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31 ようやく話せた

 ハイペース鳥の餌やりを終わらせて、奴に部屋まで送ってもらった。ていうか、私このお屋敷の中全然把握してないから一人じゃどこにも行けない。

 やはりこの家の使用人の皆様の仕事は素晴らしいと思う。

 床に散らばった食事は綺麗に片づけられていてその痕跡すら残っていない。


 部屋に入ってそれを確認し感動に打ち震え、そういえばいつまでついてきているんだこの人、という目で奴を見やる。


「ファーナをこの家に招待すればいいだろ」

「招待?」


 突然出てきた言葉に思わず首を傾げる。

 ファーナ様を、招待ってこの家に呼ぶってことか。そうすれば部屋から出なくてもファーナ様にお詫びとお礼を伝えられるのか。


「来てくださるかな」

「どっちにしろ婚約関係の解消と慰謝料の話はする必要がある」

「あー……」


 それは私のせいなのか、どうなのか。

 ファーナ様はこいつ有責で婚約が解消できて嬉しいっておっしゃってたけど、まあ、相性の悪いからどちらにしろ婚約は解消していたと思うけどな。

 この罪悪感はなんだろう。

 婚約解消の原因になったのに、回避するのってどうなの? 本当にちくちくと罪悪感を突いてくるなぁ、この問題。


 でもまあ、言わなきゃいけない言葉はわかっている。


「ありがとう」

「は?」


 伝えていなかった言葉だ。

 嬉しくてなんかもうはしゃいですらいたのに、そのことに対しての感謝の気持ちを一切口にしていなかった。

 だが、怪訝そうに聞き返されてしまうと、はしゃいでいた心もしぼむってもんだ。


「ファーナ様に挨拶とお礼をしたいって我儘叶えてくれて」

「ついでだ。本題は、慰謝料の要求額をどれだけ減額できるかっつー話だからな、頭痛てえ。あの女、最後の最後までがめつい……」

「破棄するならもっと早くしろってことでしょ」


 実際ファーナ様を「行き遅れ」だと蔑む輩もいるってこと、侍女の方から教わった。

 あれだけの美貌をたたえた方だからすぐに次なんて見つかると思うんだけど。


「あの女は独身主義者だぞ」

「え?」

「顔合わせの時にはっきり言われたから、ムカついて問いただしてって流れだ」

「……」


 何やってんの、この貴族たち!

 あ、もういいや、本題はそれじゃない。


「それはともかくとして、助けに来てくれてありがとう」

「……なんか変なものでも食ったのか?ってああ、そういう類は効かないんだったな? どうした?」


 なんだかなー。

 こういう反応されることは、まあ予想していたけど。


「嬉しかったの。帰る場所はないって言われてたのに、来てくれたから」

「帰る場所がない? 大神官がそんなこと言ってたのか?」


 考えると怖くなっちゃってた言葉だ。実際その言葉に半ば追い詰められていたのだと今になってわかる。


「うん。祝福はもうないから、私は不要だって」

「んなの間に受けるなよ。俺を何だと思ってんだ」

「人でなし」


 かぶせるように答えると、反論するかと思いきや絶句されてしまった。

 驚くようなこと? 私何度も人でなしって言ってたよね。


「けど、あんたの言うとおり、人でなしなのは私の方。誰も信じてなかったから、大神官の言葉を信じちゃった」

「お前な」

「だから、あんたが来てくれた時、嘘みたいって思ったの。私にもこういう奇跡みたいなことが起こるんだって。すごく、嬉しくて」


 あれ、なんでそんな可哀そうなものでも見るような顔になるんだろう?

 そんな変なこと言ってるとは思わないんだけど。


「だから、ありがとう。……ちょっとだけ人を信じられるって思ったし、そしたら、ずっとうれしい気持ちでいっぱいなの」

「おい、猫!」


 耐え切れず、といった様子で、なぜか奴は顔を横に向けてどこかに隠れていると思われるセレに呼びかけた。


「もうちょっと道徳的な教育しっかりやっとけよ」

『お前が言うな!』


 どこからともなく白い塊が飛び出してきたかと思うと、奴に飛びつきながらも猫パンチを叩き込むと床に軽やかに着地をした。

 セレだ。

 セレなんだけど、……今しゃべってた?


「痛ぇな! 自尊心とか全然育ってないどころか死んでんぞ! どういう育て方したらこんな女が出来上がるんだよ!」

『呪いでもかけられたかのように次から次へと不幸が舞い込んでくるのだから仕方ないだろう』

「そもそも、何で殺し屋なんかになってるんだ!」

『生き延びるための道がそれしかなかったんだから仕方ないだろう!』

「開き直るな、このクソ猫!」


 えー……と? なんか目の前で起きていることが信じられなくて目をこすってみる。

 やっぱり奴とセレが割と本気で言い争いをしているようにしか見えないし、聞こえない。


「セレ?」


 呼びかけると、セレははっとした様子でゆっくりと私の方に体を向けた。

 今まで見たことがないようなひきつった顔をして私を見て、すぐに目をそらし、もう一度ゆっくりと私を見た。


『……さらば!』

「逃がすか!」


 だっと逃げ出しかけたセレにマレムが見えない糸のような魔法を放って捕縛した。

 投網を引き寄せるがごとく、見えない糸を手繰り寄せセレを抱き上げると動けないままでいるセレを私に手渡した。


「とりあえず、ゆっくり話し合え」

「ああ、うん、わかった」


 ショックなのか固まったままのセレは私の手の中で微動だにせず、出入り口のドアへと足を向けて歩きだしたマレムをじっと見ているだけだった。


「助けにならいつでもどこにでも行ってやる。必要なら名前を呼べ」


 ドアから顔をのぞかせてそれだけ言うと、マレムはそのまま立ち去って行った。

 あ、なんかちょっとかっこいい去り方で少しだけむかつく。

 でも今は、あいつよりも――、


「セレ」


 魔力の糸にがんじがらめになってフリーズしたままのセレを見下ろした。

 しゃべれることは前から知ってはいたけれど、私の前では一切しゃべってくれないから知らんぷりをしていた。

 でも、話し合えと言われて、準備までしてくれたから話合うべきなんだろう。


「私、そんな自尊心死んでる? 人として終わってる?」

『終わっているとまでは言ってなかった、気がする……』


 あ、返事してくれた。

 

「ニュアンス的には近いと思うんだけど?」

『そうか、あの偏屈令息め……』

「あいつと仲悪いの? っていうか、なんで私とはしゃべってくれないのに、あいつとしゃべってんの?」


 それはちょっとだけ悔しかった。なんでずっと一緒にいた私じゃなくてあいつと、というちょっとした嫉妬心だ。


『一時的な協力関係に過ぎない。今の状態ではサラを守ることが難しかった』

「私を守る?」


 セレの声をしっかり聴くのは初めてのはずなのに、なんだか聞いたことがあるような気がするのは――考えてすぐにそのことに気づいた。


「セレが私の記憶を消した人?」

『思い出してしまったのか……』


 ため息をついてうなだれるセレは猫の姿だがまるで人間のようだ。


「大聖堂から私を逃がしたのも、セレ?」

『そうだ。大神官の目から逃れるように必死で逃げた』

「逃げたって」


 唐突に頭に閃いたものがあった。

 聖騎士たちの虐殺の手を止めた、白い男の子と、その男の子と目が合った瞬間に誰かが私の体を抱え上げてあの場から逃げた。

 死にそうなほど苦しそうな息遣いと、大聖堂から外に抜ける通路を抱えられて走り抜けた記憶。

 でもそれは、人の手に抱えられていたはず。猫ではなかった。


「セレは猫じゃないの?」

『今はただの猫だ。言葉をしゃべることができて、魔法を使えるだけの、猫』


 それは普通の猫ではないから猫って言っていいものかどうなのか。

 ってことは、私を抱えていたのは猫じゃないセレか。


『昔は猫の姿になることができた人間、が正解だ』

「何で、人の姿に戻れなくなったの?」

『魔力の供給源が失せてしまったからだ』


 魔力の供給源? ってどういうこと?


『あの腐れ外道貴族から聞いたか?』

「腐れ外道って……、あいつ教えてくれないの。私が古の魔法王国の末裔って本当なの?」

『そう、わたしはその血を引くものを代々見守り続ける、守護者の役割を与えられたモノだ』


 そう、なんだ。

 これが本当なら、やっぱ私は結構大層なもの、ってことになるんだろうけど。


『わたしの存在は、魔法王国が滅んだあともわずかに残った魔力と、家系の者の魔力によってその形を保ってきた。しかし、魔法王国の魔力も今はもうない。王族の血を引く者も……」

「私だけ」

『そうだ』


 じゃあ、セレは存在を保つための魔力を得ることができないってこと?

 それじゃあ、その魔力が尽きたらセレはいなくなってしまうってこと?

 急に怖くなった。

 セレがいなくなるなんて、そんなの考えたくもない。だけど、どうやったらセレを生かすための魔力なんて与えられるんだろう?


『――わたしは、サラの魔力を食うことでこの形を保っている』


 はい?

 その言葉は理解できなかったが、セレに手を伸ばし、手のひらは痛いから手の甲でその背中を撫でまわす。


『やめてくれ、何の意図がある?』

「あ、ごめん、癖。 私の魔力を食うってどういうこと?」

『わたしが存在するために必要な魔力の全てを、今はサラから貰っている。サラが本来は使えるはずの魔力が使えないのは、わたしが存在しているせいだ』


 そうなんだ。

 じゃあ、私が生きている限りセレがいなくなることはないって考えていいのかな。


『わたしがいることでサラは魔法が使えない。申し訳ないと思っている』

「魔法が使えてたとしても、生き延びられたかどうか」


 魔法、使えたとしたらもっとやばいことに利用されていたかもしれないから、毒を無効化する体質ぐらいで良かったんじゃないかな。

 セレを拾ったのは殺し屋になった後だけど、セレの言い分だと私が生まれた時からずっと見守っていたんだよね。

 悲しい記憶を消しちゃったりとか、目を塞いで見えないようにしてくれたり、ちょっと過保護すぎるかなーとは思わなくもないけど。

 それでもセレがいたことで、私は生き延びたし、それに。


「あのね、私はセレがいたから生きていられたのよ」

『そんな――だが魔法が使えればもう少しマシな働き先が――』

「セレを養うために働いてお金を稼いで、私が死んじゃったらセレも道連れだって思ってたからちゃんと寝てご飯を食べて健康でいようって思ってた」


 生きる意味みたいなものを与えてくれたのはセレだった。


「全部セレがいてくれたおかげ。私にはセレがいなくちゃダメだったの。目をふさいで、怖いものを見ないようにしてくれたことも併せてね」


 そっか。愛ってこういうことなのかもしれない。

 猫に注いでいるそれを、とあいつに言われた時にはぴんとこなかったけど。

 私はセレが好き。何よりも大事。それって、私が抱いているものって『愛』って呼んでもいいんだ。


「私の魔力がないと、セレは消えちゃうの?」

『そうだ』

「セレがいなくなっちゃうのは、嫌だから、このままでいい」

『それだと、自衛する術すらなくなる』

「聞いてなかった? あいつ守ってくれるんだって、ここにいる限りは」


 もう一度、セレをそっと撫でた。

 ふんわりとした毛は、今は手が包帯に包まれているから堪能できない。

 早く治さないと。


「私、あれと結婚しなきゃなんないのかな?」

『祝福は消えている』

「見えるの?」


 頷いて見せるセレに私は小さくため息を漏らす。

 やっぱ、もうあいつにとって私は不要なんだ。

 楽しいからって言ったけど、私みたいなお荷物抱える必要ないし。


「もしかして、あいつ、私のこと好きなのかな?」

『恐らく』


 否定してほしかったのに。

 だって、多分あの男、惚れたとかそういう感情じゃ動かなそうに見えるんだもん。やっぱり『愉快だから』が動機として一番納得ができる。


「私はどうなんだろう?」

『心に従えばいい』

「……心に、か」


 それがわからないんだよね。

 まあ、不快ではないのは慣れたから、だと思うし。


「結婚は無理だな。でも、するしかないのかも」

『なぜ?』

「何だかんだ助けてもらって、お世話にもなって、やっぱ無理でしたって言える?」

『む、そうか、そうなるな』


 やっぱそう思うか。

 多分ここにいればいるほど、私は底なし沼にはまったように身動きが取れなくなる。逃げられなくなる。

 

「もう、逃げられないのはわかってるから。私を嫌ってもらうのがベストかな」

『それか、あれの元婚約者のもとへ逃げ込むか』

「そうだよね! 大神官さえ片付けばファーナ様のところに逃げ込むって手もあるんだ! また受け入れてくれればいいんだけどね」


 うん、大丈夫まだ逃げ道はあった。

 

「セレ、大好き!」

 

 衝動に任せてセレをぎゅっと抱きしめる。

 この衝動が、愛なのかー。逃げないでいてくれるセレが嬉しい。さっきも思ってた安心感がここにはある。


「私がおばあちゃんになるまで見守ってよ。死ぬときに今までありがとうって言うんだから」

『そう、できたらいいのだが』

 

 ずっと見守っていたのならこの先もずっと見守っていて欲しい。今更突き放すのは、酷いでしょ。


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