第8話
「ここの温泉は源泉流しで最高なんだよ」
公衆浴場に到着するとアルベルトさんがうれしそうに説明してくれた。当然ながら入口は男女別となっており、そこでフレアと別れて男用に入ると、すぐさま服を脱いで、先ほど買った品と一緒に見張り番がいる預かり所に預かってもらった。
「アルベルトさん、この浴場、とても広いですね」
テンションが上がってきた。
「そうなんだよ。僕のお気に入りなんだ」
2人はまず洗い場で体を洗うと一緒に湯舟に入った。
「いやー。気持ちいいですね。体の芯からほぐれていくような。一生懸命働いたご褒美ですね」
「そうだね。僕もこれが一番の楽しみなんだよね」
「アルベルトさんは仕事以外の時間はどんなことをしているんですか?」
「街中のパン屋に行っていろいろなパンを食べて研究したり、学舎で借りたパン作りの本を読んだりとか、今はパン職人として一人前になるための勉強ばかりだね」
「そうなんですか。この仕事どれくらいやっているんですか?」
「学舎を卒業して以来だから、ええと、8年くらいかな。一人前になるにはやっぱり10年くらいはかかるよ。特に発酵管理やパン窯の火加減なんかはとても難しいからね」
「アルベルトさんが焼いたパン、とてもおいしかったですよ」
「ありがとう。焼きたてがおいしいのは当たり前、冷めたパンでもおいしいっていうのが難しいところなんだ」
「そうなんですか。パン職人の道を極めるって大変なんですね」
「まあね。ところで、リアムは、ここに来る前、何やってたの?」
「僕は叔父の農場で小麦、ジャガイモ、キャベツ、トマト、キュウリなどを作っていました。他にも惣菜を作って市場で売る手伝いをしていました。小さい頃から食べ物を作ることに興味がありまして」
「そうなんだ。じゃあパン作りも楽しいかい?」
「ええ、それはもうとても楽しいです。明日からもがんばります。ところで、さっき学舎から本を借りてるという話でしたが、僕も本を借りることはできますか?」
「学舎の卒業生しか借りられないけど、僕が借りたものをリアムに貸すことはできると思うよ」
「えっ、そうなんですか。お願いしてもいいですか?」
「いいよ。明日行く予定だから、一緒に行こうか。どんな本を読むの?」
「歴史、農業、薬草の本を読みたいと思いまして」
「へぇ。歴史に興味があるんだ」
「ええ、まぁ。国家の栄枯盛衰の歴史になんとなく興味がありまして」
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エトピアは南半球にある大陸である。この大陸には、現在、アドリア、バンドラ、キシリス、デカント、エルドラン、フェンネル、ガルディアという7つの国家が存在している。現在のエトピア大陸全体の人口はおおよそ1000万人を超える。
大陸の中央には、南北を遮る険しい山々が連なっており、南北にある国々の行き来は簡単ではなかった。北側にフェンネル、エルドラン、アドリア、キシリスの4カ国、南側にデカント、ガルディア、バンドラの3カ国と、大陸は南北に二分されている。
アドリア、キシリス、バンドラは共和制政治を行う国である一方で、エルドラン、フェンネル、デカント、ガルディアは専制君主制政治を行う国であり、政治体制も二分されている。
そして、この2つの政治体制がもたらす価値観の違いが、これまで何度も戦争を繰り返してきた原因でもあった。
過去300年を振り返れば、この7カ国でさえずっと存在してきたわけではない。いくつもの新しい国が勃興しては滅んでいき、たまたま今生き残っている程度のものである。
リアムはそうした国々の栄枯盛衰の歴史に興味があり、片っ端から関連書籍を読み漁っていた。人はなぜ戦争し、滅ぼし、滅ぼされるのか?この悲劇を繰り返さないためにどうしたらいいのか?物心ついたときから、そうした疑問に心が奪われていた。
そして、リアムが暮らしている国は大陸北部の中央に位置するアドリア。人口約150万人の国家である。王都ペレスの他に、衛星都市として、トポス、サマル、マルタ、ツバイ、ダビンの5都市が存在している。
5つの衛星都市は、アドリアと国境を有している隣国への防衛拠点も兼ねていた。人口50万人を抱える王都ペレスは、この5つの都市のほぼ中央に位置しており、各衛星都市とその周辺の街にはそれぞれおおよそ20万人程度が暮らしていた。
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フレアとの待ち合わせ時間に遅れないように風呂を出て待っていると、ほどなくフレアが現われた。
「アルベルトさん、お風呂とてもよかったです。ありがとうございました」
「それはよかった」
フレアはまだ濡れている髪を後ろで束ねていた。日暮れが近い時間となってきたので、家まで急いだ。日が暮れると家に帰るのも一苦労となってしまう。
リアムはアルベルトさんに改めて御礼を言うと、食材を持って厨房にある食材保管庫に向かった。フレアは買った物を部屋に置きに行った。
「あっ。リアムさん。こんばんは。お買い物はどうでしたか?」
厨房前の廊下でアリサさんに声をかけられた。
「アリサさん、こんばんは。おかげさまで生活に必要なものを一通り買うことができました。帰りに公衆浴場にも行ってきました。とても気持ちよかったですよ」
「それはよかったですね。これから厨房で何か作るんですか?」
「ええ、今晩の夕飯をつくろうかと」
「もしよかったら、昨日のスープの作り方、お教えしましょうか」
「えっ、いいんですか?とてもうれしいです」
「じゃあ、早速作りましょう」
リアムは厨房に入ると、材料をテーブルに並べだした。牛乳、鶏肉、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、キャベツ、豆、大麦、チーズ、塩、胡椒、ニンニク、オリーブ油。
「まずは、ニンニクをオリーブ油で軽く炒めてニンニクの香りをオリーブ油に移します。つぎに、1cm角くらいに切った鶏肉に塩、胡椒をして、オリーブ油で炒めます」
説明しながらアリサはニンニクの皮を手際よく剝いている。
「じゃあ、僕は鶏肉を切りますね」
「リアムさんは料理得意なんですか?」
「そうですね。仕事で惣菜作りをしていましたし、夕飯作りも母と一緒にやってましたよ」
「そうなんですね。私、料理大好きなんです。特にスープが得意で」
「パンとスープって相性抜群ですよね。昨日のスープ、今まで食べた中で最高でした」
「うっ、うれしいです。そんなに褒めてくれるなんて」
アリサは頬をぽっと赤らめ、ちらりとリアムに視線を送った。アリサがはにかむ様子を見て、なんだか自分も気恥ずかしくなってしまった。
「リアム、お待たせ」
元気な声とともに扉が開く。
「あっ、アリサさん、いらっしゃったのですか。こんばんは」
「フレアさん、こんばんは。今スープを作っているところなんです。フレアさんもご一緒にいかがですか」
「あ、はい」
鶏肉を炒めた後、一口サイズに切ったジャガイモと、みじん切りの玉ねぎとにんじん、ざく切りのキャベツ、豆、大麦、水、牛乳、チーズを入れて煮込み始めた。
「しばらく煮込んだら、最後に塩、胡椒で味を整えて出来上がりです」
「もしよかったらアリサさんも一緒に食べませんか」
「喜んで、ご一緒させていただきます」
「フレア。アルベルトさんにも声かけて来てくれる?」
「はい、リアム兄さん」
厨房のテーブルには、温めなおしたパン、作りたてのスープ、チーズ、干し肉が並んでいる。
「いただきまーす」
まずは、熱々のスープを一口食べる。
「おいしぃ」
鶏のうまみと野菜の甘味が、牛乳のやさしい味わいと見事に調和している。そこに、チーズ、塩、胡椒が加わることで味がしっかりと決まり、奥深いコクが生まれていた。
ジャガイモと大麦を入れたことでスープにとろみがついて、ジャガイモと豆の食感とボリュームが大きな満足感を与えてくれた。このスープがパンのおいしさをよりいっそう引き立てている。干し肉とチーズも用意したが、パンとスープだけで十分だった。
「アリサさん、今日のスープも最高においしいです。レシピ教えていただきありがとうございました」
「どういたしまして。こんなに喜んでもらって、私もうれしいです」
アリサが照れながらも微笑んでいた。
「アリサさん。もしよかったら、他のスープも教えていただけませんか」
「はい。よろこんで」
「ありがとうございます」
2人の視線が交錯すると、アリサは火照った頬を隠すように俯いた。
「アリサさん、是非私にも教えてください」
フレアはそう言いながら微笑むと、リアムの太ももを思いっきりつねった。
いてっ。なんで?
食事の片付けをして自部屋に戻ると、
「フレア、どうしたの。昨日も今日も太ももつねったりしてさ」
「知らない」
「知らないって、どういうこと?」
「リアムの鈍感」
「鈍感って、何が?」
「アリサさんがリアムに好意を持っていることわからないの?」
「えっ。そんなわけないでしょ?」
「アリサさんの表情見てればわかるでしょ」
「そうかな」
「私、なんだか胸が苦しくなってきたよ。リアムのせいで」
「僕のせい?」
「こうしたら治るかも」
フレアはリアムの背中に両手をまわし、そのかわいらしい顔をリアムの胸にうずめてきた。
「ぎゅっとしてください」
「でもさ、僕たちここでは兄妹だしさ・・・・・・」
「今は2人だけだから・・・・・・」
「はい」
フレアがもう一度催促するようにぎゅっと力を込めてきたので、リアムもそれにこたえて腰を引き寄せた。フレアは顔を上に向けて目を閉じた。
どうすべきか迷っていると、フレアは静かに目を開いて、潤んだ瞳で訴えかけてくる。とまどいつつもフレアのかわいらしい唇に自分の唇をゆっくりと重ねた。
しばらくして重なった2つの唇が名残惜しそうに別れを告げると、
「胸の苦しいのが治ったかも。ありがとう、リアム」
「うん」
「ちゃんと毎日治療してくれないと、また苦しくなっちゃうからね」
「うん」
「本当にわかってるの?」
「はい」
「いろんなことが起こり過ぎて、わたし、まだ混乱してるんだと思う。でもリアムのことは混乱したからというわけではなくて、自分の気持ちに気づいたというか・・・・・・」
「僕も同じだよ。フレアがさらわれたとき、胸が苦しくて張り裂けそうだった・・・・・・」
「そか、リアムも同じだったんだね」
「今は家に戻ることができないから、しばらくはここでみんなとうまくやっていかないといけない。だから、アリサさんの気持ちを傷つけないようにフレアにも協力してほしいんだ」
「うん。わかった。もう大丈夫だよ」




