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第7話

 深い眠りの底から目覚めると、意識と感覚が研ぎ澄まされ、全身にエネルギーが漲っているのを感じた。部屋の中はまだ真っ暗だ。手探りで灯りをともした。


「フレア、起きて」


 肩をやさしく揺する。


「う~ん。おはよう。リアム」


「おはよう。フレア。支度するよ」


「うん」


 フレアは半分寝ぼけているような状態で起き上がると、服を着始めた。



「リアム、フレア、おはよう。準備できてるかい?」


 アルベルトさんの声がドア越しに聞こえた。


「はい。今行きます」


 店の開店時間は季節によって変わる。開店は日の出の1時間後くらいで、閉店は日の入り1時間前くらいだそうだ。今日は朝7時開店だ。


 階段を降りてパンを焼く石窯と作業台がある部屋に向かった。


「今日は仕事を覚えてもらえるように、僕がやることを手伝ってもらいます」


「よろしくお願いします」


「手伝ってもらうことは、パンの生地作り、成形、発酵管理、石窯でのパン焼き、調理器具の洗浄・手入れ、作業場の清掃です。発酵管理と石窯でのパン焼きがパン作りのもっとも難しいところだよ」


「はい」


「商品の品出しやお客様の対応はエリサさんとアリサさんがやってくれます。それじゃ、まず、昨日から発酵させているパン生地を作業台の上に並べましょう」


 パンの販売は国から許可をもらった店しか出来ない。リアムとフレアにとって初めての経験だったが、これまで惣菜を作る仕事をしていたので飲み込みは早かった。



「それじゃあ朝食にしようか」


 アルベルトが焼きたてのパンをナイフで器用に切って二人の前に差し出した。パンの切り口から湯気が登っている。


「うわぁー、おいしそう」


「このパン食べていいんですか」


「もちろん。従業員は無料で食べられるんだよ」


「うっ、うれしすぎます」


 フレアが目を輝かせている。


「いただきまーす」


 熱々のパンを頬張る。


「うーん。おいしいです」


 リアムは昨日食べたものよりもさらにおいしいパンに心底驚いた。これまでこんなにおいしいパンを食べたことがなかった。


 アルベルトさんがチーズと干し肉を出してくれた。


「今日は僕がごちそうするね。明日からは自分が食べるものは自分で準備するんだよ」


「はーい。ありがとうございまーす」


 香ばしく素朴な味わいがするパンと干し肉とチーズの相性は抜群だった。表面はパリッと。中はしっとりもっちり。この食感の虜になってしまった。昨夜の夕食からかなり時間が経っていたのでいくらでも食べられる。



 開店30分前にジョバンヌさん、エリサさん、アリサさんがやってきた。


「おはようございます」


「おはよう。しっかり頼みますよ」


「はい。よろしくお願いします」


 昨日の夕食でエリサさんとアリサさんにも、これまでのいきさつや事情を説明していたので、人目につかないようにリアムとフレアはお店には出ないことになっていた。


 アルベルトさんはとても丁寧に優しく教えてくれた。パン作りはとても楽しく、時間が過ぎるのが早かった。


 昼の休憩をとった後は、調理器具の洗浄・手入れと清掃を行い、あっという間に終業時間の15時となった。


 朝5時から10時間働いたことになるが全然苦にならない。しかも、農場での仕事や惣菜づくりの手伝いよりも肉体的には楽だった。


「今日の仕事はこれでおわりだ。ご苦労様。初めてのパン作りはどうだったかね?」


 ジョバンヌさんの労いの言葉に何か温かいものを感じた。


「とても楽しかったです。こんなにおいしいパンをつくれるなんて、とても幸せです」


 フレアが元気にこたえた。


「そうか、それはよかった。ところで、これからの生活に必要なものもあるだろう。給金を前渡しするので今から買ってくるといい」


「いいのですか?お気遣いいただき本当にありがとうございます」


 2人は頭をペコリと下げた。


「アルベルト、すまんが2人を案内してくれないか」


「はい。かしこまりました」


「アルベルトさん、ありがとうございます」


 アルベルトさんにも同様に頭を下げた。


「アルベルトさん、今日買いたいと思っているのは、下着、服、靴、タオル、石鹸、ナイフ、それと当面の食料です」


「それじゃあ市場に行こうか」


 リアムとフレアはアルベルトに借りた布を顔に巻きつけて鼻から下を隠していた。男たちに見つからないかと内心冷や冷やしていた。


 リアムはその不安を振り払うかのように、前借りしたお金を何にどれくらい使うべきか、頭の中で試算することに集中した。


 この街で一番大きいヘーゼル市場は、行き交う人でなかなか前に進めないほどの賑わいだった。このガロンという街は、自分たちが住んでいたトポスの雰囲気に近い。物価もほぼ同じくらいだ。まずは、フレアに似合う服を探すことにした。


「リアム兄さん、これ、似合うかな?」


 フレアは手に取った服を自分の体に重ねながらウィンクをしてきた。


「うん。とても似合うよ」


 リアムは内心ハラハラしていた。僕たち兄妹なんだからねっ。


「でも、ちょっと高いから、こっちにしようかな」


「そうだね。今は節約しないといけないからね」


「わかった。私はこれでいいよ」


「じゃあ、僕はこれでいいかな」


 リアムは一番値段の安いものを選んだ。続いて、タオル、石鹸、ナイフなど、当面の生活に必要なものをてきぱき買い終えた。そして、食料品店に向かった。チーズ、バター、干し肉、ナッツを3日分と茶葉を購入した。


 鍋などの調理器具は店の厨房のものを自由に使えるらしいので、アリサさんが作ってくれたスープに必要な材料も買っていくことにした。レシピは昨日の夕食のときに聞いていた。


「さて、今日はこんなところかな。フレアは何かほかに欲しいものあるかい」


「ううん。でもできれば公衆浴場に行きたいかな」


 川に落ちて、野宿して、汗だくになって、この3日間本当にいろいろあった。


「アルベルトさん、近くに公衆浴場はありますか?」


「あるよ。案内するよ」


「やったぁー!」


 フレアの笑顔はいつもリアムを幸せな気持ちにしてくれる。


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