34 真の味方
この家の間取りがどうなっているのを私は一切知らない。
だからもはや私の部屋と化している客室へも一人では帰れないから、ちょっとだけ不機嫌そうな奴に送ってもらうしかない。
侍女さんたちに頼んでくれればいいのに、と思うけど、こういう時には絶対に頼んでくれない。
絶対嫌がらせだと思う。
「遅かったわね」
部屋の扉を開けて、中に入った途端、そんな声がかかった。
この聞き覚えのある声は!
「ミレイ!」
「サラ!!」
部屋の中央に立ちはだかっているミレイに駆け寄る前に、ミレイの方から抱き着いてきた。
よかった。ミレイが死ぬようなことは天と地がひっくりかえっても絶対ありえないと思ってたけど、それでもちょっとだけ不安だった。
だって相手はあの大神官。気持ち悪いし。
私をぎゅうと抱きしめているミレイの体を私も抱きしめる。ああ、よかった。ミレイが生きてて。
「ケガしてない?」
「当然よ」
尋ねながらもミレイの体を開放すれば、ミレイも私から手を離した。
「でも、ごめん、失敗」
手を合わせて頭を下げ、なおかつ舌を出すミレイに私は怒るつもりはない。
「失敗!?」
そんな怒声をあげたのは奴だ。
私たちの近くまで早足で歩み寄ってくると、私とミレイの間に入り込んだ。
「まさか、名乗ってないだろうな?」
「名乗ったわよ、クラウディル家の依頼できました殺し屋でーす♡って」
「おい!」
「まあ冗談だけど。組織の名前を言っといたから、今頃やばいかもね、あはは」
ミレイはそんなことを言って明るく笑っているけど、笑いながら言って平気な話なの、これ?
「神教がどうでるかしら?」
「狂犬、お前わざとだな?」
「フォグリフを潰したいのはお前もでしょ?」
低い声でミレイは奴に問いかけて、もう一度笑い声をあげた。
「だって、サラが欲しかったらあの組織は邪魔だものね?」
ミレイの言っていることってつまり神教と組織の潰し合うってこと? そんなこと――ありえる?
「あ、サラ、潰しあいじゃないわよ、組織が蹂躙される」
なんでミレイは私の考えていることがわかるんだろう? 顔に出ているのだろうか。
でも、考えたってわかりっこないから、スルーでいいか。
「蹂躙?」
「聖騎士投入したらひとたまりもないでしょうねぇ」
まるで他人事のようにミレイは言う。
組織が蹂躙って、……ランドはどうなるんだろう。
「そんなに狙いどおりにいくのかよ?」
「だから言ってるでしょ、サラが欲しいならフォグリフを潰すって。あの白いいけ好かないすかした変態、まだサラに未練たらたらよ」
うげ、嫌すぎる。口元を押さえ、こみ上げてきた何かをやり過ごした。
「大丈夫。今度あの白いやつが来たら、私が返り討ちにするから」
私の様子に気付いたのか、ミレイが同情をにじませた優しい言葉をかけてくれる。
こういうところ、ミレイはとても優しいし、好き。
そして何より頼もしい。
「つまり、大神官の野郎にその名分を与えてやったってことか」
「そう。動けばあいつの得になるでしょ、だからやるわよ、絶対に」
ミレイの言葉に、奴は何かを考えているようだった。損得計算をしているのかもしれないけど、正直奴の考えていることは全然わからない。
「――大神官の奴は俺もぶんなぐっておきたい」
「あ、私も、一発ぐらいは殴っておきたい」
奴に続いて慌てて私も口を挟んだ。
結局逃げてしまったから、できれば反撃したいという気持ちはある。
奴とミレイが同じような顔で同時に私を見たので、ちょっとだけ可笑しくなった。
「なんでそんな意外そうな顔?」
「もう近づきたくないんじゃないのって思ってたけど、そうよね、サラはそう言うに決まってるか」
「お前を目の前にすると、あの変態、魔力が上がるから厄介なんだよ」
うげ、あの変態ってそうなの。やっぱり近づくのものすごく嫌なんだけど。
でもやっぱり反撃はしたい。あの男がまだ生きているんだったら確実に。
「でも、やりたいなら、やれ。いくらでもサポートは惜しまない」
「あ、あり、がとう」
こういうところは、ちょっとずるいな、と思う。素直にお礼を言うしかできなくなる。
ミレイはそんなやりとりを見て頬を膨らめたが、すぐにいつもの挑発的な笑みを浮かべて奴を見やった。
「私の有能さ、思い知ったでしょ」
「……まあな。言え、報酬は? 金か? 物か?」
「サラ」
「人身取引は却下」
即答したミレイの要望を、奴は即座に突っぱねる。
ミレイ相手とはいえ、私自身を報酬にされてはたまらないので、断ってくれるのはありがたかった。というか私、奴の物じゃないし。
「じゃあ、私を雇いなさいよ」
「はあ?」
「私を雇いなさい!」
こんな積極的すぎる就職活動初めて見たわ。
絶対「性格に難あり」でお断りされるタイプだけど。
「殺し屋としてか?」
「いいえ、サラのボディーガード兼お世話係として!」
別にミレイが私のボディーガードをするってのは嫌ではないんだけど、お世話係って、まあいいか。
「契約者なのはわかっているが、あれのこと好きすぎて、若干キモい」
「ちょっと! 一応意味はあるのよ、契約者の近くにいる時が一番力を発揮できるの!」
契約ってそういう面もあるのか。
ミレイがやたらと私に執着するのはそのせいかもしれないな。
「つまり、あの白いいけ好かない奴を倒すのにはサラの近くにいるのが一番効率がいいのよ。サラもあいつの魔の手から守れるしね」
「……そいつに色々やらかしてくれたのは確かだが、そこまで執拗に狙うような相手か? リスクの方が高いだろ」
「家族の仇でもあるのよ、一応」
ミレイが答えると、奴が固まったのがわかった。
この反応、ミレイの家族のことをこいつは知らなかったのか。
「ちょっと待てよ、理解が追い付かねえ。つまり神教の連中はディバン家を滅ぼしている?」
「私が生きてるんだから滅んではないでしょう。家はドカンといっちゃったけど」
「……」
ミレイが言っていることってそんなにとんでもないことなんだろうか。
奴の顔が困惑の色に染まっていく。
「なんだそりゃ! なんでディバン家に手を出す? っつーか、なんでそんな情報が出回っていない? 傍系とは言えど貴族だろ! ディバン家は!」
「え、貴族なの?」
ミレイは過去の話をしてくれないから全然そのへんがわからない。
聞いてみればミレイは首を傾げるばかりだ。
「……さあ? 私って貴族なの?」
「本家は?」
「知らない。私、家族扱いされてなかったみたいだから」
どうでもいいようにミレイはそんなことを言う。
前に言っていたっけ。一人だけ違ったから、と。一人だけ魔人の力を持って生まれてしまったから遠巻きにされていたと。
それって疎外されていたってことだったのか、ミレイの言葉にそのことに気づく。
「ミレイ」
「大丈夫、心配しないで。私をないがしろにしていた家族なんて今となってはどうでもいい。今はサラもいるし、愛を捧げてもらった男たちもたくさんいるわ」
にやりとミレイが笑う様は、不気味でもある。
……ミレイの言う愛ってあれだ。逃げ道を塞いで切り刻む、命まで捧げさせる愛。歪んでいるけど。私はそれを否定はしない。
こういう過去があって、こうなった、ってこと。
そんなミレイの狂気を見たせいか、珍しく奴も絶句している。
ミレイが怖いのは確かだから、その気持ちはわかる。
特に男にとってはその狩りの対象になるのだと、恐らく本能的に感じ取るのかもしれない。
恐怖でしかないと思う。
好みのタイプじゃないって言ってるからこいつに対してそこまでは残酷なことはしないってわかっているけど。わざわざそれを告げてやる必要もない、か。
「だけど一応宿敵でもあるから、お前が殴りたいっていうんならそれは止めないけど、大神官のとどめは私がさすわよ、いいわね」
「わかった」
絞り出すように奴が頷くのを見て、ミレイは満足したらしい。
ふう、と息を吐いて、明るい声で続ける。
「で、もう一つ」
「まだなんかあるのか」
「もう一人、雇ってよ」
もう一人?
ミレイが言うもう一人って、もしかして――。
思い当たるのは一人だけだ。それって、と私が尋ねるより早く、ミレイが口を開いた。
「入って」
その声を合図に、誰かの手が窓枠にかかり下からよじ登るような形で部屋へと転がり込んできた。
やっぱり。思ったとおりの人間の登場ではあったが、思わず息を飲んだ。
魔力を手にまとわせて、奴が警戒態勢をとる。まずい、攻撃は待って欲しい。
「死ぬかと、思った。ぶら下がって待てとか、意味不明……」
床に座り込んだ体勢のまま突然弱音を吐いているのは、間違いなく――。
「ランド!」
ランドに駆け寄ろうとしたが、奴に目の前に立ちふさがるような形で防がれてしまった。
知り合いだと認識したためかまとわせていた魔力は消している。よかった。
「ういーっす、サラ。まだ無事に生きてるみたいだな」
「そっちこそ、首が胴体と繋がっててよかったわね」
奴の背中に半分隠れているような状態で、ランドと戯言の応酬をしていれば奴が顔だけ私の方に向けた。
「誰だ?」
「フォグリフの下っ端エージェントよ。私たちと組織を繋ぐ」
私が答える前に。奴の問いかけに答えたのはミレイだ。
一度、会ったことはあるんだけどね。危険を察したランドが私を見捨ててさっさと逃げたのだ。忘れるわけがない。
「あの炎の奴だな?」
やっぱり覚えていたか。
顔を正面に戻し、奴はランドに問いかけた。
「どうも、ご無沙汰してます。先日は命の危険を感じたので逃げ出してしまって申し訳ございませんでした。聖騎士たちが組織を急襲するという情報を掴みまして、巻き込まれないよう逃げ回っている最中にこのミレイと偶然遭遇し、誘われるがままにこちらに参上いたしました」
ぺらぺらと流れるようにランドは言葉を紡いでいる。
本職は交渉だし、弁がたつ奴だとも思っていた。こういうのは得意なんだろう。
「職場も恐らく潰されてしまうでしょうし、逃げ出してしまった以上もう戻ることもできません。できれば縁故で雇っていただければと思う次第にございます」
「組織と繋がっている可能性は?」
「どうせすぐ壊滅しますよ。相手は聖騎士、そしてリヴ神教です。勝てる見込みもない。恐らく今頃は――。それを簡単に調べられるお立場にあるとお見受けしますがいかがです?」
恐らく今頃はって。本当にあの組織がなくなるの?
全然実感がわかない。けど、ランドが嘘をついているとも思えない。
あの組織を簡単に壊滅させていしまう聖騎士、そしてその命令をくだした、あの大神官も――怖い。
組織は、逆らえない絶対的なものだと疑ってなかった。それなのに。
「おいサラ、どうした? 調子悪いのか?」
ランドに声をかけられてはっと我に返る。
怖いことに怯えてしまうのはずっとだ。
子どもの頃、仲間だったみんなを無慈悲に殺していった聖騎士。先日私に好き放題やってくれた大神官。それが、絶対的だった組織を簡単に潰す。
「サラ!」
私の内心の怯えに気づいたのか、ミレイがぎゅっと抱きしめてくれた。
「大丈夫、私が全部破壊してあげるからね」
この子も怖い。けど、安心できる。ミレイに縋りつくように抱き着けば奴に後ろ襟を掴まれて引っ張られてしまった。
「後にしろ」
「ちょっと! 怖がってるんだから――」
「後だ」
奴は冷たく言い放って私の襟から手を離した。ミレイにはしっしと手を振って追い払うあたりが本当に鬼だ。
「で? さっそく就職活動とは殊勝なことだな」
「勿論手ぶらではありません。情報を一つ」
ランドは人差し指を一本立て、愛想笑いをその顔に浮かべている。
交渉はこれからが本番と言わんばかりだ。
「言ってみろ」
「出奔しているクラウディル家令息ですが、現在、リヴ信教の修行場にいるようですよ」
「は?」
「信徒として修行している、と」
出奔している令息って、何度か聞いた長男のこと、だろうな。
その人が、修行している、の、あの神教で。
信徒って何? 神官とは違うの?
そういえば私、リヴ信教について女神様を崇めている宗教ってこと以外何にも知らないんだった。
「何してんだ! あの馬鹿兄はああああああああああああ!!」
少しはリヴ神教について知っておかなきゃ駄目かな、と考えていれば、奴が力の限り絶叫し、部屋を飛び出していった。
なんていうか、忙しない。
「俺の就職どうなった?」
「居座っちゃえば?」
「最悪そうするつもり」
ミレイもランドも奴の奇行ともいえる行動について、あんまり気にする様子もなくそんな会話を交わしている。
あまりにも普通の様子だからか、懐かしい場所に帰ってきたような気持ちになってしまった。
「どした? サラ。んだよ、泣くなよ」
ランドに指摘されてはじめて自分が泣き出してしまっていることに気づいた。
泣くの、嫌だったんだけど。でもいいか。ミレイとランドなら、いいか。
「……だって。二人とも生きてるし、変わらないし」
「あのバカ貴族がいない今なら大丈夫よね」
ミレイがそう呟いて、再び私をぎゅっと抱きしめてくれた。
こういうのは、もう二度と戻れない時間だと思ってた。
ここはあの街じゃないし、働いていた宿にはもう戻ることはできないだろう。
何よりも、縛り付けていた組織は間もなくなくなってしまう。
決して平穏無事ではなかったけど、私はあの暮らしがそこそこ好きで、この二人も好きだったんだな、実感した。
戻れない寂しさと、それでもまだ残る懐かしさと、大事なものが失われていなかったという喜び。
そりゃ泣くでしょ。色々ありすぎて、パンクしそうだったんだ。泣くよ。
「よかった、二人にまた会えた」
「勝手に殺すなよ」
「でも、ヤバかったじゃない。私がいなきゃどうなってたか」
「そりゃまあ、俺一人じゃ逃げ切れたかどうかちょっとわかんなかったな。ミレイに会えたのは幸運だったな」
二人の会話を聞いていたらさっきの怯えていた気持ちはどこかに吹っ飛んでいった。
セレとこの二人、私の大事なものはまだある。近くにいてくれる。
それがどんなに嬉しいのか。ミレイに抱きつくことで少しでも伝わるといいのに。ミレイを抱く腕に力を込めた。




