46 地下組織
リハト様に背負われたまま火の海となった聖域内を突き進んで、一つの小屋にたどり着くと、リハト様は小屋へと入りこんだ。
小屋の中は無人だ。誰もいない小屋を奥へ奥へと突き進む。
そうしてたどり着いた絨毯が敷かれた奥の部屋に置かれているのは、何の飾り気もない丸い鏡とそれが乗っかった机のような台だった。
「ここで待っていて」
と私を地面におろし、リハト様は鏡に触れる。
「これが転送ゲート。座標を設定するとその場所まで一瞬で運んでくれる魔道具なんだ」
「ゲート……」
何の変哲もない鏡にしか見えないけど、そんな重要な道具なんだ。
そんな貴重っぽい道具なのにここに人が誰もいないってどういうことだろう。
みんな火事騒動で退避済みなのかな。
誰もいないことをいいことにゲートとやらをじっくり観察してみる。
鏡みたいなそれに、たしかに魔力があるのはわかるけど、見ているだけでは使い方が全くわからない。
「座標のセットがなかなか難しくてね、熟練の技だっていわれているせいもあって、実用化がむずかしいんだ」
「そうなんですか」
「作りだすのも大変でね、この鏡面を平らにするだけでも必要な魔力の量が」
「あ、えーと急がなくていいんですか?」
いつまでも続きそうな解説に、口を挟んでみればリハト様は少し残念そうに口を閉ざして鏡のようなそれに触れて魔力を流した。
なんかこの人、弟と違ってやたらと人懐っこい感じはある。多分、説明するの好きなのかな。
止めなかったら延々と説明を続けていたに違いない。空気を読まないのはそういう家の方針なのか。
せっかくだからリハト様が何かを唱えながらも鏡に魔力を込めているのを見学させてもらう。
座標ってのはどうやって設定するんだろう? 注視してたけど、複雑すぎて全然わからない。真似してみろって言われても絶対無理だろうな。
まあ私が起動させることなんて一生ないだろうけど。
「うー……ん? 多分これでいいと思うんだけど?」
ひとしきり魔力を注ぎきると、不安をにじませた声音でリハト様は鏡を見やった。
「まあ、いっか、サラさん行こう」
え、その言い方、なんか嫌な予感しかしないんだけど!
待って、と口にする前に注がれた魔力が発動するのがわかった。
鏡が光って吸い込まれるような感じがして――。
――気を失っていたみたいだ。
ちゃんと転送できたのかな。そういえば転送先をどこに設定したのか聞いてなかった。
ここはどこ?
目をあければ、木の天井が見えた。
屋内っぽい。
だんだん意識がはっきりするにつれて、左足の太ももと足首の痛みも思い出してきた。
じくじく痛んで煩わしい。女神にやられた傷だ。
「サラ!!」
「ぎ、ぎああああああ!!」
見たくもない顔が見えて、飛び起きて距離をとった。
な、なんで、大神官がここにいるの!?
「……生きていてよかった」
え、ちょっと私、何にもされて、ないよね?
大慌てで全身を確認する。
どうやら床に一枚大きなタオルを敷いてその上に寝かされていたみたいなんだけど?
着ているのは出かけた時のまま、ミレイとリンクコーデなんてやってたワンピースだ。着衣に乱れなし。
痛いと感じていた左足首には包帯が巻かれている。もしかして! と太ももあたりを服の上から触ればこちらも何か巻かれているような感触があった。
うそ、まさか、そんなことまでする!?
「待って、誤解だ、サラ! 見ていたけど触ってはいない」
「結局見てたんだろーが!!」
太もも見られるなんて嫌にきまってる。しかも相手はこの変態。なんで気を失っていた私!
「っていうか、ここどこ?」
「王都近くの小さな町にある地下組織だよ」
ヤバイ響きなんですけど、地下組織って何?
それも疑問だけど、なんでこいつ、生きてんの?
「……大神官は死んだみたいなこと、女神が言ってた」
「リヴ様に? なんで? リヴ様に会ったの!? なんで!?」
迫ってくる大神官から後退して距離を稼ぐ。
なんか地下組織って言っていたけど文字通り地下だ。
見回せば何も置いていない小さな部屋だ。窓もない。こんなところで大神官と二人きりって!
「あの男は何をしているんだ! なんで君に女神を近づけさせたりした!?」
「あいつは関係ない!」
なんか相当やばいことになっているのが、必死の大神官の様子から伝わってくるけど、あいつに対するそれは冤罪だ。
「っていうか、なんで私ここにいるのよ。転送ゲートで王都にいるはずなのに」
「転送ゲートなんて使ったら! リヴ様に閉じ込めてくれといっているようなものじゃないか!」
「え、そうなの?」
「リヴ様は空間魔法が得意なんだ。サラ一人だけをゲート内に閉じ込めるぐらいお手の物だよ」
よくわからないけど、ものすごく怖いことを言われている気がする。
「偶然ゲート内にいるサラを見つけ出して引っ張りだせたからよかったが、先にリヴ様に掴まってしまったかもしれない」
「なんで、私を見つけたの?」
「勿論、暇さえあればサラがどこにいるのか確認するくせがあるからに決まっているだろう」
「いばらないでよ! このストーカー!!」
やっぱりヤバい! こいつはヤバい。
助けてもらったからと言って気を許したら何をされるかわからない。
「お目覚めでしたか、サラ様」
上につながる階段から、人が降りてくると私を見て頭を下げた。
一体誰なの、今度は何?
「サラ様がお目覚めになったって?」
「本当? よかった?」
ざわざわと、階上からどんどん人が下りてきて、気が付けば二十名近い男女に囲まれてしまっていた。
「あ、あの? これはいったい?」
「魔法王国の住民の生き残りが作った秘密組織です」
はあ?
当然のことのように先頭に立った年配の男性がそう答えて来るけど。
「長らく行方不明だった、王族の末裔である貴方様にお会いできたこと、万物に感謝申し上げます」
何だかまたヤバ気な奴が出てきた。
気分的にはドン引きだが、一応平静を装いつつ周囲を囲む一同を順番に眺め、最後に大神官へと視線を戻した。
本当はこの距離も嫌ではある。が、足の怪我により距離をとることもできない。
「サラ様、亡き大国の最後の王族よ、どうぞその傷をこの地でゆるりと癒していってくださいませ」
「……私には魔力がない」
少しだけ躊躇ってその事実を告げる。
セレにその魔力の全てを注いでいて、他に回す余剰がない、が正しいけれど。
この人たちが望むとおりに力を行使することはできない。これはどうしても先に告げなければいけない事実だ。
期待されても困る。
「貴方様の魔力の有無は関係ありません。我々は、王の一族の血脈が途絶えることのないように見守り、そして王族の前に困難が立ちふさがった時に、微力ながらも助力をする。そういった活動を代々続けております」
そういう宗教があるって前に聞いたことがある、よね? 魔法王国の末裔だと担ぎ上げる妙な宗教とか言ってたけど、今の説明だとちょっと違うみたい。ちゃんと私が王族の末裔だと理解しているみたいだし。
「貴方様は我々にとっては希望です」
「希望?」
「次代へと魔法王国の血脈を伝えることのできる唯一の方。我々の悲願、荒野の悲劇が我らが祖国が引き起こしたことではないと真実を明らかにするその未来へとつなげる一つの希望」
荒野を作り出したのは古の魔法王国だとセレは言っていた。だから私に降りかかる不幸はそのせいかもしれないって。
それが冤罪だっていうの?
その冤罪を晴らすために、かなり昔に滅んだ国のことだというのにこの人たちはずっと活動をしていると? 祖先にあたる生き残った人たちがその子孫にそれを引き継いできたってことでしょ。どれだけ執念深いというか。
「魔法王国と同等に戦うために荒野を作り上げ、その罪を魔法王国にかぶせたのは、女神リヴです」
「……女神が、その罪を、なすりつけた?」
「女神リヴは広大な大地を焦土と化し、荒野を作り上げたのは魔法王国最後の王だと吹聴することで周囲の国々を己の後ろ盾としたのです」
先祖のことなんて全然わからないけど、あの女神が私を見ていた眼を思い出して、なんだか落ち着かない気持ちになった。
私の先祖を排斥し女神として降臨して何百年が過ぎた今、私をその新しい肉体として使おうとしているあの女神が。
「荒野の呪いは、王家で唯一生き残り逃げ延びた最後の王女様に向かいました。そして今もまだ王女様の血を引く方々を呪い続けていると聞きます」
「……」
「我々はその女神自身の罪を暴き、我が祖先、我が祖国の無念を晴らすが為、それも我々の目的でもあります」
やはり私は呪われているの? 両親があんな形で死んでしまったのも、もしかしてその呪いのせいなのかもしれない?
その原因が女神にある?
慌てて大神官を見やる。こいつ女神のしもべでしょ。
「ユーシュレイ殿は女神に反発し、我々の活動に理解いただいた上で協力を約束してくださいました」
私の視線の行く先に気づいたのか、男性は大神官を庇う様に言った。
「え、どういうこと? 女神に怪我させたって本当だったの?」
「……サラはリヴ様にだってあげたくないからだよ」
その主張はちょっとなんか気持ち悪い。ノーコメントで。
「……魔法王国の再建がされなくとも、あの国が悪者として扱われることがなくなることが我らの願いでございます。どうか我らの存在をご理解いただきたい」
「言いたいことは、わかる、わ。守護者であるセレも、荒野を作り出したのは王国側だと言っていたし、呪い? みたいなものは私にもかかっているのだと思う」
こんな活動をして生きている人たちがいるなんて、セレも多分知らないと思う。
知ったら喜ぶのかな。どうなんだろう。
私は、どうなんだろう。
「直接力にはなれないけど、でも、私も呪いは解きたいし、女神はどうにかしないとならないのは確か」
「サラ様!」
女神を何とかしないと不幸の連続の行く先が女神に乗っ取られて終了になってしまう。そんなの冗談じゃない。
だけど私は王族って柄じゃないし、何だかこんなに敬われるのも落ち着かないというか、奇妙な感じしかない。
「……でも、王族の末裔って言われるわりには、ここにいる人たちのような熱意みたいなものはなくて」
でも、呪いを解かないと、多分私ずっと不幸街道を突っ走るし、たぶん子孫にまで影響がでるのだと思う。
セレの気苦労は増すばかりだろうし。
「そんなに積極的に何かをできるわけじゃないけど、できることがあれば協力したい」
「サラ様!」
男性の後ろに控えていた集団に、一斉に駆け付けられてしまい恐怖に近いものを覚えた。
何か言葉選び間違えたのだろうか。感動に打ち震えているっぽい人すらいて、ナニコレ意味がわからない。
だってこの人たちは魔法王国を直接見たことはなくて、王族として君臨している方たちに会ったわけでもないのに、どうしてこんなにそんなに子孫に伝えていくほどこんな活動を続けていられるんだろう。
私なんて何にも覚えてなかったのに。多分お父さんとお母さんも知らなかったんじゃないのか。先頭に立つべき王の末裔は何にもしれないのに、この人たちは……。
「祖国が悪く言われることを我々の先祖は良しとしませんでした。魔法王国の国民は故国を愛し、そしてその国民であったことに誇りをもって生きていたそうです。同時にいつまでも神として君臨し続けるリヴに対しての憎しみが募り募っているのもまた事実。敬愛と憎悪、それが我々の根底にあるもの」
「敬愛と、憎悪」
憎悪、か。そうだよね、故国を想う気持ちだけじゃ続かない。女神を恨む気持ちもまたこの人たちを支えている。
――私は、私も女神に対して思うところはたくさんある。そして怯えてもいる。あれを何とかしないと生き延びられるのかも怪しい。
できるのだろうか。そんな小さな疑問が胸をよぎった。私に、あの女神をどうにかできるのだろうか。
考えると怖い。あえてその疑問から目をそらした。




