45 こんなところで
いつまでもとどまっていたら捕まってしまう。動かなきゃ。
足を踏み出した瞬間、痛みにへたり込んだ。
無我夢中で魔法を発動させたから、傷が完全にふさがってなかったかもしれない。
もう一度、と、指先に触れる魔力の形を変化させようと集中した。
「――誰かいるのか?」
あ、やばい見つかった!
木の陰から現れた人物に驚愕しつつも治癒魔法を発動する。
やっぱりちょっとだけ、やらないよりまし、ってぐらいの量で痛みが軽減した。
反射的に人影に向けて銃を構えた。ら。
「どうして君がこれを持っている?」
いつの間にか至近距離まで詰め寄ってきた人物に銃口をふさがれていた。
速!
え、なんか、口調は柔らかいんだけど、動きが常人のそれじゃないんですけど……。
驚きで固まってしまい、ただその人を見上げるしかできなかった。
けど、何か、知ってるぞ、この目の色も髪の色も? そして顔立ちもどことなく似ている。
記憶の中のそれより薄い色、だけど? しかもちょっと身長も高いかも?
「これをどこから盗ってきたのか教えてもらおうか、盗人さん」
冷え冷えとした声で言われて、背筋が冷えた。
「か、借りて、る、んです」
何だか言い訳っぽい言い方になってしまったけど、それが事実なのだから仕方ない。
「借りている、は、泥棒の常套句だな?」
「だって、持ってろって言ったから!!」
盗人はその手を切り落とすべきか、なんて私の腕をつかもうとする動きが怖すぎて、泣きそうになりながら叫んでいた。それは嘘じゃない。別に強奪してない。
「……そんな、こんな幼い女の子に?」
私の言葉に滅茶苦茶ショックを受けたように立ち尽くすその人。
何となく何を想像しているのかは検討がつく。違うといいたいところだけど下手に否定したら手がなくなりそうで怖い。
銃は押し付けるようにその人に手渡して、自力で立ち上がった。
この人からも逃げた方がいいのか。あ、でも唯一の武器を手渡してしまったからここで逃げたら詰むかも。
このまま持っているのも良くないなと思っていた銃だけど、その人は手の中の銃を色々弄って「やっぱり」なんて言ってどこかにしまいこんでしまった。
やばい回収された!
何とかして取り返せないかなと考えつつ、まずは気になったことを聞いてみることにした。
「ここって修行場ってとこなんですか?」
「修行場からはだいぶ離れているけど、聖域内にあるという意味ではそうなる。ここはサボるのに最適な場所だから。女神の塔に近づく修行者はいないし、裏庭だから神官たちも通らない」
家飛び出して修行してるのにサボってんの!?
ちょっと意味がわからなくてぎょっとしてしまえば、その様子に気付いたのかその人は苦笑いを浮かべた。
そういえばお噂はかねがね~な人だけど、この人の名前、聞いてなかった。
「それはそうと、君は弟の何?」
「……えーとえーと、……知人」
「たかが知人にマジックガンを貸すはずがない」
「う、えーと」
どういう関係と言われても、嫁候補? ってそんなの冗談じゃない!
なんて答えるのが正解か本当にわかんないんだけど、えーと?
「しゅ、祝福の――」
「祝福? まさか本当にそういう趣味が……」
あ、なんかものすごく誤解されている。
それに関しては私が無理やり、なんだけど、訂正するのもなんだかな。
幼い女の子好きっていう不名誉を被ってもらおう。バレなきゃ大丈夫。
「あれ、でもファーナ・アーヴェントは?」
「婚約解消、しましたね」
「泥沼?」
「いやあ、なんかお互い清々したって感じで」
「清々?」
意味が分からないという表情をされているが、両方ともに嫌い合っているのってわからないものかな。
あ、でもそうか、嫌いだからって婚約破棄はしないのか、貴族って。
「割と円満に解消されてました」
「円満に……。それで君は弟と結婚を?」
「しませんよ! 祝福なくなったんです!」
慌てて否定する。断固拒否だ。絶対に認めない。
「祝福がなくなった?」
「大神官が消したんです」
そういえばあの変態、結構簡単に消していたけど、そんなに簡単に消せるんだったら最初から依頼しとけばよかったのに。
「……失ってしまったのか」
「そこまでショックを受けるようなことですか?」
「結婚相手さえ間違えなければ家の興盛が約束されていたのに……」
妻を間違えると死あるのみ! という呪いの面しか見てなかったけど、ちゃんと幸福をもたらすものでもあったのか。
それも消されてしまったってことは、全然喜ばしくはないってことなんだ。
これもそれも私と関わってしまったから、なのかもしれない。
悪い方に転がっていくって自分のこと思ってたけど、周りもこの不幸に引き込んでいるの?
だとしたら余計結婚しちゃ駄目なんじゃないの?
「それはそうと、なぜ君はここに?」
「えーと、王様にはめられて聖域まで連れて来られた挙句、女神に無理やり拉致されました」
簡潔にまとめるとそういうことだけど、言っていてわけがわからないなと思ったし、この人もわけがわからないという顔をしている。当然だ。
「女神リヴが君を?」
「女神の新しい体だとか」
「女神の器!?」
あ、この人もご存知なのか。
私を上から下までまじまじと見て、どうやら私の左足の負傷に気づいたらしい。
「これも女神が? ひどいな」
さっと、魔力を操ると、私の足に治癒魔法をかけてくれる――けど。
「あれ、治らない?」
「えっと、私、治癒魔法が効かない体質でして」
「そんな体質があるのか」
なんだか感心されてしまったなあ。
しかし、本当に不便だなこの体質。おちおちケガもできない。
「それはそうと、弟さんなんですけど、あなたのことをお探しでしたよ、クラウディル令息様?」
「さ、さがして!?」
話を総合すると、間違いない。この人はあれのお兄さん。公爵家の長男様だ。
顔を見た時から何となくそうかな? って思っていたけど、それ以外の何者でもないだろう。
あれに比べると穏やかそうだけどわかんないな、あの一家みんな一癖あるし。
「本当に、弟が僕を探しているというのか!?」
「え? はい、絶対連れ戻すと言ってました、けど?」
「絶対に!? じゃあ、今すぐ帰らないと!」
えー……。そんな簡単に決めちゃうの?
決死の覚悟で家を飛び出して、みたいなドラマを想像していたんだけど違うっぽい。
「君も女神に渡すわけにはいかないし、本当に弟の知人かどうかもちゃんと確かめたいな」
まだ疑いは晴れてないのか、ってまあそうだよね。
会ったばかりの怪しい小娘をすぐに信じる方がおかしいか。
「そうだ、弟から聞いているかもしれないが、僕はリハトだ。君は?」
「サラです」
弟さんから聞いてませんでしたけどね、って言わない方がいいような気がした。何となく。
その弟の様子から兄弟仲は悪いのかなって思っていたけどこの方、リハト様からは不仲な感じはしない。
むしろこの人、弟が好きなんじゃないかな。
「一緒に弟の元へ行こう、サラさん」
弟の元に、なのか。家に、じゃなくて。
何だか、この人とあいつを会わせるのがちょっとだけ怖くなったけど、明るい未来を想像しておきたい。
「はい」
深く考えず、私は笑顔を作って頷いておいた。
多分この状況、このまま一人で逃げていたら詰みだったから、味方がいるのはありがたい。そういうことにしておこう。
「聖域まではどうやって来たの? 転移ゲート?」
私を背負って走りながらリハト様が問いかけて来る。
結構な速度で走っているというのに息切れ一つしてない。さっきも一瞬で距離を詰めてきてたけど、この人身体能力滅茶苦茶高いな。
「第三王子の飛空船で」
「あれ、完成させてたのか」
「ご存知でしたか」
「有名だったからね、放蕩王子の税金無駄遣い研究って」
穏やかな口調だけど、あれ、この人結構口悪くない?
「その放蕩王子は飛空船の中?」
「いえ、教皇と会うとか言って出かけてました」
「なるほど」
リハト様は先ほどから女神の塔と呼んでいた背の高い建物の陰から飛び出して、だだっ広い場所に飛び出した。
周囲が柱で囲まれた円状の広場みたいな場所だ。足元も砂利ではなく平らな石を敷き詰めてある。
「祈りの広場だ。修行者が月に一度ここに集まって女神の塔に向かって祈りを捧げる場所」
「……宗教っぽい」
「一応リヴを崇拝する宗教だからね」
私の率直な感想に、リハト様は苦笑まじりに応えてくれた。
今は誰もいない広場だけど、柱はあれど身を隠せるものではない。
「目立つんじゃないんですか、ここ」
「わざと目をひきたくてね。さて、派手にやっておこうか」
リハト様の何を言っているのか一瞬理解ができなかった。
……派手にってどういうこと?
その意味を私が理解するよりも、リハト様は魔法を発動させた。
同時に女神の塔に何かぶち当たった。同時に破裂する音が鳴り響く。
え? 爆発、した? 爆発、させた? この人が?
女神の塔の出入口から人が出てきて爆発した場所の確認をはじめている。
「追加!」
と、リハト様が再び魔力を操ると、見渡す限り周辺全てが燃え上がった。
はぁあああ? な、何してんの、この人!
女神の塔を確認していた人たちもいきなりあがった炎に混乱しているのか散り散りに走り去って行った。
私の心の中も同じように混乱中。混乱している中、リハト様は馬よりも早く駆け抜けていく。
え? ええっ!? ええええ!?
「サラさん、荒事が苦手なら目をつぶっていてくれて構わない」
「……はい……」
気が抜けたような返事になってしまった。が、目は閉じないぞ。閉じたらもっと怖いことになりそう。
広場を駆け抜けると、また建物があった。
「あれが神殿の総本山」
ドーム型の建物で、屋根の部分は所々ステンドグラスが使われているのが外からでもわかる。
説明しながらもリハト様は女神の塔にやったように、神殿にも魔法をぶち当てた。
今度は三発連続で。立て続けに三ヶ所で爆発が起こる。……テロリストか。
「多分第三王子の一団はこの中にいると思う」
「そ、そうなんですか……」
よく見れば派手な爆発音がしたけど、神殿の外側は壊れてない。
手加減してるのかな。
「燃えろ! 燃え上がれ!!」
ああ、また燃やすのか。
熱いけど、そこまで焼け死ぬほど熱くはないのは、こっちも手加減。
見た目は辺り一面火の海になっていて、まさしく地獄絵図だ。
少しの間をおいて、神殿からも人が出てきて火の海になっている状況を確認して大声をあげて各々が避難を開始している。
こっちも混乱か。
「あー、聖域に漂う魔力を利用しても、やっぱり魔法は弟ほどうまくは使えないな」
「……さすがの弟さんも、ここまでやらかしてないと……」
言いかけて気づいた。あいつ、つい最近大聖堂を破壊したんだっけ。
聖地を焼き払う兄と、大聖堂を消し去った弟って、絶対兄弟だこいつら! 悪魔兄弟か!
「さあて、来るかな?」
「何か待っているんですか?」
問いかけている間にも神殿からはぞろぞろと人が出てきて避難をしているのかどこかに移動していく。
「あ、いた! アルバシオ王子殿下!」
問いかけに答えないまま、リハト様はお目当ての人がいたようで人混みの中にいるであろうその人に声をかけた。
アルバシオってあの筋肉王子のことだ。一応リハト様のご親戚になるんだっけ? よくこんな人が多い中見つけたな。
第三王子もその声に気づいたのか、人の流れに逆らう様にこちらに向かってくる集団があった。
……第三王子だけじゃなくて、教皇がいる気がするんだけど……。
「リハト!? なんでこんなとこに!?」
「やあアルバシオ殿下、お久しぶりです。国民の血税で行う研究は順調ですか?」
ひどい。いやでも国民の声か、これが。
第三王子の横にはいつか見たおっさんの姿がある。やっぱ教皇だ。あの妻に引き続きここで夫に会うか。
リハト様の背中に隠れているつもりだけど、じっと私を睨みつけているのが気のせいだといいな。
「小娘……!」
「バルドゥラ教皇聖下においてはご機嫌麗しく恐悦至極にございます。クラウディル公爵家長男がリハトがご挨拶申し上げます。弟の客人が怪我をしておりますゆえこのような形であることお詫び申し上げます」
こうやって流暢に挨拶をしている様を見るとこの方は高位貴族なんだなと再認識するというか、あいつに比べるとちゃんとしているというか。
丁寧に挨拶をされれば教皇の気勢も削がれるのか、躊躇ったように曖昧に頷いて私から目をそらした。
お前もちゃんと挨拶しろよとは思うけど。混乱状況じゃ仕方ない。
「修行場で根性を叩き直していたのですが、いささか同じことの繰り返しにいささか飽きました。それにそろそろ家族も恋しくなってきましたし」
「ああ、そうか……?」
そういうものか、みたいに第三王子は頷いて、ん? と首を傾げた。
「修行? いやそれよりも、その背中の子……は、どうして、どこから?」
「女神リヴ様にご招待されたそうで」
びくっと第三王子の肩が震えた。私に女神が手出しをしてくることは想定外だったみたい。
わざとそうしているのかとちょっとだけ疑ってたけど、単に考えが足りなかっただけか。それもどうなのって感じはするけど!
「ま、魔人は?」
「魔人?」
「ミレイは皇妃様に真っ先に無力化されました」
私がぶっきらぼうに答えると第三王子は真っ青になった。わかる、ミレイがあんなに簡単に無力化させられるとは私も想定してなかった。
なぜか教皇も少しだけ顔色が悪い。
「ネリエルが? 小娘、ネリエルに何をした!」
「……私を無理やり連れて行ったのはその皇妃なんですけど!」
教皇は皇妃と女神の動きを知らないの?
私を責めてくる教皇には文句を言っておく。
けど、自分の妻のことに顔色を変えるなんて、ちゃんと夫婦してるってことなのかな。確かに美人だったし。あの殺気はこわいけど。
私の言葉に教皇は押し黙った。言いがかりだと気づいてくれたならそれでよし。この人は嫌いだけど積極的に殴りたいほどじゃない。
「女神さまとの行き違いがあって、サラさんは歩けないほどの怪我をしてしまったんですけど、弟や父にどう話したらいいのやら?」
第三王子やその周囲の研究員の方々の顔色がますます悪くなった。
教皇も若干やべえみたいな顔をしているのを私が見逃すはずもない。
「ば、番犬――いや弟君には、内密に」
「できるはずがありませんよ、筋道立てた説明しないと僕が疑われるじゃないですかー」
兄にこんなこと言われるなんて、どんな弟よ。
あいつミレイのこと狂犬っていうけど、あいつの方がよっぽど狂犬だと思う。
「アルバシオ殿下、一つお伺いしたいんですけど、いつ弟は幼い女の子が好きって趣味に目覚めたんでしょうかね」
「……そんなこと知るか! だいたいその子幼く見えるけど、見た目だけだ! 中身はとんでもないうわばみだぞ!」
うわばみって。お酒を飲みほしたことしっかり根に持ってるのか、この人。
でも言い方ってもんがあるでしょ!
「そうなの、サラさん」
「20歳越えてる成人です」
「そうだったんだ! それでもちょっと歳が離れているけど、まあ、セーフかな」
何かセーフで何がアウトなの。
いやむしろ結婚しないよって言ったはずなのに、なんでそう思うの。
多分公爵家不幸にしちゃうぞ、私の存在。いいの?
「じゃあ、そういうわけで。転移ゲートを使って先に王都に戻りますね。飛行船とゲートとどっちが早いでしょうね?」
「な、待て! 許可もなくゲートは――!」
「聖下、あいにくですが、僕は聖下よりも父の方がよっぽど怖いので、聖下の言うことをきいて父の機嫌を損ねることは避けたいのです」
それってどうなの、と思わなくはないけれど、教皇を除く全員の心は一致したと思う。
同感。その一言。
会話の9割以上怒っている閣下は怖い。よくわかる。
「そんなわけで失礼します。アルバシオ殿下も急いで戻られた方がよろしいのでは? 対策、必要でしょう?」
……怖い。この脅し怖い。
教皇に頭を下げるやいなや、第三王子はどこかに走り去って行った。
研究員さんたちも慌ててその後を追う。
「あーあ、僕らも一緒に乗せてって行ってくれれば、状況打開できたかもしれないのになあ。研究員としては少し頭が足りなくて残念だ」
この人辛辣! 説明してあげればいいのに。
「では聖下、我々もこれで失礼いたします。皇妃様のご健勝をお祈りいたします」
「な! なにを! 失礼する!」
あからさまに動揺を見せて教皇は女神の塔に向かって炎の海の中走っていった。
それは愛なのか何なのかわかんないけど、何よりも教皇相手にそんな脅しをかけるこの人が怖い。
「気を取り直していこうか、サラさん」
「はい……」
頷く以外の選択肢、ないよね。これ。




