30 楽しいから、楽しいだけじゃ
ぶちまけた食事を片づけるからということで客室を追い出された挙句、公爵夫人から正式に食事に招待されてしまった。
さっきのハンバーグがパンにはさまれ、ハンバーガーに変身したものが用意されていてテンションが少しだけ上がる。
が、いけないいけない。なんか誤解があるっぽいので話合って解決しないと。
「食えるのか?」
「だから、掴むぐらいはできるんだってば」
と、ハンバーガーを包み紙ごとつかんだが、結構痛みがあるな。熱いからかな。冷ませば大丈夫、たぶん。
奴は私の様子を見て察したのか溜息交じりにハンバーガーを奪い取ると包み紙をはぎ取って、器用にナイフで一口大に切ってフォークで刺すと私に差し出してきた。
母親の前でそれをやるか!?
「あ、ありがとう、ございます」
このまま口を開けるのは恥ずかしくて、差し出されたフォークを奪い取った。が、包帯で滑ってフォークが落ち――そうになったところで奴がキャッチした。
「ほら」
奥様の様子を窺えば表情を消して成り行きを見守っている。何なの、これ、羞恥プレイか。
口を開ければ、強引にハンバーガーのかけらが口の中に放り込まれたので、おとなしく噛む。
ううう、無理。本当に無理~!
「マレムさん、その子が例の魔法大国王族の末裔というのは正しい情報なのですか」
「って国王は思っているようですが、どうでしょうね」
「誤解です! わ……私はごく普通の――」
言いかけて言葉に詰まる。普通ではな――ような気がする。
「ええっと、魔法王国の末裔ってそもそも何ですか?」
「伝説だ。大地を荒野にして滅んだ魔法王国の王族の血脈が細々と現代にも続いていると」
「白い猫というのは、その王族の守護者なのです。その髪と目の色、そして猫、偶然にしてはできすぎではありませんか?」
再び口の中に放り込まれるハンバーグを頑張って咀嚼する。おいしいはずなのに、味がわからないよ! 自分で食べたい。
「でも、私、魔法なんて、使えません」
魔法王国の王族の末裔なのに魔法使えないのはおかしいんじゃないの。
「それに、魔人じゃないかって言われてましたし」
「俺はそっちの線が濃厚だと思っている。ほら次食え」
「王も夫も、魔法王国の血筋だと信じきっていますよ」
なんでそんな根拠のないことを信じるのだろう。
口を開けて放り込まれたポテトを食べる。
「……もう少し探る必要がありそうですね」
なんか不穏なこと言い出したぞこの奥様。
ぱっと立ち上がり、そのまま食堂を退室していった。
なんか、しちゃうみたいだけど、いいの? 大丈夫なの?
マレムを見ればやはり呆れ顔のままだ。
奥様はあれが通常運転だったりするの?
「ルグランはその滅んだ王族の隠れた名だ」
あきれた顔を崩さず、囁くように奴は言った。
「母に言えば間違いなくあたりかまわず吹聴する、そういう人だ。だから言えなかったが、その名前に覚えがあるならお前の求めていた答えはそれだぞ」
「はあ?」
聞き返すが、マレムの表情は変わらない。
「魔人の方が色々と楽だったが、そうも言っていられないな。あのいけ好かない大神官ももしかすると知っていたのかもな。どうする?」
「どうもこうも、あの大神官には二度と会いたくないし、ミレイがうまいこと処理してくれたらいいなぁって」
「お前……」
信じられない、みたいな目を向けてくるけど、それを命令したのはあんただと言ってやりたい。
「それに、私はそんな与太話信じてない。その名前も、覚えてないんだもの、関係ないでしょ。私は私」
「ほお?」
マレムの目に愉快という文字が浮かび上がる。
こいつこういうの、好きっぽいんだよね。楽しいことが好きって快楽主義?どうなの偉い人なのに。
「……って言っても思い出せないのは不安ばっかりなんだけどね。ただ、普通の家だったと思うのよ。両親と暮らしてた家。だって大きい家って落ち着かないから。自分の家って落ち着くところでしょ」
少なくともこんな広い食堂なんてないし、部屋だってもっと狭いはず。
一人暮らししていた家がちょっと手狭かなーって感じていたから、あれよりちょっと大きいぐらいが私の落ち着く場所。
つまりは、そういうところが幼少時代の居場所だったんじゃないのかな。
「感覚的なものは思い出さなくても思い出しても一緒な気がする。だから、私が何者であるか思い出しても、私は私のままで変わんないんじゃないのかなって」
「そーいうもんか?」
なんだか言葉遊びみたいになってしまったけど、そういうことだ。
――つい先日まで私は自分を知ることが怖かった。失った記憶が怖かった。
でも今は不思議と全部怖くなかった。
大神官に拉致監禁されて好き放題されている時間の方が怖かったからというのもあるし、あとは、あんまり認めたくはないんだけどと、マレムに視線をやってすぐにそらした。
誰も来ないと思っていたところを、こいつは助けに来てくれた。迎えに来てくれた。
それが、もうどうしようもないぐらい嬉しくて――今でも正直言えば、思い出すだけでニヤけてしまうぐらい――嬉しかったから恐怖は全部ぶっ飛んだ。
多分私が何者でも、私を迎え入れてくれる人はいるって今なら信じられる。
自分で立っていられないぐらい怖い目にあっても助けてくれる人がきっといるってわかったというか。
これは、安心感だ。この安心感があるからいたずらに怖がる必要はないって、そう思えるようになったんだろう。
「念のため、結婚して家名を変えとくか?」
「しつこいな。しないってば! 私が犠牲にならなくても、この家滅んだりしないんだから」
祝福は消えたって何度も言われているんだから信じてほしいもんだ。
万が一の保証で人生棒に振るのは嫌だ。
「そもそもなんでそんなに結婚したがるのよ?」
「そんなの、お前と――」
そう言いながらも、奴はブロッコリーをフォークにさして差し出してきた。大人しく口を開けば投げるように放り込まれた。フォークを私に突き付けながら、やつは続ける。
「お前といると楽しいことが次から次へと起こるからに決まってんだろ」
なんだそりゃ。そんな理由で人生のパートナーを決めちゃうの。
もっとあるんじゃないの、フィーリングが合うとか、単純に好みだとか。
「それは祝福がなくても、だ」
「最悪」
まあこの場でいきなり口説かれてもどうかとは思うけど。
でもな、悔しいけど、ちょっとわかる気がした。
ここのところ、楽しいかもしれない、と思うことは、ある。でも絶対にそんなことはこいつに言ってやったりはしない。絶対に。
奥様に殴られた頬に手のひらの形に赤く腫れてしまっているのが目に入った。何とも痛々しい。
「きれいな顔が台無しよね?」
「いい男じゃないんだろ?」
痣に手を伸ばして、意味もなく痣の大きさと私の掌の大きさを比べてみる。
あ、奥様私より手が小さいな。
「それは私とミレイの主観だっていったでしょ。見た目だけなら、普通にカッコいい部類だと思う」
「……なんだそりゃ」
「礼儀よく愛想よくしてればモテまくったりして」
そう、こいつは口と態度が最悪なだけで、家柄も見た目も超一流な部類だから割と優良物件だと思うんだけどね。
やっぱり言動と行動がネックなのかな。
「だから、ほかの妻候補なんてすぐに見つかるわ」
「何でそうなる」
そりゃまあ、私は楽しいだけで結婚したくないから、かな。




