33 女子会
好きなようにご飯が食べられるのって素晴らしい!
感動して食事をしていれば奴がぐったりとしたセレを連れて部屋に戻ってきた。
「一体セレに何したのよ!」
「話し合いだ」
『何が話し合いだ。無理やり魔力を注いだだけだろう』
無理やり、魔力を注ぐ?
「死なれちゃ困るんだろ?」
と、マレムは私に問いかけてくる。
いや、まあ、確かに、そうなんだけど。
「死にそうなほどぐったりしてるんだけど?」
ソファの上に転がされたセレはもう起き上がる気力も尽きたと言わんばかりにそのままの恰好で転がっている。
本当にセレに何をしたんだろう?
『外道令息の魔力は、この体に合わない』
「そのうち馴染む」
「さっき私の手を治すのに使った魔力を、あんたがセレに補充したってこと?」
「補充して置けば余剰分がお前の中に残るかもしれねーし。まあ、実験だ」
実験って。先に実験やったのは私とセレだけど、って、え? 私の中に魔力が残るってどういう意味?
「もしものために、魔法を使えるようにしとけ」
「え」
この鬼コーチ、そういうことを言うか。
魔法って、治癒魔法だけであんなに手間取ったのに、他の魔法もってこと?
「もう、食事介助は不要だな」
「なんでそんなに残念そうなの」
話題が変わったのは好ましい。思ったままを問いかけてやる。
かなり面倒くさそうな顔してたの知っているから、餌やり終了で嬉しいんじゃないの。
「さあな。ま、仕事に専念できるのはありがたい」
「頑張れば一人で食べられたのに」
むしろあの餌やりスタイルだったらやらないでくれたほうがずっとありがたかったように思う。
嬉しいと感じてたのもまた事実だからそこまでは言わないでおいてやる。
「明日、ファーナが来ることになった」
「え、何? ファーナ様?」
急に何を言い出すかと思えば。
この間の話、慰謝料の話合いでファーナ様に来てもらうとかって。あれ結局、来てもらえることになったんだ。
ってことは、ファーナ様に会える。
「話し合い。お前も立ち会いたいのか?」
「そういう泥沼劇場はちょっとパス」
ある意味破局の原因がいる場で話し合いって、あれ、別に変ではないか?
でも別に奪い取ったとかそういうんじゃない。心情的には不良物件の押し付け合いなんだけど。
そうであったとして、こいつファーナ様の間に入るのは嫌だな。絶対罵詈雑言が飛び交う。流れ弾が当たりそう。欠席したい。
「わかった。じゃあ全部話がついたら呼びにきてやる」
「うん、ありがとう」
話し合いに強制参加じゃないことも、ファーナ様にお会いできるように取り計らってくれたことも。全部感謝はしている。
これでもうちょっと口悪くなくて、態度も改めてもらって、人扱いしてもらえたら、もうちょっとこうこちらも。
だけどそんなのもう別人か。
「サラ!」
『話し合い』が無事? 終了したと呼ばれ、応接室に入れば、ファーナ様が立ち上がって駆け寄って来てくださった。
「ファーナ様!」
顔を見たのは何日ぶりだろう。
相変わらず美の集大成、美しいとはファーナ様のためにある言葉だ。
そのファーナ様が我を忘れて駆け寄ってきてくださるなんて、感激。
「何ぼんやりとしてんだよ?」
奴に後頭部を指で小突かれて、はっと我に返る。
現実とは思えない出来事にちょっとだけ頭がトリップしていた。
「ファーナ様、ご心配をおかけして申し訳ございませんでした」
「いいえ! わたくしの方こそあなたを保護すると言っていてむざむざ神教の人間などに好き勝手させてしまうなんて!」
「姫様、どうか気を静めくださいませ」
ファーナ様が座っていたソファーの横に立っていた女性、――あ、侍女長様だ――が、冷静な声音で興奮気味のファーナ様に言ってくる。
「侍女長様、申し訳ございませんでした」
この侍女長さまにもご心配をおかけしたに違いない。
私が素直に詫びると、侍女長様は小さく頷くことで応えてくださった。
少しだけ私に向けてくれる視線は優しい。それがちょっとだけくすぐったくて嬉しい。
「無事で良かったわ。信教には寄付金額を大幅減額するという形で抗議をしていているので安心して。次はないわ」
「大丈夫なんですか?」
寄付額を減らすことで社会的に問題になったりしないのだろうか。
「我が家で狼藉を働く者がいるところへ慈悲をかける必要はありますか?」
「ありませんね」
反射的に答えてしまった。できればそのまま資金源が絶えてしまえぐらいの気持ちはある。
私の答えに満足したのかファーナ様は頷いた。そして、氷のように冷たく鋭い目つきを私の横に向ける。
「それで、マレムさんはいつまでここにいらっしゃるんです? わたくしあなたの顔を見ているだけで虫唾が走ると先ほど申し上げたばかりでしょう」
冷たい目つきはそのままに、すっごくいい笑顔を作り、ファーナ様は奴に向かってそんなことを言い放った。
酷い。元婚約者なのに全く容赦がない。
「……こいつを野放しにすると何が起こるかわかんねー……わからないからな」
ちゃんと言い直すのか。感心、はしないけど、口から出す前にとりつくろえないものか。
「あらまあ、惚気かしら? 本当に気持ちが悪い人ですこと」
「先にこいつを連れ去ったのはそっちだろ!」
「あら、それでも我が家で働きたいと言っていたサラは本気でしたけれど。ねえ?」
「はい、よい働きでした。姫様付の侍女となりえる人材だったというのに」
侍女長様の援護攻撃が入る。正直そう言われるのは嬉しい。
私もあそこで働くのは好きだった。できるものなら戻りたい。
こんなに雇い主と労働者の意向がマッチしているのに働けないなんて、世の中うまくいかない。
「話をすり替えるなよ」
「乙女のおしゃべりに参加しようとするなんて、なんて下品なんでしょう」
「乙女?」
私とファーナ様を見比べて、本当にわからないと言った風に言い返すので、思わずその鳩尾めがけて右ストレートを叩き込んでいた。
私はともかく、ファーナ様は永遠の乙女なのだ。
「いってえ!」
「口は災いの元って知ってるでしょう? 自分の口が悪さとデリカシーのなさ、自覚してる? そんなんだから婚約破棄されたんでしょうが!」
「サラ、手は大丈夫? 汚れていない?」
「え? は、はい、大丈夫です」
「よくやったわね。胸がすっとしたわ」
お褒めいただけるならいくらでもやってやる! って気持ちだけど。
「ちょっと待て、そこはかとなく名誉棄損」
「早く出ていきなさいな。公爵家の応接室で何かを起こすような愚かな輩などいないでしょう?」
「……」
ファーナ様の勝ちだ。
無言で退室していく奴を見送って、ファーナ様と並んでソファーに座る。
「独占欲が強い男って嫌よね」
「姫様のおっしゃるとおりでございます。あれでは窮屈な思いをしているのではないの、サラ?」
ファーナ様と侍女長様が口々にそんなことを言ってくる。けど、何か違う気がするのは気のせい?
独占欲? ってそれは違う! はず?
傍から見たらそう見える? ありえない!
「連れ戻すのが面倒くさいからと、以前言われましたけど」
「……面倒臭いのはあの男の性格ね」
ファーナ様のお言葉には私も同感だけど。
「また逃げたくなったらいつでもわたくしを頼りなさいな」
「よろしいのですか?」
「ええ。あなたが話相手になってくれればきっと楽しいもの」
そうおっしゃってくださるのは、恐縮だけどやっぱり嬉しい。
「でもね、この家の夫人になったとしても、お友達にはなれるから」
「は?」
「そうしたら二人で社交界を席巻しましょうね」
……どうしよう。
多分この感じ、ファーナ様は本気でいらっしゃる。そんなのやれる気がしない。
「あそこの家の生意気な令嬢も、あの高慢な夫人も、一緒にやりこめましょうね。社交界から追放してやりましょう」
これは頷くことはできない。
笑って誤魔化せ、だ。
「あと、マレムさんにひどい扱いをされたら必ず言いなさい。わたくしが手を尽くしてあの男を社会的に殺してやるわ」
ファーナ様、怖いわ。本当にこの方あいつのこと大嫌いなんだなー……。まあ無理はないけど。
「あ、あの、私がされて嫌だって思ったら、それは私自身で仕返ししたいので……」
このお姫様の手を汚させたくはない、と必死になって訴えればファーナ様は声を上げて笑った。
笑い転げると言っていいぐらいの大笑いだ。
「姫様、はしたない」
「ああ! もう、やっぱり、サラは面白いわ。そんなことをあの男に言える者などいないもの」
だよね。あれは一応偉い人だ。
偉い人って知らなかった頃からの癖で、私も色々やりすぎかもしれないなーっとうっすら感じているけれど、やりすぎなぐらいやらないといいようにやられてしまうし、あいつも暴走するし、やるしかないのだ。負けないために。
「そうね、あの男があなたにぼろぼろにされる様は見たいわ。だからやるときには教えて頂戴」
「あ、はい、必ず!」
勢いで返事をしてしまったけど、あれをぼろぼろになんて私にやれるのだろうか。
なんとか反撃で凌ぐことで精一杯なんだけどな。
「それでも、どうしても困ったらいつでも頼りなさい。あの男が苦しむのならいくらでも手を貸すわ。あの男に関係なくても、相談してくれればいいわ」
「はい、ありがとうございます」
「今後が楽しみね」
その、「今後」はさっき言っていた席巻って奴だろうか。「はい」とは言わない。頷かない。笑って流す。
見送りは不要だと言ってファーナ様は帰られてしまった。
華やかな方がいなくなると急に寂しい。部屋に帰ればセレがいるのはわかってはいるけど。
「ファーナと何を話したんだよ?」
ファーナ様が去って、一息ついている間に奴が戻ってきてそんなことを聞いてきた。
気になるのか、乙女のおしゃべりが。
「あんたの悪口」
「……」
返答に嫌そうに顔をしかめるんだったら聞かなきゃいいのに。
悪口たたかれていることぐらい予想できたでしょ。




