02 仕事の話
仕事、か。
今日はのんびりする予定だったんだけどな。
私があからさまに落胆したことに気づいたのか、ミレイはその綺麗な顔を緩ませ、お手本のような笑顔を見せた。
「どうやらサラをご指名らしいわ」
「私を?」
私、そこまで腕っぷし強くないから指名される意味がわからない。
なにそれ、何か気持ち悪い。
ケーキは美味しかったのに、後味は悪い。
食べ終わってからこの話を切り出したのはミレイなりの気遣いなんだと思う。
食べる前だったら気が重すぎてケーキを楽しむどころじゃなかった。
「わかった、とりあえず、話聞きに行ってくる」
「気を付けてね」
残ったアイスティーを飲み干して、代金をミレイに託し、席を立った。
足を踏み出しかけて不意に思いついて足を止める。そうだ、これは言っておかないと。
「ミレイ、もし私が帰れなかったら、セレの世話お願いできる?」
「……バカなこと言わないの。でも了解。サラだと思って思いきり甘やかしてあげる」
よかった。万が一のことありえないと思いたけど、言い切れないのが本当のところ。
だからミレイが引き受けてくれてよかった。
家の鍵は——まあミレイなら大丈夫か。多分『こじ開ける』で解決するから。
「いつもありがとね」
「最後みたいに言わないで!」
怖い顔をしているから、ミレイは本気で怒ってるっぽい。そりゃ怒るか。
ごめん、と手を合わせて詫びてから店の外へ向かった。
まあ、最後にするつもりはないんだけどね。
駄目な時は駄目なんだろうけど、自分でも自分はしぶとい方だと思ってる。
店を出て向かうのは雑居住宅の中にある一室だ。
ノックもなしで中に入る。
「おう、サラじゃん」
そう言って置かれた椅子から立ち上がる男は、私と同じ『組織』の末端。
いつも皮肉気な笑みを浮かべていて軽率な雰囲気だけど、悪い奴じゃない。
年も近いし、遠慮がないだけ。
「死神姉妹の妹のお出ましときたか」
「姉だっつってんでしょ!」
私が姉。ミレイが妹。
ミレイとは同い年だけど、生まれた月は私の方が先だから私が姉!
些細なことだけど、こういうのは大事なのだ。
見た目? そんなの知らない。
苦情をつけながら、なんの装飾もないテーブルとイスだけが置かれた部屋に、男――ランドと向かい合わせに座る。
「それで、仕事ってどんな?」
「これがターゲット」
ランドがテーブルの上に放り投げた資料を手に取り、パラパラめくって確認する。
ターゲットの名前、『ソナーウィック侯爵』と書かれているのを見てちょっとだけ考える。
侯爵って、結構偉い人、なんだろうけど――。
「待って。もしかして、結構ヤバくない?」
「そこそこ」
ランドは愉快そうに目を細めた。
私がビビっているのが愉快、そんな顔つきだ。
いやいや、ビビッて当然でしょ? これを殺せって、今までの依頼とは重さが違う。
「サラが怖気づくとは」
「当たり前じゃない! お貴族様って失敗したら命の保証ないでしょ」
今まで私が相手にしてきたのって、組織を抜けようとした奴とか、そのへんのチンピラもどきとか、要するに小者ばかりだったのに。
「あのな、そのお貴族様ってそういう趣味なんだそうで」
「そういう、趣味?」
意味がわからず聞き返せば、ランドはますます愉快そうな顔つきになる。
「少女趣味」
「うげ」
齢37の高貴な人間の趣味が……それ!?
「私、『売り』はしてないんだけど」
「知ってる。そもそも買う奴もいないだろ」
「そういうこと言う奴は、思い切って殺っちゃおうかな?」
何も持ってないけどブラウスの胸ポケットに手を入れる素振りを見せると、ランドは慌てて顔の前で手を振った。
「待て、ジョークだよ。場を和ますやつ」
「笑えないジョークはジョークじゃないの」
「はいはい、悪かったよ。つまりは、うまく騙して頑張れよってこと」
ランドは私の手から資料を抜き取ると、手のひらの上に炎を出現させてそれを焼き尽くした。
「便利よね、それ」
「これっぽっちの火じゃ書類を焼くとか煙草に火をつけるとか、その程度にしか使えないからな」
「ふうん。そういうものなんだ」
「そういうこった」
手から炎が出るなんて、魔法ってすごい、としか言えないんだけどな。
使えればいいってわけじゃないのか。
「サラを指名するなんてひでー趣味だな。ミレイの方がマシだろ」
「それ、ミレイのことも腐してるでしょ」
「まさか。怖いもの見たさでもやらねーよ、そんな真似」
清楚美人系のミレイだけど、仕事の時は何というか「凄惨」の一言だ。
最期の最後まで貪り尽くすというのか、逃げようとする足の健を切り、叫ぼうとする喉をつぶし、ありとあらゆる生への逃げ道を塞ぎ尽くして絶望を味わわせてからの――みたいな。私にはあそこまでやる執念はない。
そもそも、そこまでやるのはミレイのお気に入りだけだから、ランドなんて瞬殺されるだけでしょ、多分。
「それで、決行はいつ?」
「今夜」
「……マジで?」
なんでそんなに直近なわけ?
久しぶりの休日なのに、休ませてくれる気がないのはなんで?
問いただしたいのはやまやまだけど、組織はそんなこと聞いてくれるわけもない。
やるしかない。
「わかった。じゃあもう行くわね」
ターゲットは本日の夜、勤め先の宿の特別室に宿泊する予定。
特別室って使うの久々だから到着前に掃除しなきゃ。
掃除仕事は苦手じゃないし嫌いでもない。
きれいになればそれなりに嬉しい。
「頑張れ。でもって、一応気をつけろよ」
「わかった」
ランドと別れ、職場に急いで向かった。
特別室をピカピカに磨きあげ、準備は万端。
丈の長い黒いワンピースに白いエプロンという仕事着に着替えて、『お客様』の得着を待った。
ドでかい馬車がやって来て、従業員一同一列になって出迎える。
本館とは少し離れた特別室の前に馬車が止まり、最初に若い男が馬車から降りた。
――ソナーウィック侯爵、ではない。人相書きで確認した顔とは違うし、あれは若すぎる。
従者というよりは、秘書って方がしっくりくる。
服装がクラバット付きのシャツに落ち着いた色合いのフロックコートを合わせている。しっかりとした布地に見えるから、多分偉い人なんだろう。
その男が宿泊の手続きのため本館に向かうと言うので、案内を名乗り出た。
男はここらへんじゃ珍しい黒髪だ。近くで見ると色つやの良さがよくわかる。
私も同じ黒髪だけど、並ぶとその違いは明白だ。やっぱりこの男、育ちが良さそう。
世間話や雑談は一言も発することなく本館に辿り着くと、男は宿泊手続きを完了させて、再び特別室に戻って行った。
私も慌ててその後ろを追いかけた。まだターゲットを確認できてない。
一足先に馬車まで辿り着いていた男が扉を開けると、そのお貴族様が外に出てきた。
でっぷりと肉と脂の乗った体は、「まあ! 贅沢でゴージャスな体形ですね!」としか言えない。
慌てて従業員の列に並んで頭を下げると、お貴族様は私の前に降り立って、顔を上げるように言われた。
逆らえるわけもない。
言われた通り顔を上げると、真ん丸な顔をしたお貴族様と目が合った。
目に浮かんだのは劣情じみた気持ちの悪い光。
あ、これは――かかった!
その瞬間、感じていた怯えが一気に消失した。
人相書きで確認したとおりの顔。ターゲットだ。
「君は、わたしの世話をしなさい」
思わず「無理です」と答えてしまいそうになった。
喉元まで出てきていた声を飲み込んで、困ったような顔を作って秘書の人を見やる。
どうしましょう? これ?
「用意した使用人以外は立ち入り禁止です」
秘書の人は至極当然のことを言ってお貴族様を嗜めているけど、このお貴族様はいうこと聞くのかな?
まあ立ち入り禁止されても、忍び込むんだけども。
「うるさい、わたしがいいと言ったらそれでいい!」
「安全のためです」
「ええい、来なさい!」
しびれを切らしたお貴族様は、私の手を強引につかむと特別室へと引っ張って行った。
いや、ちょっと、あれ、これやばいんじゃないの?
そう思った時には、お貴族様にベッドの上に組み敷かれていた。
待って、なにこれ、色々と早い!
「怖くないからね」
怖いに決まってる!
っていうか、手慣れすぎてる! こいつ、ひょっとして常習犯!?
何とか退路を見つけようとざっと辺りを確認すると、お貴族様の後を付いてきたのだろう。秘書の人をはじめとして、従者っぽい人とや護衛のような人がぞろぞろと部屋に入って来た。
この状況、ここで、みんな見ている中で、こいつの好き勝手にされる、ってこと!?
冗談じゃない!
私は無料で働くのが嫌いだ。
大っ嫌いだ!!
「や、やめてくださいいい!」
必死の抵抗を試みたという体で、思い切りお貴族様の鳩尾向かって蹴りつける。
「ぐふっ」と痛そうな呻き声が漏れ出たが、聞こえないふりをしてなおも暴れる。
「や! やだぁあ! 誰か助けてぇえええ!」
適当に痛めつけながらも、耐えきれない風を装って泣く。
さすがに同情したのか、秘書がお貴族様の体の下から私の体を引き抜くことで助けてくれた。
その場にへたりこんで、本気で泣いておく。
演技のつもりだけど半分ぐらいは本物の涙なのかもしれなかった。
「早く行け」
秘書が忌々しそうに言ってくれるが、本気で泣いてしまって立てなかった。
半分演技のつもりだったのに、無駄に入り込みすぎてしまった。
無料なのも嫌だったし、こんな目に合うのもみじめで、どうしよう涙が止まらない。
「お嬢ちゃん、立てるか?」
護衛の一人が手を貸してくれたので、素直に掴まって立ちあがった。大丈夫、まだ立てる。
気色の悪い笑みを浮かべてこちらを見やる貴族様からは目を背けて、護衛の人に連れられ特別室を退出した。
――ああ、本当に危ないところだった。
「お嬢ちゃん悪かったな。怖かっただろ」
まだ泣きじゃくっている私を気遣ってか、護衛の人は優しい声で話しかけてきた。
「あの方はわかりやすく悪人で、ああいう風に幼い娘をどこからか連れてきては潰していく悪癖がある。でも身分のせいで助けることもできないし」
「怖すぎます!」
やっぱり常習犯だった!
予想が当たって嬉しいはずもなく、ただ、はらわたが煮えくり返る想いが募るばかり。
あの巨か――お貴族、女の、少女の敵だ!
「お嬢ちゃんみたいな真面目に働いている子にはさすがにやりすぎと思ったよ。助けてもらえてよかったな」
「あの、秘書みたいな人……大丈夫なんですか?」
身分があって手を出せないというのならば、私を助けてくれたあの秘書の人は大丈夫なんだろうか?
そう思って尋ねると、護衛の人は渋面で首を横に振って答えた。
「あれもお貴族様だから近づかない方がいい」
「お貴族様なのに、お貴族様に仕えるんですか?」
そんなことあるんだ。
驚いて素直に疑問を口にすると、護衛の人は少しだけ私に近づいて小さな声で耳打ちした。
「お目付け役として、上の方から派遣されてきたって噂だ」
「上って……、そう、なんです、か」
何か、思ったよりもヤバイ感じなんだ、ソナーウィク侯爵って。
お貴族様より上って、王家とかそっち筋なのかな……。
まあ、そういう人物じゃなきゃ殺しのターゲットにならないのはわかってたけど。
「なんにせよ、お嬢ちゃんは絶対に近づいちゃダメだぜ。さっきみたいな目に遭う」
「は、はい……」
「まだ幼いのに仕事してて偉いな。がんばれよ」
私の肩をぽんと打って特別室に戻って行く護衛の人。
何か普通にいい人だったな……。
あの秘書みたいな人も、同じいい人なのか?
やたらと子ども扱いされているのは何とも言えない。いやまあ、やりやすいからいいけど。
特別室の入口を睨みつけて大きく息を吐く。
ここからは『組織』の仕事だ。
仕上げの一歩前までは。
そして、その仕上げこそが、私の仕事。




