47 雪辱を果たしたい
「このような何もないところに押し込めて申し訳ございません。ここならば強力な結界が作動しておりますので、安全かと思いまして」
ここは普通の民家にある地下室だとカランと名乗った男性が説明してくれた。
結界の中にいる限りは女神に私の居場所を感知できないみたい。家具はないが、いざという時籠城できるようにと水回りは整えてあって生活するのにはそこまで支障はなさそう。
食料は上から運んでくれる。大神官が。
この人選ってどうなのって思うけど、大神官が私の看病をやると主張してなぜか皆さんそれを容認してしまったのだ。
これ、変態なんだけど! 私の抗議も虚しく集まっていた人たちも仕事やらなにやら色々あるらしい。解散後残ったのは大神官と私だけだった。
……二人きりって!
「……変態大神官」
「もう大神官じゃないんだけどね」
いつものふわっとした笑顔を見せるこいつには憂いがない。
二人きりだが、まあ大声出したら誰かが来てくれると信じたい。
一定の距離を保ちつつ、こいつにも言わなきゃいけないことがあるのだと会話を切り出せば、
「ユーシュレイと呼んで」
「ユーシュレイ」
大人しく呼んでやれば、何だかものすごく恍惚とした表情になったので気持ちが悪かった。
「呼びにくかったら、ユーシュでも構わないけど」
「調子に乗るな」
にらみつけてやれば口を閉ざした。
気持ち悪いけど、なんとなくコントロール方法がわかってきたかもしれない。
「……サラのこと、わたしは何も知らなかったんだな、と、ここにきて少しだけ落ち込んだ」
「は?」
「あの魔法王国の末裔だなんて知らなかったんだよ、本当だ」
え、知らなかったの?
そっちのほうが驚きなんだけど。
「ただのサラの方がわたしにとっては都合がよかった。なんのしがらみもなく君と一緒にいたかったんだ」
「なんの価値もないのに?」
「わたしにとってはサラであることが一番大事だから」
く、くそお、変態のくせに、なんて殺し文句を!
ちょっとだけ動揺しちゃったのは本当に悔しい。
落ち着け、相手は変態だ。私に好き勝手したにくいやつ。絶対許さない。
「でも、届かない人になってしまった。これからはリヴ様ではなくて、サラを崇めて生きていくよ」
「なんかちょっとやめてよ、本当に」
私ではない誰か別の人を好きになるとかさ、色々やれることあると思うんだけど。
それをお願いしたら聞いてくれる? 無理?
「だから、サラ、あの男――クラウディル令息が死んだ後の君の時間をわたしにくれないか?」
「は?」
本気で意味がわからない。あいつが死んでからの時間って?
あいつが死ぬの? 殺されるの? この変態に?
私の困惑が伝わったのか、ふっとユーシュレイは小さく笑った。
「君のあれと添い遂げた後の時間のことだよ」
添い遂げるって。
私があれと結婚することが、この変態の中で確定している?
「あ、私は、あれとの結婚を承諾してない」
「でもサラ、女神リヴが君を差し出すように言ってきた場合、拒否できるのは王族か公爵家かぐらいしかないよ」
「……はい?」
「つまり君が生き延びるためには、最低でも公爵家の庇護を受ける必要がある。公爵家だって赤の他人のためにそんな危険な橋は渡れないだろうから、嫁になるしかないでしょう?」
一体全体いつそういうことになっちゃったの?
女神と対抗するため? 守ってもらうため?
そういうのが必要な事態?
「普通の男じゃ女神に差し出しちゃうでしょう?」
「……あんたでも?」
「選んでくれるのならば、守りぬくけど」
あ、ダメだ。その選択肢はダメな奴。
ユーシュレイの目の奥に宿った暗いものを感じ取ってすぐに却下する。今のはなし。絶対になし!
好奇心に負けてうっかり聞いちゃったけど、なかったことにしよう。そんな未来はない!
「そ、それはおいといて!」
とりあえず横においておく。保留だ保留。
「あんたが、女神を痛めつけておいてくれたから、私今ここにいられるんだと思う。だから、一応感謝してる、ありがとう」
「サラ……!」
抱きつこうと迫ってきたユーシュレイの横っ面めがけて思い切り手のひらを叩きつけた。
いい感じに平手打ちが決まる。すごくいい音がした。
そして、いい感じに心にもダメージを与えたっぽい。崩れ落ちたように地面に膝を付きひれ伏した。
こんなにうまくいくとは思っていなかった! とても気持ちがいい!
「痛い。心が、ものすごくいたい」
「一発殴ってやろうと思ってたのよね。監禁されてすごく怖かったから! 無理やりキスされんのも、抱きしめられるのもものすごく不快だった! 大っ嫌い!」
言ってやりたかったことは、たくさんある。
傷ついているみたいだけど、前も傷つけたけど、でもそれはまだ言いたいことを全部言ったわけじゃなかった。ちゃんと文句を直接言いたいって思ってた。
「私を待っている人がいないなんてよく言えたわね! そんなこと言われたら傷つくにきまっているでしょ! 私にはちゃんと迎えに来てくれる人がいたし! 待ってくれている人もいるし! いつでも頼ってって言ってくれる人もいるの! 一人じゃないの!」
「ごめんなさい」
ユーシュレイは私に真っすぐ向き合うとそうやって素直に頭を下げた。
「傷つけたくはなかった。ただそばにいてほしかったんだ」
「自分勝手なのよ! 私の気持ち考えてないでしょ! いやだって言ったのに! 怖かったのに!」
「本当に、ごめん」
そうだ怖かった、だ。
私のおびえる気持ちを全然汲んではくれなかった。踏みにじった。だから許せない、そう思ってた。だけど。
「もう、いい」
もう殴ったからいい。踏ん切りがついた。
こいつにはもう怯えることはない。
「でも、マレムには殴られろ! あとミレイにもね! っていうかミレイはとどめをさすって言ってたから、私は一発殴るだけでいいのよ」
「ディバン家の生き残りの、魔人か。そうだね、咎を受けるべき時がきたのか。あ、でもクラウディル令息には大人しく殴られるつもりはない。殴られる理由がない。大聖堂まで潰されて殴りたいのはこっち。サラまで奪われて、恨みたいのはこっちだよ」
あ、そっかあっちは大聖堂つぶしてたんだった。
それはもう両者で殴り合いでも話し合いでも魔法の応酬でも好きにやってくれればいいわ。
「あと、拒否したんでしょ、女神が乗り移った私と結婚できるって話」
「サラがサラだから、愛しているのに、中身がリヴ様では愛せるはずもない」
結構きつい変態だな、本当に。
でもだからこそ、助かった部分もある。
「――ありがとう」
「サラ!」
立ち上がって距離を詰めようとするユーシュレイを、
「待て!」
の一言で制する。よかった、ちゃんと止まってくれた。
これって教育成功ってことでいいんだよね?
「それをやめろって言ってんの!」
「ありがとうなんて言われれば、サラが愛しくて、たまらなくなる」
安定の変態っぷりに口を閉ざすしかない。
「せめて手を」
「手?」
嫌な予感しかしないから拒否するように両手を背中側に隠す。
目の前の変態は意気消沈という感じ。これは良い罰なのかも?
お仕置きというか、調教という言葉が頭をちらついていると、何だか階上が騒がしいことに気づいた。
「……」
「サラ、大丈夫だ。女神ではない」
私の危惧しているものに気づいたのか穏やかにユーシュレイはそれを否定した。
「女神ならば静かにやってくる。こんな騒々しいのは――」
「おやめください! こちらには何もありません!」
「うるせえ! そんなのは見てから俺が決める」
――聞き覚えのある声がする、わ。
このタイミングで!? って感じだ。ユーシュレイを見やるとこっちもかなり疲れたようにため息をついている。
「やるしか、ないか」
「え?」
何か物騒なこと言っているけど。どうしたらいいのかわからずに立ち尽くしていれば、見覚えのある奴が上に続く階段から駆け下りてきた。
奴を止めるように後ろから老夫婦も一緒に。
「サラ!」
私を呼ぶ声には怒気が籠められている。怖!
呆然とその懐かしさすら覚える顔を眺めることしかできなかった。
騒ぎを聞きつけたのか、老婦人の後ろからカランさんをはじめとした地下組織のメンバーがぞろぞろと降りて来る。
――この状況、私にどうしろと!?




