29 親の顔は見たいと思ったけど
ミレイを見送った後、用意された夕食も餌やり方式だった。
「ファーナ様にお詫びがしたいんだけど」
「……はあ?」
ほぼ投げ込まれたような形で口に入ったハンバーグを咀嚼して飲み込んでから希望を口にしたら、マレムは思いきり嫌そうな顔をした。
「ものすごくお世話になったから、きちんと挨拶したい」
「お前が連れ去られたことへの謝罪は受け取っているから、それで終わらせとけ」
「ちゃんとお礼も言いたいの」
割とわがままな主張だという自覚はある。そしてこのわがままは何となく受け止められるだろうなという確信もあった。
できればお礼だけじゃなくて、ファーナ様の下でまた働けたらいいなぁとか思っていたわけだけど、やっぱ駄目かな。
あの楽しかった労働の時間を思い出せば、まだ数日前なのにものすごく昔のことのように懐かしい気持ちになる。またあの日々が戻ってきたらどんなにいいことか。
「俺は、出入り禁止を食らってる」
「ああ、うん」
だよね、あれだけ嫌われてたっぽいし。
「ファーナ様に何をしたらあんなに嫌われんのよ?」
「『傅かれて当然だと思ってんのか』と初対面で問いただしたらずっとあの態度だ」
「なんでそんなこと言ったの!?」
信じられない。貴族として、というか人としてどうかと思う。
「顔合わせの場で寛いで座って侍女に扇仰がせたりするか普通!? 王族の姫だってそんなことしねーだろ」
「顔合わせ?」
「婚約者としての初の顔合わせ」
初顔合わせで詰める方がおかしいでしょう?
仮にも婚約者候補からそんなことされたら嫌いになるのも当然じゃないの。
「だってファーナ様はお姫さまでしょ?」
「家格としてはこっちが上だ」
「でも初対面で問いただすのはどうかと思う」
そういうのはもっと親交を深めてからさりげなく聞くものでしょ、と思ったが、こいつにそれを求めても無駄だと思い直した。
どっちの心情もわからないでもない。
生まれながらのお姫様だったファーナ様が世間知らずなのはまあ仕方ないことだし、こいつの生まれながらの傲慢さは知っての通りだ。
相性が悪い。その一言。
婚約を決めた人がだれか知らないけど、絶対合わないだろうってわかんないものなのかな。
「口開けろ」
「一人で食べられるからいいってば」
「口移しすんぞ!」
絶対嫌。
大人しく口を開ければ小さくカットされたニンジンが口の中に放り込まれた。
バターの香りが食欲をさそった。こんな風にちまちま食べてたらかなり時間がかかる。
「えぇっと」
何の話だっけ、と話を続けようとしたところで食べ物が載ったスプーンが差し出される。ちょっとむっとしたので、スプーンにそのまま噛みついてやった。
「噛むな」
小さく切ったハンバーグを口の中で転がし、スプーンは解放してやる。
「仲が悪い理由はわかったけど、私がお会いしたいだけで、あんたがわざわざついてくる必要はないでしょ」
「お前な、あそこで大神官にさらわれたんだろうが」
「そもそも、ここの中庭でも拉致されたんだからね!」
ここで拉致したのはファーナ様の家の人だったけど。
なんか、自分で言っていて虚しくなる。誘拐連発。
「ああ、だからこの部屋からは出せない」
「はあ? もう監禁とか軟禁とかまっぴらなのよ!」
これも自分で言っていて悲しくなる。どっちも経験済みなの本当にどうかと思う。
「一生閉じ込めておくわけじゃないんだから――」
「マレムさんッ!!」
バン! と叩きつけるような音とともに扉が開き、部屋の中に鬼気迫った表情をした女性が一人飛び込んできた。
落ち着いた装いをしているので、そこそこの年齢の人なんだと思う。顔を見る限り若くは見える。艶のある白っぽい金髪をひとまとめにして結い上げているから余計落ち着きがあるように見えるのだろうか。
で、誰?
口に出すのもどうかなと思って名前を呼ばれたマレムに視線を送れば、ものすごく不快そうに眉根にしわを寄せその女性を見据えている。
怒ってる? 怒るとこの人、怖いんだよね……。
「あなた有責での婚約破棄ってどういうことですかっ!?」
「そのままの意味――」
「そうじゃなくて、どうして婚約を破棄されるようなことを!」
「そもそも書面を取り交わしてなかった口約束ですよ、無効では?」
「アーヴェントの末娘を行き遅れにして、何が無効なものですか!?」
思わず耳をふさぐ。
金切り声が傷に響くような感じでびりびりしている。
「魔力をコントロールしてください、母上」
母って、この方、こいつのお母さん? 親の顔が見てみたいと思ったけど、こんなに簡単に見れちゃった!
魔力ってことは、びりびりしてるのは魔法のせいなのか。
「黙りなさい! あなたは本当に常々この家の息子という自覚が足りないと思っていたけれど、……家の中に愛人まで連れ込むなんて……愛……じ……ん?」
奥様は私にびしっと指をさして、そのまま固まった。
何が一体どうしたんだろう。
「こんな幼い娘に手を出すなんて、どういう了見なんですかっ!? 恥を知りなさい!?」
奥様が振りあげた掌が、私が呆然と見ている目の前で、同じく呆然とした顔つきになっていたあいつの頬を大きく打ち鳴らした。
あー……。
「痛……」
私が殴られたわけじゃないけど、思わず頬を押さえてしまう。
殴られた衝撃であいつが抱えていたご飯が床に散乱している。勿体ない。おいしかったのに!
「ごはん……」
「少しは俺の心配もしろ!」
だって、こいつは怪我しても治るけど、床に落ちたごはんはもう食べられない。
……食べられないかな。施しを受けていた時代を思い出せばいくらでも食べられる気がする。いけるかも。
「何を考えてるか何となくわかるぞ、やめとけ」
止められてしまった。あーあ、さっさと食べておけばよかった。
「あなたも、若いのに何をやっているの!? 財産目当て!?」
奥様は続いて私にかみついてきた。
ファーナ様に罵られなかったせいか、いっそ新鮮だ。
そうだ、もっと反対して! って感じ。
母親の反対って、絶対大きい。結婚回避の糸口になるかも。
頑張って奥様!
「って、まさかあなた! 国王陛下とうちの夫が内密に話合っていた魔法大国の末裔!?」
「あ、それ、絶対人違いです」
なんで間違えるかな、そういうの。
「……ちょっと待て! なんで親父と国王の密談を知ってる!? また立ち聞きしてやがったな! 母上!?」
「聞こえてしまったんですもの、仕方ないでしょう」
「王の私室での密談なんだから、聞こうとしなきゃ聞けないだろう!」
奥様ってそういうタイプか。
なるほど、親子だな。
この二人が言い争いをしているのを見て、閃いた!
「親に反対されるようなお付き合いはできませんので、私、出ていきます! セレ、行こう!」
今だったら色々煙に巻いて行けそうな気がする!
立ち上がってセレを呼べば、勢いよく駆けつけてきてくれたのでそっと抱き上げた。
セレを触るだけで手は痛むけど、今は我慢。
「し、白い猫! やっぱりそうなのね!」
「全部聞いてやがったな! それが貴婦人のすることか!」
「何を言うのです、貴族の夫人とは情報戦がすべて。諜報などお手の物です」
「単なる盗み聞きをそれっぽくまとめるな! って行かすと思ってんのか?」
お互いにお互いしか見ていない今のうちしかない、と逃げ出そうとしていたところを、息子の方に肩をつかまれて止められた。
「よくよく考えたら祝福を消されちゃってるんだから、結婚しなくても問題ないでしょ」
「消えたという確証がまだない」
「お世話になりました」
「だから待て、ここまで至れり尽くせりできて、何も返さずに去るのか?」
うわぁ、こいつそういう脅しでくる!?
ほら、奥様頑張って、ここで「ダメ」というのが奥様の仕事! と奥様の方に視線を送れば、奥様は私にぶつかる勢いで距離を詰めてくると私の両腕を押さえつけた。
「マレムさんの言うとおり、淑女たるもの恩は返すべきですよ」
「え、でも淑女じゃないので」
急に方向転換してきた奥様に戸惑いながらそう返せば、奥様は私の手の中からセレをそっと奪い取った。
「セ、セレ!?」
「猫ちゃん、公爵家は過ごしやすいでしょう? おいしい餌と最高級の寝床を用意しますわ」
うわ、セレを買収するつもり?
っていうか、なんでいきなり態度が変わる? 訳が分からない。
ついでにセレはなんで奥様につかまれておとなしくしているのよ! まさかの買収成功?
「ほら、猫ちゃんは残りたいみたいですけれど、どうなさる?」
「え! どうって?」
「我が家に嫁ぐのよ! 魔法王国の末裔!」
なんでそうなるの!? さっきと言っていること違うでしょ。
ちょっと息子、何とかしなさいよ、と見やれば殴られた頬をさすりながら完全にあきれ返っている様子だ。
「息子の婚約破棄の原因なんでしょう? 責任を取りなさい」
なんだかな。
見回せば、食事は床にぶちまけられているし、セレは奥様に抱えられてぶらーんとしているし、息子は殴られているし。
何なのこのカオスな世界は。




