15 親友との交戦
ミレイの微笑みはとても美しいけれど、少しだけぞっとする。
私とミレイの二人、『死神姉妹』なんてランドには揶揄られているけれど、毒頼みの私とは異なりミレイは肉弾戦寄りだ。かなり強い。そして人をいたぶることに快感を覚えるタイプ。
仕事なしのミレイは面倒見がいいしっかり者タイプで、でもたまに気を抜いた感じが可愛らしいお嬢さん。私にはこの表の顔しか見せてない。
今からその嗜虐性を見せつけてくるのだろうか。
「ミレイ、あれってミレイの好み?」
一応聞いておかねばならない。大事な質問である。奴に指を向けて問いかける。
答えによっては覚悟をしなければならないからだ。
「全然。私、俺様野郎って嫌い」
あ、そう、よかった。ちなみに嫉妬とかじゃなくって、一応顔を知っている相手のスプラッタって見たくないってだけ。
嫌いな相手だったら終わる時は一瞬で終わる。
「誰が俺様だ!」
「お前以外に誰がいるのよ」
自覚なかったんだ!
奴の言葉に出そうになってしまった言葉を飲み込んだ。変わりにミレイがちゃんとツッコんでくれる。
「あ、でもミレイ、あの人一応偉い人なんだけど」
「ランドから聞いてる。公爵家だっけ? 私、そーいうのわかんないのよねえ」
白々しいなあ。そうやってわからないふりしていても誤魔化せる問題じゃないと思うけど。
「組織が何とかしてくれるでしょ」
「多分無理だと思う」
王様に近い高位貴族になんて手を出したら組織の方が潰されるんじゃないかな。私にとって組織は絶対的だけど、組織の規模は恐らくそのぐらいのものだと推察できる。
だから組織は後始末はつけてくれないだろう。切り捨てられて終わりじゃないだろうか。
「無理か。それなら異国に逃げちゃえば何とかなるんじゃない。一緒に逃げようね、サラ」
そして私は巻き込まれることは確定、と。どこに行っても逃亡なのは変わらないから、まあいいか。
「なんで、そんなに和やかに俺が死ぬ想定の話をしてるんだよ、下僕」
「サラを下僕呼ばわりするな!」
私を突き飛ばすように開放して、ミレイは奴との間合いを詰めた。
早い。体勢を立て直す前に奴の間合いに入り込みそのナイフを振るう。奴はわずかに後退することでそれを避け、私に一瞬視線を送った。
言いたいことはわかる。けど、ミレイは普通じゃないから期待どおりにはならないと思う。
奴が人差し指を空に向けるのと同時に、空から一条の稲光がミレイめがけて落ちた。ミレイはまるで読んでいたかのようにそれをあっさりと避けて、奴に向かって足を踏み出す。
そのミレイにめがけて私は手にした銃を向け、引き金をひいた。
「サラ!」
非難めいた声を上げながらもミレイは右側に大きく跳躍してなぜか銃から放たれた魔法の弾丸を回避する。
魔法の銃って追従するはずなのにな……。そうするだろうなと思っていたけど、実際この目で見ると驚くよりも呆気に取られてしまった。
「なんで避ける!?」
やはり奴も驚いたようで、声をあげながらも、もう一度雷を落とすが、これもミレイは簡単に避けてみせる。
「なんで、サラ! ひどい!」
「当たらないだろうな、て思ってたけど、本当に当たらないんだなって」
「当然でしょ、私を誰だと思ってるの」
ミレイはナイフを奴にむかって繰り出しながらも私に文句を言ってくるが、そんなに怒っている様子ではなさそう。
「随分余裕だな」
奴はそう言って、右手を振るうと、手の中に長剣を出現させた。
魔法でそういうこともできるのか。やっぱりあいつ魔法使いとしては相当の使い手なのだろう。
ミレイも感心したようで、薄ら笑いを浮かべている。挑発しているような表情だが、あれ、結構愉しんでいる顔だなってそこそこ付き合いが長いからこそわかる。
「天下無双の死神なの、私」
「天下無双とは名前負けだろ」
奴の振り下ろした魔法の剣をミレイは手にしたナイフで受ける。受けた瞬間、剣がミレイのナイフを切断した。
「誇張じゃないわよね、サラ?」
確かに誇張じゃない。ミレイは組織内でも指折りの実力って聞いたことあるし。今だって普通だったらピンチなはずなのにかなり余裕の表情だ。
ミレイは冷静に使い物にならなくなったナイフから手を離すと、一歩踏み込んで蹴りを放つ。奴が避けるのを見越してか、身体を反転させて回し蹴りで追撃をかける。
「ここは一瞬で終わらせるから、一緒に帰ろう! 帰ったら、組織つぶして逃走しよう」
「はい!?」
ミレイの俊敏な動きに目を奪われていたけど、今この子なんつった?
ただ逃げるだけじゃなくて組織を潰す? まさか、もう組織に戻るつもりはないってこと?
「……ち、暗器か」
自分の頬に触れ、奴は小さく舌打ちをする。その頬に血がにじんだ一筋の傷があった。
履いているブーツの踵で地面の砂利を軽く蹴って、ミレイはどこからともなくナイフをもう一振り取り出して構えている。
ブーツの踵の部分にナイフが内蔵されてるのか。奴が言った暗器ってそれか。
ふと「仕込み武器ってロマンよね」と酔っぱらって語っていたミレイを思い出した。意外なところにどれだけ隠せるかがセンスの見せどころだとかなんとか。あのブーツにもまだいくつか隠しているっぽい。
「あの、ミレイ?」
恐る恐る口を挟めばミレイの視線がゆっくりと私に向く。
同時に、奴が私に向かってぶつかる勢いで駆け寄ってきた。
「なっ!?」
さっきミレイが私を拘束していたのと同じ体勢だ。違うのはミレイじゃなくて奴に剣を突き付けられているということ。
「は?」
意味がわからず、奴とミレイを交互に見やってしまう。
動くなよ、と耳打ちされて、頷くこともできず、意味がわからないまま脱力しておく。抵抗しても意味がない気がする。
「ちょっと、サラに触るんじゃないわよ!」
「動くな。動いたら、どうなるかわかってんだろ」
「サラがいなきゃお前は死ぬんでしょ! 知ってるんだから!」
「五体満足である必要はない」
……ま、そうだよね。
ただ、五体満足じゃなきゃ連れていく手間が増えるから、こいつの性格上手足を切ったりとかはしないでしょうね。
やっても耳、とかかな。髪で隠れるからそこまで大きな欠損ではないか。痛くないといいけどね。
「指の一本でも傷つけてごらんなさい。その瞬間、お前の首が飛ぶわ!」
やばい、ミレイがキレたっぽい。
こうなると手が付けられないのに、と奴を睨みつけたが、奴は涼しい顔だ。
「誰が指といった。……そうだな、髪なんかどうだ」
……髪?
そんなの別に脅しにもならないんじゃないの? 別に痛くもかゆくもない。
だが、ミレイはその言葉にぴくっと反応を見せた。
髪の毛の話だよね? 反応大きすぎない?
「サラの髪にお前が触れるの?」
「ああ。……俺がこいつに触れるのが嫌なのか」
「サラをこいつ呼ばわりするな!」
え? ちょっと何の話?
三つ編みにしている髪の先端を唐突に奴に掴まれる。まるでミレイに見せびらかすように。
ミレイの顔色が変わる。
「サラが穢れる!」
「穢れるって何!?」
思わずツッコミを入れてしまった。ミレイが一体何を言っているのかちょっと理解できません。
本当になんなのこの構図もこの展開も、訳がわからない。
「まさかと思ったが、そっちの気が――」
「ない!」
馬鹿なことを言ってくる奴は睨みつけて黙らせる。私はそもそも恋愛感情ってのに必要性を感じないというか。
ミレイのそういう感情は別に向いていると思うけど。
「はあ、下世話な男は嫌い。サラはもっといい男にかしずかれるべきだもの」
「……俺よりも?」
「お前、自分がいい男だと思ってるの?」
「いい男だと思ってるの!?」
ミレイと私の言葉がほぼ重なった。
突きつけられている剣の先端がちくっと首筋に刺さった。あ、やばい今のは失言だったかも。
「ごめんなさい、ちょっと痛いです。今のはあくまで主観的な、私の個人的な感情であって、ミレイも私と好みが近いんじゃないかと」
更に首に突き付けられている剣に力がこもったのがわかった。駄目だ何を言っても火に油をそそぐだけかもしれない。黙ってよう。
ミレイは殺気を隠そうともしていない目で奴を睨みつけて、息を吐いて、動いた。
間合いを一気に詰め――何かにぶつかったように足を止める。
「魔法の障壁、ね」
何もないはずなのに、ミレイはまるで壁に触れているかのように両手で空間を叩きつけているよう動作を見せた。
魔法の障壁って、こいつが何かをしたのか。
「近づけまい」
「甘いわ」
まるで悪役のような笑い声をあげながら言う奴に、ミレイは真っ直ぐに睨みつけて高らかに言った。めっちゃ殺気立っていて怖いんだけど。
何度か空間を叩きつけるような動きを繰り返すと、小さな破壊音がして、ミレイは私たちの方へと足を進め――
「だから動くなって言ってんだろう」
ミレイの行動に呆れたような言葉を漏らし、奴は掴んでいた私の髪の先端を剣で切り落とした。
「う、わああああああ!」
まるで私の首が斬り落とされたかのようにその場に膝をついて絶望の叫びをあげるミレイに、どういうリアクションを取ったらいいかわからなくなった。
落とされたのは髪だよ? 単なる髪。しかも人差し指の半分ぐらいの長さなんだけど。オーバーすぎる。
奴が切り落とした髪を無造作に放り投げれば、空中に散らばっていくそれをミレイは必死で拾い集める。ちょっと怖い。
「え、ちょっと、ミレイさん? 落ち着いて、私は無事ですよー……」
「サラが無事じゃなかったら、私、きっと正気じゃいられない」
「そのテンションでその言葉言われるの、微妙」
親友だったはずの彼女の今までみたことなかった姿に正直ドン引きだ。
私、ミレイの中でどういう位置づけなの?「もう、こんなメンタルじゃ無理。戦えない」
ひとしきり髪を集めて、懐にしまって、ミレイはそう言って大きくため息をついた。
こんなにメンタル弱い子だったっけ? っていうか、その髪集めてどうするつもりか、聞きたくないけど問いただしたい。
「お前を認めたわけじゃないから! ……サラ、またね」
問いただす暇も与えず、ミレイは来た時同様に音もなく消えて行った。
……駄目だなんか、茫然としてしまう。
「なんつーか、あそこまでいくと信仰だな。お前親友相手に何をした?」
「だから私は何にもしていないってば」
普通に一緒に笑ったり、落ち込んだり、励まし合ったりするいい親友だと思っていたのに、何だったの今の?
ミレイ、……洗脳でもされてたのかな。正気だったよね?
「いや、まあちょっと、依存されているかなとは思ってはいたけど」
私が嫌な思いをすれば誰よりも怒ってくれたりしてくれたり、ミレイが怒りに駆られているときは、私しか宥められないとかそんなことはあったけど。
気に入った男をオーバーキルしているミレイを止める役割とか担っていたけど。
「そうか、あれは、魔人の血が入っているな。お前、契約者だろ」
「魔人? 契約者?」
私から手を離して、奴は聞いたことのない単語を口にした。
恥ずかしながら私にはあまり教養がない。
「大昔に存在した、強靭な肉体と力を持った人とは異なる生き物と人とが交わって生まれた生命体だ。神と呼ばれた生き物がこの地を去ってからその数は減っていったが、まあごく稀に先祖返りかなんかでその力を発現させる奴がいる。人よりも秀でた力だったり、ガタイの良さとか。あの女もその類だろう。多分お前のその体質も同じようなもんだろ」
「あ、私、も?」
魔人なんて初めて聞いたし、全然馴染みもないけど、私もそれなんだろうか。
ミレイの強さが規格外なのは知っていた。で、私の体質もちょっと普通とは違うってこともよく知っている。
それって普通の人じゃなくって、その魔人の血が入っているから。……そういうこと、なんだ。
わかってしまえば、安心する、わけじゃないけど。何か、全身の力が抜けた。
「魔人っていうのはその力の強さのせいでこの世界で生きるために制約がかかるんだ。人の世界では契約をしないとその力を十分には使えない……らしい」
らしいって、断定しない言い方をするのをこいつにしては珍しいと思う。
「契約すれば、その契約をした相手――契約者は絶対で逆らえない存在になるんだと。契約しないで生きている魔人の末裔も存在するし、どうすれば契約を結べるかなんてこともわかんねーけど」
「……そう、なん、だ」
何て言ったらいいのかわからなくて、ただそう口にした。
ミレイと契約なんてしたことないけど、そういう関係じゃないと、あの異様な熱量は説明がつかない気がする。私一体何をしたんだろう。思い当たる節なんてないんだけど。
前に会った時は夜勤明けのミレイとケーキを食べたんだった。あの時はミレイはどこもおかしくなくて、いつものミレイだったと思う。
「しかし、お前の組織ってどうなってるんだ。普通じゃない人間コレクションでもしてんのか」
「逆。そういう人間は普通に生きられないから、組織に身を寄せるしか道がないんじゃないの」
私は普通じゃなかったから生き延びることができたけど、結局普通には生きらなかった。
ミレイは、ミレイの過去は聞いたことないけど、本人も「何の面白味もない」と言っていたからあの子の過去も碌なものじゃないのだろう。
普通になりたい、って思っていたけど。普通になるのってどうやったらなれるんだろう。
そんなこと考えても答えがでるわけもない。それだけはわかる。
「公爵家に、その魔人の血を入れてもいいわけ?」
「むしろ歓迎だな。本物魔人だったらそれだけ価値がある」
それでの回避は無理、と。でも私がその魔人の血を継いでいるとはまだ決まったわけじゃないからな。
まあ、魔人とやらの血よりも人殺しの血を入れるのにもあんまり躊躇いなさそうなんだもんな。懐が深いのか、祝福が強いのか。もしかしたら両方なのかも。
「それじゃ、これからどうするの?」
「警察の到着を待って、ソナーウィックを引き渡して、で、引き続き王都に向かう」
「王都に着いたら?」
「……さあな」
はぐらかすような返答に、追及しようかどうしようか一瞬悩んでやめた。
知ったところで何をできるわけでもないし、あんまりいいこともなさそう。
何だか自分のことわかったようで、余計わからなくなったような気もする。
王都に向かう街道に、砂埃をあげながらこちらに向かってきている馬車の影が見えた。




