第59話
休日明け早朝のナリス長官執務室。
「ナリス長官、この度は素晴らしい住居をご手配いただき、こころよりお礼申し上げます。ありがとうございました」
「気に入ってくれたかな」
「はい。もちろんです。仲間たちも大変満足しております」
「重責を担う仕事だからこそ、家ではゆっくり休んでもらうことが大切だからね」
「はい。心得ております」
リアムとローラは敬礼して退出した。
「ふぅー。復帰初日の朝から緊張するなー」
「リアム副官、本日より改めてよろしくお願いいたします。何かご指示がありましたらいつでもお申し付けください」
「そうですね。まずは捕縛したベントからの聴取状況と各部隊から諜報員捕縛の連絡が来ていないか報告をお願いします。それと、アリスさんとの面会の設定もお願いします」
「それは私の担当です。すぐに手配させていただきますっ」
ふいに後方から勝ち誇るかのような声が飛んできた。圧がすごい。これは間違いなくエリン師匠。省内では敬語を使うようにとローラ師匠から厳命があったらしい。ぎこちない敬語がなんとも不気味だった。
「あっ、エリン師匠、いらっしゃったんですか。ではよろしく頼みます」
翌日、早速エリン師匠から報告があった。現時点でわかっていることは次のとおりだった。
王都ペレスで捕縛した5人のうち、4人は黙秘を貫いており、残り1人の男、自称ダン、は多額の金銭と釈放を条件にこちらの質問に答えている。
ダンはもともと身寄りがなくストリートで育ったデカント出身の傭兵である。他の4人はフェンネル人であり、何かしゃべれば自分の家族が殺されると思っているらしい。
フェンネルには大規模な諜報員養成所があり、諜報員はほとんどが国外から拉致されてきたものたちである。
その諜報員の監視・管理に加えて、暗殺などの特殊任務を役割とするのが通称ベント。ベントの構成員の中には、まれにダンのような傭兵も混成されているらしい。
フェンネルは各国の王都と軍隊が配置されている周辺都市にベントとともに諜報員を送り込んでいる。
アドリアにおいては、王都ペレス、エルドラン国境に配置されている第一、第二部隊の拠点となっている地方都市ラグーン、フェンネル国境に配置されている第三部隊の拠点であるダモン、そして、ガルディア国境に配置されている第四部隊の拠点であるガーハで諜報活動が行われている。
各地のベント拠点には、3か月毎に本国のベント本部の者たちがやってきて、指示の伝達、情報収集を行っている。
リアムは報告を聞いて、フェンネルの諜報活動の組織・仕組みが想定をはるかに超えていたことに驚きを隠せなかった。
これではアドリアは丸裸も同然だ。問題はこれからどうするかだが・・・・・・。
国内にいるすべての諜報員とベントを捕縛・排除するのは現実的ではないだろう。仮にいったん捕縛・排除が出来たとしても、国境を閉鎖して人の出入りを完全になくさない限りは、次の者たちが送り込まれてくるだけで、同じことの繰り返しになる。
やはり、元を断たないとダメだ。もしくは逆に利用してやるかだ。今回のベントの殲滅については遅かれ早かれフェンネルに知られることになる。まずはこれにどう対処するかだが・・・・・・。
「リアム、リアム、大丈夫?」
敬語使うことをすぐさま放棄したエリンの呼びかけで現実に引き戻された。
「ああ、はい。ちょっといろいろ考え事をしてました。それで、そのダンの言っていることは信用できるでしょうか。そんなにペラペラ話すのもちょっと怪しい気がしますしね。特殊工作部の見解は?」
「それがね、尋問担当官の印象としては嘘を言っている可能性は低いだろうって。もちろん、これからひとつひとつ検証していく必要があるけど、いったんは今後の対策を検討する上で有力な仮説にしてもいいんじゃないかって言ってたわ」
「そうですか。一度そのダンという男と面会する機会をつくってもらえますか」
「りょーかい」
翌日の午後、留置場近くの尋問室でダンと面会できることになった。同席しているのはエリン師匠とローラ師匠のみだ。
「私はリアムと言います。あなたにお聞きしたいことがあります」
「なんで、こんなところにお前のような若造が来るんだ?それにお前を殺そうとした俺に敬語を使うって、おかしいだろ」
「はぁ、そう言われても初めてお会いする方に、あまり乱暴な言い方をするのも憚れまして」
「変な奴だな、お前。そんなんじゃ軍隊ではやっていけないぜ」
「ご心配いただき、ありがとうございます。気を付けます」
「今いくつだ?」
「18歳です」
「未熟な若造が、プロの工作員をまともに尋問できると思っているのか?」
「正直言ってわかりません。でも、年齢は関係ないと思います。あなたが18歳のときはどうでしたか?」
「おもしろい奴だな。わかった、何を聞きたい?ちゃんとこちらの条件を飲んでくれるなら何でも話してやる」
「では、お言葉に甘えていくつか質問させていただきます。まず、フェンネル国の最終目的は何でしょうか?」
「最終目的?そりゃー、自国を守ることだったり、相手国を占領したりすることだろうよ」
「でも、フェンネルの自国軍隊だけでは周辺国を占領する力はないですよね。その一方で、自国を守るだけの目的にしては諜報活動のレベルが違う気がするんですが」
「まぁ、確かにそうかもしれんな。俺みたいな下っ端に国のお偉いさんの考えはわからんが、お前の言う通り、フェンネルの諜報活動のレベルは桁違いだとは思うぜ」
「例えば、どんなところが?」
「そうだな。まず諜報員育成に相当な手間と時間をかけている。普通、訓練に2年もかけないだろ。それに、ベントの訓練もすごかったぜ。間違いなく軍の精鋭しかベントには入れねぇ」
「つまり、フェンネルは諜報活動の要であるベントに、軍でもっとも優秀な人材を投入しているということですね?」
「まぁ、そう言っていいな」
「ところで、諜報員が裏切ったり逃げた場合、どうなるんですか?」
「本人を見つけ次第殺すように命じられている。本人が見つからなければ、その家族を殺すことになっている。個人的には気が進まないが、やらなければ自分が始末されるからな」
「諜報員の家族がどこにいるかわかっているんですか?」
「ああ、たいていの場合、奴隷商人からの情報で簡単に家族は見つけられる」
「これまでにそういったことはあったんですか?」
「俺にはないが、話は聞いたことがある。この掟は徹底されていたよ」
「今回、王都のベントは全滅したと理解していいですか?仮に全滅した場合は、その監視下にあった諜報員は逃げきれると考えてよいですか?」
「ペレスのベントは全滅してはいない。もし仮に全滅した場合であっても、諜報員として誰をどこに配置しているかは本国ベント本部が把握しているから、連絡がとれないままなら見つけて殺すか、家族を殺すか、になるだろうよ」
「最後の質問ですが、ダンさんはこれから解放されたらどうしますか?フェンネルに帰っても処罰を受けるのではないですか?」
「ああ、確かにフェンネルに帰れば投獄されるか殺されるかだろう。ただ、俺はもともとが傭兵だから、他の国で雇ってもらうさ」
「そうですか。ならば、この国で雇うと言ったらどうですか?」
「お前、頭大丈夫か?俺はお前を殺そうとしたんだぞ」
「はい、わかってます。だけど、あなたの協力があれば、拉致・誘拐された上に諜報員になって苦しんでいる人たちを1人でも多く救うことができるんじゃないかと思いまして。だから是非とも協力していただきたいです」
「まあ、俺は金さえもらえればどこで雇ってもらってもいいんだが。俺の命は誰が保証してくれる?」
「あなたを私直属の部下にしてもらいます」
「そういうことなら、商談成立だ。すぐにここから出してもらえるんだろ?」
「いいえ。まだこれから上司に許可をもらわないといけないので、もうしばらくこちらにいてもらうことになります」
「早くしてくれよ。それと、何かうまい食い物を頼む」
「わかりました」




