49 女神の呪い
「呪いってなに?」
包帯を巻いて貰って、ご褒美と飴玉を貰ってようやく落ち着いた。
まるで子どもみたいな扱いなのはちょっと気になるけど、気にしちゃだめだ。
口の中でリンゴ味のあめ玉を転がしながら、一時的に部屋から追い出されていた男どもが再び部屋へと戻ってきたのをただ眺めた。
奴や変態は別として地下組織の人たちは解散してくれて全然構わないんだけどまだ残るのか。
私が口にした質問に、変態は私の足に視線を這わせ、小さく息を漏らした。
「見ないでよ、変態」
「何でかな、最近サラにそうやって罵られるのがだんだん嬉しくなってきた」
「……」
変態を進化させないで! 私!
もうこれは私の手には負えない変態だ。最後の手段とばかりに、奴に視線を送り助けを求めてみる。
「女神が呪いをかけたってのか?」
私の意図を読み取ったのか変態に臆することなく問いかけてくれる。
こういう時は頼りになる。
「……サラに呪いをかけられるほどの強力な魔力を持っているのはリヴ様しかいない」
「……とんでもねー女神様だな」
「そう。女神なのに、なぜリヴ様は……!」
変態はまだどこかで女神を尊敬する想いが残っているように見える。それはまあ仕方ないのかも。育ての親だって女神が言っていたし。
「ユーシュレイ殿、女神リヴはその肉体が滅びる前に新たな強靱な肉体を求め次から次へとその魂を入れ替えてきた魔女です」
いつの間にかやってきていた、地下組織のリーダーことカランさんが諭すように変態に言った。
女神ではなくて魔女、か。確かにあれは神というよりは魔女と呼んだ方がふさわしいように思う。
「手に入れた肉体に呪術に優れた者がいたのでしょう。そうやって力を蓄えて今まで生きながらえている」
「それは、……そうなんでしょうね。だから、もうリヴ様の元にはいられないと思って……」
変態の目が真っ直ぐに私を射抜く。
「サラを女神にさせたくなどない。サラはサラだ」
この熱を帯びた目を直視できず、私はなるべく自然に見えるように変態から目をそらした――ら奴と目が合ってしまったので、視線は下に落とした。
「へんた――」
「ユーシュレイだよ、サラ」
「ユーシュレイは何をしたの? 傷口だけじゃなくて全身が滅茶苦茶痛かったんだけど」
「呪いの浄化。つまり打ち消し。全身まで呪いが回っていたということ。危なかった」
げ、全身に女神の呪いが回っているって……。
「どういう類の呪いなんだ?」
「次第に体の自由が奪われていく呪いだ。あとは常に女神に居場所がわかるようなマーキングのようなものも」
危なかった。そのままでいたら動けなくなったところで女神にいいようにやられていたのか。
女神の力を浄化するなんて芸当、多分元大神官だからこそできたんじゃないだろうか。ここにユーシュレイがいてくれて助かった。
変態なんて罵ってる場合じゃない。心から感謝すべきなのだろう。
「ユーシュレイ」
「……お前は、あの女神の親族なんだろうが」
せめてお礼だけでもと呼びかければ、横から奴が口を挟んできた。
親族? ってユーシュレイって女神と血のつながりがあるの?
「信徒でも知っている者は限られるのになぜそれを?」
「いくらでも調べる術があることぐらい知ってんだろ」
「――正しくは、孫だよ。わたしはあの女神リヴの直系ということになる」
……孫? って、本当に女神とユーシュレイって血が繋がってんの!?
「女神は自分の孫との間に子ども作るつもりだったの!?」
「さすがに気持ちが悪いよね」
私のあげた驚きの声に、ユーシュレイは自嘲するように笑った。
「祖母が女神になったのは、わたしの母が生まれた後だと聞いている。つまり母は女神が生んだ子ではない。だから母にも母の子であるわたしにも、情はないのだろうね」
女神が体を乗っ取ったのが子どもを産んだ後ならば、その体が生んだ子には何の感情もないってことか。
だからユーシュレイも孫であって孫ではない。
「母はリヴ様に見捨てられ、神殿を出て生き、わたしは魔力が強いからとリヴ様の元に引き取られた。だけどそれはわたしがリヴ様にとって使える駒だったからだ。恐らく、次の体を作るために必要な駒だった」
「でも崇拝していたんでしょ」
相手は神と崇められている者だ。そして自分の血のつながった祖母でもある。
情を持つなという方が無理だ。自嘲気味に笑っているけれど、内心傷ついているのだとはわかる。
下手に慰めるつもりもないけど。下手に刺激するとまた変態進化が進んでしまうかもしれない。どこにスイッチがわかんないし怖い。
だから、見ていることしかできない。
「そうだね。でも、もう無理だ。女神は触れてはいけないものに手を伸ばしてしまったから、許すことはできない」
「……」
「サラ、君に危害を加えるというのならば、たとえ女神であっても――」
やっぱりそういう方向に話が行くよね。わざとため息を漏らしてどうしたものかと考える。
感謝の気持ちはある。でもこの重たい気持ちは全然嬉しいとも何とも思わないし、むしろ迷惑なんだけど、どうやったら振り切ることができるんだろう。
「面倒くせえ、帰るぞ」
「はあ?」
聞き返したのは私じゃない。ユーシュレイだ。
わかる。でも、まさに人でなしといっていい奴らしい言動だ。
「大神官、お前の身の上には正直興味がない。俺はこいつを連れて帰らなきゃいけない理由がある。これ以上付き合ってられるか」
「……よくも、そんなことのうのうといえたものだな! 一番大事なものを奪い取っておいて!」
一番大事なもの、ね。私、……じゃない方がいいけど、私だよね? 奪われてないけどな?
なんだろうな、これって三角関係とかって言える? ちょっと気持ち悪いな。
地下組織の皆さんの表情をこっそり窺えば、大半がわくわくしているような顔をしているのがわかる。これは娯楽の一種なのか。
「じゃあ、チャンスをやるか?」
「チャンス?」
「サラ、選べ。俺と帰るか、変態か」
は?
突然振られた選択肢を理解するのには時間を要した。
え?
何を言ってんの?
信じられない! という心情で奴を見やれば、選ばれて当然! みたいな顔をしているし、ユーシュレイは既に負けた! みたいな顔をしているし。
何で結果が既に決まっているみたいな空気なの?
「どっちもいらない」
嘘偽りない答えをストレートに口にすれば、その場の空気が凍り付いたのがわかった。
あ、こういうの最近もあったな、女神に「ユーシュレイをどう思っているの」と聞かれて「変態だ」と正直に答えた時だ。
何故地下組織の面々まで固まっている理由がよくわからないけど、私の幸せを一番に考えてくれるんだったらどっちも選んじゃ駄目でしょ。
「私はセレと平穏無事に生きたい」
この二人のどちらかなんて選ぶはずもない。
セレ一択。
「あ、あとミレイやランドがいてくれればもっといいけど」
あの二人も一緒にいられたら楽しいから外せない。
セレがいて、ミレイやランドと面白楽しく過ごす日々を過ごせるんだったら、他には何もいらないかも。
「そ――その狂犬女が今にも暴れ出しそうだから、何とかしろ」
ミレイの名前で思いついたのだろう、奴が取り繕うようにそう言ってくる。
そうだ、ミレイ! 皇妃にやられっぱなしだった。暴れそうになっているということは無事なんだろうけど。
「どうやってミレイをおさえているの?」
暴れ出しそう、であって、王城を占拠した、じゃないからまだ暴れ出す前段階なのだろう。
そんな状態のミレイをどうやって止められるのか、甚だ疑問だ。
「ランドに投げた」
「ちょっと! さすがのランドでも無理でしょ! わかった! 行くわよ! ミレイを止めないと、何かとんでもないことになるのはわかる」
ランドは何でもこなせる便利な道具じゃないんだけど! さすがにいいように使う様にはそろそろ文句を言っておきたい。
それにミレイ、ある程度までなら止められるとは思うけど、暴れ出したら止めるのは無理。壊滅する前に手を打っておきたい。
ベッドから立ち上がろうとしたが、痛みで動けないことに気づいて動きを止めれば奴が近づいてきてさっと背中に私を背負った。
「覚えとけよ」
「……何のこと?」
多分選ばれなかったことを根に持っているんだろうけど、とぼけておく。
私だって、怒っているこいつにいつまでも怯えてばかりじゃない。
「それは反則じゃないのか?」
唖然とした様子でユーシュレイが言ってくるその心情はものすごくよくわかる。
選ばれてないのにって言いたいのだろう。
「知るか」
「さすがに無いわ」
「サラ」
奴に冷たく吐き捨てる私に、ユーシュレイはすがるような視線を送ってきたがこれも気づかない振りをしておいた。
「さっきいった将来のこと、考えておいてくれないか」
将来ってあれか。奴が死んだ後の話。
そんなの考えるまでもない。
「絶対む――」
「考えるだけでいい、今は返事をしないで」
そういう言い方は、ずるい。口を噤むしかない。
「将来?」
「知らない」
奴に聞かれたがこれもとぼけておく。
聞くな、という気分だ。それよりもミレイでしょ? と言ってやれば奴も黙った。
「サラ様、行ってしまわれるのですか、どうぞお幸せに」
「待って。それは早計でしょ」
「サラ様の子孫繁栄は我々にとっても喜ばしいことでございます」
駄目だこの人も聞く耳もたないとは。
誤解なんだってば! 私は別に――。
「お幸せに!」
「サラ様万歳!」
地下組織の人たちに祝福の言葉をかけられながら奴に背負われ、家を出た。




