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第50話

 ******

 なんで、なんで、こんなことに、なっちゃったんだろう。


 フェンネルに囚われて、諜報員にされた。

 やっとのことでアドリアに戻ってきたのに、あっけなく捕まってしまった。


 私、これで終わりなのかな・・・・・・。

 一生、刑務所暮らし? それとも、死刑? だとしたら、私の人生、いったい何だったの・・・・・・。


 逃げることができたとしても、正体がばれた私をベントが生かしておくはずがない。どのみち、私からベントへの定期連絡が途絶えれば、家族は殺されてしまう。


 家族だけは助けたかったのに。お母さん、お父さん、お姉ちゃん。もう一度会いたかったよ・・・・・・。


 アリスは家族の顔を、目元を、口元を、一生懸命思い出そうとした。でも、はっきりと思い出すことは出来なかった。家族と会えなくなってもうすぐ4年になる。大切な人の姿を思い出せなくなるなんて、そんなこと想像したこともなかった。


 それでも、最後の別れを告げようと、薄らいだ記憶の断片を必死にかき集めた。みんながアリスに満面の笑みを向けて、大丈夫だよ、と励ましてくれている。そんな気がした。


「お母さん、ごめんね・・・・・・。大好きだよ」


 アリスの口からこぼれ落ちた別れの言葉は、誰に届くこともなく、虚空へと消えた。大粒の涙が頬をつたって流れ落ちる。膝から崩れ落ちると、息をつまらせながら激しく泣いた。


 ドアのノックの音で我に返ると、ドアに視線を向けた。

 ******



「僕はリアム。こちらはカリン。2人とも国防省で働いています。あなたの名前は?」


「アンナ」


「それは本当の名前ですか?」


「そんなこと、どうでもいい、でしょ」


「アンナさん、僕たちはあなたの敵ではありません。アンナさんがこれまでどんなに辛くて苦しい日々を送ってきたのか想像できるから。アンナさんも、さらわれて、家族を殺すと脅されて、無理やり諜報員にされたんですよね?」


 リアムの言葉は温かさとやさしさに満ちていた。


「なんで、なんで、知ってるの?」


 アリスの顔に不意打ちに合ったような驚愕の色が見えた。


「私も2年前にさらわれてフェンネルの諜報員養成所にいたんです」


「あ、あなたも」


「はい。でも、リアムと兄さんたちが助けに来てくれたんです」


「僕たちは、アンナさんとアンナさんの家族を守りたいと思っています」


「アリス、私の本当の名前はアリス。4年前、仕事帰りにさらわれて、フェンネルに連れていかれました。そして、諜報員にされました。私からの定期連絡が途絶えれば、家族はフェンネルの工作部隊に殺されてしまいます。私、私、どうしたら・・・・・・」


 アリスは両手で顔を覆い、声をあげて泣き出した。隣でカリンも肩を震わせて泣いている。リアムも零れ落ちてくる涙を手で拭った。


 リアムは、泣き崩れるアリスさんの手を握って、


「大丈夫。僕たちが必ず助けます」


 と、涙でくしゃくしゃになった笑顔を見せた。



 アリスさんはすべてを話してくれた。


 アリスさんはフェンネルの諜報員養成所で2年間訓練を受けて、そのあとペレスに送り込まれ、国防省の近くの食堂で働いていた。


 フェンネルからアリスさん以外も大勢の諜報員が送り込まれているが、個人行動が基本で、誰が諜報員であるかお互い知らない。


 もし一人が捕まってしまうと他の諜報員の正体も露呈するためらしい。アリスが一緒に訓練を受けていた者はみな別の場所に送られているとのことだった。


 誰が諜報員かを知っているのは諜報員の監視や工作活動を行っている通称ベントという工作部隊のみ。ベントのメンバーが誰かは諜報員に知らされていない。知っているのは連絡方法だけだ。


 諜報員は国防省や外交部のキーマンに近づき、情報収集するのが役割。脅迫して情報を聞き出すための弱みになるようなことも調べる。実際に脅迫したり、工作行為をするのはベントの役割だ。


 1か月に2回、ベントに定期連絡することがルールだ。破れば家族が殺されてしまう。そして、1年間に1度も有用な情報を報告できなければ、家族が1人殺されてしまう。だから必死だった。


 アリスさんは淡々と話をしていたが、言い尽くせぬ苦しさがその言の葉にのって、リアムの胸の奥に伝わって来た。


 リアムは流れ落ちる涙を拭うこともせず、涙の向こうでゆらゆらと揺れているアリスさんをカリンに重ねた。もし、カリンを助け出せなかったら、カリンも同じ目にあっていたのだ。


「アリスさん、今後についてなんですが、早急にアリスさんのご家族を探し出し、保護します。そして、ベントは僕たちが排除します」


「ありがとうございます。私はいつまで諜報員のふりをすればいいんでしょうか」


「アリスさんが裏切ったと知られたら、ご家族に危害が及ぶ可能性があります。だから、ご家族をこちらで保護するまではこれまで通りの対応でお願いします」


「わかりました。私が出来ることは何でも協力します。だから家族のことお願いします」


「ありがとうございます。ご家族のことはお任せください」


 リアムは今後の連絡方法を伝えて、アリスさんを解放した。


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