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28 何をされた?

 セレを眺めていたらそのまま、寝てしまっていたようだった。

 人の気配で目が覚めた。

 まだ眠気が残っていたし、ベッドが心地よかったのもある。だからこのまま二度寝に入ってしまえと思ったんだけど――。


「……約束通り、サラは連れ戻したぞ」

『あそこにこの子を置くのはよくなかったから、素直に礼を言おう、クラウディル令息』


 そんな会話に現実に引き戻された。

 一人はあいつだ。マレムの声。

 もう一人は――誰だろう。聞いたこと、ある気がする声だった。


「呑気なもんだな」

『あれから解放されたんだ、休ませてやれ。だいぶ無体な真似をしたようだ、あの破廉恥聖職者め』


 破廉恥って、まあ、破廉恥、かな。

 欲情ってああいうことか、というのがよくわかったというか、知らされたというか。

 男女間には普通にあるものなんでしょうね。やたらと怖かったけど。


「無体ねえ。子ども相手に発情するなんて、おぞましいやつ」


 さっきは夫婦って言ってたのに、子ども扱いか!


『神教よりはこちらのほうがこの子を守れると思ったから預けるんであって、お前にやるわけじゃない、勘違いするな』

「こっちは命がかかってんだ、無理やりにでも娶る」

『祝福は消えた。別の祝福をかけてやることも可能だ、どうする?』

「そいつを守るために力を使いすぎだ。器を考えろ。そんなちっこい猫の姿じゃ使える魔力にも限度がある」


 猫って、ええ? あいつとしゃべってるのって、まさかセレ!?

 見たい。セレがしゃべるとこ、見たいわ!


『わたしが守らねば誰がこの子を守る?』

「守るぐらいなら俺がやってやる。――嫌ではないし」

『サラは嫌がっているが』

「だろうな。でもそれぐらいでいいんじゃないのか?」


 何とかばれないように薄目を開けられないか四苦八苦していれば、そんな言葉が聞こえて目を開けるのは諦めた。

 何となく、今起きているのバレるのが気恥ずかしい。


「たとえ愛がなくとも、お互いに尊重しあえればそれで十分だろう」


 尊重できれば、か。

 って、尊重してくれるの?

 自分のことを棚にあげているのは承知でそんな疑問を抱く。

 愛がなくても、気持ちが悪いあの感情がなくてもいいのはものすごく気が楽で、いいかもしれない、それ!


「で、無体な真似っていうのはどういうことをされたのか、自分の口で説明してもらおうか」


 ベッドにどかりと腰を下ろした奴に、顎をつかみ上げられ、無理やり起こされた。

 ひぃ!? ばれてた!?

 上体を起こしセレを見れば、素早く駆け出してどこかに隠れてしまった。私とも話、してほしいのに!


「大神官に何された?」


 掴まれている顎をすくい上げられるように未練たらしくセレに向けていた顔を無理やり奴に向けられる。

 

「なんで起きてるってわかったの?」

「呼吸。浅くなってた」

「セレとなんで喋ってるの?」

「あっちが先に語りかけてきた」


 なにそれ! ずるい!

 私だっておしゃべりしたい!


「話をそらすな。質問をしているのは俺だ」

「え……えぇっと、ちょっと言いたくないような」

「言いたくないようなことをされたのか。顔の形が変わるまで殴っておけばよかったな」

「あの変た――じゃなくて大神官ってどうなったの?」

「変態ってお前……」


 あきれたようにマレムはため息をもらして、私の顎をようやく開放してくれた。


「気絶させといた」

「あ、そうなんだ」

「で?」


 で、と言われても。

 なんかキスされ放題祭りだった、とか、毎晩手足を拘束されていたよ、とか、発言が変態だったよ、とか、そのぐらいなんだけど。

 だけど、思い出すだけでもおぞましいし、気持ち悪いし、絶対言いたくない。


「お、思い出すだけで気持ち悪い!」

「は?」

「嫌いな人間に触られたら、気持ち悪いでしょ! やっぱり思い出したくもない!」

「そんなに嫌なことをされたんだな?」


 何だか奴の雰囲気が怖い物に変わっていくのに気付いてはいたけど、怒りの対象がわからなかった。

 私に対してだとしたら理不尽でしょ。

 大神官に対する怒りだとしたら、逆に理由がわかんないから、やっぱり私にかな。

 

「普通に考えて嫌でしょ、逃げられないようにって手足拘束したりとか、口の中に指突っ込んできてかきまわ――」

「待て!」


 手のひらを目の前にかざされて制止がかかったので言葉を止める。


「なんだ、そりゃ、変態か!」

「……変態って言ってるでしょ」


 涙目になっているのを自覚しながらも叫べば、奴はおもむろに私の手を取った。

 包帯で隠されたその下にはずたずたに皮膚が引き裂かれてやけどを負ったひどい状態の手のひらがある。


「それから逃げられるんなら、無茶もするのか」

「するにきまってるでしょ」

「なんでお前、そんなに変態ばかり呼び寄せるんだよ」

「私が聞きたい!」


 そんな呼び寄せ機能持ってるんだったらさっさと捨てたい。

 あの変態肉塊貴族に続いて、変態大神官って、……泣きたい。

 

 私の手に触れていた手が私の頬に移動してきた。

 いやな感じはしない、けど、緊張してきた。なんで。

 

 戸惑いながらも視線をあちこちに向けて緊張を分散させていたら近づいてきたものに気付くのが遅くなった。

 

 感触が、生々しい、気がする。

 キスなんて、なんか単なる接触でしょって思ってて、――っていうかそう思わないとおかしくなりそうだったし――、なのに、今は、どうしてこんなに動揺してるんだろう。

 それに、こんなに、柔らかいものだった?

 って、そんなこと考えている場合じゃなくって。

 

 相手によって感触って違うのかってこれも違う。

 こういうのって比較するものじゃない。比較するのは失礼な気がする?


 ようやく離れてくれたことで、息ができた。

 深呼吸を繰り返して、ようやくマレムを見れば真剣な目で私をじっと見据えていた。


「な、なんで!?」


 普通に受け入れて、何だか変な気分になってしまっていたけど、ちょっと考えればその疑問だ。

 何で、こんなことするの? だ。


「ぱっと出の奴に横からかすめ取られてたまるか。うちの下僕――嫁だ」

「取り繕えてないから」


 嫁呼ばわりよりは下僕の方がまだいいのかもしれない。

 まだ回避したい気持ちは強い、結婚なんて。

 あ、違う、今すり替えた。返事になってない。なんでするの、って聞きたいのに。


「サラ」


 両手で頬を包まれて、目を覗き込まれる。

 何だこれ、まだ何かされるの? 今度はこいつ?


「大神官は何をした?」

「まだ聞く?」


 聞かれたって、できればこのまま忘れてしまいたいぐらいの気持ちなんだけど。

 わざわざ掘り返して、あの不快さを追体験させられたくない。

 

「だから、言いたくない! 思い出すだけで吐きそう」

「そんな風になるほど何をされた?」

 

 私に問いかけながらも、奴は私から手を離しベッドから立ち上がった。

 動きが突然すぎて、何が何だか。

 私ものろのろとベッドから立ち上がれば、奴が魔法を発動させているのがわかった。よくわからないけど、私が破った結界みたいな感じ?

 誰かが、来た? ――もしかしてまだ大神官が……?


「いきなり何をしやがる!」

「あれを防ぐなんてね」


 聞き覚えのある高い声音に、安堵と緊張感、両方の感情が胸中に入り混じった。


「ミ、ミレイ……」

「いきなり何投げつけてんだ! 殺し屋!」

 

 ミレイの返しのついた投擲武器が下に落ちているのを見つけて、結界みたいなのはこれを弾くためだったのかとわかった。

 いい反射神経だと思う。こいつの武器は魔法だけじゃないことは知っていたけど、これを避けるのは至難の技ではなかろうかと。


「サラに何しようとしてたの、この変態貴族!」

「そういうのは豚に言え」

「肉塊侯爵? あんな汚いのは触るのも嫌。お前も触るのは嫌だけど、我慢できないほどじゃない」

「待って、ミレイ、こいつこんなんだけど、一応偉い人! 多分国でも偉い人ランキング一桁台の人だから!」


 大慌てで奴を庇うような位置で立ちはだかれば、ミレイの眉が大きく跳ねた。


「サラ、そいつを庇うなんてどういうことよ!」

「だから、偉い人なんだってば!」


 やばい、ミレイ完全にキレている。

 こうなるともう手がつけられないんだけど、でも手を出しちゃいけない相手だから何とか説得するしかない。――無理かな。

 

「普通に手出されそうになってたでしょ! 受け入れんの!」

「ちがっ! え、違うよね?」


 力一杯否定しかけて、そうだよね、と奴を見るが私の方を見ようともしない。

 違うはず? あれ?


 

 「――大神官、リヴ神教の」


 ちらちら窺っていれば、ようやく奴が口を開いた。


「そいつにご無体なことをしでかした奴」

「大神官? あの銀色の奴?」


 いきり立った様子でミレイが咆える。

 そうか、あの大神官って、ミレイの家族の仇だからか。

 私が危機っぽかったのも、もしかしたらあるかもしれないけど。


「正式に依頼する気ある?」

「殺れるんだったら、殺ってみろよ、殺し屋」

「……報酬は請求するわよ」


 それだけ言ってミレイは窓をひょいと乗り越えて消えて行った。


 え? ええ!? やばくない?

 奴の方を振り向けば、こいつも少しばかり困惑した表情だ。


「なんでミレイをけしかけたの?」

「まさか乗ってくるとは思わなかった」

「成功しても失敗しても、不味いんじゃ?」


 正直ミレイが失敗するとは思えなかったけど、大神官を暗殺ってどうなの?

 万が一失敗した場合、依頼人がこいつだって、ミレイは簡単に言っちゃいそうなんだけど。

 

「貴族が大神官の殺害を依頼って」

「妻に触れた報復ってことで、きっと世論は味方してくれんだろ」


 世論っていうけど、大衆にとっては醜聞という名の娯楽にしかならないと思う。

 それ、この家としては大丈夫な話なの?

 ミレイが暗殺成功させればそんな憂いもなくなるんだろうけど。

 私の心情的にもミレイの成功を祈りたいし。大神官がそれで片付いてくれるんだったら、それはそれでいいのかも。

 

 私の恐怖も根絶できて、ミレイは家族の仇を討てる。

 ミレイの無事を祈りたい。

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