39 一家そろって
あまりにも唐突で、ぽかんとしているのを自覚しつつ、部屋に怒鳴り込んできたその人物を見やった。
白いシャツに黒いベストと黒のスラックス、薄手の飾りボタンがついたコートを羽織っているという『ザ・貴族』的な服装。多分この人も偉い人。
奴と同じシルバーアッシュの髪は、ちょっと後退気味で額が広い感じにも見えるがこれは触れないほうが良さそうだ。
「父上」
面倒くさそうな口調で奴がその人に声をかけた。
って、ち、父――っ!?
「ってことはあれがクラウディル公爵閣下か」
こっそりとランドが耳打ちしてきたので、私は慌てて立ちあがり、その人に向かって頭を下げた。
ランドもゆっくり立ち上がって私に倣う。
親の顔が見たいと思っていたけど。
どうしてこいつの親は、母といい父といい突然やってくるんだろう?
やっぱりこの親にしてこの子ありなのか?
「いきなり登城してきたと思えば! それが例の娘か! 絶対に城には連れてこない宣言をしていただろう! そのせいでどれだけこちらが気をもんだのかわかってるのかっ!!」
「緊急にお知らせしたいことがありましたので」
「置いてくればいいだろう! 連れてくれば面倒なことになることがわからんのかっ!!」
うう、声が大きいよ公爵閣下。耳が痛い。
せめて怒鳴らずに話ができないものか。
ああ、でも息子がこれかー……。気苦労多そうだよね。頭が寂しいのはそれが原因かも。
「連れてくる方が手っ取り早いかと。結婚の許可もいただけてないですし」
「許可なんてできるか!!」
「あ、そうでした、父上、兄がリヴ神教の修行場で修行しているという情報を入手しました。現在現地に調査に人を向かわせています」
「何をやっているんだ!あいつも!!」
あいつ『も』なんだ……。息子が二人とも苦労をかけているから、頭が……(以下略)。
こいつが二人いると思うと、その苦労が窺える、気がするわ。
「地下組織の方から得た情報なのですが、なんでたかが地下組織にも知れ渡っている情報を我が家が掴むことができなかったんでしょうね?」
「調べろ!! 怪しいと思ったら、すぐに!!」
「……ランド」
父親に力いっぱい怒鳴りたてられ、奴は心底怠そうな様子でランドの名前を呼んだ。
何か嫌な予感がする、と名前を呼ばれたランドを見やればあからさまに警戒した様子である。
「調べてこい」
「はい……って、うえぇええ、やっぱそうなりますぅ?」
予想通り無理難題をぶつけられたランドは反射的に返事をして、すぐにやっぱり、という表情になった。
予感的中だ。
「え、今から、ですよ、ね?」
「行 く よ な ?」
こいつのこういうところ、怖い。
横暴だわ。
ランドは逆らえないとわかっているのか、特に文句などは言わずにただため息をついた。
「行って参ります」
従順にそう言って一礼すると、ランドは部屋を出て行った。
頑張れランド! きっとランドならきちんと任務をこなせるはず?
「――というわけで現在調査中です」
「陛下にも報告してくる!!」
「ああ、父上、陛下に報告ついでに、「女神の器を見つけました」とお伝えください」
「先にそれを言え!!」
怒り任せに扉を開けて、乱暴に扉を閉めると公爵閣下も部屋を出て行った。
なんていうか、9割9分怒っている人だなぁ。
「血管切れそう……」
「気にすんな。いつものことだ」
え、あれ、いつものテンションなの?
高位貴族ってやつなのに、やっぱこいつの一家ってちょっとおかしい人がそろっていると思う。
多分修行中の兄っていうのもおかしな人なんじゃないの。
気づけば二人きりになってしまっている。
昨日の「口説き落とし」から、気まずい。というか、私一人だけ気まずくなってしまっている。
大嫌い、は、大嫌いで間違いないんだけど。今、これ以上距離を詰められたら暴れてやる。
やっぱりランドにはいて欲しかったな。早く帰ってきて!
「随分仲がいいな」
「はあ?」
気まずさをどうにかしようと色々考えてきたら、奴がそんなことを言ってきた。
突然何の話?
「もしかして、ランドのこと? 前からあんな感じだけど」
軽口たたきあったり、ふざけたり。仕事では色々助けてもらうことも多かったから、ミレイと一緒にお礼もかねて食事会やったりもしてたな。
そういえば、誕生会とかもやってたっけ?
普通に仲がいいな。言われてみれば。
「付き合い長いから」
あの町に赴任されるよりも前から一応付き合いはある。
その頃は組織を仲良く裏切るなんて想像もしてなかったけど。
「それが何?」
「あの狂犬女もそうだが、裏組織にしては緩くねえ?」
緩い、といえば緩い。
中枢から遠いことをいいことにやりたい放題だったともいえる。
今思えば、あの街って組織が扱いに困ったミレイを封じておく場所だったんじゃないかな。私はミレイを抑えるための単なる人身御供みたいなもんだった、と。だからきっとランドも捨て駒だ。
「あの街が殺し屋の左遷先だったりして?」
立ち上がって、こちらに足を踏み出そうとした奴に気づき、慌てて距離をとる。
「近づかないでよ」
「は?」
「それ以上近づいたら、あ、暴れる!」
「暴れるって」
苦笑しながら、奴はおとなしく座った。
仕方ないでしょ、今は銃もないし。あったとしてもこいつには発動しないけど。
あるのは毒薬だけだから、もう一回死の口づけをする? それは絶対嫌だ。
「悪かった」
は? え? 素直に謝った!?
「昨日は言うことを聞かせようとして、やりすぎた」
あ、そういえば前も謝られたことあったな。私を殺人人形だと思ってた、とか言って。
よくよく考えてみると、なんか、本当にこいつ変わってるな。人形と結婚しようとする?
そもそも殺し屋と結婚すらありえないでしょ。
まあ、子供さえ産ませちゃえば用済みで、あとはどこかに閉じ込めておけばいいって思ってたんだろうけど。
今は、どうなんだろう。
ある程度、自由も約束してくれている。そもそも祝福も消えているから私にこだわる必要もない。
他を探すのが面倒って言ってたけど。……それが答えかもな。
こいつ、多分面倒くさいんじゃないのかな。だから全部すっ飛ばして結婚できるような相手が欲しい。その手っ取り早いのが私。
いいけどね、別に。
私も結婚に夢なんかみてない。恋やら愛やら全部不可解で、どっちかっていえば不快だし。
結婚したくはないけど、別に、結婚、しても、よくない! やっぱ駄目。
だって――。
「許さない」
好き勝手されるのは嫌。絶対に嫌。
大神官も大嫌いだけど、同じようなことしてきたこいつも大嫌い。
「絶対にぎゃふんって言わせてやるんだからっ!」
は、と小さく息を吐いたのは苦笑したせいなのか何なのか。
「好きにしろよ」
「馬鹿にしてる?」
「してる、思いっきり。馬鹿じゃねーの」
すごくむかつく。
散々待たされたけど、王様に会うことはできないらしい。
王様の侍従という人から告げられて、しょうがない、と奴は立ち上がった。
「帰るぞ」
「うん」
無駄足だったか、と思って立ち上がれば侍従さんが慌てたように口をはさんできた。
「その、サラ様だけは城に残るように、と陛下が」
はい? そんなの聞きたくないんだけど、と思っていたら奴が言った。
「帰るぞ」
え? え?
奴と侍従さんを交互に見やって、残る? 帰る? どっち?と足踏みしてしまう。
王様の命令だから、拒否権ってないんじゃないの。
「姿も見せないくせにこいつだけ置いて帰れと言われておとなしく従う理由がどこにある」
「主君命令でしょ!」
何言ってんのこいつ。王様の番犬って言われてるんじゃないの!?
っていうか、そんなこと言ってたらまた閣下が怒鳴り込みにきちゃうんじゃないの!?
「……残るわよ、命令だったら」
「ダメだ帰る。お前を置いて帰ったりしたら狂犬女に何を言われるかわかんねえ」
ミレイかー……。なぁんかその姿が簡単に想像がついてしまうのが。
そうだよね、軽く暴れるぐらいは覚悟しておかなかいけないか。
「今日中には帰して頂けるんですよね?」
「それは、陛下次第かと」
ミレイを大人しくさせるのはなるべく早めに帰る必要があるぞ、と侍従さんに尋ねてみればそんな曖昧な返事だった。
これは帰らせてくれないパターンっぽい。
奴が問答無用で帰ろうとしている理由が理解できちゃったけど、私には拒否権なんてないのだろう。
「あのう、一つお願いがあるのですけど、聞いていただけます?」
「内容次第ですが」
知っている人が誰もいない状況じゃ不安なので、公爵家から話し相手兼世話係として一人呼び寄せてもいいか、と確認したところ、すんなり許可されてしまった。
いいんだ。魔人連れてきちゃうよ?
「別に大人しく従う必要はないんだけどな」
「そんなこと言えるのあんただけだから」
祖先がなんであれ、私は普通の一般庶民だ。王様に逆らえるはずもない。
「ぎゃふん!」
奇声をあげる奴に「何言ってんだこいつ」と目線をあげれば、全然悔しそうな顔なんかしていないわけで。
「言ったぞ、ぎゃふん。帰ろーぜ」
確かに「ぎゃふん」って言わせるとは言ったけど、何それ? 自主的に言ってどうするのよ。
意味がわからない。
「別に怒ってるから残るわけじゃなくて、王様の命令って逆らえないものなんじゃないの」
「あのな、言わなきゃわかんねーのかよ?」
そりゃ言ってくれなきゃわかんないわけで。
こいつは根性ひん曲がっててわかりづらいから余計にそうだけど。
「わかんないからちゃんと言いなさいよ」
「サラー!」
ノックもなしに突然侵入してきたミレイが勢いよく抱き着いてきた。
「空気読め、狂犬……!」
「はあ? ふっざけんなよ、新品野郎!」
「ぐっ……」
なんかダメージ受けてるけど、それって悪口なの?
「呼んでくれてありがと! で、私は何を破壊すればいいの?」
「破壊前提で呼んでない……」
「大丈夫オプションだから。国王? 王妃? 愚鈍って言われている第三第四王子?」
「おとなしくしてないと強制送還だからね」
「えー」
これはちゃんと手綱引き締めておかないと困ったことになりそう。
こんな危険人物を城内に引き入れるな感?
「やることあるんでしょ、早く行けば?」
突っ立っている奴に、ミレイに抱き着かれたまま冷たく告げれば、大きくため息をつかれてしまった。
何なのその態度は。
「何かあれば名前を呼べ」
「私がいるから不要でーす」
「さっきからうるせえ、狂犬!お前魔法関係は全然駄目だろうが!」
「あ」
魔法といえば、セレ!
「セレのこと、お願い」
こいつに頼まずとも、たぶん侍女長様がとてもよくしてくれているから問題ないと思うけど。猫好き最強だ。
「ああ、わかった」
なんだかくたびれた感じで奴が退室していくのを見やって私もため息をついた。なんだか調子狂うな、あの感じ。
「ぎゃふんって言わせたわね?」
「言わせたけど、何か思ったのと違うわ。もっと悔しそうに言ってほしかった」
「十分よ。あいつサラが自分より国王を選んだのにショック受けてんの。子供かよ! って感じ」
え、そういう感じなの?
「さっきも何を言うつもりだったんでしょうね? 『寂しいから一緒に帰ろう』かな?」
「そんなこと言わないでしょ!? どこの幼児よ!」
ミレイの中のあいつってどういうキャラ設定なのよ。
でも聞くのは怖いから聞かないでおく。
「……王様の思惑はわかんないけど、一応はここって安全な場所ってことでいいんだよね?」
「どうでしょうね。でも大丈夫。何かあればこの私がすべてを破壊尽くしてやるんだから」
それが怖いんだけど。とは言わないけどね。
大聖堂につづいて城まで壊されたんじゃたまらないから、なるべく落ち着いていてほしい。お願い。




