51 息の合った
「リハト、まだ手続きが終わってない」
控室に飛び込んできたのは第三王子だった。
なんか王族っぽい服を着ているので奇妙でしかないな。
突き飛ばされてしりもちをついてしまったので、ちゃんと前を見ろといいたい。
「うわ! サラ・ルグラン!」
人を見て変な声をあげるのもやめてほしい。
「も、申し訳ない!」
抗議の視線を向けていれば、第三王子は素直に詫びて私の両脇の下に手を入れて持ち上げて立たせ、頭を下げてくれたから、まあ許す。なんだか子どもの持ち上げ方と同じような気がしたけど、まあ許す。
でも女神のエサにされたのは、許さない。
「無事だったのか、よかった! ――ってマレム! お前もいたのか! 落ち着け、まず、落ち着け! その殺気を消せ! な?」
「……一体何があったんです?」
殺気を消すことなく、マレムは筋肉王子に問いかけた。この場でこいつだけが事情を知らないのか。
説明しとくべきだったか? でも、この怒りをぶつけられるのって結構消耗するからな……。
「ただ、女神リヴの反応を見たくて、サラ=ルグランをわざと聖域に入れただけだ」
「はあああ!? そんなことすりゃどうなるかわかりそうなもんだろうが! 馬鹿なのか!?」
普通のトーンで説明すれば何とかごまかせると思ったのか知らないけど、無意味だと思う。
何でもないことのように第三王子が説明したら、案の定、番犬は怒った。
もっと言ってやってよ! って気分だ。
「だからこいつ、聖域にいたのか」
「まさか魔人があんなに簡単に敗れるとも思ってなかったんだ」
番犬に怒鳴られても第三王子はほとんど口調を変えずあっけらかんにそんな言い訳を口にした。全然反省してなさそうなのは、敢えて表に出してないだけなのか、本心でそうしているだけなのかは読み取れない。
「あの女は魔法耐性がない。んなことも知らなかったのか」
「え! そうなの?」
思わず口を挟んでしまった。
どんな攻撃も効かないと思っていたから意外だった。そういえば「魔法無理」とか言っていたような?
「だからと言って普通に魔人相手に魔法をぶちかますなよ、普通に避けるぞ。絶対に当たらない。魔人だからな、それぐらいはやる」
「だが、隙をつけば、魔人とは言え無敵ではない、と?」
「そんなに簡単な話じゃない――ですよ」
何かに気づいたかのように、マレムは突然口調を取り繕った。ちょっと冷静になったのかな。
「とりあえず状況がわかりました。父に報告します」
「ちょっ! やめろよ! 公爵はやばい!」
ようやく第三王子の顔に焦りが浮かんだ。
やっぱり閣下はこの王子をも恐れさせるのか。すごい人だ。
「今ここで、俺が私刑を執行するのと、公的に処分されるのとどっちがマシでしょうね」
「どっちも容認できない!」
「さすがマレムくん! 頼もしいなあ!」
この兄弟、すごく嫌な兄弟だなー……。
「ねえ、アルバシオ殿下? サラさんは無事に生還できたからよかったものの、うちの嫁に何かあったらどうなるのかって少しは頭を働かせたらどうですか? 税金すすってる場合じゃないでしょう?」
「嫁じゃないですってば!」
ちゃんと否定しておきたい。でも誰も聞いてない。
結婚しないってリハト様に伝えたはずだよね? なんで通じないのかな、この一家の特徴なのか。
「お話中ごめんなさい。あの、ミレイってどこにいるんですか?」
とりあえずリハト様は解放されたし、この人たちはもう放っておこうと次の目的に移行することを決め、三人組に問いかけると、三人とも同時に私を見た。
「地下牢」
「なんで!?」
異口同音での三人の息のそろったアンサーに思わず叫び返していた。
地下牢ってミレイが一体何をしたっていうの?
「閣下の指示だ。君が戻るまで地下牢に閉じ込めておけと」
確かにいきり立ったミレイを野放しにはしとけないのはわかるけど。
地下牢ってのはいささかひどいんじゃないの。余計に荒ぶってたりしてないか?
どうやって行くのかわからないけど、行くしかない。
「……行ってくる」
「場所わかるのかよ?」
奴――マレムがそう言ってリハト様を振り切って近寄ってくると、素早く私を抱き上げた。
いや、ちょっと、待ってほしい。これはちょっと恥ずかしい。
このまま、城内を闊歩するってことでしょ。
「歩けるから!」
「黙れ。行くぞ」
「さすがマレムくん! やる時はやる子だな!」
リハト様はどうしてか嬉しそうに弟をほめたたえてるし、第三王子はこの場から番犬が去ってくれることにあからさまに安心した顔をしているし。
マジでこの罰ゲームみたいな体勢で行くの?
「せめて背負って!」
この部屋まではそうやってきたんだから、あれも恥ずかしいけど、これよりはマシ。そう訴えても私の方を一瞥もしない。
これは、あれか、さっきの「おぼえてろよ」か?
これは、本気で恥ずかしい!
羞恥心から両手で顔を覆うことしかできない。誰にも会わないことを願いつつ運ばれることしばらく。
「サラ!」
懐かしい声にようやく手をどけて見やればランドが駆け寄ってきたところだった。
地下牢とやらに、着いた、の?
「何で泣いてるんだよ?」
「だって、だって、この体勢で城の中を歩くのよ! 信じられない!」
「うるせえ、運んでやっただけありがたく思え」
「痴話喧嘩かよ」
小さくぼやいたランドの声はちゃんと聞こえていたけど、痴話喧嘩じゃないと反論できないほど、私の中の大事な何かがすりつぶされているような感覚に打ちのめされていた。何かって本当に何なんだろうな。矜持とかそういう感じ?
ああ、もう、そうじゃない。先に危機的状況からの脱出だ。ミレイをまず止める。
無理やりマレムの手から地面に下りて、痛みで痺れる足を引きずりランドに詰め寄る。
「怪我してんのか、サラ?」
「それよりミレイは? 爆発寸前?」
「いや、まあ、見ろよ」
ランドが指し示す方向には、鉄格子があり、その先にはミレイが座っている。なぜか地面に紙を何枚か広げた状態で首をひねって何かを考えている様子だ。
「ミレイ」
「サラ!」
私が呼びかけるとミレイは立ち上がり、鉄格子に歩み寄ると格子の一つに両手をかけると思いきり力をこめて穴をこじあけた。やがて人ひとりがとおれるぐらいの穴を作り上げると脱力して大きく深呼吸を繰り返す。
だよね、ミレイを閉じ込めるなんて普通に無理だわ。
「よかった、無事に戻ってこれたのね」
怪我はしてるけど、それを告げるとミレイが正気を失いそうで怖い。黙っておこう。
いや、でも何かミレイが普通過ぎて拍子抜けだ。
自分のこじ開けた穴から脱獄して、ミレイは上機嫌で笑っている。
「ミレイこそ無事でよかった」
「うん。あの後すぐに気を失っちゃって、気づけばこの牢屋の中だったから」
閣下! なんで意識のないミレイを地下牢に押し込めたりするの!
「最初はムカついて、サラも助けに行きたいからいっちょ暴れようと思ったけど、サラも何とかなりそうなのがわかったし、ランドも来たし、ゆっくり計画を練ることにしたのよ」
「計画って?」
暴れるのを思いとどまったのは、偉い! でいいのかな?
計画って何? ランドが苦笑いを浮かべているからあんまりいい計画じゃないとは思うけど。
「この国どうやって壊してやろうかと思ってね。計画的にちょっとずつダメージを加え続けてそのうち崩壊する的なのをやってみたいなって」
「……それ、ミレイに向いてないと思うよ」
「あ、やっぱりそう思う?」
何か私のツッコミもずれていると思ったけど、それしか言えなかった。
ミレイがちょっとずつっていうのは、性格的に無理、だわ。そういうのはミレイよりもあいつ――私の視線に気づいたのかマレムは睨み返してきた。まだ何も言ってないんだけど。
「やるんだったら、国のトップがいなくなっても、一般市民が困窮しないようにちゃんと対策しておかないと、思いつきでやると後々面倒なことになるんだから」
「そうそう、そういう配慮って大事よね」
ミレイは真剣な顔で頷いてくれる。だけど、ちゃんとわかってくれてるのかな。
下手に滅ぼすと訳のわからない呪いとか発生して、子孫にまで影響を与えたりとか、意味不明な地下組織とかにずっと恨まれたりしちゃうんだからね。
それに、いくら魔人だとしても王様を手にかけたらさすがにヤバくない?
それとも閣下がもみ消してくれたりする?
「おいおいおい、なんでサラまでやる気なんだよ! 止めろよそこは」
「そうは言ってもね、色々と恨みはあるし」
「当たり前でしょ! なんで王ごときにサラと私の交配をコントロールされなきゃなんないわけ? 私たちは農作物じゃないっつーの!」
あ、やっぱりそれ怒りのポイント高いんだ。すごく良くわかる。
王様を脅迫するネタにしちゃったけど、本当は口にするのも嫌。
「――交配?」
低い声に、ぎくり、とした。
やば、話してなかった、わ。
「え、えぇと」
「コントロール?」
「そうよ、あの最悪王! よりにもよって日替わりで魔力の高い男をサラの寝室に放り込むとか言ったのよ! 家畜みたいな扱いしやがって! これが許せるものですか!!」
どう説明しようか言い淀んでいる間にミレイが怒り任せに全部暴露してしまった。
王様、ごめん! でも許せないって気持ちはあるから! 本人には謝罪はしないけど。
「――はあ、あのアホ王は!……本当に……!」
すぐに王様の元に向かうかもしれないと思ったのに、マレムは深いため息をついてその場に留まった。
よ、よかった……?
王様を半殺しにするかもっていう杞憂は、自意識過剰だったのか……。
動悸の激しくなっていた心臓を落ち着かせるようにこっそりと深呼吸を何度か繰り返し、ミレイの手を取った。
「何らかの形で報復はするから、ミレイ、今日のところは帰ろう」
「何でよ! 大人しく引き下がってたまるもんですか! どうせここに押し込めたのだってあの馬鹿王でしょ!」
いいえ、それは閣下です。言わないけど。
「私は、王様が破壊される様よりも、ミレイとのんびりする方が好きなの! セレとミレイとランドと、楽しく生きたい!」
「サラ……」
ミレイははっとしたような顔つきになって、すぐに勢いをつけて抱き着いてきた。
ぎゅうぎゅうと締め付けられて、何故か傷口が痛むけどこれはミレイの友愛の証だから、どうってことない。痛い。
「おい、おい、サラ、もう一人そこに入れてやれよ! な?」
「ランドも、帰ろう」
何かを必死で訴えているランドが何を言いたかったのかさっぱりわからないのでそう呼びかける。
できれば、あの街に戻りたい。でも無理だったことはわかる。いつかは、私たちの居場所ができればいいのに。
「頼む! サラ! 嘘でもいいから言ってやれ! 後が怖い!」
「ランド、さっきから何?」
騒いでいるランドに何事かと問いかければ、こっそり奴――マレムを親指で示している。
もう一人? 入れてやれ? ってあいつを?
先ほどため息を吐いたまま、頭を右手で押さえたまま動こうとしていない。色々ありすぎたし、疲れが出たのかな。
「頼む!」
と、ランドに言われても、なあ。
ミレイの腕から抜け出して、足を引きずりながらもマレムの前に立った。
「あんたの家に行くのに、帰るはおかしい?」
「知るか!」
やっぱり怒られた。
これ以上の口論はしたくない。ランドに頼まれたけど、何も言いたくなくなった。
「……もう俺の家じゃなくなるだろうしな」
「え……」
「兄が帰ってきたから、いずれは出てくことになる」
ああ、そっか。貴族の次男以下は大変って聞くけど、こいつみたいな偉い貴族でも同じなんだ。
前は出ていきたいって言っていたけど、未練みたいなのがあるの?
「清々するけどな」
「あ、やっぱそうなんだ」
やっぱりその言葉には憂いが一切ない。本人がいいならそれでいいんだけど。
でも、こいつが出て行った家にいつまでもお世話にはなれないことはわかる。
「それで私は、このままあのお屋敷で働かせてもらえるの?」
「なんでそうなる?」
「じゃあ一緒に行ってもいいの?」
「それは……」
「セレも、ミレイもランドも、みんな連れていくけど、それでもいいの?」
大事な確認だ。私は大好きな人を全部連れて行きたい。それを受け入れてくれる場所ってあるの?
そういう場所になってくれるの?
「頑張って稼ぐしかねーな」
「だから、私も働きたいんだってば。居場所と、働く場所があれば、多分どこでも生きていける気がするんだけど」
それは私だけじゃなくて、ミレイもランドも同じだと思う。
「わかった。が、その前にやることあるだろ」
「あ、うん、女神を何とかしなきゃ」
「それより前に、国王を地の底まで引きずり落とす!」
「よく言ったわ! ヘタレ貴族! お前の後ろ盾さえあれば好き放題やれるわよね?」
ミレイがいきり立ってしまった。なんでこういう時は息が合っちゃうんだろう。
でも私は傷が痛いから本当に迅速に帰りたい。
とにかく無性にセレに会いたかった。




