14 返り討ち
で、こうなるのか。
がらがらがらと音を立てて車輪は進む。幌付きの荷台に寝転がって目を閉じていれば眠れるかなと淡い期待をしていたけれど、振動が大きすぎて無理。これで王都まで二日走らなきゃなんないのか。あはは……はぁ。
「下僕」
「あー、はいはい、なんでしょうか」
体を起こすことなく、適当に答える。とりあえず下僕呼ばわりで落ち着いたらしい。大貴族様からしてみたら私なんて下僕で十分でございますって感じだ。
……なんで、そんな偉い人があの贅肉お貴族様に従ってたんだろう。お目付け役とか言われていたけど、そういうのはもっと位が低い人がやるべきじゃないの。
「来たぞ、出番」
心の中で嘆いていれば頭の付近に何かが転がってきた。
それを手で掴んで、上半身を起こす。例の銃だ。
出番って、とその背中に視線を送れば、一瞬だけこちらを振り返って「早くしろ」と急かされてしまった。
はいは~い、わかってますよーだ。
揺れで体勢を崩すことのないよう気を付けながら立ち上がって、後方へと――。
「違う、こっちだ」
足を踏み出そうとしたその時にそう言われて一瞬動きを止める。奴が指さすのは自分自身の隣、御者台だ。
え、と躊躇いつつも、命令には逆らわない。
「馬、乗れるか?」
「乗ったことない」
突然何を言い出すんだこのお坊ちゃんは!
訳のわからない質問に目を白黒させていれば、立ち上がった奴に担ぎ上げられてしまった。
先日連れて行かれそうになった時の体勢なんですけど! っていうか、走行中の馬車で立ち上がるのは危険!
「って、うええ!?」
御者台から馬に飛び乗ったぁああああ!?
奴は私を横座りにさせて、片手で私を支えつつ馬の手綱を握る。
本当に、びっくりした。落ちなくてよかった。
「荷台を切り離す。手間取ったら時間を稼げ」
「……ちなみに、この中の魔法って」
「石化」
えげつない!
後方を見れば追いかけてきている馬が見えた。今回は2頭。
「前より減ってる」
「少数精鋭なんだろ」
作業をしながら奴が口にした返答を聞きながら、私はいつでも撃てるように構えて引き金に指をかけておく。
撃つのはもうちょっと近づいてからだ。
視線を下に向ければ、奴は片手だというのに、器用に荷台の伸びた部分と馬を繋いでいる棒を引き抜いた。
思ったよりも簡単に荷台と一頭の馬が切り離された。馬はもう一頭いるから荷台は止まることなく走り続ける。少しずつ速度が落ちていく。
「逃げ切れんの?」
「さあな。鞍がないからきついかもな」
乗馬するときにまたがる馬具をつけていないと大変なんだ。
乗せられているだけだからその大変さは理解できない。
「追いつかれたら撃て」
「石化って治せるの?」
「石化解除魔法ってのがある」
「それ以外じゃ治らないの?」
放っておけばそのうち治まる麻痺と違ってやっぱりえげつなかった。
とはいえ近づいてきたら遠慮なく撃つけどさ。
軽快に平原の街道を駆け抜けていく。いつの間にやら追手は振り切っていた。こいつの操縦技術がすぐれているのか、追手の馬がしょぼかったのか。
風を切って走るのは気持ちがよかった。後ろから前方へと視線を移す。
「ねえ」
「……面倒くせえ」
前方に立ちふさがる騎馬集団を指させば、ものすごく嫌そうな顔で吐き捨てられてしまった。
まあ、同感は同感。
仕方ない、といった風に馬を止め、奴は私ごと地面に降りる。
地面に降りるか降りないかのタイミングで私は騎馬集団のうちの一人を狙って銃をぶっ放した。
みしっとひずんだような音をたてて、馬上で石化するのを確認してもう一発。
さらにもう一発、と引き金を引くが何も起こらない。
「あれ?」
「いきなりぶっ放すな! 物騒な女だな。魔力切れだ。石化は結構なコスト高な魔法なんだよ」
充填しないと使えないのか。じゃあ、私はお荷物だなと自分で判断を下して奴の背後に回り込む。
突然石化した二人に少しだけ動揺が広がったが、すぐに、落ち着きを取り戻したのか石化した二人を回収していく集団と、立ちふさがる集団の二手に分かれた。この統率された感じ、軍隊みたいだ。
「ブラッド・イーガー。これ以上の狼藉は許さん」
「ソナーウィックの私兵か」
「私兵!?」
え! 貴族って専用の軍隊を持てるの?
っていうか持ってどうするの!?
っていうか、その偽名本当に使ってたんだ。英雄物語にでてくる大魔法使いの名前って、絶対偽名だって気づかれていると思うんだけど。
「うるせえ、そこをどけ。どかないなら――」
「我が主が自らお前に制裁を加えてやると、待っていた」
待って、いた? ってことはここにいるの、あの肉塊! もといグラマラスボディお貴族様!
絶対会いたくないと思っていたから心臓が嫌な感じに脈打っている。うう、今からダッシュで逃げてもきっと間に合わない。
震えはじめた私の手から、奴が後ろ手で銃を引き抜いて例のカートリッジを取り出し何かの魔法を詰めた。カートリッジを装填してすぐに私の手に握らせる。
これで、殺れってことか。
「……主様」
騎馬集団がこぞって頭を下げている中、見たくないものがそのご立派な内部留保を揺らしながらやってきた。
左右両側に護衛を引き連れながら、奴の前に立つ。
「ブラッド、貴様よくも裏切ってくれたな」
「いや、少女を寝室に引きずり込んでいる時点で有罪確定ですよ」
この、豚——もといお貴族様、こいつがどんなに偉い貴族なのか知らないんだ。
あとから実は高位貴族でしたーって明かして、「まさか! そんな!」ってなるパターンだわ! ……ちょっとそのシーン早く見たいんだけど。正体明かすのは今じゃないんだよね?
「ああ、触んないでくださいね、こいつ俺の妻なんで」
「は——」
思いきり聞き返しそうになって慌てて口を噤む。
今は、そういうことにしておいた方がいいかもしれない。
「なんだとっ!? どういうことだ!」
「夫婦の契りを交わしたんで。妻です」
し、してない! そんなの交わしてない! と名誉のために叫びたかった。だって聴衆多すぎ!
でも、それをやったら自分の身が危ない。名誉か身体か、どちらも選べないって。泣ける。
「撃て」
「き、貴様! よくも……よくも、よりによって、こんなそうそう手に入らない逸材に!」
逸材って何のだよ! って誰かツッコんで!
そう思いながら、激昂する豚——肉——ええと貴族様に、指示通り銃口を向けて引き金を引く。
放たれた魔法にもんどり打って後方に倒れ、そのままいびきをたてるお貴族様。
なるほど、眠りの魔法なわけ。
突然寝てしまった主人に動揺を隠せない護衛二人を連続で撃って眠らせ、こうなりゃあの騎馬集団全員寝かしてやろうと銃口を向けたが、引き金を引く前に、奴に止められた。
「この俺に盾突いたこと、後悔させてやる」
あ、表情は見えないけど、何だかちょっと怒ったような声音だ。
こういう時は、何も言わない方がいいだろう、と後方に下がっておく。一応妻だから夫の意図を察してあげないとね。……はあ。
「……地に潜みし闇の眷属よ、我が呼び声に応えよ……」
魔法を使うのに呪文が必要っていうのは知っていた。でもこいつ今まで呪文という呪文を唱えてなかったはずなのに、急になんで?
地面に手を叩きつけ、魔法を発動させた。
騎馬集団の足元に魔法陣っぽいものが発生し、その魔法陣から幾多の漆黒の手が地へとひきずりこむように伸びてきた。
うげ、何あれ、地獄絵図か。
地面から伸びてきた手は馬の脚を掴んで地面へと引きずりこもうとする。
不気味な光景にさすがにお貴族様の私兵たちも恐怖を覚えたのか、一人が悲鳴をあげれば、堰をきるように一斉に悲鳴や命乞いの声が辺りに響き渡った。
一人も地面に引きずりこまれることなく魔法陣と無数の手は唐突にかき消えた。
完全に恐怖心に支配されていたのか、兵たちは一人残らずその場から逃げ出していく。
私の周りに残ったのは、あいつと寝ている豚貴族とその護衛の二人。
「とりあえずこれでもうこの肉塊に追われることはないな」
「え! そんなに簡単に手を引く?」
あんなに執念深そうだったのに?
「このまま国立警察に引き渡す」
「捕まるんだ」
よかった。これで女の子たちが被害にあうことはなくなるわけね。
ただ、こいつが高位貴族だって明かす展開はないってのがちょっと残念。
「本当に、もう追ってこない?」
さっき向けられた気持ち悪い視線を思い出せば、それはちゃんと確認しておきたいところだ。念をおして確認する。
「そのおっさん、初物食いだからな」
「……」
そんな性癖知りたくなかった。
ああ、そういうことか、と同時に納得した。夫婦の契りの嘘宣言のおかげでこのお貴族様の好みから外れたのか。助かったけど、もっと別の方法もあるはずだよねえ?
それにしても、このお貴族様も王都まで一緒に行かなきゃならないってこと? 気分的にそれは嫌なんだけど。
「この肉——お貴族様も馬に乗るの?」
荷台があれば乗せられたとは思うけど、あの荷馬車はどっかいっちゃったし。
奴は私の質問に首を横に振って懐から何かを取り出した。爆竹みたいに見える板状に並べられた筒の一つをちぎって空中に放り投げ、火の魔法でその導火線に火をつける。音もなく筒は消え失せてしまったから爆竹ではなかったようだけど。
「今のって」
「ま、狼煙みたいなもんだ。これでしばらくすりゃ警察連中がやってくる」
「へえ、便利」
「尤も、その前にもうひと仕事片づけなきゃならないみたいだが」
もうひと仕事? まだやることがあるの? とのんびり考えている間にもそれは私に肉薄し、私の右手首を素早く掴んでいとも簡単にひねりあげた。普通に痛い!
瞬きする暇も与えないほどの俊敏さに、何が何だかわからないまま、首元にナイフが突きつけられたのだけは理解できた。
「……動くな」
奴を牽制するように放たれたこの声――、聞き覚えがある、ていうか馴染みがありすぎて、驚きを隠せず息を飲んだ。
「帰るわよ、サラ」
「……ミレイ」
横目でナイフを持つその人物を窺えば、予想した通りの顔がそこにあった。
くるくるとうねった水色のショートヘアのウィッグをかぶっているところが、職場で会う彼女との相違点か。
ミレイは『仕事』の時はウィッグをかぶる。多種多様なウィッグをコレクションしていて何をかぶるのかはその日の気分次第らしい。
今日のも、奇抜ではあるけれどミレイによく似合っている。
「尤もその前に、片づけなきゃいけない奴がいるみたいね」
何だかさっきあいつが言っていたような台詞を口にして、ミレイはその相貌に慈愛をたたえた笑みを浮かべて見せた。




