37 ゴシップ誌を賑わす話題
「やあサラちゃん、お久しぶり」
「ご無沙汰しております」
警察でこんなに歓迎されるのも、なんだか微妙だわ。
王都まで送ってくれた、あのニコニコした方の警察官が、私とテーブルを挟んで向こう側の椅子に座った。ランドは私の横に当たり前のような顔をして座っている。
「そちらは?」
「保護者枠です」
あ、やっぱりそこは突っ込んでくるか。
想像していたので私も特には反応を示さず、ランドも簡潔に答える。
ランドの返答には異論はあるもののそれは飲み込んだ。
文句をいうのは終わった後だ。この証言とやらをさっさと終わらせたい。
「たしかに、保護者が必要な年齢だよね、サラちゃんは。――見た目はね」
嫌味か!
内心苛立ちながらも、愛想笑いで流す。
先日、私を参考人として警察に引っ張ってこれなかったことへの仕返しなのかなんなのか。
八つ当たりするのなら私じゃなくて、あいつにやってほしい。まあ相手は貴族様だから無理に決まっているだろうけど。
「あのクラウディル家の令息とリヴ神教大神官が取り合う女はどんな美女かって、世間で噂になってるの知ってる?」
思いきりむせ返った。
そんなの知らない。噂? 本気でそんなの噂になってるの?
「美女?」
「盛って謎の美少女だよな」
ランドに疑問をぶつければ、斜め上方面からの同意を示されてしまう。謎のって。いやランドのいう美少女ってのも間違ってる。
「だって、ほら、クラウディル令息がサラちゃんの為に大聖堂をぶっ潰すなんて気が狂ったような真似してくれたからさ、あの令息を狂わせる女などんな美女なんだって世間の関心を集めてるんだよねー」
なんか言いたげな視線を向けられてむかっとしてしまった。どこが美女? と言わんばかりの視線だ。
あいつが狂ってるのは元からだし、勝手に美女を想像するな! と言いたい。
でもそれより気になったのは、
「大聖堂を、ぶっ潰す?」
なにそれ初耳なんだけど。勿論ゴシップ誌だから盛ってるんだよね?
やってて半壊ぐらいでしょ。
「そうそう、いくら可愛いお嫁さんを攫われたからって大聖堂を全壊させるのは正気じゃやれないよね、普通」
「そうっすね。神教と公爵家の戦争にもなりかねない出来事でしたしね」
「お互いの醜聞ってことで不問にしたらしいけど、更地になった大聖堂の立て直し、計画すら立たないみたいでしょう」
「え? 本当に、大聖堂って、なくなった、の?」
だからそんなの初耳なんだけど!
「自分を取り合う令息と大神官サマがバトった場所なんだけど、知らないの? 大聖堂のあった場所、真っ平らだよ、見渡す限りの平原。大神官以外の怪我人がいないのが奇跡ってぐらいの有様」
「……何してんのよ、あいつ……」
あそこ、あの白い部屋、大聖堂の中だったのか。
大聖堂というと嫌な思い出しかない。さらに嫌な思い出が積み重なったけど、あの建物はもう存在しないのか。
でもあのでかい建物を丸々破壊するなんて気が狂ったとしか思えない。
「知らなかったのか?」
ランドもかなり引いた感じの顔で私を見ている。
だって誰も教えてくれないし、私もあの白い部屋での出来事なんて思い出したくもなかったから聞く気もなかったし。
「知らなかった」
でもちょっとヒヤッとした。
私を助けるためにあいつが勝手にやったことだけど、それって、私のせいで大聖堂がなくなったって意味にも取れない?
「まあ、そのおかげでサラちゃんを警察まで引っ張りだせたわけだけどね」
「大聖堂の件を警察が介入しない代わりに、こいつに証言をさせろ、と?」
そういう取引か。
「そう。サラちゃんを使えばフォグリフもミレイ=ディバンも芋づる式になぁんて期待もしたんだけど」
うわ、この話題もあんまり、聞きたくない感じ。
「なんでフォグリフを、滅ぼしちゃうかな、聖騎士め」
組織、滅んだの?
早すぎない?
「やったのリヴ神教でしょ? 私は関係な――」
「またまた、大神官サマまで狂わせておいて言い逃れする?」
言い方!
「あのへんた――大神官が勝手に狂ってるだけ。というか初対面からおかしかった!」
「変態って。なるほど、大神官サマはそーいう趣味か。意外」
どういう趣味よ! とはツッコまないからね。
「いやあ、サラちゃんは顔に似合わずとんだ悪女だね」
「そういう要素を持ってるのが寄ってくるだけじゃないんですか?」
さすがに同情したのかランドがフォローを入れてくれる。多分フォローだと思う。
「たしかに稀にいるんだよ、おかしなぐらい不幸を呼び寄せている人とかもさ。それにしたってサラちゃん、男運悪すぎない?」
不幸が次から次へと振りかかるのはセレとも話してたけど、男運もか!
できればこのまま一生独身がいい、セレと慎ましく暮らしたい。
だけど、気づいてしまった。
私が子どもを産まないと、多分魔法王国の王族の血筋っていうのも潰える。
既に滅んだ王国の血統なんてどうでもいいじゃんって言いたい。言いたいけど。言って大丈夫なの?
完全に打算のみで考えれば、あいつと子どもを作るって手っ取り早いような気がする。
でも子どもって、……無理だわー……。
「しっかりしろ、まだ何にも始まってないぞ?」
「わかってる」
思わず遠い目をすれば、すかさずランドに心配されてしまった。うん、気持ちを切り替えよう。これはまだ後で考えればいい。
「そんなわけで、ソナーウィック元侯爵様の悪行について証言してもらおうか」
前置きが長すぎた。
ここからが本番だ。気をしっかり持たないと。
「いやぁ、色々とヤバイ話をありがとう。ランド君も助かったよ」
取調室、とやらを出て廊下を三人で歩く。
どこへ向かうのかというと、あのおっさ――元貴族様の取り調べの様子を見に行くらしい。
でもって、「今まで私が証言していたのは間違いなくあの人のことです」と最後の証言をすれば終わり。ささっと終わらせたい。
「あれ、おかしいな? 来てない?」
面通し専用の部屋へたどり着いて、ガラスの向こう側が無人であることに首をかしげる警察官。
このガラス、向こうからは鏡に見えるマジックミラーだとか。
「ちょっと確認してくるから、ここで待ってて」
警察官が去ってランドと二人残される。
「向こうから見えないとは言え、ちょっとやだな、あれを見るの」
「怖い目にあったんだな。悪かったよ、組織に戻れなんていって、普通にトラウマだろ」
「別にいいよ。ランドは無理やり連れて行こうとはしなかったでしょ。それだけでも救われてた」
あの場で組織に戻っていたら、私今頃あの豚貴族の餌食になってたんだと思う。ランドがいくら手を尽くしてくれていても。でも、ランドが選択させてくれたから私は無事にこうやっていられるんだと思う。
そんな会話をしていれば部屋の外から喧噪が聞こえた。
何かの叫び声とそれを止めるような声。
「お前は、殺す!! 殺す!! ころおおおすうううう!」
叫び声がはっきり耳に届いて、全身に悪寒がはしるのがわかった。この声、ききききき、聞き覚えある!!??
それが何なのか自覚すると、誰もいなかった部屋にふくよかな体が飛び込んできた。
ソナーウィック元侯爵、だ。
髪はボサボサでみすぼらしい服もあちらこちらよれている。異様に血走った目で辺りを見回していて、――目が合った、気がした。
合うはずがない。だって向こうからは鏡に見えるんでしょ?
「サラアアアアア!!」
バン、と破裂音のように激しい音をたてて、豚貴族はガラスへと突進してくる。
「み、見えないんじゃないの?」
「野生の勘か?」
ランドが一歩前に出る形で私を背中にかばってくれるけれど、それがどうやらさらに火に油を注ぐような形になってしまったらしい。
「この淫売め! 次から次へと男を惑わす淫婦! 汚らしい!! そんなあどけない顔をして、汚らわしい悪魔めえええ!」
こんなに面と向かって罵倒されたことなど――あるか。まあ人生いろいろやってきているから。もっと命の危機を感じるような罵声もぶつけられたこともある。けど、やっぱ怒られるのは怖い!
「……淫売なんてリアルで言っている人、初めて見た」
「お前、余裕だな?」
「だって、余裕ぶってないとなんか泣いちゃいそう」
「泣いても許される状況だと思うぞ?」
私もそうは思うけど。
「なんでかんたんに体をゆるしたああああ! あんな若造に!!」
許してはないんだけど、それを口にしちゃったら、また粘着されるのかな、そっちの方が嫌だ。
「許す?」
「流して」
否定はしちゃ駄目。ランドには素朴な疑問をそのまま飲み込んでもらいたい。
「そのガキにもあれやこれやとさせているのかああああああ!」
「頭の中どうなってんのよ、この変態貴族」
「俺にそういう趣味はない」
もういい加減腹が立ってきた。
多分、向こうからはこっちが丸見えなんだろうな。
まっすぐに豚を睨みつける。
なんかたぶん悍ましい妄想を繰り広げているだろうその豚を。
「いい加減にしろ」
呆れたようにそう言いながら奴が変態元貴族のいる部屋の方へと入ってきた。
「ブ、ラッドぉおおおお!」
豚はガラスから奴へと方向転換をしてまた勢いよく突進し、途中でその足を止める。奴に銃口を向けられたからだ。
「きさまぁあああ、きさまさえいなければあああ」
「貴族ならば貴族らしく、その義務を全うしろ」
「下級貴族が、貴族をかたるのかああああ!!」
はっ! まさかこの展開は!?
「ランド!」
「おう、どした?」
「私はこれを見たかったの!」
「はあ?」
気持ち悪すぎて意識とばしちゃおうかなーってちょっと思ってたけど実行しなくてよかった。
「まだわからないのか? ブラッドというのは偽名。俺は――わたしは、国王の命によりお前を監視していた」
「こ、国王!?」
なんだ、あいつ普通に取り繕うことできるんだ。
見下しの感情を込めて変態元貴族を見据えている姿はちゃんと高位貴族に見える。
「クラウディル家の者だといえばわかるだろう?」
「こ、国王の……番犬……っ! まさか、まさかまさかあああああ!!」
あ、また番犬って言われている。ってことは有名な話なんだ。
それが高貴なのか低俗なのかよくわかんないんだけど。
「そんな……わたしは……」
「貴族の品位を下げる貴様の行い、陛下は粛清も辞さぬと」
「ひぃぃぃぃ! そんな、そんなああああ!!」
「今まで少女たち、幼き国民を苦しめたこと、法による裁きをうけろ。ソナーウィック元侯爵」
「…………うああああああ!」
頭を抱え膝を床につき、断末魔のような叫び声をあげる豚元貴族様。
完全に終わった。
「いい物を見た……!」
「……サラ、お前ちょっと悪趣味すぎないか。いや、ちょっとだけ俺もいい物見た! と思う気持ちはあるけどな。なんかマジで性格悪い」
いい物だったって素直に認めちゃえばいいのに。
マジックミラーが壊れていたという警察側の不手際をやり玉にあげて、さっさと帰宅する権利をもぎ取ることができた。
「ソナーウィック元侯爵への制裁の流れ、あれ、仕組んだんですか? マジックミラーが壊れていたのも、取り調べ中だったはずのあの男がいない状態で後からやってくるようにしたのも」
「そうだな」
馬車の中で奴と合流し、あの豪邸に向かっている中でランドが投げかけた質問に、奴はこともなげに答えた。
「見たかったんだろ、あの豚元貴族が再起不能になるところ」
奴はランドに答えるのではなく私に言ってきた。
見たかった? どうだろ? できれば会いたくはなかったって気持ちは強い。
見れてよかった、とは思ってるけど。
「もしかして、わざわざ警察まで連れていかれたのそのため?」
「それもある」
「大聖堂破壊口封じ司法取引って奴ですよね?」
「……それもある」
ランドに突っ込まれて、奴は明後日の方を向いた。
少しは後ろめたいとか思ってるのかこの反応。原因ってことになってしまっている私もちょっとだけ心が痛い。何とかして。
「あの変態貴族が片付いたから、次は大神官だ」
気を取り直したように低い声で奴はそう言って笑った。
あの変態をそんなに目の敵にする必要ある?
「嫌いだったら二度と会わないように避ければいいだけでしょ」
争うには気力も体力も要る。面倒くさがりのこいつがそこまで執念を燃やすほど? って思うのだ。
「たたきつぶせるときにやっておかないと、いつ足元をすくわれるかわかんねー」
「おっかない人ですね」
「当たり前だろ。裏切るなよ?」
「……」
ランドは答えずに馬車の窓の外に目をやった。
私もつられるように外を見る。
王都か。そういえば私、ここに来た日にちょこっと歩いただけでそれ以外全然あの家から出てないな。
隠しておく、という何気なしに言ったミレイの言葉が思い返されて、少しだけ怖くなる。
一生このまま?
あ、でも、あの家は出るつもりなのよね、昨日の話だと。
出てどうするつもりなのか、は聞いてもいいのかな。
「大神官を仕留めとけば、とりあえずの危険はなくなるだろ」
「危険?」
「連れ去るような奴はいなくなるだろ。そうしたら、問題なく外には出られる」
「……」
あまりにも意外な言葉に、それを理解するまでかなりの時間を要した。
え、外に出られるって出てもいいの?
それってかなり嬉しい。
王都を散策していいってことだよね?
何があるのかとか全然知らないし、行ってみたい場所も全然見当すらつかないんだけど、想像するだけで楽しい。
そうだミレイと一緒に出掛けてもいいのか。ミレイと街歩きとかどれぐらいぶりだろう。仕事も忙しくなって全然いけてなかったから。ものすごく楽しみ!
「おいサラ、大神官を倒すって結構無茶な話って気づいてんの?」
ランドが呆れたように言ってくるけど、でも殴るって決めているし。
ミレイもこいつもやる気なんだから何とかなるに決まってる。
「あ、そうだ、聞きたかったんだけど、大神官と教皇って教皇の方が偉いんでしょ?」
「そうだったと思う、けど、俺もあんまり詳しくない。ご存知ですか?」
「建前上は教皇の方が上ってことになってる。が、今の教皇は大神官の推薦でその座についたから、力関係としては大神官の方が強いんじゃねーの」
奴の返答は適当だ。多分そんなに興味がないんだろう。
でもなんとなく、あの教皇と大神官の間にある不思議な空気感に納得した。
「そうすると、大神官を倒した後に教皇も出て来るのかな?」
「その理屈で言うと女神リヴも倒さなきゃいけなくなるぞ」
ランドはそういうけど、あれ? その言い方だと女神って現存してんの?
私、本当にリヴ神教のこと知らなすぎるな、パンフレットぐらいは見といた方がよさそう。
「リヴ神教に興味がないサラが、良く教皇なんて知ってたな」
「大神官のとこにいる時に会ったから。あ、そうだ!」
あの何だか嫌な感じがするおっさん。できれば会いたくない系だ。
だけど気になっていたことがあったんだった。
「……女神の器って知ってる?」
これの意味をはっきりは聞けていなかったのだ。
大神官と聖なる婚姻とかふざけた寝言を聞いた気がしたけど、器という表現が意味不明だった。
「……聞いたことない。知ってます?」
ランドに話を振られて、奴は低く唸るような声で小さく「めんどうくせえ」ともらした。
何か知っているのか。
「お前が器だと、教皇が言っていた?」
「なんでわかるの?」
「……寄り道するぞ、国王んとこだ」
奴はそう言って、御者に行先変更を告げた。




