42 死神姉妹の脅威
「大変申し訳なかった」
私は目の前にひれ伏すその人物をただ見下ろしていた。っていうかリアクションがわからない。『顔を上げてください、国王様!』が正しいのだろうか。
ランドが去ってから少し経って、ほとんど走っているのと変わらない速度の早足でやってきたこの方が、名乗るのと同時に床にひれ伏したのだ。
そもそも「国王」と自ら名乗ったけど、本物なのかな? 姿絵は見たことあるけど、似てるから本物かな?
「あのー、一応聞いておきますけど、何に対するお詫びなんですか、これ……」
「ぐ、愚息が、大変な無礼を働いたようで、誠に、申し訳ない!!」
愚息ってあれか、あのバカ王子。確かに無礼ではあったけどこんなに慌てて頭を下げにくるような案件だったか。
「できれば! こ、このことはクラウディル公爵には内密に……!!」
あ、そっちか。閣下か。確かに怒らせると怖そうな感じはあったけど……バカ王子の暴走ぐらいで怒るような方だろうか。
「客人に無礼を働いたと聞けば怒り狂う可能性がある。特に奥方が!」
「ああ、奥様!」
あの奥様ならやりかねない。閣下はよくわかんないけど、たぶん、『うちの嫁に何をする!?』ってやるタイプだと思う。私は嫁じゃないけど。
「別に言いつけるつもりもないので、どうぞ、顔を上げてくださいませ、国王陛下」
「う、うむ」
国王は顔だけあげて、私をみあげた。
「息子の方にもバラさないと誓ってくれるか?」
「……番犬なんでしょ?」
犬におびえてどうする? 威厳も何もあったもんじゃない。
「このような場所に押し込めたこと、心よりお詫びしよう、ルグラン家の末裔よ」
「……はあ」
いつまでも床に座らせておいていい相手ではないと判断し、ソファに座ってもらって、私とミレイはその前に立ったままだ。
少しの間を置いて、国王様が別件での謝罪に私は適当に相槌を打つ。
押し込めているというか、監禁? 軟禁? 許したくない。
「そしてディバン家の娘も、よくぞ生きていてくれた」
「はあ」
ミレイも大変不機嫌そうな声で返事をしている。
「なるべく不便のないよう整えたつもりだが、いろいろ足りぬものもあると思う。遠慮なく言ってくれて構わない」
「敢えていうなら『自由』、なんですけど」
ひれ伏した姿を見ているせいか、あまり敬うという気持ちがわかず、不満をそのままぶちまけてみる。
「それは――我慢を強いてしまうが、どうしようもない。貴殿らを市井には混じらせたくはない。せめてもう少し個体数が増えるまでは――」
「や、あの、なんで繁殖っぽい雰囲気漂わせてるんですか、私一応生娘ってやつなんでもうちょっと気を遣った発言でお願いしたいところなんですけど」
「配慮しているからこそぼかしているのだが、もっと生々しさを求めるか」
え、ちょっと勝手に歪曲して受け取らないでよ。
やめて! 勘弁して!
「わかりやすく言えばだな、そこそこの魔力を誇る異性を日替わりで用意して、寝室に――」
「やめてください!」
本気で泣くわ。こんなの。
なんで国王にまで性的いやがらせされなきゃなんないの! 奥様に訴えたい。
「私は、イケメンならありかも?」
「毎日死体の処理をする人のことを考えてね、ミレイ」
ミレイの大好き殺戮シチュエーションだ。さすがに毎日生贄をささげさせるような真似を王様にさせるのはちょっとどうなんだろう。
「しかし、増やさねばならないのだ」
「絶えたらそういう家系だっただけの話でしょ。直系とは言え代を重ねるごとに血なんてどんどん混ざって薄まってくんだから」
ミレイがつまらなさそうに答えた。さっきのイケメン発言は冗談だったのかもしれない。ミレイジョークか。洒落になんないな。
「しかし貴殿らのような先祖返りも稀に生まれるではないか」
「生まれたところで、何がやれるわけじゃないですよ」
とにかく強いミレイとは違って、私はただ毒と体に異常をきたす魔法が効かないだけだ。毒だけならまだしも、薬も効かなければ、治癒魔法もきかない。こんなの全然使えない。
加えて、まともな生き方もできてないし、愛情もよくわかんなかった。こんな人間量産してどうするってのよ。
「ロマンが――」
「無理やり子供作って生ませるのがロマンだっていうんだったら、ミレイにこの国根幹から潰してもらいますけど、いいですかね」
「オーケー! 久々に本気で暴れていいのね!」
ミレイも割とやる気だし、私もかなりやる気だ。
おわかりいただけただろうか、この死神姉妹の本気を。
「そ、それは、か、考えなおしてくれ! こちらも考え直す、繁殖計画は!白紙撤回するから! 国の滅亡だけはどうか!」
国王はそうやって、自分のロマンを捨て、この国を古の魔法王国の末裔の最終兵器の魔の手からこの国を守りきることに成功したのです。めでたしめでたし。
「繁殖計画っていってたわね」
心底呆れたような顔でミレイは呟く。
翌日、私とミレイの滞在する部屋に届けられたのは、山のようなお菓子と宝飾類、そしてミレイのサイズに合わせて作ってある服と靴。
わかりやすい賄賂だ。
それらを見下ろしているミレイの顔は冷酷の一言。私も多分似たような顔をしているのだろう。
「白紙に戻すって言ってたけど、ここから出すつもりはなさそうなの何でだろう?」
「まだ諦めてないのかしらね、脅しじゃなくて本当にやっちゃう?」
私の自問にも近い問いかけに、ミレイは冗談めかした様子で笑った。
半分ぐらいは本気っぽいけど。
「それとも、別の方法で利用しようとしているのかしらね?」
「無料でなんてごめんだけど」
裏組織ですら、仕事にはちゃんと報酬を支払っていたというの、国のトップが監禁の挙句に好きなように利用するってどうなのよ。
「サラって、その辺厳しいわよね」
「当然でしょ、労働には対価! 基本中の基本」
「ご両親が商売人なんだっけ? 商人の血を感じるわ」
今度はちゃんと冗談らしい。小さく笑ってミレイは私を見た。
血、か。そっか、ただ働きは嫌って言われてみれば確かに。
「血っていうか、当たり前のことでしょ。お金がないと生活できないんだから」
「これだけ貢がせといてそれを言う?」
普通に働いて得た給料では決して買えないであろう高価な物ばかりなのはわかっている。わかっているけど。
「働いた後のご飯が美味しいのと同じでしょ。自分のお金で買った物の方が満足度が高い気がする」
「あ、それ、前にも言ってたわよ。でもそうなのよね。貢いでもらったものよりも自分で買った物の方が愛着がある」
黙っていれば普通に美人なミレイは異性にモテる。ちゃんとした贈り物からちょっとした小物までプレゼント攻撃にちょっと辟易していたのを知っている。処分に困るとか言ってたな。
「とはいえ、これだけあると一財産ねー」
宝石をちりばめたドレス、そしてアクセサリーの数々。いっそ売却したい。
冷静に考えて国のトップが小娘二人にこんなに貢いでいいのかと。よっぽど公爵家の面々が怖いのか。だったらわけのわからないロマンなんてさっさと捨てるべきだと思うんだけど。
とりあえず矯正できて一応はよかったってことで。
「サラ、私も衣装がもらえたし、お菓子もたくさんあるから、改めてお姫様ごっこやらない?」
「えー」
ミレイの提案に、あの着せ替えをもう一回やるのか、とちょっと面倒にも思ったけれど、今日はミレイも着せ替えをやるのかと思ったら俄然やる気になった。
ミレイぐらいのスタイルの良い美人ならば何を着ても似合う。むしろあれこれ着せたい。
「うん、やろう! どれから着る?」
「……どれから?」
私の問いかけにミレイは目を瞬かせた。
「で、何をするの?」
「お姫様っぽい会話かな?」
お互いにお姫様っぽいドレスに着替えてお菓子をテーブルに並べてソファーに向かい合わせに座る。次は何を? だ。
ミレイに聞いてみればまたふわふわした答えだ。
「ドレス着るだけでアガるでしょ」
「いや、どうなんだろう?」
ミレイも私も絵本でお姫様が舞踏会で着用しているようなフリルがあしらわれていてふわっとスカートが広がっているような豪華なドレスじゃなくて、もうちょっとシンプルなものだ。ブラウスとスカートベストにジャケットを着て胸元にスカーフを巻く。ミレイと色違いのお揃い。
一応絵本のお姫様っぽいドレスもあって着てみたけど、歩くのも大変だった。そういえばファーナ様がそういうドレス着ていた時は普通に歩いていたように見えたけど本物のお姫様は一味違うのか。
アガるかどうかはわからないけど、たまにはミレイとお揃いってのも、楽しい? かな。ミレイと私じゃ体型も顔の系統も違いすぎて同じ服着ていても同じに見えないのが悲しい。
テーブルの上のお菓子を一つ摘まんでみる。昨日嫌というほど食べたから、感動はあんまりないかも。口に入れるって作業がもう惰性に近いかも。
「今の王家って王女様がいないのよね」
「うん、そうみたいね」
ミレイもお菓子を摘まんで、そんな会話を振ってくる。
「王妃様もご病気がちであまり公務に参加されてないんでしょ」
「どうでしょうね。あの国王の私たちへのモルモットみたいな扱いを考えると、もう見限ってるのかも」
「見限る?」
「女性に対する扱いが、あんな感じなのかもって」
「あー」
女性蔑視みたいな? そういう扱いをして構わないみたいな考えがあるのか。
「でも、女性だけじゃなくて、臣下はみんなそんなものって思ってる可能性もあるわよね?」
「そっちの方が国のトップとしてどうかと思うけど」
「女性蔑視な国王もヤバイでしょ」
「王妃様も逃げるわよね」
「娘がいなくてよかったわよね、絶対実の娘には蛇蝎のように嫌われるタイプよ。あれ」
何だか国王の批判で盛り上がった。
お姫様ごっこって、これでいいのか? なんか間違ってない?




