17 検査
目の前にそびえ立つ、このでっかい建物が城ではなくて、家って?
処理しきれない情報に完全に頭が真っ白になった。
「城はあっち」
奴が指をさすのは目の前の建物のはるか後方に見える大きな建物で、言われてみればあれはお城なのだろう。
偉い人が住んでいそうな堅牢で壮大な建物だ。目の前の建物よりも、だ。
「あと家というのは少し齟齬があるな。正しい意味での自宅は領地にある城だし、こっちは王都で仕事をするための別宅みたいなもんか」
「……別宅……」
これが、別宅……?
本物の貴族の力を見せつけられたような気がして、頭が働かないまま誘導する奴について門をくぐった。
って、大人しくついてきちゃ駄目でしょ!
我に返ったのは、客室といわれるこれまた豪華な部屋に案内されて一人になってからだった。
絶対無理だってちゃんと話合いをするつもりだったのに、王都の大きさとこのお屋敷の大きさに圧倒されてしまった。
私の中での貴族の基準が前に働いていた下級貴族の家だったので、あれのほんのちょこっと大きいぐらいかな? なんて思っていたらお城レベルだったのには正直度肝を抜かれた。
あいつマジで偉い貴族だったんだなー……と。今まで人でなしとか奴呼ばわりしてきたけど、様付けで呼ばなきゃ駄目かな、やっぱり。
この広い部屋で何をすればいいんだろう。
しみついた庶民の感覚というのか、ひたすら広い部屋が落ち着かなくてその辺をうろうろしてしまう。何かをしなければ落ち着かないけど、やることなんてない。
かと言って座っているのも落ち着かなさそう。
「下僕」
いつもの調子で奴が部屋入ってきた。――え、誰?
「どうした?」
「誰! じゃなくって、髪! 目!」
さっきまで奴は黒髪だったのに、シルバーアッシュカラーに変わっている。そして目の色も少しだけ銀が混ざった灰色に近い色になっている……?
イメージチェンジのつもりなのか。髪型も服装も変えていないのに、髪色と目の色を変えただけで別人みたいに見える。
「あ? こっちが本来の色。魔法で色を変えてた」
「ええ!?」
そんなことができるの? というか何でそんなことを?
「変装のために」
色々狙われているし、寄ってくるうざい奴も多いし、と奴は続けているけれど。
珍しい黒髪なんて変装に向かないでしょうに、色のチョイスがおかしい気がする。
いやいや、こいつの本来の色とかどうでもいいし、命を狙われているとかも今は関係ない。
私が「やっぱ無理」と言い出す前に、奴が入ってきたドアへと振り返ってしまったため言葉を飲み込むしかなかった。
「入ってくれ」
「相変わらず人使いが荒いですね、全く貴族ってのはどいつもこいつも……」
奴がドアの外側に声をかけると一人の女性が部屋に入ってくる。ぼやいているのは心の底から同意見なのでこっそり頷いておいた。どいつもこいつもそのおっしゃるとおり。
その女性は、赤毛が印象的な年齢が全然わからない感じの人だ。
一見三十代ぐらいかと思ったが、なんとなく顔がぼやけているように見えて表情すら読み取れない。声質からはもう少し年齢が高くてもおかしくないかな、とわかる程度。
動きにくそうな紺色のローブを身に纏ったその女性は、しばらく奴を睨みつけていたが、ややあってその視線を私に向けた。
その顔は、間延びしたり縮んだり、次々と変化していて本来の顔がわからない。何だか魔法っぽい魔力の動きっぽいのを感じるけど、詳細まではわからないからただ奇妙だ。
「あら! あらあらあら! マレム様がおっしゃったとおりの本当に黒髪黒目ね! 漆黒の黒! 本当に珍しい!」
「な、あ、え!?」
女性は私に駆け寄ってくると一つに三つ編みしてあった髪を掴んで光に透かし、勝手に解いてべたべたと触りまくったあとに、今度は私の目を覗き込んできた。
「抉り出していいなら抉り出したい目……!」
「……」
またこういう類の人か……。
うっとりした表情で恐ろしいことを呟かれ、思わず一歩後ずさる。
この人何とかして!と奴に目を向ければ、奴は呆れたような目を女性に向けた。
「それは後にして本題頼む、教授」
「はあ、このロマンが分からないなんて、だから貴族はいけ好かないんですよ……」
いけ好かない、は本当にその通りなんだけど、この人魔力の流れが気持ちが悪いし、すごく怖い。
「状態異常を無効化するんですって?」
「は、……はあ、何かそういう体質みたいで……」
「そっちじゃない」
何かめっちゃ目が輝いていて怖いよ、と思っていたら奴が強い口調で否定した。
割と大きく舌打ちして教授と呼ばれた女性は私の髪から手を離して、大きくため息を吐く。
「毒を常用しているの?」
「常用というほどではないです。普通の人よりは飲んでいるし触っている程度かと」
致死量は完全に超えているだろうけど。
組織に所属してから割と一定間隔で毒を摂取させられてたから、常用になるといえばなる?
最近は専ら任務の前に切り札として使うために服用するだけだったんだけど。
いたずらに広い部屋の中を視線だけで見回して、胸中にあふれた後悔の念に私もため息を漏らす。
奴相手に切り札なんてやらなきゃよかった。そしたらこんなところに連れてこられなくても済んだのに。
「血液を採らせてもらう。体内の毒の残留量を確認しろとのそこのお貴族様の命令なのよ」
「はあ、いいですけど……」
血に触れたら死ぬかもしれないって、ちょっと厄介だから調べたいと思うのは当然かも。
どうせ拒否なんてできるはずもない。とりあえず頷く。
私の同意を得るやいなや、女性はふところから注射器のような形をしたものを取り出して私の首の付け根にぶっ刺した。
「はっ!?」
不意打ちのようなその挙動に動くこともできなかった。
この人何なの、完全に殺られる動きだった気がする。怖い。
指された注射器のようなそれが引き抜かれると、卵の黄身ぐらいの大きさの球状の血液の塊が女性の目の間にふわりと浮き上がった。
あの注射器みたいなのって魔法の道具なんだ。道理で刺されても痛みがなかったはずだ。相貌に纏っている魔力や扱っている魔法の道具からこの教授と呼ばれている女性、只者ではなさそう。
でも、いきなり首元に突き立てる前に説明は欲しい。
私の内心など知らず、 女性は浮かび上がる球に両手をかざして両手から魔力を流した。
「解析したけど、あなたの血液からは毒の成分は検出されなかったわ」
女性はそう言って、浮かびあがていた血液にもう一度手をかざした。同時に血液の球が消滅する。これも魔法、か。
それよりも、私の血に毒が含まれていないって。え、どういうこと?
確かにここのところ、毒を服用していなかったから、全部排出したってことなのか?
「あともう一つ、実験させてちょうだい。これを」
教授は手の中に小瓶を出現させるとそれを私に差し出した。
透明な液体で満たされた瓶だ。
「ちょっとだけ麻痺を起こす弱い毒。時間経過と毒の残留量の関係を調べたいの。まずは服用してちょうだい」
言われたとおりに、小瓶の蓋を外して中を全てのみ干す。だいたい二口ぐらいの量だ。味はない、無味無臭。飲みやすくてよかった。
麻痺を起こすと言われたけれど、やはり何も起こらない。
「飲むのか!?」
奴が驚いたような声を上げていたが、あんたがやらせてるんでしょうよ、と思うだけで留めておく。
文句は後でまとめて言ってやろう。
「じゃあ採血一回目」
声とともに、例の注射器を首の付け根にぶすっと刺され、二度目ではあったがかなり動揺した。せめて前置きを。てか多分指先からとかでもとれるんじゃないの、血!
「結果から言うと、体内に入った途端に毒成分が分解されているって感じ」
何度か採血と解析を繰り返した後、教授と呼ばれた女性はそう結論付けた。
へぇ、そうなんだ、と普通に相槌を打ちかけて、はたと気づく。
――それが事実なら、私が切り札にしていた「死の口づけ」って、効果がないってことだ。
「毒が強ければ強いほど、分解に時間はかかると予想できるね。そのあたりは追実験したいところ」
教授の予想が正しければ、あの時――この男にあの切り札を使った時、私の血に毒が回り切っていなかったんじゃなくて、逆に毒が分解しきってなかったせいで、奴が軽く痺れただけで終わったってこと?。
最悪だ。本当に自爆だったってこと? 自分の人生を棒に振った感……!
思わず愕然としてしまう私の心情など知らず、奴は教授を追い払うように手を振ってみせた。
「それだけわかればいい。ご苦労だったな教授」
「え、嫌ですよ。もうちょっと実験させてください。この子絶対面白いですよ。だって、魔力の流れ見えてるんでしょ?」
「はあ?」
「……魔力の流れ?」
驚いたように聞き返す奴に続けて、私は首を傾げた。
別に隠すつもりもないけれど、それを認めるのは怖いような気がした。特にこの教授の反応が。
「私の顔を見て、気持ちが悪くなっているでしょう?」
「はあ、……え! そ、そんなことは!」
流動的に姿が変わっているこの人の顔を見ていると確かに酔っぱらったみたいに気持ちが悪くなってくるのは確か。でも顔が気持ち悪いって言い方は失礼すぎて何だか歯切れの悪い返答になってしまった。
「外見を隠す魔法をかけているから。顔が流れているように見える?」
「そんなことしてんのか? 何のために?」
奴に心底呆れたように言われて、教授が殺気を込めた目で奴を睨みつけるのがわかった。
「女性は老けて見られたくないものなんです」
「いや、自分の老いは受け入れろよ」
あ、言っちゃったわ、こいつ。女性にそれは禁句でしょ。例え本人が気にしてなくても。
そうか、こいつ私にだけ礼を欠いた対応していたわけではなくて、これが素なのか。
「……あら、そんなことおっしゃってただで済むとお思いですか?」
「もう用事は済んだ。帰れ」
教授に冷たく言い放って、それで話は済んだと言わんばかりに、奴は改めて私を見た。
「つーわけで子づくり問題なくいけるな」
「誰がいくか!」
これはツッコミを入れざるをえない。
いきなり何言ってんだ! ふざけんな! だ。
これで頷ける奴いるの? いてもそんな奴気持ち悪くないの?
「だめですよ、マレム様。外見的特徴と体質、そして魔力に対する反応、から言って、この子の存在は国王陛下に報告が必要です」
「黙ってればわかんねーだろ」
何か、こいつヤバいことを言ってない? 自覚ないの?
いや、ちょっと、待って国王に報告って何で? 私の存在を? そっちも意味がわからないんだけど。
「私が報告しないで黙っているとでもお考えですか? だから貴族って詰めが甘いんですよねぇ」
教授はものすごく楽しそうに笑っているけれど、詰が甘いのは貴族関係ない気がする。
「ほう? 口を封じる必要がある、と?」
「あらまあ、私が伊達に教授を名乗っているとでも? そんな簡単にやらせはしませんよ。それでは失礼いたしますね!」
挑発するようなセリフとともに、教授と呼ばれた女性がその場から消え失せた。
「消えた……」
「転移魔法とは! あの女! 本気出しやがってっ!」
本気で悔しがっている奴と、教授が消え去った空間を交互に見やって、どうしたもんかな、と思った。
「ねえ、すごく聞きにくいんだけど」
そう前置きして、息を吸う。
「私って、一体何なの?」
「お前自身が知らないことをなぜ俺が知っていると思う?」
「……ですよね」
一応聞いてみただけだ。欲しい答えが得られるとは思っていなかったから、冷たい口調で返されても仕方ない。ちょっと傷ついたけど。
こいつにはもう何も期待はしない、と何度も思っているはずなのに、学ばない自分が悪い。
私は自分を少しだけ特異な体質なだけかと思っていたけど、どうやらそうじゃないってことか。
私って一体何なんだろう。
「ああ、もう! 国王のとこ行ってくる!」
ああ、そう、気を付けていってらっしゃい。もう二度と戻らなくてもいいから。
そんな思いで、客室から飛び出していく奴を見送った。




