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21 婚約者破棄LIVE

 突入してきたアホ男に、全員の視線がそちらに向かったのがわかった。

 

 思わず半眼になってしまったのを自覚する。

 もう普通に解散になりそうだったのに、このアホ男、余計な真似を、という気分だ。

 

「あらあら、マレムさん、ご無沙汰しております。――あなたに呼び捨てにされる覚えなんてありませんけれども。他人ですよね、わたくしたちは」

「……ファーナ、様」

「まあ! 何だか急に偉くなった気分。心地よくていいわねえ」

「っぐ」


 何だかあいつをからかっているお姫様は本当に楽しそうな顔なんだけど。

 この二人って、そういう感じなのか。


「他人の家の客人を連れ去った犯罪者のセリフじゃないだろうがっ!」

「そんな乱暴な口をたたくなんて。どうかと思うわよ?」

「誰のせいだと思っていやが――いるんだ!」


 お姫様に指摘されて、やや丁寧な言葉に言い直すのは、素直よね。ある意味では。

 奴よりお姫様の方が強いのか。さすがお姫様! というべき?

 

「サラ」


 苦虫を噛みつぶしたような表情で奴は私に近寄ってくると、いつものように腕をつかんできた。

 気分的には気安く呼ぶな、なんだけど。

 

「帰るぞ」

「マレムさん、後日ご実家の方へ慰謝料の請求書をお送りしておくわね」


 お姫様は追い打ちをかけるように言ってくる。

 その言葉に私の腕を掴んだまま、奴はお姫様に向き返った。

 

「ほぼ解消みたいな状況だったんじゃ――では? 文書を交わしたわけでもない」

「口約束でも慰謝料の対象になるらしいわよ?」

「なるか――そのあたりは弁護士を通す」


 この男の口の悪さはなんというか、貴族として致命的にまずいような気がするんだけれど、気のせいじゃないよね。

 お姫様は笑っているけれど、その目は冷ややかに奴を見据えている。――この軽蔑の眼差しに気づいていないの?

 

「夫がカバーできなければ、貴族の世界は厳しいわよ。その有様で黒猫ちゃんのフォローができる?」

「こいつを社交界に出すつもりはない」

「それはどういう意味?」


 あ、なんかお姫様が怖くなった。

 声がワントーン下がったし、口元からも完全に笑みが消えた。

 

「こいつを表に出すつもりはない、そういう意味だ」

「日陰者にすると?」

「平たくいえばそうなる。だが――」


 どうしてこいつ、お姫様の様子に全然気づいてないの? 気づいていないふりなの、これ。

 この空気の中、態度を変えずに話を続けようとするなんて普通できないと思うよ。

 いつも感じている傍若無人さをここで発揮しちゃまずいと思うんだけど、気づかないもん?

 お姫様だけじゃなくて、侍女の方たちもめっちゃくちゃ冷ややかな目になっているよ!?


「そう、わかったわ」


 ため息とともにそう吐き出して、お姫様は改めてにっこりと笑って見せた。

 絶世の美女の笑みっていうのは、ぼーっと見惚れてしまいそうだけど、何だかとっても怖いように感じられる。

 

 「黒猫ちゃん、ちょっとだけ我慢してくださいね」


 優しい口調で私に言って、お姫様がその白魚のような指を小さく鳴らす。

 一呼吸おいて、部屋に武装した集団がなだれ込んできた。

 だからこの家一体どうなってんのよ!?


「侵入者よ。連れて行って。その女の子は客人だからここに残してね」

「待て! ファーナ!?」


 悲鳴に近い声をあげながらマレムは武装集団に回収されていった。

 私は回収される前にあいつの手から解放されて、引き続きお姫様の前に残されたまま。


「えー……っと?」


 現状把握が、できているような、できていないような? どうしたらいいんだろう。困ればいいの、喜べばいいの。

 困り果てて、周囲に視線をやればさっきは敵意まみれだった侍女らしき方々の私に向ける視線は、何だか可哀そうなものをみるような視線にとって変わっていた。

 なんでかな、ってあいつが人でなしな発言していたから、だろうけどね。


「黒猫ちゃんは、天涯孤独の身でしたよね」

「え、あ、はい……」


 お姫様に問われ、歯切れ悪く答える。

 やっぱり私のことは調査済みか。もしかしたら殺し屋だったってこともバレてる? まあ多分バレてるか。

 奴もそうだけど、殺し屋相手でも割と平気そうに受け入れるのって、貴族にとっては大した経歴じゃないんだろうか。

 それをわざわざ口に出して聞くほど私も命知らずではないけど。


「あの男は! そんな身の上の女性に対してなんていう仕打ちをするのでしょう! 絶対許せません!」


 あ、なんか激高している。

 なんという仕打ちって、社交界に出さないで日陰者にする発言のことだろう。

 逆に社交の場に出されるのも嫌だから、全然ありっていうか。

 あいつが私に求めているのは、家を継ぐ子供を産むことだけだから。

 ああ、でもこれを言ったらフォローどころか怒りの火に油を注ぐ的な感じになりそうだ。


「あの、その、わ、私は、平民ですし、貴族の方たちの中に入っていくなんてそんな、恐れ多くて」

「黒猫ちゃん、いいえ、サラ、そんな後ろ向きでどうするのです! あなたは公爵夫人になるのですから、もっと堂々となさい!」


 やっぱり私にもそう来る!?


「そ……そんなの無理っ、と申しますか、できれば、そんな展開は避けたいというか……」

「……あなたまさか」


 宝石のような輝きを持った目が私を射抜く。

 美人の怒りは迫力があって怖い。

 でも、財産目当てとかじゃないから! そこを責められても反論はできる!


「あの男に、いいように利用されているの?」


 やっぱりお姫様のヘイトはあいつに向いている。

 何をやったらこんなに毛嫌いされるんだろう? あいつは一体何をした?


 「いいようにというか、あの、祝ふ――呪いってご存じですか?」

「呪い?」


 目を瞬かせて聞き返してくる様子から、多分この方はあの男の祝福のことご存知ないのかもしれない。

 知らなくてよかったのか、知っていてくださった方が助かったのか、それは判断がつかない。


「えぇっと、呪いにかかっていらっしゃるんです、あの方」

「マレムさんに呪い?」

「はい。あの、私のような薄汚い平民との間にしか正当な後継ぎが生まれないという呪いに」


 脚色しちゃったけど、そういうことだろう。

 結果的にそうなっちゃったんだから、そういうことにしておく。


「そんな呪いが……? それは騙されていませんか!」

「え?」


 そういう方向に行っちゃう?


「いや、その、えぇっと」


 聞かれると戸惑う。

 え、本当にどうなんだろう。私騙されているのかもしれない?

 祝福って、そんなの本当に存在するのか、あいつの言葉だけで証拠は何もないわけだから、それもありえる。

 いや、ありえても、私を騙す必要なんてあいつにはないわけで――ないよね?


「子だけ産ませて、お役御免なんて放り出されてしまう可能性だってありますよね」

「それは、望むところ、では、ありますね」


 あいつから一刻も早く離れられるんだったら、いろいろと途中の段階は考えるだけでも憂鬱だから、すっ飛ばしてそこに早めに至りたいって気はする。

 一番いいのは結婚を回避することなんだけど。回避したいけど、うっすらと無理だろうなって気がしてきた。

 このままでいけば、流されそう。なんだけど、そんなの絶対嫌!


「そんなに離れたい相手なのに、どうして!」

「お家が断絶したらお前のせいだ、と責められたら、まあ、そうなりませんか」

「なんて卑劣な!」


 うん、わかった。

 これ私が何を言っても、お姫様の中であいつが悪なのは変わらないってことね。

 これはもう嫌われるようなことをしたあいつのせいだから、もうフォローはしない。このまま嫌われておいてもらおう。


「サラ、あなたの安全はわたくしが保証しましょう」

「へ?」

「マレムさんの所に返すわけにはいきません」

 

 助かる!……って言っていいの? これ。

 

「我が家で好きなだけのんびり過ごせばいいわ。皆構わないわね」

「はい。女の敵に鉄槌を、さすが姫様です」


 侍女の人がお姫様を、ここぞとばかりに持ち上げる。

 鉄槌って――ああ、もういいや。何かいい感じに逃げられそうな予感がした。

 これは、すごくいいお話なんだと思う。希望だ。


「あの! お願いがあるんです!」


 厚かましいとはわかっていたが、声をあげるなら今しかない。


「なあに、言ってご覧なさい」


 侍女さんが止めようとしたのを制止するように、柔らかい声音でお姫様が聞いてくれる。


「私、働きたいです!」


 全員が、は? と聞き返したそうな顔つきになったのは少しだけ面白かった。

 とはいえ吹き出すわけにはいかない。私は本気だ。

 ただ部屋に閉じ込められているだけなんて、もうごめんだった。


「ふふ、あはは、何かと思えばそんなこと? 好きになさい」


 扇子で口元を隠してはいたが、お姫様はどうも大口を開けて笑っていらっしゃるご様子。

 侍女さんたちの反応が面白いものだったから気持ちはわかる。


「違うわよ、あなたの言動が可笑しいの」


 考えを読まれた?

 っていうか私が面白いことを言っているって……そんなこと、ないと思うけど。


「誰かこの子に仕事を教えてあげなさい。わたくしの手足となり働けるように、上手に指導なさい」

「はい、姫様」


 大勢いる侍女さんたちが一斉に頭を下げたので、私もつられる様に頭を下げた。

 そうして、私はお姫様――ファーナ様の召使としての職を手に入れたのだった。




 ファーナ様にお仕えするようになってから十日。

 滅茶苦茶平和だったけど、滅茶苦茶大変だった。


「ほら、また姿勢!」


 侍女の一人に怒鳴られて慌てて背筋を伸ばす。

 背筋を伸ばしたまま掃除をするってかなり難しい。


「このままじゃお姫様のお世話係になれないわよ!」

「はい、気を付けます」


 背筋を伸ばして、首からではなく腰を引く形で頭を下げる。

 前にがっつり教え込まれているから、ちゃんと体に染みついている。


「そうそう。あなたは飲み込みはいいのだから。気を抜かないの」


 なんて、ありがたい言葉を言ってくれるってことは、全然駄目ってことではないんだろう。

 基本的な礼儀作法は、組織に叩き込まれていたけど、ここまでしっかりしたものじゃなかった。

 だからちゃんと教えてもらえることは本当にありがたいし、ちゃんと形になってきているのは嬉しいかも。


「メイドとしては使えるレベルにはなってきましたね。サラは掃除が丁寧ですから」

「それでも姫様に接する以上は上を目指してもらわないと」

「姫様のお世話をするにはまだまだ足りませんよ、頑張りましょうね!」


 とはいえ、なんだか求められるもののレベルがガンガン上がっているような気がする。

 ファーナ様付きの侍女の皆さまは厳しいけれど、基本的には優しい。

 あいつの人でなしっぷりが知れ渡っているから、皆さん私に同情しているからってのもある。

 やっぱあれは『無い』。自分の判断基準は間違ってない。

 

 任される仕事がちょっとずつ増えてきて、忙しくなってくると、だんだん楽しくなってきた。

 やっぱり仕事っていい。

 適度に体を動かせるし、小さいことで悩む時間がなくなった。

 何より労働の後はご飯が美味しい。

 遅めのお昼ご飯を召使専用の食堂で食べながら、感動で胸がいっぱいになった。

 客人扱いで出してもらっていたご飯、勿論美味しかったけど、今食べているご飯ほどじゃなかった。


 美味しい! 仕事って最高だ!

 私は新しい生活を堪能していた!

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