32 鬼コーチ
「私の生まれた家って、普通の家だったよね?」
『生き延びた王家の姫は、何もかもを捨てて市井に飛び込んだ。一般市民としてこの国に溶け込んだ、その魔力のみを後の代に伝えて』
王家とか言っても、やっぱり一般市民だったんだ。私の感覚は間違っていない。
「私のお父さんとお母さんって、殺されたんだよね?」
『くだらない財産目当てだ』
――思い出した。
セレが嫌悪感をにじませてつぶやいた言葉に、じわりじわりと幼かった頃の色々な情景が蘇ってきたのがわかった。
『もう、記憶を封じておく必要もないだろう』
私の両親は商売をやってた。
家とは別の所に出していたお店に小さかった私はよく入り浸っていて「看板娘」とか常連さんたちに可愛がられていた。
そんなうっすらとした記憶がある。
「お父さんが売っていた商品が爆発的に売れたんだよね?」
『そう、貴族が愛用していると公言したペンだ。サラの父親が製造元と一緒になって作り上げた商品だった』
あれってペンだったんだ。小さかったからそこまではっきりした記憶はない。
父親が開発に関わっているんだから、その商品の販売権は父親にあった、なのに。
「あの人、お母さんのお兄さん? 私にとっては伯父?」
『そうだ』
伯父にあたるあの人が、突然「販売権をよこせ」と言いだしてそれで両親と揉めて、最後にはあの男は――。
「あの人が、毒を盛った?」
『そうだ、わたしはそれに気づけなかった。すまない。サラも、サラの両親も、守ることができず』
仕方ない。
伯父はとても優しい人で、両親も信頼していたし、私も懐いていた。
あんなことするなんて誰も想像していなかっただろう。
だから両親はその盛られた毒で死んでしまっても伯父は疑われるもなかったし、商品の販売権とちょっとした儲けのお金もすんなり手に入れた。
そして、私も伯父に引き取られた。両親を殺したあの男に。
伯父は私をすぐさま放逐して、それであの大聖堂の門前町に行くことになって――あの事件が起こる、と。
「お父さん? が末裔になるんでしょ? 毒が効いたのはなんで? っていうか私が特殊なの?」
『サラが特殊だ。恐らく先祖返りのようなものだろう。ミレイの様に』
そういえばミレイも言ってたか、自分以外の家族は普通の人だったって。
私が、そういう体質じゃなかったら、王族の末裔も滅んでいたのか。そう考えると何か作為的な物を感じるけど、偶然なのかな。
「……そっか。魔法王国の末裔とか全然関係ないとこで、二人とも死んじゃってたんだね。あの伯父って男はまだ生きているの?」
『死んだも同然だ』
「セレ、何かしたの?」
生きていてほしいなんて絶対思わないけど、あんな奴のためにセレの手を煩わせるほうが嫌だ。
『何もしていない、勝手に転がり落ちた』
転がり落ちた、か。当たり前だよね。
復讐したいかと聞かれると、どうなんだろうなあ、落ちぶれている今あの男の前で厭味でも言ってやるかそれとも殴るか。
自分に問いかけても、積極的にそれらをやりたいと思う心は生まれない。できればこのまま他人のまま関わらずにいたい。
だって、親戚だってことがわかったら、私にすがって来そうな気がしてしょうがない。
思考能力が働かないようにしてこのまま朽ち果ててくれるのが一番いい。
『ずっと見守ってきて、疑問だったのだが、なぜ、サラが進む道は悪いほうへと転がっていく?』
「さっき呪われたみたいにって言ってたね。なんで?」
確かに「なんで?」なのだ。
親がいない子供が幸せになるのは奇跡に近いとは知っていたけれど。
それにしたって、貴族のお嬢様に殺されそうになって、気味が悪いと組織に売られて、殺し屋になって、あの肉塊に狙われて、マレムの呪いに巻き込まれて、大神官に監禁されて――って本当にどうなってるんだろう。
『リヴの仕業か、荒れ地の恨みか。あの地を荒野にした罪を背負っているのかもしれない』
汽車で走り抜けてきたあの荒野の……ってそうか、私の祖先にあたる人が大地を荒野に変えてしまっているってことなのかー……。
「あんなの生み出しちゃったら恨みも買うよね。仕方ないのか」
『……受け入れるのか』
「そんなの嫌! って言ってもどうにもならないし。どちらにしろ幸せになれるとも思ってないし」
『サラ……』
そんなに悲しそうな顔をしないでほしい。
セレに告げるようにその頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細めるのは猫として本能なのかもね。
この毛並みを堪能できないのは残念だし、何よりセレに触れるだけで手が痛いのは本当に悲しい。
「どうして治癒魔法まで効かないんだろう。不便すぎる」
『魔法が効かない?』
恨みがましくこぼせば意外だったようで、セレが驚いたような声をあげた。
セレにとっても意外だったのか。
確かに今まで魔法の恩恵って受けたことなかったから、知らなくても無理はないのか?
「なんか魔法を無効化してるみたい」
教授に言われた言葉を継げればセレは考え込むような沈黙を返したが、ややあって私のほうを向いた。
『サラが幼い頃怪我を負った時、治癒魔法は有効だった』
「え!」
小さい頃は効いていたって、じゃあ大きくなるにつれて効かなくなったってことなの? そんなのあり?
しかもこの口ぶりからするとセレが私に魔法を使ってたってことなのかな。
『明日の夕食の時間にでも、試してみるか』
「試す?」
って何を?
何を試すのか詳細はおしえてくれなかったので、一日そわそわしながら過ごし、気づけば夜。
そわそわしすぎて一日中読んでいたはずの小説は全然ページが進まなかった。包帯が巻かれた指でページをめくるのが大変なせいもある。
夕食時、いつものように奴が食事を運んできた。
『腐れ貴族』
「なんだよ、くそ猫」
なんだかな、この二人仲が悪い。――というかこいつと仲がいい人間を見たことないな。友達いるのかな。
『一つ実験をしたい。力を貸せ』
「人の力を借りるにしては随分偉そうな物言いだな。先に飯」
何かを試すのに、こいつの手も借りなくてはならないのか。
考えながらも、反射的に口を開け――我に返った時には口の中に魚のフライの一部が放り込まれていた。
下味がついていて、ソースがなくてもおいしい。
「――じゃなくって!」
続けてトマトを差し出してくる奴に向かって思い切りツッコミを入れる。
どっちかっていたら付け合わせじゃなくて、もう一口フライが食べたいんだけど、なんでこういう時に私の希望を聞いてくれないかな。ってそれも違う。
「セレの言う実験を、食べる前にやりたい」
「はあ? なんだよ実験って?」
奴は不快そうに顔を顰めて、それでもフォークを皿の乗ったワゴンへと戻した。
『サラに治癒魔法をかけてくれ』
「効かないのに?」
不審といった様子で、それでもマレムは私の手を取って右手の包帯をゆっくりと外した。
手のありさまにだろう、ひきつった顔をさらに引きつらせて、魔力を手のひらの上に集めて魔法を発動させた。
柔らかい光が手のひらを包み込んで、光が消えた後には裂傷と火傷にまみれた手のひらが残った。
「ほら、効かない」
『サラ、覚えたな?』
なぜか自慢げに言ってくる奴を無視するようにセレは私に言ってくるけど。覚えるって何を?
『魔力の形を見ていただろう?』
「魔力の形?」
そんなことを言われても。
確かに使う魔法によって発動前に見える魔力の質みたいなものが違うのはよく見ればわかるんだけど、見ていたから覚えるかどうかというと……。
どうしようと思っている間にセレは私が腰を下ろしているソファの横に飛び乗って、私の手の上に両前足をかざした。
『いくぞ』
そう言うとセレは私の手の平の上に魔力を放出しはじめる。
いうならば純粋な魔力だ。何らかの魔法になる前ってこんな感じなんだなと何となく観察していたら、セレが声をかけてきた。
『今見た治癒魔法の型に変えてみろ』
「え? 変える? あ、私が?」
魔力を見やって、セレを見る。
簡単に言ってくれるけど、どうやったらいいかなんてわからない。
「イメージして、念じろ」
「イメージ」
横から奴に言われて、今しがた見せてもらった治癒魔法の魔力の型を必死で思い出して念じてみる。
セレの放っている魔力は私がイメージしているとおりに変質した。ああ、こうすればいいのか。
あ、でも、何か違うような……?
「違う、こうだ」
奴が再び魔法を発動してお手本を見せてくれる。
なるほど、これは助かる。
こういう、感じ?
「だから違う。もっと人体に即したものにしろ」
「ええ?」
「違う、こうだっつってんだろ」
「こう?」
「違う!」
助かるけど、手加減なしで厳しい。
しかも抽象的すぎて伝わらない。
「治癒魔法だっつってんだろ」
「そう言われても」
他の魔法の質なんてわかんないし。
何度も魔法を繰り返し発動していてくれるのはありがたいけど、うまくいかなくて少しずつ焦ってきた。
「焦るな」
「うう、こうかな?」
近い、気がするけど?
ふと、人体に即すると奴がさっき言った言葉を思い出した。私の手のひらを治す形ってことか。それに沿わせる? でいいのかな。
「そうそれでいい」
「で、きた?」
先生の及第点を貰えてほっとして、湧き上がってきた喜びをかみしめる。
『それはいい、早く発動しろ、……疲れる』
「セレ! え、発動!? どうやるの?」
「言葉でも動きでもなんでもいい、魔力を行使させろ」
何でもいいって。
セレの様子に焦ったまま口を開き、思ったそのままを声にした。
「な、治れ!」
その言葉と共に、作りあげた魔力は治癒魔法の柔らかい光と化して私の両手を包み込んだ。
目の前で起きているその光景が信じられなくてまじまじと見つめてしまう。
私が魔法を使ってる?
「嘘みたい」
光が消えた後には傷も火傷も綺麗に治って元通りになった私の両手だった。
『やはり、自分の魔法ならば無効化しないな』
「治った、治るんだ……」
『魔力を使いすぎた。話はまた今度だ』
それだけ言うと、セレはその場に倒れ伏した。
慌てて触れようとしたが、寝息を上げはじめたのを見て寝ただけだとわかり、手を引っ込める。
魔力をたくさん使ったのって、手間取ったからかな。もっと上手にやれればよかったんだけど、いきなりは無理。
「自分の魔法だと?」
あ、目の前に鬼コーチが立ちはだかった。
何がなんだかわからないからわかるように説明しろ、とその顔には書いてある。
説明も何も私も全部理解しているかというとそうでもないわけで。
「うん、何かセレが形を維持するのに、私の魔力を常に食っているって話で」
「まさかと思ったがこの猫!」
「で、でもそれは私がそうして欲しいってお願いしてるのもあるから!」
そう昨夜お願いをしたのだ。魔力なら持って行って構わないから近くにいてほしい、と。
なんかこいつ、セレを消しそうで怖い。
「で、その魔力の一部を提供してくれた、のかな?」
「アホ猫が蓄えている魔力を放出すれば、お前が魔法を使える、と?」
「多分」
それ以外ないと思うんだけど。
セレがいれば私も魔法が使えるってこと、なんだよね。
寝入っているセレを見下ろす。こんなにセレの消耗が激しいんじゃ、頻繁には使えないか。これこそ切り札だ。
唐突に、そのセレの頭に奴がその手を置いた。
「え」
「くそ猫!!」
『ぎえええええええ!』
え、何してんの!
奴が何かをしたのか、セレが悲鳴をあげながら飛び起きた。
『な、にをする、ぼんくら令息』
「お前な、主人から魔力を奪ってどうする!」
『お前の魔力の型は合わない! 無理やりお前の魔力を注ぎ込むな。ショックで死ぬぞ』
「え、死んじゃやだ!」
「お前は話に入ってくるな! ややこしくなる!」
ぴしゃりと言いきられて私は言葉をなくす。ややこしくなるってどういうこと? とは思うけど。
「ああ、もう。来い! 屑猫!」
「ええ? ちょっと、セレに手荒い真似は――」
「うるせえ、飯食っとけ」
セレの前足を片手で掴みぶら下げた状態で退室していった奴を立ち上がりかけた体勢のまま呆然と見送って、しばらく経ってから我に返った。
「えー……」
私にも魔法が使えたんだ! と驚けばいいのか、喜べばいいのか、乱暴に連れ出されたセレも心配だし、もう感情をどこに持っていけばいいのか不明だ。
飯食っとけ、て言われても。ああ、そうかもう手は使えるからあの餌やりからは解放されるんだ、と思えば嬉しいけども。
「えぇー……」
あの言い方からすると多分戻ってくるんだろうなと思う。そうすると、ご飯を食べてないと怒られる感じかな。
ちゃんと立ち上がって、奴が運んできたワゴンへと歩み寄った。
とりあえず、ご飯食べておこう。




