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第60話

 

 リアム、ローラ、エリンの3人は部屋をでると、すぐに作戦会議室に向かった。


「リアム、あんた、なんてこと約束したの?こんなことナリス長官が許してくれるはずないじゃない」


「そうですよ。リアム副官とフレアさんを殺そうとした相手を部下にするなんて。またフレアさんが・・・・・・」


 ローラは途中ではっとなって言葉を止め、


「ごめんなさい」


 とつぶやくように言葉を絞り出した。


 リアムにもそれくらいのことはわかっている。自分とフレアを殺そうとした相手を許せない気持ちは今もある。


 だけど、アリスのように否応なく連れ去られて諜報員にされて苦しんでいる人たちがまだ大勢いる。それがわかっているのに、自分の力だけではどうすることもできない。ダンの力を借りてでも、そういう人たちを1人でも多く救いたかった。


 クヌム神様も1人でも多くの人を救って幸せにしてほしいと願っていらっしゃるはずだ。リアムはクヌム神様との約束を必ず果たすと心に決めていた。


「確かにおふたりの言う通りだと思います。でも、ダンの力を借りたほうが、フェンネルの謀略に対処しやすいし、アリスさんのような諜報員を助けられる可能性が高くなると思うんです」


「それはそうかもしれませんけど。私、リアム副官のことが心配なんです」


「心配してくれてありがとうございます。ナリス長官に上申する前に、もう一度ダンとゆっくり話をしてみて、それで危険だと思ったら止めることにします」


「わかりました。余計なことを申し上げて申し訳ありませんでした」


 エリン師匠は何を言っても無駄と思ったのか、めずらしく沈黙したまま、コクンと頷いた。



 リアムは次の日から3日間、毎日ダンと2人だけで話をする機会を作った。ダンの生い立ちや傭兵生活のこと、価値観や思想・信条などありとあらゆることについて話をした。


 決して尋問のようなものではなく、酒や料理もふるまいながらの雑談だった。この3日間で多少なりともお互いについての理解が進んだように思う。


 ダンは残忍で悪意の塊といった種類の人間ではなく、自分が生き延びていくために合理的に考え、必要なことをやってきた人間という印象だった。


 最初面会したときも、逃げた諜報員をどうするかという問いに、気は進まないが殺す、というふうに言っていた。今となっては自分やフレアを殺す動機もないだろう。


 ダンにとって常に得になるような状況を作ることができれば、なんとかなる。リアムはそう判断し、翌日ナリス長官に上申することを決めた。



 翌日、ローラ師匠、エリン師匠を伴い、ナリス長官に上申したところ、あっけなく許可がおりた。ただし、ダンを使うのはいいが、アドリアの機密情報は一切開示しないというのが条件だった。もともとそのつもりだったので、全く不都合はない。


「こんなに簡単に許可が降りるなんてなー。やれやれ、ちょっと面倒くさいことになるかも。私は知らんけど」


「知らんけど、では困りますよ。ダンはエリン師匠のチームに入ってもらうんですから。頼りにしてますよ、エリン師匠」


「そっかー。やっぱりなー。リアムには私がいないとなー。なくてはない人材だからなー」


「別にあなたじゃなくても出来るし」


 ローラ師匠が口を思いっきり尖らせている。


「嫉妬ばかりしてると、だんだんと顔が醜くなるよ」


「あなたこそ、最近、目尻の小皺が目立ってきてるわよ」


「それを言うなら、ローラだって額の皺すごいことになってるよ」


「あなた、よくそんなこと」


「少し冷静になりましょうよ。まあ、お互い様ですから」


「リアム副官、ひどい。私の皺そんなに目立ちますか?」


 ローラ師匠が半泣きになっている。もう、誰かなんとかしてくれ。



 リアムは2人を引きつれ、会議室に向かった。


「エリン師匠に話があります」


「うんうん。ローラではなくて、私に話があるんだな?私は頼りになるからな」


 エリン師匠はドヤ顔でローラ師匠をちら見している。


「捕縛した他のベント4人は黙秘しているとのことですが、揺さぶりをかけて、さらに情報を引き出したいと思っています」


「う~ん。やるだけやってみるけど・・・。すでに死ぬことを覚悟しているみたいだし」


 エリン師匠は打って変わって少し弱気な表情を見せていた。


 エリン師匠の表情を気に留めることなく、リアムは自分の考えを伝えた。要点は次の通りだ。


 4人を別々に尋問する機会をつくる。ダンから聞いたことの一部を話して、他のメンバーがすでに口を割っていることを伝える。


 我々にとって重要な情報を話せば話すほど報償を大きくする。例えば、家族をフェンネルから連れて来て一緒に暮らせるようにする、あるいは、解放して自由な身とするなど、相手の望むものを与える。


 逆に一番非協力的だった者に対してはフェンネルに刺客を送り込み、家族を殺す、と脅す。嘘を言っていることが判明した場合も家族を殺す、と脅す。


 実際はそんなことはしないけどね。


 尋問の際は、うまい食べ物と酒を用意する。我々が尋問すれば舐められるだろうから、今回の尋問は特殊工作部隊の強面のみなさんにお任せして、我々は後方で観察する。


 ナリス長官には、ダンの件の相談のときに、この4人の管理責任を今後は作戦参謀部が担う許可をもらっていたので、尋問の日程調整は瞬時に終わり、尋問は明日と明後日に行うことになった。



 4人への尋問で新たに分かったことは次のとおりだ。


 諜報員育成とベントを管轄しているのは、フェンネル外交省内にある特務部という組織。現在訓練中の諜報員は100名を超えており、これまでに各国に送り込まれた諜報員の累積人数は500名以上。


 一方、ベントの所属隊員はそれぞれ国内に500名、国外に500名が配置されている。アドリアにはおよそ150名の諜報員と150名のベント隊員が配置されている。


 諜報員は一旦配置されれば他の場所に移動することはほとんどないが、ベント隊員は国外配置されている隊員と国内配置されている隊員がそれぞれ半年ごとに任務を交代することになっている。


 外交省特務部は、フェンネルにとって最も重要な組織であり、宰相のタールと外交省長官のハギスと特務部長のボリスの3人がフェンネル外交の戦略・謀略、諜報活動を差配している。


 フェンネルの軍隊は、他国と比較して量的にも質的にも劣っていることもあり、その発言力は特務部に及ばない。



 4人への尋問が終わった翌日の朝、新たな報告があった。


 以前に、特殊工作部を通じて、国境周辺に配置されている第一部隊から第五部隊に対し、フェンネルの諜報活動に関する注意喚起を行っていたが、それに関する報告がようやく各部隊から上がってきたのだ。


 とは言っても、現時点においてはどの部隊も諜報員を捕縛していないし、ベントの実態も掴めていない、という報告だったが。



 午後にアリスさんと面会する予定になっていた。アリスさんはベント捕縛後から自身の安全を優先し、特殊工作部隊員の警護のもと身を隠していた。


 公安省がアリスさんの家族の居場所を確認し、家族への事情説明も終えたため、アリスさんは近日中にペレスを出発することになっていた。


「アリスさん、ご家族が無事でよかったですね」


「はい。リアムさんとみなさんのおかげで、両親と姉にまた会うことができます。夢のようです。ありがとうございました」


 アリスさんは体を大きく2つに折って頭を下げた。


「頭をお上げください。アリスさんには辛い思いをさせてしまい、本当に申し訳なく思っています。同じような被害者を出さないためにも、拉致誘拐の対策強化と厳罰化について公安省に申し入れをしました。私も微力ながら協力していきたいと思っています」


 リアムはダンから聴取した話をアリスに話すと、今後どうしたいのかアリスの考えを聞いた。


「家族とも相談しますが、出来ればベントが配置されていない田舎町に家族みんなで引っ越そうと思っています」


「そうですか。それがいいかもしれませんね。何かあればいつでも連絡ください。アリスさんとご家族のみなさんが安心して暮らせるように、全力を尽くします」


 リアムの言葉を聞いて、アリスの表情はほんの少しだが明るくなったように見えた。



 その夜、リアムはベッドに横になっていざ眠ろうとしても、アリスさんのことが頭を過ぎり、なかなか寝付けなかった。


 アリスさんは気丈に振舞っていたが、内心は不安でいっぱいなんだと思う。ベントから狙われ、いつ殺されるかもわからない。そんな不安を抱えたまま、これからの人生を前向きに楽しく生きていくことができるはずがない。


 クヌム神様、どうか、アリスさんが幸せになる方法を教えてください。アリスさんが幸せになるために僕は何をすべきですか?自分が出来ることはなんでもやります。クヌム神様、どうかお願いいたします。


 リアムはベッドの上で膝をついて前かがみになり、両手を合わせ、目を閉じ、体中の血液をすべて頭に送り込むかのごとく眉間に力を込めて、クヌム神様に問いかけ、語りかけ、ひたすら祈りを捧げた。


 そして、いつの間にか眠りに落ちていった。


 本作品を読んでいただいている皆様に心から感謝を申し上げます。

これからしばらくの間、執筆に集中するため、連載をいったんお休みいたします。

ある程度書き溜めた段階で連載を再開する予定です。

しばらくお時間をいただきますが、何卒ご容赦くださいませ。


ブックマーク、レビュー、評価などで応援いただけるととてもうれしいです。


鳴海光陽


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