43 空を飛ぶ機械
「これが空を飛ぶ船」
見た目は完全に船だ。
帆の代わりに大きい袋が船体の上部に取り付けてあり、浮遊の魔法を中に詰めて空に浮き上がる仕組みなんだとか。
こんなので本当に空を飛べるのだろうか。
あの国王様の苦渋の決断から三日後。
「無礼のお詫びに」と国王陛下が私とミレイをこの飛行船の飛行実験に招待してくれたのだ。
実験ってあたりにちょっとひっかかりを感じるが、試運転は何度かやっているからほぼ失敗はないとかなんとか。
「ようこそ、お嬢さん方、飛行実験の招待客というのは君たちのことか」
メッチャガタイのいい、金髪の筋肉自慢なお兄さんに出迎えられ、船の中へと案内された。
船の底に近い所に扉があり、中に入ればまるで城と同じような内装だ。船の部分はそんなに広くない。
船内の休憩室の一つに私たちを案内すると金髪のお兄ちゃんは離陸準備のため甲板に向かって行った。
長時間飛行になるので、疲れたらこの部屋のベッドで寝てもいいってことらしい。
他にも、ガラス張りで外の風景が見える展望ラウンジもあって、お腹がすいたらそこに置かれている非常食や飲み物は自由に飲食可能だという話だった。
本格的に運航が開始されればラウンジはダイニングバーにする計画だと金髪の筋肉お兄ちゃんは語っていた。
「あれ、第三王子なのよねえ」
「弟と違いすぎる」
筋肉質な兄と、あの性格激悪ザ・王子様が血がつながった兄弟って。せめて腹違いとかだったらまだわかるけど、同母兄弟。
ミレイと同時に肩を竦ませながらも、とりあえずベッドに腰を下ろした。
第四王子はナチュラルにこちらを見下すような発言を平気でするような馬鹿っぷりで国王の手に余るような困ったちゃんだったけど、第三王子はなんていうか乗り物機械好き。
趣味が高じて現在は飛空船研究所のトップだ。ちなみに汽車の改良研究も行っているというのだから筋金入りだ。
王子様よりも研究者よりも、用心棒っぽい風貌なのはどうしてだろうな。乗り物だけじゃなくて自分自身の筋肉も研究しているのかもしれない。
タンクトップの上に研究者っぽく白衣を羽織っているんだけど、もはや違うものにしか見えない。
王都からかなり離れたここまでは高速馬車で3時間ぐらい。
周囲に山や街がない場所という飛空船を飛ばすのに必要な条件を備えているこの場所に研究所を作ったためこんな辺鄙なところになってしまったと。
ここに来るまで結構時間もかかっていて、まだ離陸時間まで待たなけらばならないんだけど、待つのは全然苦じゃなかった。
「実は結構楽しみ」
「私も」
空を飛べるってどんな感じなんだろう。白状すれば招待された時からわくわくしている。
実験とはいえ国の重要な研究じゃないのかな。それなのにそこに私たちを招待してくれることに、国王には感謝したい気持ちがちょっとだけ芽生えた。
「でもサラ、多分これ、第三王子とのお見合いも兼ねてると思うわよ」
前言撤回。親知らず生えろ!国王!
まあ、あのお兄ちゃんは私やミレイには全く興味がなさそうだったからいいんだけど。
あれは、この研究に全てを惜しみなく愛情を注いでいる人だ。
「ミレイは興味があるの?」
「乗り物フェチはさほど。もうちょっと線が細いほうが好みかな」
よかった、この船が殺戮会場になることもなさそう。
あからさまにほっとした顔をした私に不満を抱いたのか、ミレイはちょっとだけ頬を膨らませて見せた。
「私だってそこまで惚れっぽくないわよ、失礼ね」
「ごめん」
しばらくミレイと他愛もない話をしていたが、部屋には窓もなく何も見えない。好きに見学をしていいと言われたのでとりあえず甲板に出てみることにした。
船の上部の大きな袋にゆっくりと魔力を入れているのがわかる。同時に袋が膨らんでいく。大きなアーモンド状の風船が出来上がれば準備は完了らしい。
船の左右と後方につけられたプロペラがこれまたゆっくりと回転しはじめる。
第三王子の合図で、船が宙に浮かび上がった。
少しずつその高度を上げて、ミレイと並んで離れていく地面を眺めていればいつの間にやら空の上だ。
「浮いてる!」
「本当に船が浮くのね!」
地上に目を向けたまま、ミレイと口々に感動の言葉をあげる。
魔法って、こういうこともできるんだ。
汽車に乗った時にも感動したけれど、こっちはもっとすごい。移動が上下左右自由だなんて!
プロペラの回転速度があがり、船はゆっくりと前進をはじめた。
「離陸成功!」
「成功!」
乗り込んでいる研究員さんたちが歓声に近い「成功!」の声を上げている。
「飛空実験へと移行」
第三王子が高らかに宣言をした。
「目標地点『リブ神教聖域』」
「了解、管制室、目標座点確認」
「推進!」
……ちょっと待って、それは聞いてない!
飛空船は速度を上げて西へと向かう。
リヴ神教の聖地へ一直線。
「やばくない?」
「女神がサラの体を狙ってるんだっけ?」
「みたい。女神って聖域にいるんでしょ?」
「聖域の奥深くだ。出てくることはそうないさ」
甲板の隅っこでミレイとそんな会話をしていたら、第三王子が口を挟んできた。
「わからないじゃないですか、ちょっとお散歩!って出てきたらどうするんです?」
「……どうやら女神様は大怪我を負っていてとても動ける状況ではないらしい」
「大怪我?」
神教のトップが重症ってどういうことなの。事故にでもあった?
「まさかこの飛行実験は、それを探るのが目的、ですか?」
ミレイが王子様に問いかけた。
あ、そうか、そういう。
じゃあ、この船に私を乗せたのって――。
「女神が動けない今わざと私を近づけるのって」
「女神がどういう反応を見せるのかを知りたいんだ」
それって、私を餌にするってことじゃない!
「身動きが取れないと思われる今が好機じゃないか。お嬢さん方はこの船から出ない限りは安全だ」
そういう慢心が監禁の元なんだけど。
安全だって言い切る根拠が全然見えないから不安でしかないわ、こんなの。
「サラ」
知らないうちに震えていた手をミレイがそっと包み込んでくれた。
怖いに決まってる。怖くて仕方ない。
ミレイが近くにいるからそこまで危機的な状況ってわけじゃないのだろう。
でも、ある程度は自分で何とか切り抜けるように心の準備はしておかないとならない。いつまでも怯えているわけにはいかない気持ちを切りかえて、用心をしておかないと。
銃はちゃんと持ってきたし、ポケットがない動きやすいワンピースのため、今日はショルダーバッグに銃を入れて持ち歩いてる。そして、毒も常に身に着けている。
「サラを餌にするなんて!」
「二人の安全を最優先することは約束する」
「国王の番犬はどう思うのかしらね?」
あいつは、「面倒くさい」ぐらいにしか思わないでしょ。せっかくあいつがいなくてのびのび過ごしているのに、思い出したくないんだけど。
「そこは内緒で」
「犬だから鼻は利くんじゃない? 私はサラを守れればあとは生きようが死のうが全く興味ないんだけど、あれはどう思うかしらね?」
強い口調で第三王子をそう脅しつけると、ミレイは「行こう」と私の手を引いた。
「何よ、サラを便利な道具みたいに利用して!」
「ミレイ、落ち着いてよ。でも、怒りたくなるのわかるわ、楽しもうと思ってたのに」
ミレイはかなりご立腹な様子で、私が宥めても不機嫌さを隠そうともしない。とはいえ私もいいように利用されている現状に、怯えよりも怒りが勝ってきた。
なんかここのところイライラする時間が続いているのは自分でもどうかと思う。
「……なんか飲もう! ラウンジにある飲み物、好きに飲んでいいって言われてたでしょ」
研究員の方々も休憩時間には寛いでもいいそうで、限度を守れば飲酒もいいって話していたから多分お酒、あるんだと思う。
「お酒、飲もう、ミレイ」
「いいわね」
ミレイはいける口だ。私も、そこそこいける口。
二人での定番がケーキセットだったのは、ケーキの方が安いからって理由だ。甘い物で満足していた方がお財布には優しい。
二人で飲みに行った時、請求額に腰が抜けたことがあって、その時二人で節約を誓ったのだ。勿論料金はぼったくりじゃなく正規料金だった。ちゃんと支払いましたとも。
「そういえば世の中には一定金額出せば飲み放題になるってサービスをやってる店があるらしいわよ」
「それ、いつか絶対にいこう!」
ミレイと新しい誓いを立てながら、一つ下の層にあるラウンジスペースへ移動した。
結論から言うと、一番高そうなお酒の瓶を二本開けた時点で第三王子が泣きながら止めにきた。
かなり貴重なお酒だったらしい。
「酒の価値もわからないような小娘に……!」
「おいしいってことはわかりますよ、さすがに」
「芳醇っていうのもね」
私もミレイも完全に素面である。
「せめてかわいらしく酔いつぶれていたりすればしょうがないって思ってやったのに! かわいくないな、本当に!」
それは文句言われたくない。
「私を餌にした代償だと思ってください。ご馳走様です!」
「ふあああああああ!!」
筋肉自慢の気のいいお兄ちゃんが発狂したところを見たら溜飲が下がった。
だから、ノックしなかったり、人を餌にしたりするからそういう目に遭っちゃうんだってば。
「やってやったわ」
「私たちに敵なしよね」
ミレイも私も、顔には出てないけどちょっと変なテンションだからほんの少しお酒の影響を受けているのかもしれない。
うん、ちょっと寝てお酒抜いたほうがいいかも。
部屋に戻って寝ていたら、第三王子に起こされた。
「聖域に到着した」
「もう?」
「私も含め何人かで教皇に挨拶に行くから、君たちはこの部屋から一歩も出ないようにな」
酒事件は水に流したのか、すっかり気のいい兄ちゃんに戻っている第三王子に、さすがに私も素直にうなずいた。
「何かあれば大声で呼べば誰かが駆けつけるようにはしておくから。番犬には内緒でよろしく!」
どんだけ恐れられてんの、あいつ。
着陸したのにも気づかず寝入っていたのか。
聖域が気になるといえば気になるけど、この部屋に引きこもっておくべきだろうな。
下手に動くのは得策じゃない。
寝ている間も身に着けたままにしておいたショルダーバッグに触れて銃の感覚を確かめておく。大丈夫すぐに撃てる。
「ミレイ」
「……なんか嫌な感じ……」
ここが聖域って呼ばれる場所なせいか、辺り一面微弱な魔力が漂っている。
ミレイもそれを感じ取っているのか、少し青ざめた顔で辺りを見回して、低い声で唸った。
「何なのこれ、方向感覚が狂う、気持ち悪い」
「ミレイ、大丈夫、じゃないわよね、ちょっと横になって。寝ちゃえばちょっとは楽?」
「寝るわけにはいかない! これは攻撃よ! あからさまに私にぶつけてる! でも、まほう、むり」
「ミレイ、ちょっとしっかりして」
急に魂が抜けたかのようにぼーっとしてしまったミレイの肩を揺さぶるが反応が返らない。
え、ちょっと、どうして?




