11 歩み寄り
「飯は?」
朝から滅茶苦茶気分が悪い。
着替えて支度を完了させたところで奴が質問を投げかけてくる。
この人、育ちがいいはずなのに、本当になんでこんなに口が悪いのか。
「食べたい、けど、何かあるの?」
「外に行けば何かあるだろ、行くぞ」
有無を言わさず部屋を追い出されるように外に出た。
私には荷物もなければお金もない。スポンサーに従うだけである。
奴の言う通り、広場で朝市が開催されていて、ちらほら食事の屋台が出店している。
私の意見など聞かずに奴はその屋台の方へ行ってしまった。
こうやって放置されると何か寄って来そうで怖い。あたりを警戒しながらも奴を待つ。
「ほら、食え」
「あ、ありがと……」
戻ってきた奴が差し出してきた物を受け取って、どこか座れる場所がないか探した。
いくつか並べられているベンチの一つが空いていたので、無言で歩み寄って腰を下ろす。
奴は無言で私の隣に座って手にしたホットサンドのようなものを食べ始めた。
私のも同じ、ホットサンドだと思う。かみつけば、ほんのりバターの風味がした。
具はない。バターホットサンド。
奴のはなんかトマトっぽいのがはみ出しているから、これはいやがらせの一種なのだろうか。
まあいいや、おいしいから文句は言わない。
黙ったまま具なしホットサンドをゆっくり食べた。
途中で食べ終わった奴が「遅い」と言わんばかりの視線を送ってきたが知らない。
ゆっくりゆっくりゆっくり食べ進めて食べ終わって、包み紙を丸める。男がつかんでいる包み紙を貰って一緒に丸めておく。後で捨てよう。
「ご馳走様でした」
「ああ」
素直にそれを口にすれば男も素直に頷いて応えてくれたのでちょっとだけ拍子抜けだ。
もしかして、こいつの普段の態度が悪いのって私の態度が悪いからその応酬ってことなのか。
だとすると、私が下手に出れば割と普通に会話が成り立ってりするのかも。
「どうした、痴女」
「その呼び方変えていただけないでしょうか? ご主人様」
「気持ち悪!」
『ご主人様』って呼べって言ったのはそっちでしょうが! と怒鳴りつけたい気持ちをぐっとこらえて奴をじっと見据える。
「こう見えましても、私、お年頃なので少しだけ譲歩いただければ幸いでございます」
「なんだ、急にどうした?」
「ご配慮くださいませ」
宿屋で働けるように組織に行儀作法はみっちりと躾けられているのだ。
普段の品のない言葉遣いを改めようと思えばできる。
童顔なせいで見下されることは多いけど、口調を強めにするだけで結構周りの反応ってのは変わる。
私の態度がこいつの態度の悪さになっているんだったら、言動を改めるぐらいどうってことない。
さあ、丁寧な対応に対してどういう対応をする?
「じゃあ下僕?」
「待て」
え、どうなの、痴女と下僕ならどっちがマシ?
一瞬本気で迷った。
どっちもどっち? いや、下僕の方が女性としての尊厳は守られる……のかなあ?
「……下僕でいい、じゃなくって、下僕とお呼びください」
「本当にどうした? 気持ち悪いぞ?」
「くだらない言い争いを回避できるんでしたら、プライドだって捨てるんですよ、ご主人様」
私の対応に、奴は気味の悪いものを見るような顔つきになっている。
失礼すぎる。
「もう少しだけ歩み寄れませんかね。 私が悪いとおっしゃるならそれでもいいので」
「悪いと思っていないだろ、絶対」
思うわけないでしょ、絶対に!
叫び出しそうになったけど、我慢だ我慢。今日の私は頑張れる子だ。
「したくもない結婚をしなきゃいけないのはお互い様ですよね、回避する方向での話し合いをしませんか」
「回避は不可能だ」
奴は立ち上がりかけていた体勢から、ベンチに腰を下ろすと大仰に足を組んだ。
「でも、私なんかを娶らなきゃならないご主人様が不憫で」
「それは確かに」
即答か!
「あきらめなければきっと、私なんかよりずっと素敵な方とご結婚できる未来も手に入れることができるのでは?」
「サラ」
ふぁっ!? こいつ今私の名前を呼んだ!?
唐突過ぎて咄嗟に反応できなかった。
「自分で自分を蔑むのは気持ちがいいのか」
「……どういう意味です?」
「そうやって、自分が矮小だと決めつけて逃げるのは楽でいいよな?」
ものすごく冷たい声音でそんなことを言われて、言葉を失う。
逃げてるって、正直に逃げたいからの反応なんだけど。
それを失望したみたいに言われても、戸惑うしかないわけで。
「何にもない……んですよ、私。地位とかお金とかそういうものだけじゃなくて、両親だって、まともな生き方だって何にもない。そんなのがお貴族様の妻とか、どだい無理な話なんです」
「で?」
で? って言われても。
私は絶対逃げたい。こいつだって、私なんかと結婚するの嫌でしょ。
「例えば、私が男だったら?」
「は?」
「男だったら予言、回避できませんか?」
何とか思いつきで絞り出した言葉だったが、いいアイデアな気がする。
「しましょう、性転換!」
「自分で何を言っているのかわかってるのか?」
「わかってます! 男の方が多分生きやすい気がします! あの肉塊からも逃げられると思うし」
「そんなことどうやって?」
私の表情が真剣そのものであることがわかったのだろう。男の顔色が少しだけ悪くなった。
「性別を変える魔法ってあるんですよね」
「なぜそれを知って?」
「職場のお客さんから聞いたんです」
少し前に使い手だと自称する魔法使いが働いていた宿に宿泊したことがあって、いつものごとく絡まれるように話を聞かされたのだ。
その人はそれが使える人ではないけれど、王都に行けばいるみたいな話だったと記憶している。
その対価はわからないけど、私と結婚する羽目になるんだったら、いくらお金を積んだって惜しくないはず。
「性別を変えるほど、俺が嫌なのか?」
「当然です」
はっきりとした口調で答えれば、何となく傷ついたような表情を見せた。
傷つく必要ないよね?
「だってご主人様だって、私なんて嫌でしょう?」
「……性別を変えるほどじゃない」
それはどのぐらいの程度なのか、ちょっと判断がつかないけど。
「それにその魔法も効かない可能性あるんじゃないのか」
「あ」
それは、ありえるのかもしれない。
私自身に影響を及ぼすものが全部効かないんだから、その可能性はある。
「でも、試してみる価値はあるでしょう?」
「あのな、結婚なんてそんなに嫌がるものじゃないだろう? 子どもを産めばそれで義務は果たせるんだし」
「……そんな簡単な話じゃない……じゃないですよ」
そんなこと軽々しく口にするな、なんだけど。
本当にこいつの倫理とか道徳とかそういう観念どうなってんの?
「産めばそのあとは乳母任せでいいし、医療体制も整えることを約束する。だから孕んで産む、単純だろう」
……だからそんなに簡単なことみたいに言わないでほしい。
そもそも、嫌いな奴に触られる段階から嫌だってのに、そういう心の機微っていうか、配慮というか。
だいたい医療体制って簡単に言ってくれるけど、女性側のリスクの高さを全然理解してないでしょ、これ。
「……最低」
改めて、やっぱりこいつは最低だと思う。
けど、あれか、これがお貴族様ってやつなんだよね。人のことを人だと思っていない。
傲慢で横暴。
「最低で最悪」
つぶやいて、勢いよく立ち上がる。
頑張って歩み寄ろうとしたけど、根本的な価値観が違う。却って遠のいたって感じだ。
「おい、一体何を」
例の銃を取り出して、引き金を引く。
銃口から噴き出した火に持っていた包み紙をくべて火を移し、奴に向かって投げつけた。
「うわ! なんだあ!? 火!? なんで! 火が出てくる!? 熱っ!」
完全にパニックに陥っている男に「ざまあみろ」という心地で、銃を座っていたベンチの上に置いて、逃げるように駆け出した。
って逃げてどうする!
と、一人ツッコミを入れたのは、宿屋の裏手にたどり着いて身を隠してからだった。
何だか怒りの感情に追い立てられるように走りだしてしまったけれど、行先なんてどこにもなかった。どこにも行けない。
いや、一応選択肢はあるんだけど、組織に戻るか、あの特殊な趣向のとんでもお貴族様のとこか、もしくは人でなし貴族について行くかの三つ。
はっきり言ってどれも嫌。
まともな選択肢がないの、どうして?
「サラ」
どこからともなくランドがやってきてしゃがみこんでいる私の目の前に立ちはだかった。
こいつはいつもどこからかやってくるからそんなに驚くことでもない。
「心は決まったか?」
「昨日の今日で結論出せと?」
「あいつな、どこのどいつかって調べれば結構簡単にわかったんだけど」
厭味っぽく返せば、はあ、と深く息をついてランドもその場にしゃがみこんだ。
「どうしてあんなの引っかけた?」
「え、それって、どういう意味?」
「あんなの迂闊に手を出したらやばいっての」
「そんなに、ヤバイ奴なの?」
確かに口も素行もよくない。ヤバイ奴と言われても納得しかないんだけど?
「多分サラが今想像しているのと違う意味でのヤバイだ」
「……?」
ソナーウィックみたいに裏とつながりがあるタイプなのかと想像したけど、違うってこと? 他にヤバいっていうと?
「違う、あれはな――」
「何をしている?」
上から降ってきた声に、ランドはあからさまに顔色を変えた。
いつの間に!? という驚きで私も固まるしかなかった。
ランドの頭に銃口が突き付けられていた。




