24 反撃
窓から差し込む光が顔に当たっていて眩しい。
目を開ければ、背後にいた大神官の姿はなくて、私一人だ。
助かった……?
「サラ、おはよう」
――助かってなかった。
一人になれたと思ったのはつかの間の夢だった。
どこかに続くドアから嬉しそうな顔を見せる大神官の姿に、心の中を占めたのは絶望感だった。
「今日もわたしの部屋にサラがいる。朝も昼も夜も、幸せだ」
「はぁ……?」
朝からこのテンションの高さ、本当に何なんだろうな。
「わたしは勤めがあるからしばらく出るよ。食事を用意させるから食べて。着替えも。サラに似合う服を用意させよう。シャワーも好きに使っていいからね」
「……」
「愛している、サラ」
「私は、愛してない」
せめてもの抵抗だ。多分傷つくであろう言葉をきっぱり告げたが、大神官は笑顔のままだ。
「いいんだよ、応えてくれなくても構わない。サラがわたしをどう思っていても、絶対に手放さないから」
なんか本当にこいつ、気持ち悪いな。
本当に偉い人?
大神官っていうのは、一応神教のトップに近いんじゃないの?
神教についてはあんまり詳しくないっていうか知りたくもなかったから、内部がどうなっているのかなんて知らないけど。
偉い人が女にうつつを抜かしてるって間抜けすぎ。
誰も来てくれないし、助けてもくれない。って考えると絶望的な気分にはなる。
でも、だからと言ってこいつの好き放題を許すつもりはない。
なんとしてでもここから逃げてやる。勿論何らかの一撃は与えて。
だって、こんなの、こんな強引なの許せるわけない。絶対に。
「この部屋、殺風景すぎ。せめて花が欲しい」
「……」
部屋を出て行こうとする大神官の背中に告げれば、大神官は私の方を振り返ってものすごく嬉しそうな笑顔になった。
構ってもらって嬉しい犬みたい。
「いいよ、用意しよう。サラはどんな花が好き?」
「スズラン」
地味だけど可愛い花だ。
この辺りに自生してるかなんて知らないけど、精々頑張って手に入れて欲しいもんだ。
「楽しみにしていて」
心の奥底から楽しみにしてやる。
そしてその顔を絶望で染めてやる。
私の心の中のように。
冷めた心で大神官を見送って笑い声をあげた。
反撃だ。
セクハラには粛清を。死んだ方がマシと思うような目に合わせてやる。
だから、腑抜けになってなんていられない。
ちゃんと食べて身支度をしなくては。
女性の神官っぽい人が部屋に運び込んできた食事を食べられるだけ食べて、使っていいと言われた浴室にはお湯が満たされていたので使わせてもらった。
用意してもらった服は白いブラウスと裾が広がったロングスカートで、着てみると全身真っ白。
黒髪と黒目だけが浮かび上がる見事なモノトーンコーデである。
白いのは大神官の好み?
自分色に染めてやる! みたいな? うげ、考えただけで気持ち悪い。
部屋にやってきた女性は一言も発することなく、空になった食器を持ってすぐに部屋から出て行ってしまった。
まるで私が存在していないかのように、目が合うことしかなかった。
何か聞き出せたらよかったんだけど、あれじゃ無理だ。
聞き取りは諦めて、部屋に置かれた家具を全部調べて回る。
壁と家具、全てが白でそろえられているせいで、目がチカチカする。
あちらこちらを見て回って、作業用デスクには引き出しがあることを発見した。
引き出しを開けると、一冊の本があったので手に取って外に出した。
白ばかりの世界で、深い緑色の表紙のその本は、唯一色を与えられたものみたいに感じられるから何か不思議。
そんなどうでもいいことを考えながらも、表紙を開いた。
1ページ目から手書きの文字で埋められている。豪華な日記帳とか、そういう感じ?
『あの子はどこにいるのだろう』
一文目から不穏な空気が漂っている。
何か嫌な感じしかしないけど、……読もう。
『あの日、地下牢にいた黒髪の少女、目を離した一瞬で消えたあの子は、もしかしたら女神リヴだったのかもしれない』
黒髪の少女って、私のこと、だよね? 女神って、んなわけあるか。
ぱらぱらとめくって他のページも見てみる。
怖いものみたさに近いかもしれない。半分以上ヤケクソだけど。何に対する自棄なのかはわからない。
『今度会ったら絶対に逃がさない』
『わたしのものであることその体に刻み付けたい』
『何をしても手に入れたい』
……想像以上にやばかった。
よし、封印だ。
わたしは何も見なかった。
最後の方には『王都に現れた』とか『どうにかして近づけないか』とか書かれていて、何パターンか捕縛方法を検討していたけど、だから私は何にも見てないんだってば。
なんかさ、本当に、何でこういうのばっか寄ってくるのかな?
そのストーカー日記とも言える本はそっと元の位置に戻して引き出しも閉じておく。
記憶から消したい。
あとは何も気になる物もなさそうだし、迂闊に動いたらもっと怖い物が出て来そうでちょっと怖い。
こうなれば寝て体力を温存しておくべきか。
昨夜は抱き着かれていたせいでよく眠れなかったし。
眠気を覚えて、ベッドに飛び乗った。
気力体力ともに回復させて、大神官に一撃お見舞いしなきゃ気が済まない。
「よく眠れた?」
目を覚まして一番に目に入るのが大神官って勘弁してほしいもんだ。
眠い目をこすりながら起き上がって、さりげなく距離をとる。
今どれぐらいの時間だろう。すっかり寝入っていた。
「寝顔も可愛らしいけど」
それは子どもっぽいからか、と皮肉にとらえかけて、違う意味の方が怖いなと思い直す。童顔だからだよね? そう言って。
小さく笑い声をあげて、大神官はその手に持ったブーケを私に差し出してきた。
「はい、約束のスズランだよ」
「ありがとう」
花を貰うのって初めてかもしれない。
一瞬嬉しくなった――って、違う、違う!
なんで絆されかけてるの、馬鹿か。
ブーケを受け取り、その中から一本引き抜いて観察する。
茎と葉だっけ、毒があるの?
茎も葉も花もそのままだ。この人が摘んできたのかな。
ま、そんなのどうでもいいか、と、引き抜いたその一本を花の方から噛みついた。
口の中に広がる生の草の香りに思わず顔が引きつったのが自分でもわかった。でも頑張って咀嚼して飲み下す。
大神官は、そんな私の様子を呆気にとられたような顔をして眺めているだけだった。
「そんなにお腹がすいていた?」
「まさか」
そんな間抜けな質問をしてくる大神官がおかしくなって、思わず笑ってしまった。
私の笑いに何を感じ取ったのか大神官の表情も明るくなるので――本当にコイツ何なの。
「サラ」
伸ばされたその手を叩きつけ、振り払う。
もう触らせてなんかやらない。
どれぐらいで全身に回るのか全然わからないし、すぐに毒も無効化しちゃうんだっけ? 全身に回り切って毒として使える時間が長いか、無効化しちゃうのが早いか。
自分の体質でギャンブルやれるのって世界中に私だけじゃない?
「スズランに毒があるって知ってる?」
「! 早く吐き出して!」
「私に毒が効かないの、知らないの?」
「は! ああ、ああ……そう、だったね」
今本気で慌ててたのか、思いきり安堵したような様子を見せる大神官。
そしてやっぱり私の体質のことも含めて調べ上げているのか。怖いな、本当に。
「今私に触れたら、あんたにスズランの毒、味わってもらうから」
「……え……」
方法は聞くなよ、という気分で言い放つ。
あれしかないんだけどね、『死の口づけ』。
あ、そうか、咀嚼して口移しするとかって手もあるけど、嫌に決まってるでしょ!
脅しの段階で従って欲しい。お願いだから実行させないで。
「そんなに、嫌だったのか」
肩を落として本気で落ち込んでいる様を見せる大神官。私もがっかりなんですけどね、って気分だ。
あれだけ嫌がっていたのに通じてなかったのか?
あれか、嫌よ嫌よも好きのうちだとでも思っていたとか。
いやホント、むっかつくなこいつ!
「触んないでって言ってるでしょ!」
再度伸ばされた手を叩き落とす。
これ以上触れようとするんだったら、本気でやるんだからね『死の口づけ』。
それすらも喜ばせそうで、ちょっとあれだけど。
「愛する人がこんなに近くにいるのに……」
「だから私は愛してなんていないから、不快でしかないの!」
「触れ合えばそのうち愛に変わるのだと」
「変わらない!」
苛立ちまぎれにもう一本スズランを口に入れる。やっぱ不味いけど必死に飲み込んだ。
「あの男が好きだから?」
「はあ?」
「マレム・クラウディルが好き?」
「あんな人でなし! 誰が!」
こいつが好きじゃなかったらあいつが好きに違いないって発想、ありえないでしょ。
「あいつを好きじゃないならあんたを好きになるって考えも捨てて!」
「なんで?」
本気でわかってなさそうだ。
ああ、そうか、こいつもあいつも偉い人だからだ。
偉い人だから、自分以外の他人の感情なんてどうだっていいのか。
だから自分の思い通りに事が運ぶのだと思っている? 本当に冗談じゃない。
ファーナ様のお屋敷から連れ去られて、その後好き勝手されたこと、私が怒っているのにそれを察しないのはそのせい。
そういうところが、大嫌い。
だいたい、小さい時に、私が殺されそうになったところを助けたと言ったけど、私一人だけが残されてどう思うなんて考えも及ばないんでしょうね。
だから言えてしまうのだ。「助けたのは私」だって。私は助かったなんて思ってないのに。
「神教なんて嫌い! 散々人を踏みつけておいて何なの!?」
「サラ」
そっと背中に腕が回され抱きしめられてしまう。
「やめて触んないでって言ってるでしょ!」
「抱きしめるぐらいは、許して」
「やだって言ってる!」
「これ以上はしない。それで譲歩して?」
「嫌!」
怒りすぎたせいか、嫌悪感のせいか、自分の声が涙声になっていることではじめて自分が泣き出していることに気づいた。
泣きたくなんてない。
私は怒っている。
こいつを傷つけてやりたい。
子どもの頃傷つけられたこと、昨日好き勝手やって傷つけてきたことを三倍ぐらいにして返してやりたい。
でもわかってる。私は無力だ。
愛していない、大嫌いだと言っても、全然傷ついてくれない。
そしてこいつ、何故か異様に力が強くて振りほどくこともできない。逃げられない。
「どうしようもないぐらいに君が愛しいんだ」
「気持ち悪い!」
「ごめんね離さないよ。どう思われていても、この手の中に置いておきたいんだ」
変態!
「ゆっくりわたしに落ちてきてくれれば、それでいい」
何その発想、気持ち悪い!
「だから、サラ、どうかその目にわたしを映して」
「本当に離して、吐きたい!」
「君のものだったら嘔吐物だってあい――」
「それ以上はまじでやめろ! 変態!」
渾身の力を込めて放った拳は大神官のみぞおちをジャストミートしたけれどやはり頑として動かなかった。
大神官ってそういうモノなのか。ミレイみたいに?
ようやく解放されて、何とかコレクションにされるのだけは回避できた。
駄目だ、理解できない。変態の思考回路って、ひたすらに意味不明だ。
頑張って飲み込んだ毒は全部戻してしまった。これってどうなの、毒どうなってんの? 判断がつかなくて大混乱だ。




