48 意味のない対決
来て欲しくないタイミングで、奴が来た……! 来てしまった……!
「ちなみに私ってここで何日ぐらい寝てたの?」
「丸一日だよ。居場所を突き止めるのが早すぎる」
こっそりとユーシュレイに問いかければそういう返答であった。
なるほど。
ユーシュレイは「早い」というけど、一日あればこいつなら私の場所を突き止めても驚きはしない。
居場所が伝わる魔法も発動させてたことを加味すれば妥当じゃないだろうか。
「何でお前がここにいる? 大神官サマ?」
「サラがいるところならどこにでも行くと決めている」
え、やめて、来ないで欲しい。
あと何かぞろぞろとやってきた着いてきた地下組織の皆さんは早急に奴を追い出して欲しい。できれば変態も一緒に。
なんで「何だか面白そうなことが始まりそう!」みたいな顔つきになってんの?
「それにしても、随分後手に回ったね。リヴ様にサラを接触させるなんて」
「ああ? 国のトップが無能だから仕方ないだろ? そろそろトップから引きずり落とす必要がありそうだけどな?」
下克上宣言はやめて!
復興までは望まない、みたいな雰囲気だったけど、私を即位させるから言い出しかねないから。ほら、何人かそういうことを考え始めてるっぽい顔つきの人いるし!
「んで? なんでそいつはここにいるんだよ?」
「わざわざ教えてやるほどわたしがお人好しだと思うのか?」
「力尽くで聞き出せと?」
「やれるものならば」
変態はそれだけ言って静かに立ち上がると、足を肩幅に開いて静かに構えた。
あいつもそれに応えるように、半身になって構える。
力尽くでって言ってたから多分対決なんだろうけど、今ここで?
「やるなら上でやれば? ここ魔法使えないんでしょ?」
二人ともどちらかというと体を使うより魔法の方が得意なんだから、得意な戦いで相討ちしてくれればいいのに、と願いをこめて上を指し示して提案してみた。
しかし、変態は重々しく首を横に振る。
「この拳で片をつけたいこともあるんだよ」
……あ、はい。
じゃあもう好きにしてください。できれば相討ち希望です。
「行くぞ、マレム・クラウディル!」
「覚悟しろ変態大神官!」
変態呼ばわりするとは容赦ないな、あいつ……。お前が呼ぶなとは言えない。だって奴の貞操観念はガチガチだし、多分性癖もこの上ないほどノーマル。この人以上に変態を変態と罵るのにふさわしい奴もいないのかも。どーでもいいけど。
二人はしばらくにらみ合って、動いたのは同時だった。
お互いに間合いを詰めつつ拳を振りかぶって振るう。見事にお互いの拳でお互いの頬を捉え合った状態で動きを止めた。
これがクロスカウンターか。
お互いの腕は交差し合ってそれぞれの顔面を見事に打ち合っている。
ぐらっと体が揺れたのはどちらが早かったのか、二人は同時に床に倒れ伏した。
……えーと……?
「サラ様、どうしましょう、これ?」
「上に適当に転がしておけばいいと思うわ」
恐る恐る尋ねてきた地下組織の人には適当に答えておく。
私は決着とかどうでもいいし。
同時にダウンしたみたいだからそのまま捨ててきても構わない。勿論二人とも。
「お偉い方なんですよね……?」
「元大神官はもはや単なる変態だし、そっちのも不法侵入者でしょ」
「酷い! サラ、酷すぎる……!でもそんなサラも愛おしい!」
変態の方が意識を取り戻すのが早かったか。じゃこの勝負は変態の勝ちってことかな。
勝ったから何があるってわけじゃないし、心底どうでもいい。
「誰が不法侵入者だ!」
あ、やば! こっちは立ち上がって詰め寄ってきた。
まずい、結構怒ってる? どうでもいいって感情が漏れ伝わってしまったか。
「だって無理矢理入ってきたんでしょ? それって犯罪じゃない」
「こんな怪しいいかにもな組織、潰さなかったことをありがたく思え」
「サ、サラ様……」
組織の人が助けを求めるような顔を私に向けてきてるし、これはちょっと不味いか。
「酷い顔になってるから上で治療してきて!ユーシュレイも! 話はそれから」
「ユーシュレイ、だと?」
本当にこの短気っぷりは何とかして欲しいもんだと、私に伸ばされた手を躱そうと一歩後退した途端に走った激痛に、反射的にしゃがみこんでしまった。
怪我のことすっかり忘れてた。少し治したはずだったのに魔法をもろにくらった直後より痛みが酷い気がする。なんで?
「痛っ……」
「駄目だよサラ、傷口が化膿してしまっているんだ。動いたら余計酷くなる」
「そういうのは先に言ってよ!」
中途半端に治したのが悪かったのかな。動いたせいか余計痛む。
「怪我だと? 見せてみろ」
「え、無理無理!」
こんなに聴衆がたくさん居る中、太ももをを露わにさせるとか、それこそ痴女だ。
抵抗する私に構わず奴は私の足首に巻かれていた包帯を剥ぎ取った。そっちか。そっちもあったのか。痴女になるのは避けられるみたい。
「なんだこれ?」
傷口を確認すると奴は不快そうな声を出した。
何がそんなに気に入らないのか、と思いながらも私も自分の足を見やる。
うげ! 何これ! 魔法を受けた直後より悪化してる!? なんで!? 一応ちょっとだけ治したはずなのに!
「……この傷はどうやって?」
ようやく起き上がれたのかユーシュレイが奴の後ろから傷をのぞき込みながら尋ねてきた。そうか、説明をしてなかったっけ。
「女神の魔法」
「リヴ様が、これを……!?」
青ざめた顔でそう言ってユーシュレイは奴を押しのけるように私の手を掴み、少し躊躇ってから抱き上げた。
「ちょっとさわらないでってば!」
突然視線が高い位置になったことに驚き声をあげ、誰に何をされているのか気づいて暴れようとして――
「動かないで」
有無を言わさずといった口調で制止され黙らざるを得なかった。
「おい! そいつを離せ、変態め!」
「後で聞く」
奴にも短くそう告げて、ユーシュレイは私を抱き上げたまま階段に向かった。
「ここを出たらまずいんじゃないの?」
「傷を放って置く方がまずい。それに今はあの男がいるから何とでもなる」
そう言って私ごと階段を駆け上がる。
地下組織の皆さんも不安そうな顔をしているから私もつられて不安になってしまった。一体どうしたというのだろう。
階段を上がればそこは普通の民家のように見えた。寝室のような部屋。置いてあったベッドに私を降ろすとユーシュレイは足首の方の傷に両手で触れてくる。
「ごめんサラ。嫌でも少しだけ我慢をしてほしい」
「え、一体何なの?」
「これは呪いだ」
「呪術だと?」
後ろを着いてきた奴が怪訝そうにユーシュレイに問いかけている。って呪術って何?
「そういう類は効かないんじゃねーのかよ?」
「私にきかれてもわかるわけないでしょ!」
自分でも自分の体質のこと、全然わかってないんだから。
「リヴ様の魔力がサラの体を守る何かを上回るからだと思う」
私の足首に両手で包み込むように触れて祈るように魔力を注ぎながらユーシュレイが答えた。
触れられるのは痛い。注がれている魔力も痛い。悲鳴を上げそうになったのは何とかこらえたが、逃れようと足を引きかければ掴まれてしまい余計痛む。
「痛いんだってば!」
「動かないで、サラ」
痛くてたまらないんだけど。これを我慢しろと?
なんでこんなに痛いんだろう?
目をつぶって痛みに耐えていると私をのぞき込む気配に気づいた。薄目を開ければ奴が私を見ている。
何か、嫌な、予感!
逃げようと身を引こうとしたその瞬間、素早く迫ってきた魔力が私の体に何重にも巻き付いた。これは、あれだ。何度か見たことある、魔力の糸だ。
雁字搦めになって身動きが取れなくなったところで激痛が足首から入ってきて全身を駆け巡った。
「い、痛い、痛い! 痛い――――!」
痛いしか言えないぐらい痛い。
体の中に刃物を突き立てられているような激しい痛みを逃すこともできず硬直したまま過ぎるのを待つしかできない。
どれぐらいそうしていたのだろうか、ようやく痛みが去って、息を吹き返したような心地になった。というか、多分息を止めていた。
痛すぎて息も出来なかった。
新鮮な空気を吸い込めば、自然に泣き出してしまっていたせいかむせび泣く。
「もう一カ所」
「ひ!」
そう、傷はもう一カ所ある。
でもそれって……!
「や、やめて! 触んないで変態!」
私の制止の声を無視するように変態は素早く着ているワンピースの裾をめくりあげた。
結構な人が見ているのに!
あ、奴は微妙に目線をそらしてくれている。さすがスーパーノーマル! ってこいつ一回私を裸にひんむいたことがあったな。前言撤回こいつも不埒な――て。
「痛ったあああ! ぎいやあああ!」
恥も何もない。悲鳴をあげて体中を駆け巡る痛みに心が死んだのを悟った。
痛かった。
恥ずかしかった。
拘束されていた魔法の糸から解放されればもう静かに泣くことしかできない。
めくりあげられたワンピースの裾は元に戻して貰えたけれど、一度失った何かはもう戻ることがない気がする。何かが何であるかなんてわかるわけもないけど。
「あ、包帯を巻くのを忘れていた」
そう言って再び裾を掴んだ変態の手を泣きながら思い切り蹴った。傷が痛む。でもこれ以上の狼藉は許せない。
「サラ、せめて止血をしないと」
「……触んないでよ……!」
「サラ様」
見かねた様子で地下組織の年輩の女性が包帯を手にして私と変態の間に割って入ってきた。同時に男性陣を部屋の外に追い出してくれた。
当然のように変態も奴も追い出されていく。
よかった。これで一応私の何かは守られた。




