23 大神官
「サラ」
不快な気持ちは少しだけ横に置いといて、冷静に大神官を観察してみる。
神官は嫌い。聖騎士も嫌い。
嫌な過去に直結するから。
その大嫌いな神官の衣装に身を包んでいる姿は見ているだけで嫌悪感を催す。
髪の色は白に近い銀髪。目の色も銀色だから、本当に真っ白。
全体的に黒い装いの私と並べば、黒と白でお互い引き立て合っているのかもしれない。そんな想像するだけでぞっとするけど。
「あの時、小さかった君を助けたのはわたしだ」
「……?」
小さかった私?
いきなり何を言い出すのかと、警戒を緩めないまま続きを待った。
「大聖堂の地下牢で、君が殺されそうになった時、君が『魔法大国の血を引く者』だと聖騎士たちに説明して止めたのはわたしだよ、覚えていない?」
顎の下に右手の人差し指を差し込んで、大神官は私を無理やり上を向かせ、そんなことを言う。
大聖堂の虐殺事件のことだ。あの時、みんなが殺されていったことは思い出したけど、その後誰かに目を塞がれたことまでしか覚えていない。
なんで私は生き残ることができたんだろう。この話って本当なの。
「黒髪で黒目の人間はね、魔法大国の血を継ぐ者って信じられているから、君のその髪と目の色は使えると思ったんだ」
触れられている手が不快すぎて、逃れようとしたが背後は壁だ。
壁に押し付けられるように逃げ道を封じられている。
「でも、君はいつの間にかあの場から姿を消してしまっていた。あの日からずっと、ずっと探していた。全然見つけることができなかったのに、また王都に現れた。絶対に手に入れると決めたんだよ」
「やめてよ!」
寄せて来る顔を押しのけて、ついでにその体を突き飛ばそうとしたが、びくともしない。
「いい声だ」
囁く声が気持ち悪い。
「離してよ」
「無理だよ」
若干荒い息も、紅潮している頬も、気持ち悪い。
とりあえず距離をとりたいのに、それを許してくれない。
怖いって感じたら負けなのはわかっているのに、抑えられない恐怖に体が固まりそうになる。
怖い!
「今までどこに隠れていたの、魔力を使ってあらゆる場所を探し回ったのに、全然見つからなかった」
この人は一体何を言っているのだろう。隠れてなんていないのに。
確かに大聖堂を出てから、貴族のとこに行って、その後は組織に行って、それであの街にと移動はしていた。
だけど、リヴ神教を避けようとはしてない、はず。
「……何言ってんの?」
嫌だ、気持ち悪い、離れろ、と自分を鼓舞して大神官の両肩を押しのける。
非力そうに見えるのに、やっぱり全然動かない。
頬から肩に移動して撫でつけて来る手が気持ち悪くて仕方ない。
もうやだ、殴ってやる!
決心したが、手を振り上げる前にその手も押さえつけられてしまった。
「触んないで!」
「君はわたしのものだ」
――『欲情しない』ってありがたいことだったんだと、なぜか一瞬頭が冷静になった。
劣情めいた感情を向けられるって、こんなに不快なことだったんだな……。
大神官が私を見るとろんとした目つき、マジで引く。
「あいつと何回キスしたの? 体は何度交えたの?」
「してない!」
顔色一つ変えず問いかけてくる様も、気色が悪い。
あいつって、あいつだよね。
この質問に何の意図があるのよ、と思っていたら再び頬に手が伸びてきた。
両手で頬を包み込まれて、そのまま強引に引き寄せられた。
ぶつかるように唇が重なる。
――こいつ!
爆発するように生じた怒りに、恐怖が全部ぶっ飛んだ。
両手で大神官の肩を掴んで逃げられないようにしてから、がぶっとこすりつけている大神官の口を噛んだ。
小さく呻きをあげて大神官は反射的に離れたので、そのまま突き飛ばす。
大神官は突き飛ばされるがまま後退し、たたらをふんで立ち止まると、ゆっくりと顔をあげた。
唇が切れて血がにじんでいる。ざまあ――って思ったけど、何でニヤニヤしてるんだろう……?
「ふふ、こういうプレイが好き?」
何か余計興奮させちゃったみたいなんですけど!
え、なんで? 噛んじゃ駄目だった?
何が良くて、何が駄目なの?
なんかコイツ、何やってもヤバイ方向に行きそうで、怖い。
「いいよ、わたしも嚙みついた方がいい?」
「や、やだ……さわんないで」
「ああ、その反応は、まだあの男とは体を交えていないのか。よかった」
「よ、よくない!」
黙ったら負けだ、と叫ぶ。
っていうか、あいつとだって嫌だったのに、どうしてあれより気持ち悪い奴とどうこうならなきゃいけないの。
この大神官には肉塊貴族と同レベルの嫌悪感がある。
「心配しないで。これ以上は触れないから」
「……どうせ、嘘、でしょ」
「嘘であってほしい?」
信用できないから言っているだけで、嘘にしてほしいわけじゃない!
話が通じないってこういうこと――なんだ。
大神官は再び歩み寄ってくると、そっと私の背中に両手を回して抱き着いてきた。
やっぱ嘘だった!
抗議しようと大神官を見上げると、頬をついばむようにキスしてくる。
「嘘つくな!」
「口づけ以上はしない、という意味だよ」
「なにそれ!」
ムカつく! とんだことば遊び――っていうか、なにそれ! 意味不明だし! とにかく腹が立つ。
なんで、それを決めるのがこの人なの!?
私、許可してないんですけど!?
――どいつも、こいつも!
「触んないでって言ってるでしょう!」
「聞けない。わたしは君を愛しているからね。はじめて見たあの時から心を奪われていたんだ」
あの虐殺が起こったのは私が五歳の時なんだけど、あの時からって、特異な趣味すぎる!
っていうか、愛って何。私に対しての愛? なんでそんなものを私に対して抱くのだろう。意味不明だ。
「あの時まだわたしも子どもだったんだ。でも君のその目が、殺されていく他の子どもたちを見るその冷めた目が、わたしを見た時にどうなるのだろうと、心が躍ったんだよ」
やっぱりちょっと変な趣味の人だった。
なんでこう立て続けにこういう人ばっかり寄ってくるんだろう。最近はこんなのばっかだ。
愛なんて口にする奴はみんなおかしい。
「あの時と同じ、醒めた目でわたしを見ているけれど、今から君を変えてあげるよ。わたしなしでは生きられないようにサラを変える」
「発想がキモい」
「こんな気持ちサラにしか抱けない」
もうやだ、そろそろ限界。
あ、そうだミレイ!
私がピンチになるとわかるみたいなこと言っていた。
助けてミレイ! お願いミレイ! 私超ピンチ!
「魔人を呼ぼうとしている?」
「は?」
いきなり当てられて、考えを読まれている気がしてドキッとした。
「無理だよ、この部屋の中では外部との繋がりは全て絶たれる」
「え!」
「そういう魔法だよ、誰も呼べはしない。誰も助けに来ない」
逃げられないまま、大神官に抱きかかえられた。
そのまま運ばれてベッドの上にぽいっと投げ出される。
「絶対無理!」
大神官の手が髪に触れたかと思えば、ファーナ様から貰ったリボンを外してしまった。
起き上がってひらひらと床に落ちているリボンを拾おうとしたが、大神官にのしかかられて体を起こすことさえできなかった。
あれは、ファーナ様から貰ったものなのに!
こ、こいつ、絶対に許さん!
私の怒りも知らず、大神官は私の髪をゆっくり撫でている。
私を見る、恍惚とした表情に寒気が止まらない。
気持ち悪い。本当に気持ち悪い。
何か、セレを撫でている時の私もこんな顔しているような気がして少しだけ反省をした。
セレごめん、これは気持ち悪いわ。もうちょっと落ち着いて接しないとドン引きしたくなるのね、次からは気を付ける。
「ふふ、ああ、ここにサラがいる、もうそれだけで胸がいっぱいだ!」
「……しないんでしょ、これ以上は」
「しないよ」
穏やかな笑顔を浮かべて、大神官は私の頬にキスをおとした。さっと触れるだけですぐに離れる。
「ゆっくり夫婦になろう、どうせ何者も邪魔できない」
「話聞いてる!?」
「サラと一緒に眠りにつけるなんて幸せすぎて、もう何も考えられない」
「やだってば! 会話! 会話してよ!」
力いっぱい否定しても全然聞いてくれない。
靴を脱がされ、後ろから抱き着かれたままベッドに転がった。
もうやだ、泣ける。
唇が首筋を這う感覚に、本気で泣いた。
これはもう性的嫌がらせ以外の何物でもない。絶対に訴えてやる!
心の中で怒りを燃やして、何とか大泣きしそうな気持を散らす。そう、絶対に許さない。好き放題しやがって、絶対に、許さないんだから!
「おやすみ、サラ」
気が済んだのか、大神官は首筋を開放してくれた。
掠れた声でそう言ってしばらくしたら寝息があがったのがわかった。
でもきつく抱きすくめられている腕からは逃げられそうにない。
怒りを燻らせながらも、諦めて目を瞑る。
夢だったらこのまま覚めてほしかった。
夢じゃないことはわかっているけれど。
この不快なのがずっと続くなんて悪夢でしかない。
でもきっと誰も助けには来てくれない。
あいつも祝福が消えた今、私がいなくても没落することも死ぬこともなくなった。もう私は必要じゃない。
ミレイにも声が届かない。
これは、ミレイの仇でもあるのに。
恐怖や悔しさを、怒りにすり替えて明日を待った。
どうにかして逃れる方法を探さなくては。




