がだよ」
「お嫁さんに嫉妬しちゃうかなって。お兄ちゃんと仲良くしすぎって」
そっちか。
まあ、この人の場合はそっちだよね。
「サラちゃんがマレムくんを好きなのと同じぐらい僕はマレムくんが大好きだよ」
「あー……」
思わず声が出た。
「多分リハト様の方が愛情が深いと思いますよ」
「そう?」
感じているそのままをリハト様に告げれば、意味深な笑みを向けられてしまった。
「サラちゃんには、マレムくんを愛でる会に参加してほしいなって思ってるんだけどな」
「いやぁ……」
めっちゃ嫌悪感をにじませてこっちをにらんできている視線がとても痛いんで無理だと思いますよ、とは思ったけど、曖昧に笑って誤魔化した。




