16 王都までの気まずい時間
高速馬車ってすごい。
駿馬を掛け合わせて生まれたという超駿馬はまるで魔法でもかけられたように早い。
実際馬に魔法をかけて高速にする方法もあるらしいが、それだと馬の寿命が縮んでしまうんだそう。
そんな話を向い合わせに座った警察の人から延々と聞かされ約半日馬車の中、ちょっと疲れてきた。
奴と同じぐらいの年頃だと思われる、ちょっと愛想のよい警察の人が向かいに座り、無口で怖い顔つきをした警察の人が私の左側に座り、警察に囲まれる格好での移動だ。
あの肉塊貴族を王都まで搬送するついでに私たちも王都まで乗せていってくれることになったのだ。
あの荷馬車での移動よりはずっと快適で大変ありがたいけれど、警察って言葉だけでひるんでしまう。
ちなみに奴は別の馬車――ソナーウィックを搬送している馬車に乗っているので、この馬車にはいない。
どうやら私があの肉塊貴族の被害者っぽい感じの認識をされているようで、二人ともさりげなく気を使ってくれているのがわかる。
被害者というよりは積極的に殺ろうとしていたから加害者でもあるけど、狙われてもいたからやっぱ被害者でいいのか。いやいや、余計なことは言わない。黙っとくのが一番。
「あの公子様とはどういう関係?」
人懐っこい方がにこにこと笑顔のまま問いかけてきた。
「えぇっと、あの捕まったお貴族さまに襲い掛かられたときに助けてもらったんです」
嘘は言っていない。
「ふうん」
「惚れたってことか」
今まで退屈そうに窓の外を見ていた、もう片方が口をはさんでくる。
え、この人、そういう話題に反応しそうな感じしないのに、どういうこと?
「ち、違います!」
「危ないところを助けられると、そうなっちまうよな」
違う。確かに助けてもらったけど、その後の対応が全部マイナスなんだって。恋じゃなくて怒だわ、この感情は。
まだ一発ぐらいはぶん殴りたいという気持ちはくすぶっている。勝手に勘違いしないでほしい。
「でもな、憧れぐらいでやめとけ」
「そうそう、お貴族様だからね、住む世界がちがう」
「そう思います?」
やっぱこういう認識で正しいんだよね。
なんかちょっと納得しかけてたけど、やっぱり住む世界が違うから無理で間違いないんじゃん。
「なんか旨いものでも食って早めに忘れちまいな」
なんかちょっと誤解されているみたいだけど訂正するのは面倒くさいからもういいか。そういうことにしておく。
王都についたら、「世界が違うから無理」でもう一回訂正してみようかな。やっぱり婚姻は無理なわけよ、うん。
「サラちゃん、だっけ? 王都に行ってどうするか決まってんの?」
「そうですね、住み込みで働けるところを探してみようかなって思ってます」
「若いのにずいぶんしっかりしてるな」
「お貴族様にうつつをぬかしてだまされるようなことはなさそうだね」
警察の二人は口々にそんなことを言って、少しだけ優しい目で私を見ている。けど。なあんか含みのある感じなのはなんでだろうな。
「ところでサラちゃん、双頭の竜のエンブレムって知ってる?」
「は?」
素で聞き返していた。
それは組織のシンボルだ。ってことは何、バレてんの!?
内心の動揺は表に出さないように細心の注意を払いながらも、首をかしげて見せた。
「双頭って、首が二つあるってことですよね? そんな生き物いましたっけ?」
「っは、誤魔化すのが下手だな」
横に座っている方が鼻で笑い飛ばしてくる。
やっぱ、これって、逃げられないってことか。
「……笑わないでくださいよ」
「今は毒を所持してないよね?」
向かいに座った方が、屈託のない笑顔で首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
もうちょっと様子を見る意味で一度知らないふりをしてみる。
が、二人とも笑みを消していないから、もう完全にわかっているんだと悟って、猫を被るのをやめることにした。
「この場で抵抗するほど馬鹿じゃないつもり」
「なるほど、少しは考える頭を持っているようだな」
「失礼すぎない?」
肩をすくめてやれやれと首を振ってみせても二人は笑みを消さない。
何なのこの感じ。ちょっと雰囲気が怖い。
「無慈悲な天使なんだっけ」
「その二つ名は、ちょっと……やめて」
天使呼ばわりはやめてほしい。死にたくなる。
かといって死神呼ばわりもきついけど。
「王都の警察にまで名前が知れ渡っているとは思わなかった」
「ミレイ・ディバンが有名すぎるんだよ」
横からの言葉に驚いた。
「あの女の友人なんてまともな人間じゃないだろうと思って調べたんだよ。サラちゃん。君は家名がないんだ?」
「孤児だったから」
「孤児を殺し屋に仕立てるっていけない組織だと思わない? そういう倫理観念なんてとうに無くしている?」
「残念ながら普通の人間としての感情は持ち合わせてる」
「その度胸は褒めるべきか、普通は毒なんて恐ろしくないのか」
「だって、娼婦になるか殺し屋になるかの二択しかなったから、消去法でしょ」
知らない人間に好き勝手されるのは嫌だった。だから好き勝手やれる方を選んだそれだけの話だ。
二人の笑みが消えた。
「それを警察で証言してくれ。保護してやる。職業斡旋はその次だ」
「証言?」
「あとミレイ・ディバンの情報も提供を」
「ミレイに関しては特に情報なんてないわよ。普通の宿屋の美人従業員ってだけ」「恋人は? いるんだろ、契約者とか言ってなかったか?」
「契約者?」
初耳、というように問い返してやる。
「なにそれ」
「あのさ、サラちゃん。君嘘をつくとき斜め右下を見る癖があるよ」
うげ、そうなの、知らなかった。さすが、警察観察眼がすごい。
動揺は隠して、ええと右下は見ちゃダメだ。下、下を見よう。
「……ミレイ、恋するとすぐに殺っちゃうから。いつも特定の男はいないのよ」
「さらっと怖いことを言うな。そんなに不審死が続いていたらもっと騒ぎになるだろう。――まさか、わざとターゲットに惚れさせて殺させるのか?」
組織がそういう風に仕向けてるって話はランドから聞いたことがあった。ちょっと顔がいいターゲットはミレイに回してるのだと何とか。
そう考えると組織ってホントやり口があれだなって思うけど。
「さあ? 私組織の末端だし」
「あの女に特別な関係にあるやつはいるのか、例えば『契約』とか言ってたりとか」
横から問われて、私はその男をじっと見やった。
視線をコントロールするって難しい。
契約って多分私のことだ。バレたら面倒そうだし、このままシラを切りたいところ。
「契約って何?」
「魔人の力を使うために必要な鍵だ」
「鍵?」
「なるほど、サラちゃんがあの女の契約者か」
なんでわかるの! この人たち怖い。
「待って、ミレイと契約? なんて結んだ覚えないんだけど」
「でも思い当たる節があるんだろう? 話は警察内部で聞かせてもらおうか」
「無理無理! 警察は嫌!」
殺し屋ってこと以外に後ろ黒いことはないんだけど、やっぱり警察って響きからいって怖い。
何とか逃れる術はないものかと考えを巡らせていると、馬車がゆっくり減速しはじめた。
ややあって停車。扉が開く。
逃げる最後のチャンスだったが、ニコニコしていた方に乗降口をふさがれてしまった。
「あれ、公子様、いかがしました?」
「そいつに用事が」
どうやら奴が外に立っているらしい。ニコニコしていた方が対応している。
正直言えば、私はあいつからも逃げたい。
警察か、奴か。また碌でもない二択だな。どうしてここのところ、こういうのばっかなの!
「彼女、被害者で参考人なんですよねぇ」
「公爵家に連れていく。そこどけ」
「いやあ、いくら公子様といえどフォグリフの殺し屋を渡すわけには」
「おい!」
奴が強引に馬車に押し入ってきた。どう見てもお貴族様の行動ではない。
「何でベラベラしゃべってんだ」
「調査済みだったんですよ」
胸倉を掴みかかってきそうな勢いだったのを、私の横の人が押しとどめた。
「この子がミレイ・ディバンの親友だったんで」
「ミレイって、あの女、ディバン家の人間なのか!?」
「おや、公子様にしては随分情報が遅い。あの女を呼び寄せるエサとしてお使いになるかと予想していたんですがね」
馬鹿にしたような警察の言い方に、奴はかちんときたようだった。
感情が全部表に出るのって、貴族としてはどうなんだろうなぁって余計なお世話なことを思って、乗降口を見るがあいにくふさがっていて逃げられるような状態ではない。
「あんな狂犬にわざわざ関わりたいと思うか、こいつは俺の妻だ!」
「……」
「……」
言っちゃった……。なんでか私がいたたまれなくなって頭を抱えてしまう。
ほら警察の人たちも絶句してしまっている。
「サラちゃん、おめでとう!」
「え!」
先に我に返ったのはニコニコの方だった。そんなことを言って私を立ち上がらせて奴の方へと誘導する。
促されるまま、奴の前に立った途端手首を掴まれて引っ張られた。そのまま馬車の外まで引きずり出される。
「早く行くぞ。警察の世話になりたくないんだろ」
当たり前だ。大人しく引っ張られるがまま早足で警察の建物の前から立ち去った。
そのまま街の大通りに出て、さらに引っ張られていく。
王都って広い! 大通りが何本もの大通りと交差していて、意識して歩かないとすぐに迷子になりそうだった。
馬車が行き交い、歩いている人の数も多い。
似たような背の高い建物が立ち並び、街並みを形成している。
全部が大きすぎて、自分がとても小さい物のように感じてしまう。
「これが、王都……」
「ほら行くぞ、田舎者」
王都の街並みに目を奪われたまま呆然と呟けば、やってきた馬車を指さした奴に馬鹿にされた。
乗ったのは王都内を巡回する馬車なんだそう。
屋根のない簡素な馬車に乗っているのは私たち二人だけ。
他に人がいないから遠慮なく流れていく王都の街並みを眺める。すごい、その一言だ。
誰も乗ってこないまましばらく馬車に乗り続け、馬車が止まったタイミングで降車した。
降りてから小路を歩いて、大きな門の建物の前で奴が足を止めた。
背の高い塀に囲まれた、大きな堅固っぽい四角い建物だ。
「これってお城?」
「俺の家」
奴の簡潔な解答にその意味を理解するまでしばしの時間を要した。
家? 誰の家? っていうかこれ家なの?
「……って、はぁぁ!?」




