22 はじめての夜会
今夜はホームパーティーが開催されるため朝から大忙しである。
私は申し付けられたロビーの掃除をせっせとこなしていた。
絨毯を一度はがして、床全面を掃いてから水拭き掃除。
もちろん一人ではなく、十人ぐらいで分担してきれいにしていく。
やっぱり掃除はいい。きれいになっていくのを見ると達成感がある。
男性陣がきれいになった床の上に真新しいじゅうたんを敷いていく。さすがに絨毯は重いので私たちは見ているだけ。
「サラ、次は階段ね」
「はーい」
なんだろうこの充実感。
働いているっていいな。当然疲れるけど心地いい疲れだ。
勤労の喜びを噛みしめて掃除に励んでいれば、時間が過ぎるのは早い。
夜が近づきつつあった。
ロビーから直結している会場である大広間をちらっと覗けば、まるで戦場のように大声が飛び交う中を、テーブルや椅子などが運び込まれて大渋滞を起こしている。
時間も迫ってきているのでピリピリした様子が外から見てもわかる、近づかないでおこう。
ファーナ様のお父様である侯爵様が新事業を立ち上げるので、その決起大会みたいなものだと先輩方から教えてもらった。
晩餐会ではないので食事は立食、定番のダンスも行わない、ビジネス的な側面が強く、招待客も貴族と商売人が半々だとか。
最近はこういう集まりも多いんだとか。上流階級の知識がまた一つ身に着いた。
「料理やお菓子が余ったらあとで食べられるよー」とも先輩から教えてもらったので今から楽しみで仕方ない。
商談がメインなので、料理は当たり前のように余るのだそう。もちろんお菓子も。
この家のお菓子は美味しいのだ。賄いでもあんなに美味しいのに、おもてなし用ってどんな味なんだろう。
それを考えるだけでそわそわしてくる。
「サラ、その顔を引き締めて。ファーナ様の方、手伝ってきて」
「あ、はい!」
にやにやしていたら呆れたような顔をした先輩に注意されてしまった。
まずい、気合を入れ直さねば! と首を振りながらファーナ様の部屋まで急いだ。
会場からファーナ様の部屋まではめちゃ遠い。
こういうところ貴族の家ってちょっとだるい。
「サラです」
「入って」
ノックをして告げれば先輩から返答があった。
部屋に入れば、着替えが終わったファーナ様の神々しい姿が一番に目に入る。
準備、終わってるみたい。私に手伝えることってあるのかな。
あ、と我に返って、慌ててファーナ様に一礼する。
礼を欠いてはダメだといつも注意されていたんだった。
「サラ、ひとっ走り宝物庫に行ってきて。ファーナ様の髪飾りが手違いでこちらに届いていないの」
「はい、行ってまいります」
そうか、装飾品か。宝物庫の場所を思い出しながらも頷いた。大丈夫、一人で行ける場所だ。
「サラ、まだ時間はあるわ。ゆっくり行ってらっしゃい」
天使のようなほほ笑みを浮かべたファーナ様にそういわれて天にも昇るような気分になった。
この方が婚約者で何が気に食わなかったんだろうあのバカ男。
ゆっくりと言われたがなるべく急ごうと廊下を早歩きで進む。
すれ違う人、みんな慌ただしそうにしていて落ち着かない。
もうすぐパーティーが始まろうとしていた。
あいつが参加する可能性があるということで、私はメイン会場の係から外されていたため、始まってしまえば特に何もやることはない。
たしかにあいつに会うのは気まずい。気まずいどころか怖い。連れ去られるんじゃないだろうか。
だから、この配慮はとてもありがたかった。
仕事がないのもあれだから、と中庭の巡回を申し付けられている。
怪しい者を見かけたら近くにいる男性の使用人に伝えるだけ。
風に乗って会場の音楽が耳に届く。
この時期の夜は好き。聞いたことのあるその曲に鼻歌を重ねながらも、中庭の道へ足を踏み入れた。
この夜会が終わったら、セレを迎えに行ける。あいつへの説得はファーナ様がやってくださるのだそう。
慰謝料の減額を条件に話し合いをしてくれるらしい。
ファーナ様に不利益が、と遠慮したが、少しぐらい減額したところで痛くもかゆくもないのだとファーナ様は笑ってくださった。
慰謝料を貰うという事実があればいいんだって。
猫を飼ってもいい、と先輩方にも許可を得ている。
ここにセレがいてくれれば、もう言うことなし。このままここで働いて生きていけたらいいのにな。
中庭に出て来るようなゲストはいなかった。
これが普通の舞踏会とかなら、男女で抜け出し中庭逢引なんてこともあるらしいけど。
一応自慢の庭にはライトアップが施されていて、夜闇に浮かぶ花々は幻想的で素敵。
あと一周巡回したら休憩しよう。担当は私ひとりだから休んでも働いても私裁量でいい。楽。
そう思いながらも、足を一歩踏み出せば、進行方向に誰かが立っているのがわかった。
どうやらお客様で、不審者ではない様子。
でも、一人しかいない。一人きりで何をやってるんだろうか。
あ、だめだ、相手はお客様だ。余計な詮索は禁物。
このまま進まずに、回避をした方が良さそう。
「こんばんは」
踵を返そうとした途端、挨拶されてしまい、足を止めるしかなくなった。
ええと、えらい人には許しが出るまでは口をきいてはいけないんだっけ?
あわてて頭だけ下げる。
頭を下げる一瞬でその姿を窺えば、銀髪で白っぽい服を着ている全身白い人だってことがわかった。
全身白い人って最近どこかで聞いたような、どこだっけ?
「やっと見つけた」
その人は弾む声音でそう言って駆け寄ってきた。
あー、ここで先輩方の誰かと逢引でもする予定とかそういうあれかも。
「人違いですよ」と言いたいけれど、声を発してはいけないからと必死で首を横に振る。
あなたが探しているのは私ではないですってば!
「サラ!」
その白い人ではない、別から上がった怒声に思わず身を竦める。
声でわかる、あいつだ。
やっぱり来たか。見つかりたくなかったのに。
せっかくかち合わないようにと、ファーナ様が考慮してくださったのに、こうなるのか。
この場で「下僕」と呼びかけてこなかっただけマシなのか?
「彼女は、わたしが先に声をかけたんだよ、マレム・クラウディル」
「は? 何言って――げ!」
奴は白い人を見てあからさまに嫌そうな顔をした。
そんな顔、初めて見たけど、こいつ、この人のこと知ってんの?
「サラ」
白い人にも名前を呼ばれた。
ってあれ? 人違いじゃなかったってこと? でも私はこの人を知らない。
「お前、リヴ神教の大神官だな! こんなところで何をして――」
奴の言葉に、悲鳴を上げそうになって慌てて飲み込んだ。
リヴ神教の大神官!
全身、白い奴!
ミレイが言ってた、ミレイの家族を一瞬で消したっていう人だ!
慌ててこの白い人から距離を取ろうとしたが、肩を掴まれる方が早かった。
「せっかく会えたのだから、遠くに行かないで」
……この言い方、私に何の用があるのというのか。そもそも、なんで大神官が私のことを知ってんの?
肩を掴む手の力が強すぎて、痛い。
「あ、あの」
「思った通り可愛らしい声だ、小鳥のさえずりよりも聞いていて癒される」
うひいいい! またこういうタイプ!?
個人的に今まで遭遇してきたこういうタイプの中で、一番不快感が高いタイプなんだけど。
逃げたい!
「は、放して、ください、痛い」
「ああ、ごめん。会えたことに嬉しくて、つい」
謝りながらも、全然力を緩めてもくれないし。
私を見る目は、ぞっとする何かを覚える。
嫌な予感しかない。
こっそり観察してみると、白い以外にまだ若いってことはわかった。奴と同じぐらいの年齢ぐらいか。
「おい、無視すんな!」
「クラウディル令息、私は今彼女との逢瀬を楽しんでいるのだ、どこかに行ってくれないか」
大神官とやらは私の肩を引き寄せ、そのまま肩を抱くような恰好になった。
いや、私は、楽しんでないんだけど!
「放して! てば!」
敬語を取っ払って文句を言えば、その銀色の目に一瞬だけ覗き込まれ、口を噤むしかなかった。
やっぱこいつ怖い。
「祝福が厄介なのか」
大神官とやらはそう言って、開いている方の手を歩み寄ってきた奴に伸ばす。
奴がそれを振り払おうとするよりも早く人差し指を奴に向けると、何度か指で丸を描くように動かして、すぐに手を引っ込めた。
「これで、あなたを縛る祝福は消え去った。もうこの子は必要ないはず」
祝福を消した――って、やたら簡単な動作だったけど、本当に?
そんなことをいとも簡単にやれるなんて、大神官ってそんなにすごいの?
「祝福を消した? それを証明できるのか?」
「神官にでも確認してもらえばいいでしょう」
「生まれてこの方ずっと呪いに縛られてたんだ。そんな簡単に信じられるか」
奴は鼻で大神官を笑い飛ばしているが、目は笑ってない。怖!
こいつの余裕のなさは、やっぱ大神官が危険人物だからなんだよね。
「とりあえず、そいつから手を離せ」
「嫌ですよ」
穏やかな口調で大神官が言い放つと同時に、場に魔力の流れが生じた。
発動させているのは、この大神官だ。
ものすごく嫌な予感がする。
何かこいつもちょっとアレだし。
「放してって言ってるでしょ! 本当にもう無理!」
肩に食い込む手を外そうともがいても、肩に食い込む大神官の握力は増すばかり。
痛いっていってるのに!
何とか逃げ場はないかと周囲を見回すと、あいつと目が合った。
「……た、……助けて」
反射的にこぼれたのは助けを求める言葉だった。
今まで散々逃げようとばかりしていて、虫が良いとはわかっていた。
だけど、私一人じゃ大神官の手さえ振りほどけない。
その瞬間、辺りを漂っていた魔力の流れが一つの筋と化した。
同時に、瞬く間に目の前の光景ががらっと変わった。
庭にいたはずなのに、どうやら誰かの部屋だった。勿論奴はいない。
床から壁から、ベッドカバーまで純白とでもいえるほど真っ白な部屋だ。
私の肩を掴んだままのこの大神官とやらを彷彿させる。
もしかして、この人の部屋?
今の魔法って、前に教授が使っていた転移っぽいな、ということは容易に想像がついた。
中庭からここまで一瞬で来たって、ここがどこかは知らないけど相当な大魔法ってことだけはわかる。
「サラ」
どうやってここから逃れようと辺りを見回す私の耳元で大神官が囁いた。
声にびくっと体が震えるのを自覚すると、大神官は私の耳たぶに唇を押し当てた。
ひいい! 気持ちわるっ!
全身にぞわっと寒気が走って、私ににじり寄ってくる大神官を押しのけようと手を伸ばす――が、びくともしない。
「ちょっと、やめ――」
めっちゃ不快、とにかく不快。
舌が、耳に触れる。気持ち悪い。
で、気づく。
ここって、大神官の私室っぽい。
少しだけ息が荒い大神官。――興奮してるっぽい?
あれ? なんか私、貞操の危機っぽくない?




