第52話
その日の夕方、リアムはナリス長官に1週間の休暇願いを申請した。エルドランによる侵攻やベント捕獲の件が一段落したこともあって、ナリス長官は快諾してくれた。
これから1週間は、カリンはフレアの付き添いから解放されて仕事に復帰し、エリン師匠、ノアたちとともに、今後の活動計画を立てることになっている。
休日の1日目。
「フレアさん、ルナ、準備ができたら出発しようか」
「うん。もう大丈夫だよ。楽しみだな~」
ルナの声色からその楽しみ度合いがひしひし伝わってきた。
「はい。私も大丈夫です」
今日は3人で市場見物に出掛ける。以前にフレアと2人で行った場所へ今度は3人で。
ルナがフレアとリアムの真ん中に入って手を握り、うれしそうに交互に顔を見上げている。亡くなったお母さんとお父さんの姿に重ねているかもしれない。
健気なルナ。最近はすっかり涙腺がゆるくなってしまった。フレアとは手を繋ぐことができなくなったけれど、ルナが間接的に自分とフレアを繋いでくれている。
フレアの表情はとてもおだやかでやわらかい笑みを浮かべていた。2人の笑顔を見ているだけで、この上ない幸福感に満たされる。
王都の目抜き通りにあるアルゼ市場に到着した。市内随一の規模を誇り、野菜、果物、肉、魚、惣菜などの食べ物はもちろん、日用雑貨、衣服、アクセサリー、この土地の名産など、ありとあらゆるものが揃っている。
「わーっ、すごーい。お店がいっぱい」
ルナのワクワク感が伝わってくる。
「ルナちゃんは何か見たいものあるの?」
「ええとね、ルナはね、もしできたら、新しい服が欲しいかな。でも・・・・・」
「ルナ、お金のことは心配しなくていいんだよ。今日は欲しいもの何でも買ってあげるからね」
「本当にいいの?」
「ああ、いいよ」
「わーい。リアムお兄ちゃん、だーい好き。フレアお姉ちゃんも、だーい好き」
「あの、フレアさんも欲しいものがあったら言ってくださいね。フレアさんのお金は僕が預かってますので」
「リアムさん、ありがとうございます。それではお言葉に甘えてそうさせていただきます」
「はい」
フレアとルナはあちこちのお店で品定めを始めた。リアムはその様子をうれしそうに眺めていた。しばらくして2人とも買い物に満足したようなので、食事の場所を探し始める。
「ルナは何か食べたいものある?」
「ええとね、何でもいいけど、食べたことがないものがいい」
「それじゃあ、これから言う3つの中から選んでくれる?」
「うん。いいよ」
「フレアさん、もし苦手なものがあったら教えてくださいね」
「はい。わかりました」
リアムの知っているフレアに苦手な食べ物はないし、好みもよく知っていたけど、もしかしたら、目の前のフレアの好みは違うかもしれない。
ルナが選んだものは、奇遇にも以前フレアと一緒に食べた牛肉ステーキサンドウィッチとクリーム野菜スープの組み合わせだった。
ルナは目をパチクリさせながら、夢中でかぶりついている。リアムも一口頬張ると、フレアと一緒に食べたときの情景が色鮮やかに甦った。ふと、フレアに視線をやると、不思議そうな顔をしていた。
「あの、私、このサンドウィッチとスープ、食べたことがあるような気がするんですけど」
「実は、以前、フレアさんと一緒にここで同じものを食べたんです」
「そうだったんですか。とても懐かしい感じがしたので」
「そのときも、フレアさんはとてもおいしそうに食べてましたよ」
ふいに視界が滲み始め、フレアの姿がゆらゆらと揺れ出した。隠すように涙を拭うと、何もなかったようにサンドウィッチにかぶりついた。
「そうなんですね。あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
フレアは少し不安げな表情を見せた。
「いいですよ」
「私はリアムさんと幼馴染だって聞いたんですけど・・・・・・」
「はい。9歳のときに初めて会って、10歳から15歳まで一緒に学舎に行って、16歳、17歳は同じ職場で働いて、18歳で一緒にこの街に来ました。もうかれこれ10年ちかくになりますね」
「そんなにも長い間一緒だったんですね」
「そうですね」
「あの、もし差し支えなければ私の家族について教えていただけますか?」
「ご両親はフレアさんが9歳のときに流行り病で亡くなったと聞きました。私と初めて会ったのはフレアさんが叔母さんの家に引き取られた後です。叔母さん夫婦は今もトポスで元気に暮らしていますよ」
「そうなんですか。リアムさんのことも、叔母夫婦のことも、全く何も思い出せないんです。私、どうしたらいいのか・・・・・・」
フレアはうつむいてしまった。
「フレアさん、今は無理に思い出そうとせず、人生を新しくやり直すくらいの気持ちでいたほうが心に負担がないと思います」
「はい。ヨセフ先生にも同じことを言われましたし、わかってはいるんですけど。一緒に暮らしているみなさんのことを忘れるなんて。どうして思い出せないんだろう・・・・・・」
「フレアさんには、思い出せない過去に捉われないで、これからの人生を明るく前向きに生きてもらいたいです。これからまた一緒に思い出をつくっていきませんか。もちろん、僕とだけでなく、ここにいるルナ、そして、カリン、ノア、ルカ、ベンと一緒に」
「あ、ありがとう、ございます。リアムさんは優しいんですね」
フレアの目に涙を浮かび、すぐに大粒の涙が頬に滑り落ちていった。
何も覚えていないフレアに、独りよがりな感情を一方的に押し付けてはいけない。自分といるより他の誰かといるほうがフレアにとって幸せなら、その方がずっといい。フレアの幸せそうな笑顔を見ることができなければ、なんの意味もないのだから。今のフレアにとって心地よい距離感で見守っていこう。
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リアムさんの温かい言葉が心の奥底で凝り固まっていた不安の塊を溶かしてくれた。
過去に捉われることなく、前を向いて今をよりよく生きていけばいい。過去を無理に思い出そうとせず、これから新しい思い出をみんなと一緒に作っていけばいいんだ。
フレアの心の中はとても軽やかにになった。
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