20 本物のお姫様
翌日、許可が出たことをいいことに早速中庭にやってきていた。
部屋から外に出たの、何日ぶりだろう。
背の高い生垣が左右両方にそびえ立っている道をひたすら歩く。
すっかり顔見知りになった侍女さんが笑顔で「ごゆっくり」と送り出してくれたから、そんなに急いで戻らなくても大丈夫そうだ。
教育が行き届いているせいか、この家の侍女さんたちは皆親切なのだ。
唯一用意してくれている服がどれもこれも少女趣味っぽいのが難点だけど、さすがに文句を言えるような立場ではない。
今日はフリルやリボンが付いていないワンピースだったのでとてもありがたかった。袖なしというシンプルなデザインで、カラーがパステルブルーなのはちょっとだけ可愛らしさを主張しているけどいつもの服よりは恥ずかしくない。
私、侍女の皆さんに何歳だと思われているんだろう。
あと、どういう立ち位置なんだろうな?
しっかし無駄に広いなこの庭。
今いる迷路みたいな生垣は中庭の一部で、池があったり、色とりどりの花が植えられている場所もあるみたいだった。
面白そうだからここに入り込んでみたわけだけど、うっかりすると迷子になりそうだ。
しばらく歩けば、迷路の中心にたどり着いたのかドーム型の屋根のある休憩所っぽい建物がおかれていた。これはあれか、ガゼボってやつか。
テーブルと椅子も用意されていて、なるほど、お貴族様がティーパーティーとかやりそうな場所だなと。
こんな迷路の真ん中でお茶会なんてやらないかな。
「こんにちは」
足を止めてガゼボを観察していたら、背後から声をかけられたので反射的に振り向いた。
見れば、侍女のみなさんと同じ装いだけれど少しデザインが違うお仕着せを身に着けた女性がいる。
誰だろう? 見たことのない人だけど、挨拶されたら、返すべきだよね?
「こんにちは」
挨拶をしつつも、もしかしたら私不審者かも? という可能性に気づく。
誰だ、と聞かれたらなんて説明すればいいんだろう。客? 嫁? いっそいきなり走って逃げるべき? なんて考えているうちにその女の人はどんどん距離を詰めてきて、気づけば目の前にいた。
突然その人が差し出してきた手に口元を覆われる。なんか甘い匂い……眠りの香に似てる?
口元を覆っているのはこの女の人が手にしているハンカチっぽい布だ。
「どうして眠らないの、息をしなさい」
何か変なこと言ってるし。
息しているけど、効かないんだもん仕方ないでしょ。
冷静にツッコミを入れてから気づいた。これはあれか! やっぱ逃げるべき案件。
女性の手を振り払って、走りだそうとした瞬間、別のところから伸びてきた手によって、一瞬体が宙に舞った。
「は?」
落下する前に再び誰かの手に受け止められて、担ぎ上げられてしまった。
高くなった視点に、ガタイの良い男の人に抱えられているのだと気づいた。
ポケットに手を伸ばして、やばい、と思った。
私、今、銃持ってない。
まさかこんな高位貴族の家の中、庭とは言え建物と壁に囲まれた中庭で何も起こらないでしょ、と高をくくっていたら、これか!
これ、まずいわ。あいつに怒られる事案。
「は、離し――むが!」
物理的に口元をおおわれて声が塞がれた。大きなごつい手。知らない手。
離せ! やめろ! と足をばたつかせたが、私を担ぎ上げているその手の主はびくともしない。
「おとなしくして。おとなしくしていれば危害は加えないわ」
嘘つき! そんなこと言って無事に返してくれるやつなんて見たことない。
「行きましょう。姫様がお待ちだわ」
姫様?
誰だかよくわかんないけど、確実にわかっているのは今大ピンチだってこと。
――また怒られるの嫌なんだけど。だってあいつ怒ると怖い。
あ、でもこの大きな家、出入口には人がいる。
私を担いだままあの門をくぐるのって無理でしょ。
一瞬希望を抱いたが、何となく裏側の薄暗い方にやってきて、男はこともあろうに私を担ぎ上げたまま塀を乗り越えた。
すごい、力だ。逃げるの無理。
塀の外に着地すると、後ろから女性も軽く壁を乗り越えてきた。
何なのこの人たち。
組織とは関係なさそうだけど、動きが只者じゃない感じだ。
二人が着地するのとほぼ同時に荷馬車がやってきて、二人は荷台に飛び乗った。
荷台でも担ぎあげられたままで、このまま私どうなっちゃうんだろう、という不安と、あいつに怒られるかもしれないと恐怖に押しつぶされそうになっていた。
ああ、どうしてこうなった!
結局気絶することもなく、とんでもなく大きい部屋の柔らかいじゅうたんの上に転がされた。
私を担いでいた男と、一緒に同行してきた女性はそのまま部屋から退室した。
残っているのは険しい顔をした、侍女っぽい方々の一団。全員割と敵意っぽい視線をむけてきている。今まで優しかった侍女の皆さまに囲まれていたので真逆な態度に思わず体が強張った。
中でも一番険しい顔をした女性に姿勢を正すように注意をされ、身体を起こし背筋をぴんと伸ばす。立った方がいいのかな? と恐る恐る視線で問いかければ、よしとばかりに頷いてみせたので、膝をついたままでいいらしい。
その体勢でしばらく待っていると、扉が開いて侍女さんに先導されて一人の人物が部屋にやってきた。
部屋にいた侍女の皆さんが同時に動きだした。
どこからか一人用のソファを取り出してきて、私から少し離れた所に置いて、サイドテーブルも同時に用意された。
やってきた人物はそのソファに誘導されると、ゆっくりと腰を下ろした。
サイドテーブルの上に、ティーカップやらお菓子やらがさっと載せられて、その人には扇子が手渡され、どうやら準備が完了したようだった。
何とも素早い一連の作業? に感激すら覚えていた。
「このような形でのご招待になってしまったこと、お詫びいたします」
やってきた人物は、ゆったりとした優しい口調で開口一番私に詫びた。
そこには子供の頃絵本の中で見たお姫様がいた。
まるで絹糸のようにしなやかかつ艶のある金の髪。それを豪奢な髪飾りで結い上げてある。
そして、まるで雪のように白い肌と透き通った宝石のような青い目。紅を引いている唇も白い肌に際立った赤。
この世の人ではないみたいな綺麗な人だ。
ぼーっと見惚れていると、私の横で監視しているっぽい、険しい顔の侍女さんに小突かれてしまった。
あ、いけないいけない。偉い人だ。その場に這いつくばるように頭を下げた。
美ってすごい。なんか当たり前みたいにひれ伏してしまっている自分がいた。
「どうか顔をお上げになって」
「……と、とても、とても、どうかご勘弁を!」
「姫様が顔を上げろと仰せだ」
また侍女さんに怒られてしまう。
「怒らないで頂戴。可哀そうに震えているわ」
「姫様、野良猫など情をかける必要などございません」
野良猫って! いや、このお姫様と比べて猫扱いしてくれるなんて破格なんだろうけど。
もやもやしながらも顔だけあげてみた。
「まあ、かわいらしい黒猫ちゃんですこと」
うわ! この方、本当に眩しい!
「赤いリボンが似合いそうね、どこかになかったかしら?」
お姫様がそう言って首を傾げていると、どこからともなく表れた別の侍女っぽい人がお姫様に赤いリボンを差し出した。
「あら、ありがとう」
どうなってんの!? 何だ今の!?
「どこに付けようかしら?」
またもやどこからか現れた侍女っぽい人がお姫様からリボンを受け取ると私に足早に歩みよってきた。
髪をひとまとめに括っていたゴムをさっと引き抜き、赤いリボンで結びなおされた。
「やっぱりかわいらしいわ。わたくしの見立て通りよ」
「さすがお姫様」
お姫様を持ち上げる発言をすると、私にリボンを結んだ侍女さんは何も言わずに立ち去って行った。
だからどうなってんのこの家?
「まずは名乗ろうかしら。わたくしの名前はファーナ。この家の末娘です」
この家ってめっちゃくちゃ大きいよね。
貴族であることは、わかるけど、貴族の中でもかなり位が高いってことかな、あいつみたいに。
「黒猫ちゃんにはそのような説明より、『マレムさんの婚約者』のファーナと名乗ったほうがわかりやすいかもしれないですね」
吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
な、な、何なのあの男! こんな美の集大成みたいな婚約者にいい年して一切手出さないとか……。
それって若い男としてどうなの!? 大丈夫なの!?
私は再びその場にひれ伏す。
猫っていうのはあれか、『泥棒猫』の猫でもあるのか。
「ふふ、そう怯えないで。黒猫ちゃんには感謝しているんですから」
感謝? このお姫様が私に感謝するようなことってある?
「わたくし、大っ嫌いだったんです! あの男のことが」
「は?」
思わず頭を上げてしまった。
お姫様は本当に美しい笑顔だ。国宝級に。
「……や、その、確かに性格は悪いですけど……」
そんなお綺麗な顔で「大嫌い」と断言されちゃうとさすがにちょっと可哀そうになってくるから不思議だ。
「親に勝手に決められたところからもう拒否対象なんですけれど」
「何か粗相でも……?」
「あのような傍若無人な男をどう好きになれと? そもそもわたくしに興味などなさそうですし」
興味ない!?
こんな美しい人に興味ないって!? 本当に大丈夫なの、あの男は!?
「あの男はアホなのか……」
「まあ、気が合うわね、黒猫ちゃん」
あ、やばい。素直な感想が勝手に口から出てしまった。
しかし、お姫様は気にする様子もない。
鈴が転がるような声でそう言って笑うお姫様はまるで絵画のようでもある。
この方と結婚すれば、天国みたいな一生になったんじゃないの。天使と連れ添えるって夢みたいな話だし。
婚約段階でもキスぐらいはいけたんでしょうに、何をトロいことやってんのよ! あの馬鹿は……っ!
「馬鹿な男は嫌いです」
美人の言い切る様は絵になるけれど。
その顔にある冷たさはちょっとだけ怖かった。
「あの男の妻になるなど、絶対に避けたいとずっと願っていたところです。そこに黒猫ちゃんが飛び込んできてくれたおかげであの男有責の婚約破棄にできるのですよ! これを喜ばずして何を喜べと?」
こてんと首を傾げても、やっぱり絵になる。
――そっか、可哀そうに。振られてたんだ、あいつ。
「黒猫ちゃん。どうかマレムさんと末永くお幸せに。そうお伝えしたくてお呼び立ていたしました」
はっ!
え、いや待って! これって婚約者を奪いやがってー! みたいなド修羅場じゃないことは何となく気づいてはいたけれど。貧乏くじの擦り付けみたいなもん!?
「え」
「そして本当にありがとうございました。これで自由に生きることができます」
ものすごく感謝されてるからもう何も言えない!
待って、できればもうちょっと頑張ってほしかった! お前みたいな泥棒猫など許さん! みたいな!
「それをお伝えしたくて、お呼び立てしてしまいました。手荒な真似などされていませんか?」
されたけど。
それをこの美しい人に向かって文句なんて言えっこないでしょ。
何となく周囲の侍女さんたちも、気まずそうな顔をしている。
これはあれだな、お姫様以外みんなが「この泥棒猫が!」的な展開になると予想していたんだろうな。
こんな応援されたくなどなかったから、私もそっちの方がよかった。
ああ、でも、これで帰れるのかな。
髪に結ばれた赤いリボンが目に入った。ええと、これは貰ってもいいってこと?
「ファーナ!!」
なんかいい感じに終わりそうな場に、あのアホが突入してきた。




