第9話
1週間もすると、リアムとフレアはアルベルトさんに教えてもらった仕事をほぼ完璧に覚えて、しかもテキパキ素早くこなしていた。
今では、アルベルトさんが担当している発酵管理、パン窯の準備、パン焼きなどについても、積極的に手伝い始めていた。ジョバンヌさん、エリサさん、アリサさんも2人の予想外の仕事ぶりに驚いているようだった。
いつものように朝の仕込みを終えて朝食をとっているとき、リアムは少し遠慮気味な口調で話し出した。
「アルベルトさん、今日のパン焼きが終わったあとでいいので、石窯をちょっと使わせてもらってもいいでしょうか。イモを焼きたいと思いまして」
「パン焼きが終わったあとだったら、かまわないよ」
パン焼きが終わって薪の火は徐々に弱くなってきていたが、リアムは赤イモを窯の奥の方に押し込み、1時間ほど焼いた。
取り出して2つに割ってみると、ほっくりねっとりとした濃い黄色い身があらわれた。ほのかに甘い香りがする。一口頬張る。
「うーん。これ甘くておいしい」
リアムは感嘆の声をあげた。いつも食べているジャガイモとは全く別物だった。
「フレアもアルベルトさんも食べてみて」
「何これ?食べたことがない味。しかもこんなに甘いなんて」
フレアの驚いている顔がかわいすぎる。
「確かに。このイモはどこで手に入れたの?」
「これはアルベルトさんたちと会う前日に森の中で見つけたんです」
リアムはそのときのことを思い出した。初めて見たのにも関わらず、なんとなく以前から知っているように感じたのは、今思えば前世の記憶だったのかもしれない。
この赤イモをパン生地に練りこんで焼いたらおいしいかも。リアムはふとそう思った。リアムはこのイモらしきものをイモと認め、混乱なきように赤イモと勝手に名付けることにした。
「アルベルトさん、明日、試しにこの赤イモを小さく切ってパン生地に練りこんで焼いてみたいのですけど、いいですか?」
「こ、これをパン生地に練りこむの?」
「はい。表面が固いパン生地ではなくて、やわらかいパン生地に練りこんだらおいしいかなと思いまして」
「うーん。明日のリアムの朝食用のパンに入れるということだったらいいと思うよ」
「ありがとうございます。ちょっとワクワクしてきました。どんな味になるか楽しみです」
「リアム、私の朝食用のパンにもお願い」
「いいよ」
「じゃあ、僕のも」
結局、全員分じゃん。
リアムは朝の仕込みをいつものとおりテキパキ終わらせて、昨日焼いた赤イモをナイフで1cm角に切っていく。それをパン生地でつつみ、こねて、いつもの形とは少し変化をつけて成形した。アルベルトさんが赤イモが入ったパンをいつもの要領で窯で焼いてくれた。
「甘い香りがする」
フレアが鼻をくんくんさせている。パンが焼きあがり、早速朝食にすることにした。リアムはパンを真ん中で2つに割ってみた。中から小さな赤イモの塊が顔を出す。パンはいつも通りふっくらしっとりしていたが、甘い香りが鼻孔を刺激するのは初めての経験だった。パクリとひとくち頬張る。
「おいしい。でもチーズや干し肉と一緒に食べるというよりも、これだけで食べたほうがいいかも。あと一緒に牛乳を飲むと合うかも」
それを見ていたフレアとアルベルトさんは、ごくりと喉を鳴らすと、すぐさまかぶりついた。
「食べたことがない味。確かにスープやチーズと一緒に食べるというよりは、ちょっとお腹がすいたときのおやつのようなパン、かな」
アルベルトさんが口をもぐもぐさせながら感想を言った。
「女の子はみんな好きだと思うよ。女の子のおやつ用に小さくしてつくったらいいかもね」
女の子代表の意見?
「アルベルトさん、もしできたら、ジョバンヌさんたちにもこの試作品を食べてもらえたらと思うんですけど・・・・・・」
「そうだね。僕から話をしておくよ。今日の閉店前にもう一度作ってみようか。赤イモの残りはまだあるかい?」
「はい。まだあります」
閉店後、窯の前でリアムが少し照れくさそうな口調で話し出した。
「ジョバンヌさん、エリサさん、アリサさん、今日は、新しいパンの試作品を準備しましたので、是非感想をお願いいたします」
「それは楽しみだね。さっそくいただこうか」
ジョバンヌさんは窯から出したばかりのややこぶりのパンを手に取り、見た目を確認している。
「このパンには何か入っているね。これはなんだい?」
「ジョバンヌさん、まずは一口食べてみてください」
「何だろう、これは?甘みを感じる」
ジョバンニの顔に、みるみる驚きが広がった。
アリサさんはすでにふたくち目を頬張っていた。
「私、これ好きかも。食事用というよりはおやつにぴったりね」
アリサさんがフレアと同じ感想を言っている。やはり女の子代表の意見だったのだ。
「このパンには赤イモが入っています」
リアムが説明する。
「赤イモ?初めて聞いたな。そんなイモどこで手に入れたんだい?」
「実はジョバンヌさんたちに会う前に森で見つけたんです」
「そういえば、あのとき腰に何かぶらさげていたね。あれのことかい?」
「はい。そうです。そこでご相談なのですが、このパンをもう少し多くの方に試食してもらって評判がよかったら新商品として販売したらどうかなと思うんですが、いかがでしょうか」
「うむ。そうだね。他のパン屋ではこんなパンは売っていないから珍しがられるだろうね。でも甘いのは食事用には向かないように思う」
「はい。僕たちもそう話していました。食事用というよりはおやつ用。だからパンのサイズも小さくしたらと思っています」
「そういうことならやってみてもいいかもしれないね」
「私、このパンとても気に入りました」
アリサさんは少しはにかむようにリアムをちらっと見ながら言った。
「ジョバンヌさん、それではデントスの森に赤イモを取りに行ってもいいでしょうか。馬を貸していただけたら私1人で大丈夫だと思います」
「わかったよ」
「それでは早速明日行ってきます。日暮れまでには帰ってきますね」




