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第10話

 リアムは、赤イモを入れるための大きな麻袋を馬の背に4つ結わえつけ、その中の一つにジョバンヌさんから借りた小型の鍬、食料と水とナイフと小鍋を詰め込んだ。


 頭に布をかぶって馬の背にまたがると、脇腹を軽く蹴って合図を送った。リアムは学舎を卒業してすぐに叔父のパウルのところで乗馬の練習をしていたので難なく乗りこなすことができる。


 街を出ると同時にペースを速めた。2時間もあれば着くだろう。デントスの森にいたのはわずか10日前のことだが、ずいぶん昔のことのように思える。


 森の入口に着くと、馬を木につないで水をのませた。そして、森の中を少し入ったところある竹林まで歩いていくと、高さ3メートル程度の竹の根本に垂直方向からナイフを勢いよく叩きこんだ。切り倒した竹の先端を尖らせて簡易的な武器を作り上げた。


 もしかしたらこのあたりにも赤イモがあるかなと期待しながら、周辺を探索し始めた。しばらく歩いていると、かさかさと木と枝が擦れる音がした。その途端見たこともない大きさの焦げ茶色のクマが姿を現した。距離は5mもなかった。


 頭から血の気がさーっと引いていく感覚に襲われた。

 走って逃げる? いや、逃げてもすぐに追いつかれる。

 じゃあどうする? 戦う? どうやって?


 クマは唸り声をあげたかと思うとリアムに向かって突進してきた。リアムは咄嗟に右の手の平に竹の底をあて、左手で竹を支えるように持ち直した。


 そしてクマの目を睨むとそこを目がけて右の手の平を渾身の力で押し出した。竹を落とさないように左手でしっかりと支えて。肉の塊を貫く鈍い感触が手のひらに伝わってきた。


 竹の先端がクマの目に突き刺さった。クマは凄まじい咆哮をあげながらあとずさる。クマの目から血塗られた竹が抜けていく。するとクマはもう一度こちらに向かって走ってきた。


 リアムはもう一度右の手の平に竹の底をあててすばやく押し出した。竹の先端がクマの口の中に吸い込まれていく。喉の奥に竹がぐさりと刺さる鈍い音がした。そして、その黒い塊は大木が切り倒されたかのように、ゆっくりと傾いていき、ドスンと大きな地響きを立てた。


 リアムは自分が何をしたのかよくわからなかった。竹であんな戦い方が出来るなんて知らなかった。でも体が勝手に動いていた。


 これも前世の力、なのだろうか? とにかく、今やるべきはとどめを刺すことだ。リアムはクマの喉に刺さった竹をさらに押し込んだ。


「助かったぁ」


 クマが倒れた後方から声がした。リアムはそちらに向かって少し歩くと、苦しそうに木にもたれかかっている男たちがいた。しかも3人も。


「どうされましたか?大丈夫ですか?」


「どうやら毒キノコを食べてしまったようなんです。それで動けずにいたところ、クマが現れて。あなたは命の恩人です」


「そうだったんですか。無事でよかったです。ところでどんなキノコを食べたんですか?」


「そこの鍋に入っているものです。毒キノコではないと思ったのですが、どうやら見間違いだったようです」


 男は苦しそうに言った。


 リアムはそのキノコを鍋から取り出してよく観察すると、


「これはツキノタケですね。よく似ているホシノタケと間違えたんですね。キノコの傘の裏側のヒダの模様が少し違うんですよ。この毒キノコの症状は、嘔吐、下痢、腹痛などですね」


「そうでしたか。どれくらいこの痛みは続くのでしょうか?」


「食べた量にもよりますが、1日か2日です」


「3人ともキノコはそんなに食べてないと思います。猪肉ばかり食べてましたから」


「そうですか。では、私は解毒の薬草を探しながら川の水をとってきますね。しばらくここで横になっていてください」


「ありがとうございます。ところでさっきのクマの倒し方はすごかったですね」


「あれはまぐれです。私も死ぬかと思いました」


「申し遅れましたが、私はノアと言います。こっちがルカ、あっちがベンです」


 ルカとベンはリアムに向かって頭を下げた。


「私はリアムと言います。ここで会ったのも何かの縁ですし、困ったときはお互い様ですから、気にしないでください」


 リアムはそう言うと馬を繋いでいたところに戻り、馬の背にまたがり川に向かった。川に向かう道すがら目当ての薬草がないか、あたりを見回しながら進んでいると、運よく見つけることができ、必要な分を摘み取った。川につくと、3人から預かってきた動物の皮をなめしてつくった水筒に水を入れてもと来た道を戻った。


「体調はいかがですか。これから水を沸かして、薬草を煮ますので、もう少し待っててください。これを飲めば楽になりますよ」


 リアムは手際よく火を起こして、自分で持ってきた小鍋に水を注ぎ、沸かし始めた。沸騰したら薬草をちぎって入れる。小鍋を火からおろして、冷めるのを待って順番に飲ませていった。顔をしかめながらゆっくりと飲み込んだ。この薬草はかなり苦いのだ。


「もうしばらく横になって休んでいてください。私はちょっと用事をすませたら、戻ってきます」


「申し訳ないです」


「いえいえ、気になさらないでください」


 リアムは周辺を探索し、赤イモのつるを見つけると、さっそく小型の鍬で掘り始めた。かなり広範囲のエリアに繁殖しているようだった。あっと言う間に4つの麻袋が赤イモでいっぱいになった。リアムは川で赤イモを4つほどきれいに洗うと、3人のいるところに戻った。そろそろ日が沈む。


 3人は横になって眠っているようだった。今日は家に戻らず、ここに野宿する他ないかな。ただ、夜になってまた獰猛な動物に襲われないように、どこか安全な場所を探す必要がある。登りやすい大きくて丈夫な木のもとで焚き火をして、万が一のときはすぐに木の上に避難することにしよう。


 リアムは焚き火用の枯れ木を集め始めた。十分な量が集まったところで、火をつけた。3人に肩を貸して、焚き火の回りに運んだ。今日は自分が寝ずに見張りをすることにした。


 幸い何事もなく日が昇った。リアムは焚き火の土台に使っていた石を近くに掘った穴に埋めるとそこに大きな葉でくるんだ赤イモをのせて、その上から土をかけた。2時間くらい過ぎた頃、ノアが目を覚ました。


「おはようございます。ノアさん」


「おはようございます。リアムさん」


 この短い会話でベンもルカも目を覚ましたようだ。


「リアムでいいですよ」


「だったら、私たちのことも、ノア、ルカ、ベンということで」


 ルカとベンもうなずいている。


「わかりました。体調はどうですか?」


「おかげさまで、大分よくなりました。ルカ、ベンはどう?」


「うん。もう大丈夫だと思う」


「俺も」


「リアム、本当にありがとう。君は命の恩人だよ。君が来なかったら今頃あのクマに食べられていたかもしれない」


「いえいえ、困ったときはお互い様ですから。ところで、みなさんはこんなところで何をしていたんですか?」


「俺たちは同じ村の出身なんだけど、3人でいろいろな国を旅していて2年ぶりにアドリアに戻って来たところなんだ」


「すごいですね。また今度ゆっくり話を聞きたいな」


「ああ、いいとも」


「私はこの近くのガロンという街のパン屋で働いています。みなさんはこれからどちらに行く予定なんですか?」


「俺たちもちょうどガロンに向かう途中だったんだよ」


「それじゃあ一緒に行きませんか。ただ、その前にもしよかったら、朝ごはん食べませんか。私は昨日から何も食べてなくて」


 そう言うとリアムはさきほど土の中に埋めた赤イモを掘り出した。掘り出した赤イモは焚火で熱せられた石のおかげでホクホクになっていた。ノア、ベン、ルカに葉っぱに包んで手渡した。


「これはイモの一種でとても甘いんですよ。この森でとれたものなんです」


 リアムは半分に割って皮を剥き、口を大きくひらいて頬張った。


「おいしいですよ。みなさんも是非」


 3人もリアムの所作をまねして一口食べた。


「これはいけるな」


 ノアの表情が明るくなった。


「確かに。ジャガイモとは味が全く違うけど、これはこれでいける」


 ルカとベンもおいしそうに食べていた。


「だけど、なぜ土の中に入れてたんだい?」


 ノアが疑問を口にした。


「焚き火で高温に熱した石を土の中に敷き詰めて、その上に赤イモを大きな葉にくるんで乗せて、土をかぶせて蒸す調理方法なんです」


「そんなやり方があるんだ。知らなかったよ」


 リアムはふと気づいた。こんな調理方法、以前は知らなかった。なぜ自分はこの方法を思いついたんだろう?


 それにあの竹の武器もそうだ。これまで作ったこともないし使ったこともなかった。なぜできたんだろう?これも前世の記憶なんだろうか?


 リアムは考え込むのをやめて、焚き火で湯を沸かし始めた。あったかい湯を飲み、身支度をすませると、街に向けて出発した。


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