第49話
バルカさんのおかげで少し気持ちが軽くなり、心に余裕が生まれたせいか、急に気になっていたことが頭をもたげた。
これまで何度も夢で助けられてきた。だけど、今回の襲撃について夢を見ることはなかった。どうしてだろう?
リアムはこれまでに見た夢のことを思い起こしてみた。
1度目はデントスの森でライアンたちから逃げているときに見た夢。
2度目はパン屋で働いていてライアンたちに見つけられそうになったときの夢。
3度目はカリンを助けたいというルカの想いを知ったときの夢。
4度目は公安省を辞めてペレスから出ていかなければフレアを殺すと脅迫されたときに見た夢。
5度目はエルドランがエストニア峡谷から侵攻してくるときの夢。
6度目はエルドランがルクセン山から侵攻してくるときの夢。
予知夢を見るときの共通点や法則のようなものについて考えてみた。
う~ん。共通点としては夢を見る前に誰かの幸せをクヌム神様に祈ったことくらいかな。
1度目と2度目と4度目は、フレアの幸せを祈った。
3度目は、カリンの幸せを祈った。
5度目と6度目は、キール村の惨劇のようなことが二度と起こらないようにとの思いで、この国すべての人々の幸せを祈った。
確かに今回の襲撃についてはこの法則にはあてはまらないけど、本当にそれが理由かな?
う~ん。確かに、最初にフレアがさらわれたときも、母とフレアが流行り病になったときも、産業省の役人が自分とフレアを襲わせたときも、この法則にあてはまらないし、夢を見なかったけど・・・・・・。
以前、バルカさんがこんなことを言っていた。
「予知夢は、未来に起こる可能性がある危機・危険を回避するための警鐘である。暖炉の火に手を突っ込もうとしている幼子に向かって、火傷するよと親が言うのと同じようなものだ」
つまり、予知夢とは人を救うための手段であって、クヌム神様に誰かを救いたいと願ったときに見ることができる、ということ?
でも、世の中には人の幸せを願っている人はたくさんいるはずで、それだけで予知夢が見られるというのもちょっと無理があるよな。
しかも、危機・危険があるときに必ず見せてくれるというものではなさそうだし。う~ん、よくわからない。いずれにしても予知夢に頼りすぎるのはよくないということかな。
リアムはベッドから起き上がると、顔を洗って食卓に向かった。フレア、カリン、ルナが食事をしていた。
「フレアさん。気分はどう?」
「はい。もう大丈夫です。ええと、あなたの名前は・・・・・・」
「ああ、僕はリアムと言います。フレアさんとは幼馴染です」
リアムは努めて明るいトーンで話した。
「そうなんですか。また今度話を聞かせてください」
「はい、もちろんです。でも今はケガを治すことに集中してくださいね」
「はい。そうさせていただきます」
フレアがニコっと笑顔を見せると、リアムの胸がきゅっと締め付けられた。リアムはその感情を振り払うかのように、パンを口に詰め込み、ミルクで喉の奥に流し込んだ。
「じゃあ、仕事に行ってきます」
「はい。お気を付けて」
リアムはささっと支度を済ませると国防省に向かった。昨日襲撃されたことを報告して対処しないといけない。
登庁するとすぐにローラさんの席に行き、2人で会議室に向かった。
「お体のほうは大丈夫ですか?」
ローラさんは目にうっすらと涙を浮かべていた。
「ノアたちから聞いたんですね。僕は大丈夫ですよ」
「いえ、無事で本当によかったです」
ローラさんはリアムの胸に遠慮がちに泣き顔をうずめてきた。
「ご心配おかけしてすいません」
ローラさんが落ち着くまでじっと待った。
「あの、ごめんなさい。リアム副官に何かあったらどうしようと思ったら、気が動転してしまって」
「ローラさんには僕がいないときに指揮を代行してもらうんですから常に冷静でいてもらわないと。それと2人でいるときはこれまで通りリアムでいいですからね」
「ええと、これからは、私、師匠でもないですし、敬語もなしということでお願いします」
「う~ん。そうですね。でしたら、公私で分けましょうか。仕事中はローラ補佐官、プライベートはローラ師匠ということで」
「はい。そういうことだと私はうれしいです」
涙が消えてかわいらしい笑顔が戻ってきた。
「ところで、ナリス長官への報告についてですが・・・・・・」
「はい。すでにナリス長官にも一報をいれています。すぐに報告時間をとるように致します」
ナリス長官の執務室のドアをノックする。
「どうぞ」
「失礼いたします」
「リアム君、話は聞いている。体のほうは大丈夫かね?」
「はい。ご心配をおかけして申し訳ございませんでした」
リアムは事の顛末を報告した。
「今後、君には警備をつけることにした。君が思っている以上に、自分が国家にとって極めて重要な存在であることを自覚してほしい。すでに指示は出している。詳細についてはこのあと特殊工作部と打ち合わせしてくれたまえ」
「承知いたしました。お手数をおかけして申し訳ございません」
「君に責任はないよ。国家の要職を務めるということは、こういうことなのだよ」
「はい」
リアムは自らの責任の大きさを再認識した。
長官室から退室するとその足で特殊工作部に向かう。
「ええと、ローラ師匠」
「仕事のときは、ローラですよ」
「ああ、そうだったね、ローラ補佐官、特殊工作部について教えてほしいんだけど」
「特殊工作部の責任者は、ロイド部長で、仕事内容は、例えば、先日のバイロン収容所からの救出だったり、敵国での破壊工作や特殊任務、要人警護などです。私も詳細は知らないのですけど」
「なるほどね。特殊任務か・・・・・・」
ロイド部長に事の顛末と今後1週間のおおまかなスケジュール、自宅の場所、同居人、そして、相手の正体に心当たりがないことを伝えて作戦参謀部に戻った。
リアムが席に着くやいなや、エリン師匠がすごい勢いでやってきた。
「リアム、どうして私のところに来ないのよ。心配してたのよ。まあ、ケガはなさそうでよかったけど」
エリン師匠は怒り顔と心配顔がごちゃまぜとなって複雑な表情をしていた。
「エリン師匠、報告が遅れてすいませんでした」
「そうよ。なんでも私に一番に報告しなさい。わかった?」
「はい。そうさせていただきます」
「それならよろしい。ところで本当に大丈夫なの?」
「ええ、まあ、私は大丈夫ですが・・・・・・」
「フレアさんのことは何て言ったらいいかわからないけど、きっとよくなるわ。そう信じましょ」
「はい。そう、ですね」
「それでね、今日はちょっと相談があるんだけど」
「なんでしょうか」
リアムはエリン師匠の表情を見て何かいやな予感がした。それが声色にも出ていた。
「えーっとね。ローラが補佐官なら、私も補佐官にしなさい」
「えっ?えーーー!」
「そんなに驚くことじゃないでしょ。ローラは情報分析と作戦立案に関する補佐をして、私はそれ以外の仕事、例えば諜報員対策について補佐をするっていうことでどうかしら?そもそも私はあなたを助けるために、わざわざ、公安省から来たんだから当然よね」
「う~ん。ちょっとナリス長官と相談してみないと・・・・・・」
「補佐官人事はあなたが決められるんだから、すぐに決めなさいよ。これ命令だからね」
上官に命令って。まあ師匠だから仕方ないのかな。
「う~ん。わかりました。エリン師匠が補佐官になることを人事に報告しておきます」
「素直でよろしい。リアムのそういうとこ、好、き、よ」
エリン師匠が耳元で囁いてきた。こそばゆくてぶるっと震えた。耳をそばだてていたらしいローラがすごい勢いでやってきた。
「エリン、あなたねぇ、なんてこと言ってるの。そんなに簡単に補佐官なんて務まるわけないでしょ」
「嫉妬してるの? 私はリアムのために何でもやる覚悟で言ってるんだから邪魔しないでほしいわね」
「嫉妬!?、な、なんてこと言うの。嫉妬なわけないじゃない。仕事のことなんだから」
ローラの頬と耳が真っ赤に染まっている。
「その顔でよく言うわね~」
「あなたこそ、公私混同じゃないの。リアム副官に向かってその話し方は何よ」
「あの~。もうやめませんか。みんな見てますし」
ローラは周りを一瞥するとさらに顔を真っ赤にして席に戻った。こんなんで大丈夫なんだろうか?頭が痛くなってきたよ。
とりあえず、エリン師匠には自国に潜入している諜報員捜査を管轄してもらうことにした。ノアたちの上司という位置づけになる。公安省で汚職職員の捜査・摘発をしていた経験を活かせるだろう。
リアムに対する襲撃事件から2日後。ノアから敵国諜報員についての報告があった。
ノア、ルカ、ベンはカリンの助言に従い、リアムの副官人事直後から、前次長のマリノスを捜査対象に追加していた。
「マリノス前次長に接触している女がいた。その女がマリノス前次長と接触してすぐにリアムが襲撃された。現段階の仮説としては、マリノス前次長が敵国諜報員に取り込まれてリアムを売ったのではないかと見ている。リアムを亡き者にして自分が返り咲くために・・・・・・」
ノアの説明をルカが引き継いだ。
「そこでだ。昨夜、その女にマリノスが吐いたとカマをかけてみた。そしたら、すごい勢いで逃げ出したよ。取り逃さなかったけどね。今は国防省管理の留置場で拘束している」
「あなたたち、やるわね」
同席していたエリン師匠が感嘆の表情を見せている。
「まあ、俺たちもカリンからいろいろ教えてもらったからな。これぐらいのことはな」
ベンは少し誇らしげだった。
「尋問は僕とカリンの2人で行います。申し訳ないですけど、カリンを呼んできてもらえませんか。みなさんにはフレアとルナのそばにいてもらえるとうれしいです」
「了解」




