38 城にやってきたけれど
城だ。
馬車に乗ったまま城門の中まで入って、正面玄関の前で降りる。
さすが、偉い人だ。奴の顔パスで正面入口を突破。そのまま案内もなしにずかずかと城内を歩く奴の後にランドと並んで必死に追う。
城、だよね、ここ。まるで自宅のようにふるまう奴の様子にそんな疑問が芽生えた。
城の内部は、こいつの家ともファーナ様の家ともそんなに大きく変わらないなと思う。装飾品が置かれていないこの城のほうがシンプルな気がする。
「ノリで来ちゃったけど、俺ついてきてよかったのかな」
「さあ」
歩きながらこっそりと耳打ちしてくるランドに適当に返す。
私だってなんで自分がここにいるのかさっぱりわかっていない。
昨日ファーナ様と話をした応接室ぐらいの大きさの部屋に無断で入り、置かれている応接セットのソファーにどっかりと座り込む奴に続いて私もランドも部屋に入った。
「かなり待たされるはずだ。のんびりしとけ」
「勝手に入っていいの?」
「ここはうち専用の部屋」
お城に専用の部屋があるって! さすが、番犬? と言われてるだけある? でいいの?
奴の向い側のソファに恐る恐る腰を下ろした。体が沈み込むタイプのソファだ。これは眠くなりそう。
ランドも私から少し離れて横に座った。
「サラ、バルドゥラ教皇に大聖堂で会ったって?」
腰を下ろして早々にランドがそんなことを聞いてくる。
あの教皇ってレアキャラなんだろうか。
「うん」
「大聖堂だろ! 聖域出てんじゃん!」
「え、そうなの、あそこにいちゃいけない人なの?」
私が問いかけると、いつものように侍女さんが三人前お茶のセットを運んできてテーブルに並べて、すぐに立ち去って行った。
いつものように、ってお城ははじめてだけど、奴の家もファーナ様の家も、そんな感じだったんで偉い人のお家はみんなそうなんだと勝手に解釈している。
「あたりまえだろ! 教皇と皇妃両聖下は、女神リヴの住まう聖域で祈りを捧げているって設定だし」
「祈りを捧げる?」
そんな殊勝なタイプじゃないでしょ、あの腹黒は。
宗教的活動よりもコネクション作りとかで自分の地位を固めることに興味がありそうなタイプではなかろうか。
「要するにそういう設定ってこった。実際にはあちこちの地方を回って政治活動をしてる」
奴が私の考えを肯定するようなことを口にした。
設定かー……。一見優し気で穏やかっぽい感じだからそういう人みたいな扱いなんだろうな。
「政治活動? 女遊びじゃなくて?」
「何言ってんだよ?」
「ああ、好色教皇って揶揄されてんな、某所では」
「マジっすか!」
ランドは信じられないと言う風に声をあげているけれど、あのリヴ神教のトップなんてそんなもんでもなにもおかしくない。
しかし、某所ってどこだろう。リヴ神教に反発している勢力みたいなところ?
「好みの女信者を手元に置いて、みたいな話なんかは割とメジャーだな」
「うへえ、やだね、権力者ってのは結局お金と女かよ」
本当に嫌だな。大神官といい、教皇といい。気持ち悪い奴らが集まりすぎ。
「結局、女神の器ってなんなの?」
「そのままの意味だ。女神リヴを降ろす肉体」
不快な話はとっとと切り上げるに限る。気になっていたことを聞いてみれば、あっさりと答えが返ってきたので拍子抜けしてしまった。
女神を降ろす? って降霊会みたいなものかな。
霊を降ろして祖先の言葉を聞くって女子の間で流行ってた儀式だ。運命の人のことを教えてもらえるとかって。
あれと同じって考えると、私に女神を降ろして言葉を聞くとか、そんな感じかな。
「新しいリヴになる者をそう呼んでるらしい」
「……はい?」
あれ、なんか、ちょっと何を言っているのか。
私が女神に? って聞いたことあるのは、そうだ大神官が言っていたんだった。私が新しい女神になるって。
色々理解できないんだけど、なによりも、なんで私なんだろう?
血筋がそうさせるのか、それともあの大神官がご熱心だからって理由なのか。
どっちの理由でも驚きはしないけど、私の肉体に女神を入れたら、元からいた私はどうなるの。
「私は消えちゃうの?」
「さあな、女神交代の儀式ってのが存在するのは知っているが、それがいつどういうタイミングで行われて、女神の器がどうなるかなんて記録は残っていないから知る由もない」
……やっぱり碌なもんじゃないあの神教。
「聖なる儀式だと言うが、恐らくそうじゃない。多分禁呪の一種だな」
「そんなこと言っちゃって大丈夫なんですか?」
奴の説明にランドはあからさまに顔色を悪くした。知りすぎるのは良いことではない。それは組織の下っ端にとっては常識だ。
私は当事者だから知っておきたい気持ちが強い。
「禁呪だと疑っているから、王家もリヴに対して思うところがあるんだろう。【女神の器】に秘密裏に接触を取りたいんだそうだ。――やばいから絶対表では言うなよ」
「……やっぱヤバいやつ……」
「接触?」
王様が私に? 何を聞かれてもわからないことばかりで何の力にもなれないと思うんだけど、それでも会う必要があると?
「何かを聞くというよりは、リヴよりも先に【女神の器】を押さえておきたいってとこだろ」
「押さえる?」
なんかそこはかとなく嫌な予感がするのって、気のせいだといいけどな、な。
「まあ、後でバレたらすっげえ面倒なことになると思って先に報告には来てやったが、それだけだ。それ以上は聞くつもりはねえよ。王家だろうが、教皇だろうが」
どんな俺様思考よ。半ば呆れて奴を見やるが真顔だ。冗談や悪ふざけじゃない感じなのがまた心強いって言っちゃえばいいのか、これ。
「女神って目に見えない神様じゃないのよね? 実在している?」
「そっか、サラはアレルギーかってぐらい毛嫌いしてたもんな神教のこと、知らなくて当然か」
ランドのいうとおり、なぜか私は昔からあの宗教が嫌いだった。原因はあの大聖堂の一件なんだけど。記憶が消されていても無意識に嫌っていたとは相当だな。
嫌いだったけれどわざと避けてはこなかった。積極的に学んだりしていなかっただけだ。だから教義すら知らなかったりする。
「女神は聖域にいる」
「聖域にいる? 普通に生きて存在しているって意味のいる?」
「そう、まあ、教皇皇妃としかコンタクトは取れないらしいけどさ」
「へえ」
そういう生きた神様を奉じているってことか。初めて知った。やっぱり概要だけは知っとくべきかな。一般常識ぽいし。
「禁呪を使うって、魔法使い?」
「恐らく。……初代から別の人間の体を乗っ取って永く生きているんじゃないかってのが王家と魔法研究所の意見」
「それって俺が知っていい情報ですかね」
「言わなきゃバレない。つーか魔法研究家たちの間では有名だ。奴らリヴ神教とは対立しているからな。大昔から」
みんながみんな女神を崇拝してるんじゃないんだ。それはちょっと安心だ。周りがみんな敵! みたいな展開は避けたいし。
で、そうすると、やっぱりあれか。
私の体を女神が乗っ取る。私は消える。おしまい。
――っておしまいじゃない!
「女神になるなんて嫌だし、そんな死に方まっぴらなんだけど!」
「……魔法王国の末裔は、代々の国王が監視してきた」
「は?」
急に何の話?
「十数年前に、突然その末裔が消えていることに気づいた国王が大慌てで探していたのがお前」
「消えていることに気づいたって」
それって、ちょっと目を離したすきに死んじゃったってことでしょ。
監視してるとはとても言えないんじゃないのそれ。
その間に伯父に暗殺されてるって、誰が予想できるの。
「そうやってようやく見つけ出した人間を、女神なんかにやるわけねーだろ」
「女神にならなくてもいいの?」
「なりたきゃ止めないけどな」
誰がなるか! なんだけど。そっか。
そう言ってくれるんだったら、思いきり抵抗してもいいんだよね。
お前が女神にならないと世界が滅ぶぞーとか脅されても「絶対嫌」って言っていいってことだよね。
……お前が嫁にならないと家が滅びるって、ずっと言われてたことは、絶対忘れないけど。
「そういえば、サラをみてすぐにルグラン家の末裔だって気づいたんですか?」
「気づけるか。魔力が空なんだぞ、この女」
ランドの質問の答えには納得しかない。最初は人形だと思ってたとか言ってたからね。
「じゃあいつ気づいたの?」
「猫。あの魔人が猫をお前に持ってきた時」
「セレ?」
「何となく、あのアホ猫の放っている魔力が何となくお前につながっているみたいに感じたし、ルグラン家の守護者の白い猫ってのは有名だしな。カマをかけてみたら案の定反応もあった」
ルグラン家の名前を出したのはセレが来たその日だったことを考えると、スピード判明だったわけか。
「その前にも妙な体質とか、魔力が空っぽだってのに魔力が見えるとか妙な奴だったし」
「妙って、や、妙だけどさ、もっと言い方……」
思わず抗議の声をあげていた、無駄だとはわかっているけど。
「まーまー、よかったじゃん、サラ。『謎の少女』からの卒業じゃん」
「ランド!」
「組織内での初期コードネームが『謎の少女』だったもんな。その後の『無慈悲な天使』ってのも笑えたけど」
「それで呼ばないでっていつも言ってるでしょ」
天使って誰がだ! って感じになるし、なんか恥ずかしい二つ名過ぎて個人的に消したい過去だ。
「その代案が『死神姉妹』なんだからなー」
「でもそっちの方がマシでしょ!」
「姉ってのがまた――」
「お前は一体何をやってるんだ!」
ランドといつものように軽口を叩きあっていたら、突然一人の身なりのいい男性が部屋に怒鳴り込んできた。
唐突すぎて、固まった。ランドは口をあけたままぽかんとした顔をその人に向けている。多分私も同じような顔をしているんだろうな。
……ホントに、どなた様?




