12 修羅場
ランドの頭に突き付けられているのは、先ほど私が置いてきた例の銃だ。
そしてそれを突き付けているのはあいつ。
「なあんか、こいつからさっきの火とおんなじ魔力を感じるな」
そういうのわかるもんなの?
ランドが冷や汗を流しながらも、何やってんだ! と視線で訴えてくる。
そんなの知るか! という気持ちでランドを睨みつけていれば奴の冷たい視線が私に向いた。
「で、このネズミは一体なんだ?」
怖!
声音も表情も全部怖い。
いや、さっき火を投げつけたんだ。怒りもするか。
ごめん、私のせいだわ、とランドに視線を送る。
ランドはその私の視線を横目で確認すると、勢いをつけて立ち上がり、奴に向かって殴りかかる――ように見せかけそのまま逃げて行った。
「え、ちょ……!」
取り残されたことに気づいたのは、既にランドの姿が見えなくなってから。
あいつ、私を見捨ててった!
……って、それが正解だけど。怒らせたのは私だし。
奴の持っている銃の銃口がゆっくりと私に向けられる。
本当に、この状況ってものすごく怖い。
「下僕」
「は、はいっ!」
元気のよい返事をした瞬間、男が引き金を引いた。
ばちん、と額に何かがぶちあがったような衝撃がして、背後の壁に後頭部を打ち付ける。
「いったぁ……」
額も痛いし、後頭部も痛い。
火で焼かれるかと思ったが、そうじゃなかった。
「俺はな、俺の物に他人の魔力を触れさせるのが嫌いだ」
「……あいつが勝手に!」
「お前が触らせなきゃ勝手にはやれない、よな?」
うひい、怖すぎ!
「はい。おっしゃるとおりです……」
怖すぎて声が震えているのが自分でもわかる。
もう従順にならざるをえない。
「ちなみに、今は何の魔法を?」
「石化」
「はいぃ!?」
「これも効かないとはどういう体質だ?」
石になる魔法って、聞いたことあったけど、物語の中だけの話だと思ってた。
ランドは逃げて正解だった。石化したら助ける方法なんてわかんなかった。
「で、今のネズミは何者だ?」
「申し訳ございませんでした、ご主人様」
頭を下げて、それでも足りないかと土下座をして詫びる。
これは喋ったらランドが危険だ。
「なんであれを庇う?」
「ごめんなさい!」
「おい」
謝って逃げ切るしかないと思っていたら、頭を掴まれ強引に上を向かされた。
「どういうつもりだ」
ものすごく怖いけど、ここで怯んだら多分負ける。
負けたらランドがどうなるかわからないし、もしかしたらミレイにも被害の手が及ぶかも。
「組織の奴か」
「……」
「答えろ。頷くだけでいい」
「……」
蛇に睨まれた蛙って感じだ。
金縛りに合ったみたいに動けないし、歯の根がちがち震えてかみ合わない。
「脅されたのか?」
「……」
「答えは!」
「お、どされた、わけじゃない、です。でも、それ以上は、言えません」
なんでこんなに怖いんだろう。
「お前、なんでこんなに怯えてるんだよ」
奴の気勢が少しだけ削げ落ちたのがわかった。
でも、すぐには怯え切った心は回復しない。
震えが止まらない体を庇うように両手で抱え込んだ。
「……怒られれば、怖いに決まってる」
何とか言い返すと、男は小さくため息を吐いて私の頭から手を離した。
昔を思い返すから、離してくれて良かった。心底安堵してゆっくり息を吸い込んだ。
自分が死ぬのは自業自得だけど、他の人を害するのはやめて欲しかったな。
思い出したくない過去を思い返してしまって、そんなことをぼんやりと思った。
こいつは殺すのかな。ミレイもセレも。
「わ、私、碌な生き方してなくて、頷いたら、皆殺されちゃったこと、あって……」
「組織か」
言い訳にもならない言葉を何となく羅列していると、男がはっきりとその答えを口にした。
驚いて慌てて男を見やる。
私から目を背け、鋭い目つきで地面を睨み付けているから怒っているのかな。
「あいつを、殺さないで……ください」
「逃げた奴を追いかけて始末するほど、暇じゃない」
その声音からはさっきまであった怒気は消え失せていた。
ランドを見逃してくれるって、本当に信じていいのかな。
「悪かった」
男の真意を測れず、地面に視線を落とすといきなり伸びてきた手に体を抱え込まれた。
な!? え!?
攻撃かと反撃に転じようとしたが、体が宙に浮かぶような感覚があったかと思えば地面に立たされていた。
何か介助みたいなやり方だったけど、立ち上がらせてくれたっぽい?
「泣くな」
「せめ―― ……え?」
せめて一言断ってからにしてよ! と言いたかったのに、私を解放しながら男が口にした内容に耳を疑った。
泣いてなんて――って、あれ、私泣いてる?
あれ、おかしいな。結構怖かったからかな。
「お前、人間だったんだな」
「は?」
え? いや、ちょっと待って?
何それ、どういう意味で言ってんの?
「え、最初から人間ですけど?」
「殺しに全く躊躇いがないから組織の人形かと思っていた」
めっちゃ感情的に動いている気がするんですけど、自分で言うのもなんだけど。
「銃を与えれば、抵抗なしに撃つし、普通の人間じゃ考えられない」
「やらなきゃ死ぬ状況だったら、やりますよね?」
「その言葉遣いやめろ。寒気がする」
寒気がするなら敢えて続けてやろうか、と一瞬だけ思ったが話がこじれる一方だ。ここは従っておく。
「つまり、私が人形だから何を言ってもいいと思ってた、と?」
「ああ、そう思ってた。悪かった」
何だそれ!
素直に謝られると怒るに怒れないんだけど、どういうこと?
私、普通にこいつの前で泣き出しちゃったり、割と情緒不安定だったりしてたと思うんだけど。そんな人形いるのか?
「普通はもっと恥じらうだろうが」
「恥じらい?」
「キスしたりされたり、ひん剥かれたりすればもっと動揺するだろ」
いや、めっちゃ動揺してたと……いや、動揺は隠さないとつけこまれると知っているから隠す癖、あるわ。
なにそれ、それで誤解されたって、で、今までの態度って。
「してたわよ! 泣いたもん!」
「泣いた?」
ぽかんとした顔を見せられて、何となく理解した。
こいつ私を人形だと思い込んで、その後は全然見ようともしてなかったのか。
だいたい私そんなに殺しの方も上手というわけではない。ただ、こいつの言う通り一瞬も躊躇わない。その一点だけは誰にも劣らないと自負している。
「泣くわよ、確かに、年齢からいえば大人だけど、堪えられない悲しみとかあるでしょ」
「だから悪かった」
何度悪かったという言葉を引き出せたのか。
カウントはしていなかったけど、結構満足だ。
「謝ってくれるなら、もういい」
「……詫びにはならんが、俺の名前は、マレム・クラウディルだ。覚えておけ」
聞いたことある。クラウディル家って。
ランドのセリフが頭の中を駆け巡った。
ヤ バ イ 奴。
確か、この国で王様の次に偉い貴族だった、気がする? 王様のご親戚の家。
クラウディル公爵家だっけ?
え、同じ名前の違う家だったりするよね。
「……さすがに知っているか。いいか絶対外でこの名を呼ぶなよ」
「は、は、はい! っていうか、やっぱり無理でしょ! 無理ですよ!」
そんなに偉い人だとは思わなかったんだ。
完璧無理だから、絶対無理だから、誰か助けて。
なんでこんなことになるのよ。泣きたい。




