25 孤独な戦い
「今日は、何もしないよ」
「明日も明後日も10年後まで、約束してよ」
「……」
口をゆすいで、戻ればベッドの上に腰かけた大神官が穏やかに笑っていた。が、返事を返してくれないのはどうしてかな?
「本当に、彼はサラに何もしなかったの?」
話題をすり替えたのはわかったけれど、内容が内容だけに返事をする気にもなれない。
沈黙を返すのはお互い様だ。
「こんなに愛しいのに何も?」
欲情しないって言ってたしね。逆にちょっと興奮気味のこいつは本気で怖いし引く。
まあいきなり組み敷いてきた肉塊貴族よりは自制してるのかな。
年取ると抑制きかなくなるって聞いたことあるから、そっちかな。
腕を組んでそんなことを考えながら窓に目をやる。
この部屋バルコニーとかないし、窓だってはめごろしだ。
監禁にはおあつらえ向きだけど。これがこの偉い人間の私室っていうのがちょっとひっかかる。
この人も、軟禁されている? まさかね。転移魔法使えるから閉じ込められてはいない、はず。
「何でそんなことが可能なんだろう」
「愛しいわけじゃいなからでしょ」
「じゃあ、わたしが貰っても構わないのでは?」
「私の意思は!?」
なんであいつとこの人の二人で私のことを決めようとしてんの!
私の意思は?
――何か、本当に、疲れる。
「今日も一緒に寝よう、サラ」
「冗談」
共寝の意味がわからないほど私も子どもじゃないし、純粋でもない。
嫌いな人間とどうこうなんてなりたくない。
「サラ」
「一人で寝れば。私はさっきまで寝ていたから眠くない」
「添い寝を」
「やだってば!」
「せっかくスズランを摘んできたのに……」
恩着せがましく言わないでよ。
人を悪女みたいに言うな、だ。
「明日、トリカブトを用意してくれたら考えてあげるけど」
「本当!?」
いや、そんなに前のめりになられても困るんだけど。
毒性が強い草花の名前を思い付きで口にしただけでその反応はやっぱ引く。
「約束だよ」
「……やっぱ嫌」
「そんな」
そんなあからさまに落ち込まれても無理なものは無理。
こんな変態、嫌すぎる。本当はもう会話すら、嫌だ。
「早く寝て」
「じゃあせめてソファに座って」
いつまでも立ってるのもあれかと指し示されたソファに腰を下ろす。
座ってやったからあんたもさっさと寝ろ、という気持ちで。
大神官はベッドから立ち上がって早足で歩み寄ってきた。
「ちょっと待って」
「お休み、可愛いサラ」
肩を押されてソファに転がされる。
あ、まずい。
「ごめん、これだけはさせて」
両手を掴みあげられて、何やら施されたのはわかった。
体質的に私の体に変化を及ぼす魔法は効かないから眠らせることも麻痺させることも不可能なんだけどなー……と油断していたのが悪かったのか。
あれ? 手が動かない?
両手を拘束するように魔力が絡みついているのはわかった。わかっただけで、これは何?
「逃げられたくないから、手かせだけ」
「ちょっと!」
「本当はもっと色々したい」
あ、はい、それは嫌です。何もしない変わりにこれで我慢しろと?
って、我慢できるか!
「お休み、愛している」
「私は、愛してない……、じゃない!」
「え、愛していないわけじゃない?」
「どうしてそうなるの! 変だと思わない? 何この魔法? なんで私手を縛られてるの?」
「朝には自然に魔法の効果が消えるよ」
何をしれっと訳のわからないことを!
「そうじゃなくって、人の尊厳を守ってっていうか」
「足にする? あ、足もしておく?」
「そうじゃない!」
「もう疲れたから寝るよ。また明日」
ちょっと待てい! なんだこれ!
こいつ、本当に!
浴室に消えていく背中を見て追いかけようとしたが、やめた。
風呂に突撃は良くない。それぐらい私にだってわかる。
もういい、ふて寝だ。
寝れば朝が来る。朝がくれば魔法が消えるんだったらそれが一番いいに違いない。
朝になれば、また大神官は勤めがあると出て行った。
トリカブト、持ってきてくれたら確実に殺ろうと朝から殺気満々で見送る。このまま帰ってくるな、だ。
今日も食事が運びこまれてきたので、大人しく食べる。
まだ弱るわけにはいかない。まだ気力は尽きてはいないし戦える。戦いたい。
そして絶対にここから逃げ出してやる。
大神官の私室だとは知っているけど、ここがどこなのかはわからない。でも絶対に、絶対にだ!
「サラ」
心に誓っていると突然大神官が戻ってきた。
出てってからまだそんなに時間が経ってないと思う。今日は早番だった、とか?
「客人だ。けれど、押しかけてくる人間に敬意など払わなくてもいい。無礼で構わない」
「は?」
何を言っているかわかんないんだけど、と問いかけるよりも前に、白い部屋に白くない人が入ってきた。
食事を運んできた女性もほとんど真っ白に近い装いだったから余計にそのコントラストが目に付く。
「教皇聖下、突然の訪問は困ります」
教皇? ……大神官が慌てて頭を下げるから、偉い人、なんだろうか。
私は頭を下げずに、何も言わずに部屋に入り込んできた異物のようなその人をじっと見やる。
まるで王様みたいな雰囲気だわ。
王冠みたいな冠をかぶっているからそう感じるのかも。
年齢は50代半ばぐらい? ややふくよかな体に紺色のローブをまとい、その上に赤いボレロを羽織っている。身長は私よりは高いけど、大神官よりは低い。男にしては低いのかも。
観察しているとその顔が私の方を向いた。
柔和な笑顔を浮かべた優し気な印象のおじさんという感じだ。
白髪交じりのオリーブカラーの髪をオールバックにしている、身だしなみがきっちり整っている人。
偉そうな感じはあまりしないけど、何かちょっと薄ら寒いというか。
「ユーシュレイ大神官の思い人というから……」
小さく呟く声が私の耳に届いた。
こんな小娘か、と。
なんだこいつ? 見た目は優しそうなくせに、やっぱり何か嫌な感じだ。
「聖下、彼女が驚いています」
「このリヴ神教の教徒を束ねる教皇、バルドゥラだ。大神官ユーシュレイが探していた女性が見つかったというので一度姿を見たいと思って、失礼」
「……」
友好的な顔つきだが、その目つきは間違いなく私を値踏みしている顔だ。よく知った目だった。
こいつ、単なる聖職者じゃないのがわかる。組織の人間が常に私に向けている目だ。
「緊張しなくてもいいサラ、聖下、彼女はサラです、わたしが幼き頃よりずっと探していた子がようやく手に入ったんです」
手に入ってないわ! とツッコミたかったけど教皇にじっと見られていれば動けない。
「そうか、サラ、ユーシュレイは純粋で、そして良き教徒でもある、どうか支えてやってくれ」
「……純粋っていうか、子どもそのものじゃない。そういう風に仕立て上げるのがこの神教のやり口?」
ちょっと怖かったけど、反論を口にすると教皇の笑みが一瞬固まったのがわかった。
この程度で表に出ちゃうんだ?
「サラ、わたしのことを子どものように純粋と思ってくれているのか?」
こっちはこっちで曲解するし。面倒くさいな本当に。
「ありがとう、大事にするよ、一生をかけて」
いらない、と口にしようとしたがそれよりも先に大神官の手で口を塞がれた。
何をと思って見上げれば、大神官は鋭い目で私を一瞥して、すぐにその視線を教皇を向ける。
「申し訳ございません聖下、お勤め中ではありましたが彼女の顔を見たら我慢がきかなくなりました。今から愛を育みたいので、どうかお許しを」
「う、うむ、わかった。年寄りは退散することにしよう」
何だかバツが悪そうな顔をして教皇はゆっくりと部屋を出て行った。
あれが味方だと死んでも思わないけど、こんな下品な理由で納得すんなよ、と言いたい。
が、大神官も警戒をしている様子からあれは本当にヤバい相手なのかもしれない。
「はあ、まさか教皇にあんなことを言うとは……」
「……気色悪い奴」
「わかる? あの年齢で好色なんだよ。サラは好みではないみたいでよかったけれど」
……。
どうなってんの聖職者!
トップがそれでいいの?
っていうか、だから「小娘が」なのか。
幼い女をターゲットから外しているまともな人だわ……。って喜びたくないけど、一応そこはまとも、でいいのか!?
「わたしの手綱を引くための道具としてサラを見ているような気がする」
そんな気がする。なんでここには気色が悪い人間しかいないんだろう。
「もう、帰りたい」
「サラにはもう帰る場所はないんだよ」
「ファーナ様だったら受け入れてくれるはず」
あの方だったら、受け入れてくれるはず、絶対。
「どうだろうね?」
そうやって薄く笑いながら不安をあおるのやめて欲しい。
怖くなるから。
「サラが頼れるのはわたしだけ。忘れないで」
「私が頼れるのは私だけよ! 間違えないで!」
でもまだ戦うし、逃げたいし、だからまだ、大丈夫。
その日、大神官はトリカブトを持って帰ってきてはくれなかった。
変わりにスズランのブーケをもう一度もって帰ってきたので受け取ってコップに生けておく。
スイセンの花だったら生けた水も毒になっているって聞いたことがある。この水も毒に変わっていたりしないかな。
生花を食べる気はしないけど、水だったらまだ行けそう。
何もしない、と宣言させて、それでも今度は足を拘束されてソファで眠る。
昨日と同じ流れ。
違ったのは朝起きたらベッドに寝ていたこと。
大神官は既にいなかったけど、余計なことを……!
運ばれても気づかないほど深い眠りに落ちていたってことか。あーあ。




