36 口説き落とす
「何を騒いでんだよ?」
出て行ったときよりも落ち着いた雰囲気で奴が戻ってきた。
気分的には近づかないで、だ。
ミレイの背後に半分身を隠して警戒する。
「どうなりました? 裏とれました?」
何事もなかったかのようにしれっとランドが奴に問いかけた。
「調査と連れ戻す人員を手配した。しばらくすれば生け捕りだ」
「生け捕りって……」
「これでようやく俺もこのお役御免で家を出ていける」
ふう、と短い溜息をついてそう漏らす奴に、ランドは一瞬意外そうな顔をしたがすぐにその表情を消した。
「出てくの?」
「いっただろ、面倒なんだよ、この家継ぐのも」
「出てってどうするのよ、貴族のお坊ちゃんが」
と、ミレイが挑発するような口調で言ったが奴は気にする風もなく、答えを口にした。
「学術系。魔法の体系学的な。論文も出してるし、今からなら遅くはないだろうし」
「学者になるんですか!」
「それに近い。たぶん、世紀の魔物退治とかやらなきゃならねーだろうから、ハンターみたいなもんか」
世紀の魔物って、原始の大地に住むって言われている伝説の生物のこと?
なんだか普通に口にしているけど、禁忌の大地とかって言われているはず。絵本になっている英雄もその大地に挑んで帰ってこなかったとか。
「それもまた面倒だが、こっちも好き勝手やらせてもらうわけだからギブアンドテイクか?」
「……じゃあ、結婚しなくてもいいのよね!」
「なんでそうなる!」
え、ダメなの?
ランドがやっちまったという顔をしてすぐに真顔に戻って、ミレイは少しだけ嫌悪感をにじませた目を奴に向けているけど。
「兄は絶対結婚できないタイプだ。跡継ぎは俺の子。産め」
「待って! ちょっと理解ができない」
「その言い方はいろいろ誤解生みますし、下手したらフェミニストに叩き潰されますよ。撤回をお勧めします」
「お前、本当に!!」
問題発言すぎる問題発言をした奴を、庇うつもりはない。
今すぐにも飛び掛かりそうなミレイは、止めたほうがいいのか、むしろやっちゃえなのか。
「私である必要ある?」
「今から新しく探せと? 知ってるか、俺は行き遅れだぞ」
「威張るな!」
まだ二十代半ばでしょ! 今や30代で初婚もちらほらいるわよ、下町だったらね。貴族社会はよくわかんないんだけど。
「あきらめないで!」
「お前が諦めろ」
助けて、ランド、ミレイ!
「そもそも、いい年して冒険家みたいな職業に就く男のところに、まともな女がくると思うか?」
「えっ! いや、むしろ私がまともじゃない気がするんだけど、気のせい?」
「一応どこの出身かわかってる、遡れば王家、魔力保持者、条件としては十分だ」
「サラ、出自が判明したのかよ?」
「あ、う……一応ね。南部の方の商家の出、みたい」
あのバカみたいな肩書はなくしたい。ちょっとだけボカしてランドには告げる。
「ルグラン家」
「……まじかよ」
奴があっさりとバラした言葉にわかりやすく反応を見せるランドに、頭を抱える。
「魔法王国? だから魔力保持って、え、なに、サラが? なんでフォグリフに?だって王家がマークしてたはず」
「ほお詳しいな?」
「ミレイの生家とは違って市民ですから、よそに血が流れないようにある程度コントロールしてるんじゃないんですか? なのにこんなにふらふらしてるって」
「だから、逃がすわけにはいかねーんだよ、わかるか?」
「……納得しました」
なんでランド、ってなんかランドは割と奴寄りな感じがしてたけど。結局は権威か。
「……えっと? どういうこと?」
「もう逃げ道はない。頑張れ」
なんだか温かい目を向けられても困るんだけど!
「貴族の家の嫁、は回避してやったんだ。これ以上譲歩はできねーぞ」
「……国王様は、許可してない」
「させる」
「随分と自分勝手なこというわよね、これだから俺様野郎は」
はっとミレイは鼻を鳴らして笑う。
「ほしかったらちゃんと口説き落としなさいよ。周囲を囲んで逃げないようにするって下品な手段でしょ」
「はあ?」
「いったわよね、お前にはサラは勿体ないって。サラにはもっといい男と幸せになる権利があるわ。そんな不安定な職の男なんて、ダメにきまってんでしょ!」
さすがミレイ! もうミレイについていくしかないわ。
「……この狂犬が。わかった。ちょっとこい」
奴に手招きされても、ミレイの背後から動くつもりはない。
だって、この先に待っているのは、逃げ場のない苦労しかない結婚!
「嫌です」
「サラ、拒否権があると思うなよ?」
あ、まずい。これ怒る奴だ。
「サラ、行くなら一緒にいくわよ?」
「口説き落としてやるんだから一対一だろ、狂犬」
本当に怖い。
これは拒否できない。したところで実力行使だ。
ミレイなら抗えるだろうけど、お互いに無傷では終われないだろう。身内揉めしてどうすんの? だ。
……まだ、私は諦めない。
口説き落とされなきゃいいだけ。物理攻撃や魔法攻撃じゃなくて、言葉ならまだ私にだって勝機はある!?
ミレイを見て首を横に振って私はあいつの方へと足を踏み出した。びくびくと足を進めていると苛立った様子で私の右手首を掴むと無理やり引っ張った。
売られていく子牛の気持ちがわかる。
ランドもミレイもものすごく気の毒なものを見る目で見ている。これはそういうことなんだろう。
口説かれるとかそういうロマンチックなあれでは決してないって。
廊下をとにかく縦横無尽に歩き、疲れたな、と感じたころに正面にあった部屋に無理やり放り投げるように連れ込まれた。
「ここどこよ」
「俺の私室」
だだっ広い。
落ち着いたグリーン系の絨毯が敷き詰められた床に、白にエンボスの模様が入った床。あとは調度品も黒っぽい色で統一されている。品のよい部屋という感じ。
放り投げられて膝をついた大勢のまま辺りを見回していたら、再び手首をつかまれ無理やり立ち上がらせられると、そのままドアに押し付けられた。
このドアがまた重厚で落ち着いた色をした木の扉で、背中からひんやりとした感触が伝わってきて、体が震えた。
「あの変態貴族が襲い掛かってきたときお前を助けたのは誰だ?」
え、クイズかな?
「あ、あんた」
「名前を呼べ」
これは、従ったほうがよさそう。
「マレム」
「銃を貸したのは?」
「マレム」
「追っ手を退けたのは?」
「マレム」
「宿代出したのは?」
「マレム」
「道中の食事代は?」
「マレム」
この至近距離での、この尋問は一体なんだろう。
「現在の衣食住の提供は」
「マレム」
「あの変態大神官から助けてやったのは?」
「マレム」
「……もう答えはわかるよな?」
こういう手でくるのか。
おとなしく屈する他ないとしか言いようがないけど、悔しいな、これ!
何か、反撃、絶対反撃する!
「そんなにあれこれしてくれるなんて、私のこと好きすぎでしょ」
口にしてから、これ怒るやつかな? とちょっとだけやばいかなって考えが頭をよぎったけれど、気にしたら負け。
まあ怒らせても勝ちだし、困ったらもっと勝ち。
「だとしたら大人しく嫁ぐのかよ?」
そう、くるか?
「そうね、もうちょっと真剣に考えるけど?」
もう言葉遊びにしかならないかも。
半ばやけくそで言い放てば、急に近づいてくるのは――
またか。
何となく諦めた心地でそれを受け入れてしまう。
触れている唇は柔らかいんだけど。んでもって優しいんだけど。
ごまかされるか!!
引きはがそうと両肩に手をかけて押すが、その両手を取られてドアに縫い付けられてしまう。
一旦唇が解放され、角度を変えてもう一度吸い付いてくる。
あれ、ちょっと――待って――。
もう一度解放されて、新鮮な空気を吸い込んだ途端に再び押しつけられてしまう。
「待って」と言う暇すら与えずに。
――もう、いい加減に!
右足を上げて思い切り奴の足の脛を蹴りつけてやった。
途端に押さえつけられた手が離されて、力いっぱいその体を突き飛ばす。
奴は二歩ほどたたらを踏んだぐらいで体勢を立て直すと、私を睨みつけた。
「痛っ! お前、なあ!」
文句を言いたいのはこっちの方なのに!
「なんでこんなことするのよ! こんなの、あの変態――大神官と同じ!」
「はあ? あいつ、何をしてやが――」
「人のこと好き放題して! 絶対に許さないんだから! 大嫌い!」
「で、どうするんだ?」
何の質問よ! こっちは腸が煮えくりかえるほどだっていうのに!
「話聞いてん――」
怒鳴りかけて、辺りに漂うただ事でないような空気に思わず口を閉ざした。
魔力っぽい何かだけどなんか、怖い?
こいつ怒ってる、の? こんなことされて怒りたいのはこっち、なの、に……。
やっぱ怖い!
「何で、怒って、るの……?」
「あの時きっちり始末しとけばよかった」
低く呟くその声も怖い。何よりほとばしってるこの魔力で息苦しいほどで。
「あいつ、加減すると魔法が届かないし、調整が難しい、まあいい、朽ち果てるまでやれば……」
「息苦しい!」
「ん、ああ」
ぴたっと辺りに漂っていた魔力が掻き消える。激しく何度か深呼吸をして、息ができることに安堵してもう一度奴を睨みつけようとしてやめた。もう無理。
「で、結婚しとくか?」
「……」
絶対に肯定なんかするか。
「ほ、保留で」
「……わかった」
仕方ない、と言わんばかりの態度だけど。
やっぱり逃げ道塞いできただけで、私が頷けるわけはない。
口説くって、本来どういうものなんだっけ?
借りている部屋に、またぽいっと投げ込まれた。奴はさっさと去って行く。
く、くっそおお!
「悔しい! 絶対に従ってやったりはしないんだから!」
床を殴りつけながらも私は吠える。
負け犬の遠吠えだって言われてもいい。
あんな風に好き勝手されて、言うこと聞くと思わせたくない。絶対ぎゃふんと言わせる!
「そうやって泣き寝入りしないで、戦おうとするから好かれちゃうんでしょうに」
「だって悔しいんだもん!」
ミレイに言われてそう反論する。
泣いてなんてやらない。傷ついてるってこと気づかれたくない。
「あー、はいはい、やなことされたな、サラ」
「適当過ぎる!」
ランドの慰めっぽい言葉に駄目出しして、私は立ち上がった。
気持ち悪いとまでは思わなかったけど、というか私が煽ったせいかもしれないけど、絶対に屈するものか。絶対にだ。
「伝え忘れた」
拳を握って心に誓っていれば奴がうっかりしていたと、再びやってきた。
……顔、見れない。
「明日、警察に行くぞ」
「……警察!?」
正気か? とその言葉を発した主を見やれば真顔だ。
警察に一体全体何のために?
「ソナーウィックにされたことの証言が欲しいそーだ」
「証言……」
「狂犬女、お前は警察にマークされていたから留守番、それからお前」
「ランドです!」
「お前は――」
「ランドです!!」
激しく名前を主張するランドに呆れたような顔つきをして、奴は言い直す。
「ランド、お前、そいつに付き添ってやれ。俺も行くが中では別行動だし」
今みたいに自己主張激しく訴えれば最初から名前を呼んでもらえるのか。
ランドって意外とすごいな。私もこのテクニックを知っていれば痴女呼ばわりとかされなかったのに。
「わかりました。雇っていただけるということでよろしいのでしょうか」
「使える奴だと示してみろよ。考えてやる」
「その言葉お忘れなきよう」
深々と頭を下げ、それでも一歩もひかないランドは、やっぱりすごい。
別にここじゃなくてもどこでも働けるんだろうな。
「お前らにも部屋を用意するように伝えておく。好きに使え」
今度こそ奴は去って行った。




