18 新生活(※ただし軟禁)のはじまり
奴が戻ってきたのは辺りが暗くなってきてからだった。
疲労困憊という様子で、ソファに我が物顔で腰を下ろすと足を組む。
そこに当たり前のように侍女の人がお茶を運んで来て、奴の前に二組セットすると気配を消して部屋から出ていった。自動的にお茶が出て来るんだ。すごいな貴族の家って。どうなってんの。
一応私の分まで用意してくれるんだ。親切だ。
「城行きは免れた」
「ああ、そう」
適当に返事をして、奴の向かいのソファーに腰を下ろす。
それは大変喜ばしいことなの? それすらわからなかった。
私が普通じゃないからお城に行かなきゃいけないってことなのか。普通じゃないって意味さえわからないのに。
喉が渇いて仕方がないからお茶に手を伸ばした。
音を立てないことだけを意識して、お茶を一気に飲み干す。
「最初は城に連れてこいの一点張りだったんだぞ!あのババ――いや教授め、余計な事しやがって」
今ババアって言いかけた。
年齢気にしているタイプの人だったからその言い草、今度会ったら闇討ちされても文句言えないんだからね。
お茶を飲み干したことで少し冷静になった。
お城? 絶対行きたくない。もっと言えばここにも居たくない。出ていきたい。
――ここは、交渉、するしかない。
「あの教授って人」
「ああ、大学で魔法学を教えている教授だ。一応恩師でもある」
「恩師に対する扱いなの、それ」
「別にいい。うちで研究費援助してんだから」
金を支払ったから何やってもいいわけじゃないけどね、だから「まったく貴族は」とか言われちゃうわけで。
「解析魔法が得意だからな。あの人以上の精度の高い解析結果を出す人間を知らない」
「へー」
何かちょっと怖い感じの人だったけど、すごい人なのか。
ってことは、私は毒を体内に取り込んだ瞬間から分解をする体質ってことは間違いないのか。
効かないだけかと思っていたけど、毒の成分を無くしているって解釈でいいのかな。
魔法も同じで無効化している、みたいな。
そんな人間調べたいと思うのも無理ないか。歪んだ顔の中ランランと輝いていた教授の茶色の目を思い出して少しだけ寒気を覚えた。
「あ、そーだ、あと、さっき警察の人が、ミレイのこと、ディ……? なんだっけ?」
「ディバン。……魔人の血を現代に引き継ぐバケモン一家の名前だ」
「化け物」
ミレイから家族のことなんて聞いたことなかったし、フルネームも聞いたことがなかった。私と同じように親を亡くした孤児なのかなって勝手に想像していたけど、違うのか。
「ディバン家なんて、半ば伝説みたいなもんだから、本当かどうかも怪しいがな」
「そうなんだ」
これは本人に聞いたほうが早いかもしれない。
あの感じだとまた近いうちに会えそうな感じだったし。
ちょっとおかしくなっちゃってたけど、今度会う時には正気に戻っているといいな。
さて、前置きはこの辺まで。そろそろ、本筋の交渉に入ろう。
結婚無理、ここに居なきゃいけないの無理。
「それと」
「ややこしいことになったから、ちょっと忙しくなる。しばらく俺は留守にするが、絶対にこの部屋から外に出るなよ」
「……え? いや、ちょっと待って」
「国王が婚姻を認めないって言ってきやがった。そっちも何とかしなきゃなんねえ」
え、それは『国王様、よくやった!』でいいんじゃないの?
つまりは結婚は回避できそうってことなんだよね。
「じゃあ」
「いいか、絶対に部屋の外には出るな」
有無を言わさぬ口調でそう言い放って、奴はお茶を一気に飲み下すと立ち上がってそのまま部屋を出て行ってしまった。
「だから、ちょっと待ってってば……」
世間話を長引かせてしまったせいか、肝心の交渉が全然できなかった。
しかも部屋から出るなって、これってどう考えても軟禁じゃないの!
部屋から出られない以外はかなり快適な生活なのは、ここが高位のお貴族様の家だからだろうか。
軟禁がはじまってから三日。
意外に快適に過ごさせてもらっていて逆に申し訳なくなってきた。
侍女の方たちはとても親切だった。
着る物、食べる物、暇つぶし用の本やゲームといったありとあらゆるものを準備してくれていて至れり尽くせりだった。
今日も真新しい、着心地の良い服を用意してもらい(やや可愛らしい系統の服なので、皆さん私の年齢を勘違いされているのだと思う)、部屋まで運ばれてきた丁度いい量の朝食を食べて、今日は何してようかなと部屋に一つだけある窓から外を眺める。
――外、出たい!
皆優しくて良くしてもらっていて、騙されそうになるけど、これは軟禁! 自由を奪われている状況!
外の様子を見ると思い出す感情に、泣き出しそうになったので慌てて窓に背を向けた。
瞬間、背後の窓が音を立てて開いた。
「え?」
振り返り、窓を見て驚愕した。
メイド服を着て窓から部屋に侵入してきたのは――ミレイ!?
「サラ」
「な! 何やってんの!? ミレイ!」
「侵入」
こともなげに肩をすくめて言う様に、脱力してしまう。ミレイらしいといえばミレイらしいけど。
「この子がサラのとこに連れてけっていうから」
と、言いながらも差し出されたのは白い猫。セレだ。
首根っこをミレイにつかまれてじっとしている。
こんなところで会えるなんて、と、信じられない思いでセレを受け取って抱き上げると、懐かしいキャラメルみたいな匂いがした。
その首筋を思い切り吸う。セレだ! セレがここにいる!
顔を離してセレの顔を見ると何だか遠い目をしていた。でも、ちゃんと生きている。
もう一回吸っておこう。
「感動の再会なのはわかるけど。……なんかちょっとセレに哀愁が漂ってるからやめてあげなよ」
「ミレイ、ありがとう。セレが元気そうでよかった」
「元気なさそうだけどね。いきなり吸われるのプライドが傷つくんじゃない?」
猫ってそうなの?
とりあえずセレを床に降ろせば、そのまま駆け出して物陰に隠れてしまった。
「さすが公爵家ね。ここに侵入するので精一杯」
「いや、普通侵入できないと思うけど。ここ三階じゃなかった?」
「高さは問題じゃないのよね」
ちょっとつまらなそうに唇を尖らせてミレイは言う。
「サラを連れ出すのはちょっと無理」
「そうだよね」
逃げたいし、外には出たいけどちょっと無理かな? ってことぐらいわかってる。
部屋は出ることができても、この大きい建物から外に出るのは不可能に近いだろう。
「どうするの、あれと結婚したい?」
「したくない。だから何とか回避できないかって考えてる。説得できたらいいけど」
「話合いなんて無理でしょ、逃げるのが唯一の手よ?」
ミレイの言うとおりなんだけどね。
「逃げたところで、追ってくると思う、あれは」
「執念深そうな粘着質系よね」
そりゃ自分の命がかかってるんだから粘着質にもなるでしょうね。
他人事だから投げ出したいけど、私のやらかしが原因でもあるから、罪悪感もある。
「やっぱ説得も無理なのかな」
「無理でしょ。あれ、結構サラのこと好きっぽいし」
ないわー! それは絶対ない!
表情に出ていたのか、ミレイはちょっとだけ意外そうな顔つきになった。
「あれ、気づかなかった? ランドも言ってたけどね。サラのこと気に入ってるっぽいから難しいかもって」
「な、ない! 絶対ありえない! 普通好きって言ったらもっとこう、あるでしょ?」
大事に扱うとか、甘い言葉を囁くとか、好意を示すってそういうことじゃないの?
違うの?
ミレイはあいつがどれだけ酷い奴か全部を知らないから簡単に言ってくれるけど。
そもそも、私に好かれる要素なんてないし。
あの男に少女好きみたいな特殊性癖なんてなさそう。
「あ、そうだミレイ、警察の人に狙われてたけど大丈夫?」
「平気。宿屋でサラと働いていられたらずっと大人しくしてやるつもりだったんだけどねー」
「ずっと……?」
え、あれで大人しかった、つもりなの?
頭の中に、ミレイの無慈悲な残虐さのあれこれが思い浮かんで思わず聞き返してしまった。
「うん。ずっと。たまにサラと美味しいもの食べに行って、ちゃんと仕事して、そうやって生きてやるつもりだった」
……まあ、できればミレイと一緒に働いていたかったという気持ちは私にもあるから、ちょっとだけしんみりしてしまった。
戻れないのは、わかっているけど、わかっているからこそ、だ。
「ミレイ、魔人って何?」
「あー、あの捻くれ貴族から聞いた? そのまんま、私、古の化け物の血を継いでるのよね、見えないでしょ」
「逆になんか納得したわ。強いもんねミレイって、いろんな意味で」
「でしょう?」
胸を張って不敵な笑みで誇るミレイは、いつものミレイだ。
「ディバン家っていうのは?」
「実家。もう潰されちゃったんだけどね」
「つぶされた?」
化け物一家って聞いていたけど、そんなに簡単につぶされるものなの?
「サラは大神官って知ってる?」
「聞いたことない。神殿の偉い人?」
神殿といえばあの大聖堂の出来事を思い出した今、あんまり積極的なかかわりを持ちたくない場所だ。顔が引きつっているのを自覚した。
「私たちよりちょっと年上ぐらいの、神殿の実質トップ。銀髪の真っ白い奴でね、うちに乗り込んできたかと思ったら魔法でドカンよ。おかげで両親と兄と妹が一気にいなくなっちゃった」
「いなくなった……」
「そんな顔しないでよ、家族っていうのも名ばかりでさ、私以外は普通の人間だったから距離あったのよね」
ミレイにそんな過去があったなんて知らなかった。確かに話してはくれないな、こんな話。
私も、ミレイには話してない過去はある。毒入りの施しを食べたとかネコイラズを食べさせられたとか。
「でもさ、大神官が乗り込んでくるその時まで私も普通の子だと思っていたの。春になったら学校に通うって希望で満ち溢れていたそんな普通の女の子だった」
「ミレイ」
「家潰された後、とにかく逃げて、でもある時組織につかまっちゃって、それから先はサラが知るとおり」
私と初めて会ったとき、ミレイは既に組織の殺し屋だった。……かなりの問題児という話だったけど、なんとなく意気投合して、親友になって、楽しくやってきた。
「あ、あと、契約って何?」
「お泊り会したでしょ」
私の家でもやったし、ミレイの家でもやったことがある。お泊り会なんて何度もやった。
――なんか嫌な予感がするな。
「寝ている間に――」
「待って! やめて何されてんの私!」
「サラって結構いい体して……」
「ちょっと! 本当にやめて!」
なんかあの肉塊を思い出してしまうような言葉を言わないでほしい。
「つまり寝ている間に一方的に何かをしたってこと?」
「その言い方だと私が変態みたいじゃない」
そういう想像しかできないようなこと言ってるのはミレイの方なんだけど。
「サラは肉体的には脆弱でしょ。守ってあげたいなって思ったのよ。『契約』しとけばピンチに陥った時どこにいるかもわかるし。サラが死ぬの耐えられないって思ったの。大好きな親友で、家族でもあって。私からサラを奪う奴はこの手で殺すって決めてたし」
「あー……」
ミレイのこの半ばいかれた思考回路ってやっぱり小さいころに問答無用で家族を奪われた経験から来てるのかな。
だとしたら、神殿って本当に罪深いのかも。
「だから、あの捻くれ貴族もいつか殺る」
「え?」
聞いているだけでぞっとするような声音で言って、ミレイは窓際に歩み寄っていった。
「そろそろ行くわ。まだ見つかるわけには行かないし。逃亡決まったら教えて、一緒に行くから」
「教えてって言われても」
「つながっているから、私の名前を強く念じるだけでいい」
そう言ってミレイは窓の外に身を躍らせた。落下していったのかその姿はすぐに消える。
いつもながら嵐のような子だ。大きくため息をつけば疲労感を覚えた。
何か聞きたくないこと、聞いてしまったような気がするんだけど……。
「セレ」
呼びかければ素直にベッドの陰から出てきたので、脇の下に素早く手を入れてセレを抱き上げる。
少し嫌そうに目をそらすのも、いつもの感じで思い切り安堵してしまった。
安心したところで、どうしようか。猫を飼いたいって誰に言えばいいんだろう。勝手に飼うわけにはいかないだろうな。
夕食を持ってきてくれた人にでも一声かけてみよう。




